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呪いで醜いと捨てられた公爵令嬢 ~浮気性の婚約者と別れた私は、辺境で美女が苦手な王子と幸せになります~

作者: 上下左右


「エレナ、貴様との婚約は破棄させてもらう!」


 この国の第二王子であるレオンが、玉座の間で婚約破棄を宣言する。


 捨てられたのは公爵令嬢のエレナだ。黄金を溶かしたような金髪に、澄んだ青い瞳、白磁のような白い肌を備えた美女である。


 さらに才女としても名高く、魔術学園を首席で卒業していた。裁縫や料理も得意で家庭的な面にも非の打ちどころのない完璧な女性だ。


「私を捨てるのは顔の呪いのせいですか?」

「……俺は魅力のない女を愛せるほど寛容ではないのでな」

「そうですか……」


 エレナはアーモンド型の大きな瞳に、鼻筋の通る整った顔立ちをしている。しかし魔術師として優秀であるが故に魔物に呪われてしまった。


 呪いは本来の容姿の美しさとは無関係に、異性としての魅力を失わせる効果を発揮する。理性では美しいと理解できても、本能が拒絶反応を示すのだ。


「一生の愛を誓う言葉も嘘だったのですね?」

「嘘吐きは王族の特権だからな」

「悪びれもしないのですね……」

「恨まれるのは覚悟の上だからな」


 レオンの意思は固い。それもそのはず、彼は男爵令嬢のアンナと浮気をしていたからだ。美しい恋人との輝かしい未来を掴み取るため、エレナを切り捨てる覚悟を決めたのである。


(こんな男に惚れていたなんて、私はどうかしていましたね)


 レオンは短絡的な思考と、我儘な性格で、まるで子供が大人になったような人物だ。しかし黒曜石のように輝く黒髪と、鷹のように鋭い瞳、そしてキラキラと夢を語る姿が、彼女を虜にした。


 婚約者として尽くしてきたと、エレナは自負している。手料理をご馳走したり、手編みのセーターを贈ったりしたこともあるし、公爵令嬢としての権威を使い、彼の起こしたトラブルを解決したことまである。


 なのに裏切られた。呪いのせいだとしても、あっさり切り捨てたレオンを恨まずにはいられなかった。


「私は許しませんから」

「どうしても駄目か?」

「ええ、あなたには私の恐ろしさを思い出していただきます」


 口元に冷たい笑みを張り付ける。エレナは泣き寝入りするような女ではない。やられたら倍返しどころか、百倍にして報復するタイプの人間だ。


 それを理解しているからこそ、レオンは固唾を飲む。彼女の優秀さに助けられたことは一度や二度ではない。その知略が敵に回るのだ。どんな報復を受けるのかと怯えるのも無理のない反応だった。


「貴様は恐ろしい人間だからな」

「知っていても尚、婚約を破棄するのですね?」

「結婚とは愛する者同士が結ばれるべきだからな……」

「自分勝手ですね」

「自覚している。だからこそ代替案を用意した。貴様に兄上との婚約を用意したのだ」

「まさかクロヴィス殿下をですか?」


 王国の第一王子で、次期国王確実と目されている人物だ。武芸に優れ、魔術師としての腕も超一流、さらには透き通るような銀髪に、朱色の瞳、整った顔立ちを併せ持ち、王国の女性たちの憧れの的であった。


「兄上は前妻に捨てられてからというもの、辺境で魔術の研究に没頭していてな。見合い話も悉く断る始末だ。だが玉座を継ぐのなら妃は必要になる」

「そこで私ですか……」

「公爵令嬢の貴様なら身分は申し分ない。次期国王の婚約相手として相応しいからな。兄上にも既に話は通してある。俺と別れて、兄上と結婚してもらうぞ」


 反論を許さぬ物言いだ。きっと周囲への根回しも終えているのだろう。次期国王の妃となる話なら家の利益になるため断ることもできない。ただ理不尽に対する怒りだけが沸々と湧いてきた。


「別の男をあてがうことで許しを得ようとは、私も馬鹿にされたものですね」

「婚約破棄を受け入れてくれないのか?」

「私は公爵令嬢ですから。私の意思は関係ありません。領地の利益となるならば、誰とでも結婚しますよ」


 公爵令嬢は家の繁栄のために人生を捧げる必要がある。次期国王確実と目されるクロヴィスとの結婚は悪い話ではない。


 特に婚約破棄されたことで経歴に傷を負い、呪いで異性への魅力を失ったエレナでは、このチャンスを逃せば、以降、良縁に恵まれることはないだろう。


(後がない私はクロヴィス殿下の縁談に縋るしかありません。ですが……)


