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異世界で御作仁は怠けたい 1話

「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、俺は自由だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 空はからっと晴れて、真っ青な、良い天気であったのだが。

 拳を天に突き上げ、喜びを全身で表現する青年の。

 平凡な顔貌、平凡な風格、平凡な風体、平凡な――と続くが、それなりの身長と目つきだけはやさぐれたように悪い。まるでこの世のすべてを憎んでいるかの如く、鋭く細められた目で虚空こくうにらみ付けている。わけではなく。

 とろんと濁ったひとみはただ眠たいだけであり、その人相にんそうが悪いことをもっとも理解しているのは、この青年、御作仁みつくりじん自身だったのだが、生来せいらいのものでは治しようもなく、治す気も無い。

 そんな彼には普通の人間とは違う、いわゆる『特質』というものがあった。


「俺はもうなにもしない。いや、してたまるか! 使命だとか、そんなことちっともかまうもんか。俺は死ぬまで怠けてやるんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 などと、怠けようとする人間にあるまじき気合の入れようで。

 使命というのは、失われた黄金の指輪ルーンの回収であるが。

 まるでダメ人間まっしぐらな台詞せりふさけび、周りに居た群衆ぐんしゅうが、さあっと、蜘蛛の子を散らすように離れていったのは、言い及ぶまでもないことだろう。


 仁は168時間耐久睡眠などという、常人では考えても実行しないような馬鹿な企画を立ち上げ、飲み食いを一切せず、小用トイレはペットボトルで済ませ、ただひたすら布団ふとんせるということをやり切って見せたのだったが、家の人間は彼の扱いに困っていたためか、また妙なことをやっている程度の認識しかされず、仁の様子など一度たりとも見に来ないという始末。


 これが普通の人間とは違う『特質』というやつで、つまり彼は度を超した怠け者であった。

 当然、こんな無茶で無謀なことが容易たやすいはずがなく、168時間経過後に動くことも出来ず、携帯スマホを持っていない彼は、助けを呼ぶことさえ出来ず、家族には放置され、果てにはそのまま無意味に餓死をするといった有り様で、相当なボケナスカボチャであることは間違いない。


 そんな仁を見かねた戦乙女達ヴァルキューレが、勇士達を探す仕事を放り出してしまうほど彼の行動を不憫に思い、その性根しょうねを叩き直してやろうと、仁を死せる英雄エインヘリャルに無理矢理し上げ、修行などという口実で怠惰矯正プログラムを実施したのだが、それで彼の性根しょうねが直ったかというと、先ほどの言動から推し量られる。


「なんだよ、ここに居る限りは死にづらいからって、死ぬ寸前まで訓練させたり、永遠と殴り合うとか戦い合うとか、ばかじゃないの!? なんなんだよ、朝昼晩と殴り合って、飯食って、寝て、また殴り合う生活とか、どんな拷問だよ!?」


 健全な魂には、健康な生活と鍛錬たんれんと戦いを――を標語モットーに掲げている戦乙女達は、自分達が毎日行おこななっている鍛錬さえ仁に課せば、その性質が矯正されるのだと信じて疑わず、脳筋的な思考に付き合わされた彼は幾度となく脱走を企てて失敗に終わる。その度にプログラムの内容が苛烈かれつなものに変わっていった。そんな日々を思い起こすと。


「うがぁぁあぁぁぁぁぁぁあああぁぁあぁぁああぁぁぁあ」


仁は半狂乱となり、地団駄じだんだを踏みならし、頭まで打ち振って、狂人ののようなうめき声まで上げると、ようやく怒りが治まってきたようで、噛みしめた奥歯を緩め、そこで始めて周りの様子を確認した。


 露天から立ちのぼる芳しい香り。

 燻製であろう豚の腸詰ソーセージ塩漬け肉ハム。それらを挟んだライ麦パン。

 活気づいた声に耳を傾け、その口上についつい耳を傾けてしまいそうになりそうで。

 柔らかな陽光ひかりが降り注ぐと、通りがかった戦士の男の鎧に反射して、下から照らされるように、精悍せいかんな顔つきがくっきりと街並みにえる。

 露天通りには様々な種族がごった返しになっており、喧騒けんそう雑踏ざっとう坩堝るつぼの中にいるよう。


 薔薇ばらの紋章が刻まれた美しい板金鎧プレートメイルを着る女性の姿。

 長い耳をした少年が、黄金色きんの髪をなびかせて遊ぶ姿。

 白い髭の男性が、一服しようと煙管パイプの火皿に向かってぽっと火を放つ姿。


 仁の目の前には、日ノ本ともヴァルハラとも違う異世界の光景が広がっていたのだが。

 彼は、そんな異国情緒あふれる情景に心を奪われるわけでもなく、困惑するわけでもなく、じぃっと濁った目を向け、左見右見とみこうみと辺りを見回し、どこか寝っ転がるのに丁度良い場所がないかと探す始末であった。こんな往来おうらいのまっただ中で、寝転がれる場所など無いに等しい。せいぜい昼間っから酒をかっくらった酔っぱらいが隅にいるくらいで、そもそも寝転がろうなどと考える者などいない。どこまでも彼の脳みそは怠ることに直結している。戦乙女達が彼の尻をひっぱたきたくなるのも無理からぬことであろう。三白眼な目を睨め付けるように細め見回す様は、まるで悪質な街頭販売キャッチセールスかなにかのよう。いや、彼等も作り笑顔くらいは浮かべるであろう。