 レオンとの楽しかった思い出が脳裏を巡る。生涯を共にしたいと願っていただけに、婚約破棄のショックは隠しきれず、悲しみで眉尻が下がる。


 そんな彼女の悲痛な感情を察知したかのように、扉が乱暴に開かれる。現れたのはエレナの父親であり、この国の将軍であるエトワールである。


 はち切れそうなほど筋骨隆々な肉体が、軍服を押し上げている。金髪青目で、彫りの深い顔立ちをしており、頬に刻まれた刀傷が威厳を増していた。


「馬鹿王子、聞いたぞ。エレナとの婚約を破棄するそうだな」

「じ、実はそうなのだ。俺は男爵令嬢のアンナを愛している。将軍には悪いが婚約破棄を認めてもらうぞ」

「愛している女が別にできたか。ならしょうがねぇな」

「分かってくれるのか⁉」

「王族殺しは大罪だが、事情は理解してくれるだろ。じゃあな、あの世でエレナに詫びるんだな」


 エトワールは腰に提げた剣を抜くと、上段に構える。発する殺気から、彼が本気だと悟ったのか、レオンは慌てふためく。


「お、俺は王子だぞ!」

「それが愛娘を傷つけた男を許してやる理由になるのか?」


 将軍はこの国の軍事を掌握する立場だ。その権威は王子さえも凌ぐ。権力の盾は通じないと理解したのか、生き延びるため、レオンは言葉を紡ぐ。


「ま、待て。俺にも言い分はある」

「言い分だぁ?」

「エレナがこんな呪いにかかるとは思わなかったんだ。貴様も男なら分かるだろ。外見に魅力のない女を愛せるはずがないと」

「生憎だが、男である前に父親なんでな」


 エレナの呪いは異性への外見的な魅力をゼロにする。だからこそエトワールのように娘として愛している者には呪いが効力を発揮しない。


「祈りは済ませたなら、あとは地獄へ旅立つだけだ。覚悟は良いな?」

「ま、待ってくれ、将軍。エレナは俺と結婚するより、兄上と結ばれた方が幸せになれる。なにせ兄上は美しい女が苦手で、目を合わせただけで体調を崩す。魅力を感じさせない呪いが役に立つのだ」


 王族に相応しい身分の高い女性は美女揃いだ。高度な教育を受け、スタイル維持も求められる。


 美女が苦手で、体調を崩してしまうクロヴィスにとって、彼女らは天敵なのだ。だからこそ異性への魅力をゼロにする呪いはプラスに働くことになる。即ち、彼女の幸せに繋がる可能性を秘めていた。


 不意に出た命乞いだが、エトワールの手を止めるだけの説得力を孕んでいた。彼は怒りを抑えて剣を鞘に仕舞うと、エレナに視線を向ける。


「エレナはどうしたい?」

「私は……」


 言葉に詰まったのは、クロヴィスとの縁談が悪い話ではないからだ。唯一の疑問だった彼がエレナとの縁談をあっさりと了承した理由にも納得できたため、前向きに検討したいとの思いが湧いてもいた。


「きっと兄上なら貴様を愛してくれる。だから俺との婚約破棄を了承して欲しい」


 プライドの高いレオンが頭を下げる。長い付き合いだが、彼が頭を下げたのは初めてのことだった。


「そこまでして私と別れたいのですね……」

「そうだ」

「……私も愛してくれない人と一緒にいたくはありません。婚約破棄を了承しましょう」


 エレナは婚約破棄の書類にサインする。エトワールが心配そうな目を向けてくれるが、彼女は悲しんだりしない。いつもの気丈な態度を貫いた。


「これで私とあなたは赤の他人ですね」

「ようやく解放された。俺は自由になったのだ。これでアンナと結ばれることが――」

「ふふ、おめでたいですね」

「何か言いたいことでもあるのか?」

「知らないようなら教えてあげましょう。アンナさんは別の殿方と関係をお持ちですよ」

「はぁ?」


 レオンは疑問を発するが同時に気づく。あの優秀なエレナが彼の不貞を知らなかったはずがないと。そしてその浮気相手を調べないはずがないのだ。


「あなたの恋人のアンナさんは社交界でも悪評高く、浮気の証拠を集めるのは簡単でした」

「う、嘘だ。あいつが浮気をするはずが……」

「こちらが証拠です」


 エレナは映像を保存するクリスタルを手渡す。受け取った映像を再生すると、ベッドで美男子と抱き合う茶髪の女――アンナが醜悪な笑みを浮かべながら談笑を始める。


『今日は最高の夜だったわ。でもくれぐれも私との関係は内密にね』

『分かっているさ。でも僕と浮気をしていると王子は知らないのかい?』

『あの馬鹿王子が気づくはずないでしょ。私を純粋無垢な田舎娘だと思いこんでいるのよ』

『酷い言い草。恋人だろ』

『王子の地位を利用したいだけよ。本当の恋人はもちろんあなたよ』

『クククッ、アンナは本当に可愛い女だな』


 談笑は終わり、不貞の証拠が映像で流れ続ける。その光景を呆然と見つめていたレオンは、目尻から一筋の涙を零して嗚咽を漏らす。


「……っ――あ、愛していたのに……どうして俺がこんな目に……」

「因果応報です。浮気される辛さを噛み締めてください」

「――ッ……」


 崩れ落ちるレオンを尻目に、エレナは王宮を後にする。新しい夫であるクロヴィスの元へと向かう彼女からは未練が消えていたのだった。


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