「残念だけど、怠けることは出来ないんだよ!」

「あぁっ?」


 人相悪く返事をし、その声のぬしを探そうと振り返るが――――いない。

 強制鍛錬の後遺症で、幻聴でも聞こえたのでないかといぶかしんだが、次の瞬間にはまあどうでもよいかという表情を浮かべ、再び寝っ転がれるのに丁度良さそうな地面を探し始めた。


「お、あそこが丁度よさそう。だが先客がいるか……。交渉次第でどいてくれないかな……」


 露天の隙間で、屋台が陽を遮るひさしになって丁度よさそう。

 といっても、すでに先客が居るようで、ぐったりと、酒壺を抱え、いびきをかいた酔っぱらいが収まっていた。さすがに深く眠っている者を起こすのは骨が折れる、かといって、無理矢理どかすというのも悪い気がして、なによりそんな労力を割きたくない。

 などと考えていると。


「無視しないでよ!」

「ああっ?」


 再び振り返るが、やはりいない。

 柳の下の幽霊に声を掛けられたような顔つきになると。


「こっちだよ!」

「あぁん? どっちだ」

「だからこっちだよ!」


 と、頭上に目を向けると、そこにはふわふわと妖精らしき少女が浮かんでいた。

 ひらひらとした格好に、背中にははねが生えていて、日に焼けた、勝ち気そうな顔を仁の方向へと向け、腕組みなどをした、だがしかしどこか間の抜けた雰囲気が漂う少女。


「あたしカルラ! カルラ・カロッサ!」

「はぁ……そのカルラさんがなんの用で。それよりも怠けられないって? なんびとたりとも俺の堕落ライフを邪魔することは許されないというのに!!」

「やっぱり女神様の考えが正しかったのねっ。あなたの怠け癖は筋金入りの変態の域で、決して普通では治らないって。戦乙女様方も、体を鍛え上げれば自然と規則的な生活と、健全な魂が宿るって思ってみたいだけれどもこれじゃあ……」

「あんだよ」

「わたしたちが大甘だった。もっと厳しくするべきだったって後悔しているはずよ」

「止めろっ、そんな恐ろしいことを口に出すなっ。思い出すだけでも震えが止まらない……。朝5時起床、夜9時就寝とかもう嫌だっ。もっと眠らせろ。もっと夜更かしさせろ。もっと俺を甘やかせっ」

「嫌なのはそこなの!?」


 カルラが驚愕に目を見開くが、軽く咳払いをし、気を取り直して続けた。


「ごほん。それで残念だけど、あなたは怠けることが出来ないのです。そういう魔術が施されているのです」

「なにぃぃぃぃぃい! ふんっ、はぁっ、くぅ…………本当だ、怠けようとしてもちっとも怠けられない。そんな……この世の終わりだ…………ああ、俺はこれからどうやって生きれば良いんだ……」


 がっくりと項垂うなだれ、しょげ返る仁であったが、彼の魂胆は勢いに任せ、倒れたふりでもして、そのまま寝っ転がろうという算段だったが、それが出来ずに愕然がくぜんとしていた。目をまん丸に見開いて体を震わせている。

 怠けようと行動に移そうとした瞬間。体がそれを拒否するのである。

 そんな引きつった顔の仁の前に妖精の少女がふわりと降りてくると。


「あっはっは、どうだ魔術の力は凄いでしょう?」

「貴様の仕業か! さっさと魔術を解け!」

「えー、それはちょっと無理かなーって。だってあたしがやったんじゃないし。魔術が施されているのはその首のチョーカーだし」

「これか、この首輪のせいか!! くぅぅぅぅぅっ外れない!! どんなプレイだよ!!」

「プ、プレイとか言わないでよぉ。それはチョーカーなの! ちょっとごついけど」

「くぅ、人を不幸に陥れやがって!」

「それは怠けの魔術文字ルーンが刻まれたチョーカーなのです。あなたが怠ける為には――えーと、そうそう、怠けポイントというものを消費しなければなりません」

「…………ポイント制? 意味が分からないんだが」


 妖精を胡乱うろんげに眺める仁の。

 視線の先には紙が見えた。カルラはそれを時折チラチラと確認していたことから、恐らくはメモ、もしくはカンニングペーパーだと予想した。

 仁は得意気に説明をしている彼女の手から無理矢理引ったくってやった。


「怠けポイントというのは――ああっ、ちょっと、それを盗らないでよ!! あたしも今朝説明受けたばっかりできちんと覚えていないの!!」

「俺の進退が掛かっているんだ渡せるものか。何々……って、字が小くて読みにくい……」

「ちょっと、返して、返してよ! それあたしのだから! お願い返してよぉ……」

「ええい鬱陶うっとうしい! お前の仕事を減らしてやるんだから文句はないだろう。ああ、俺はなんて優しいんだ。だって人の仕事をやるなんて面倒で死んでしまうもの」


 仁にカルラは必死で懇願する。いや、追いすがり、彼に取付いて泣きわめき始めた。

 その姿はさながら泣き女バンシーの如く。


「いやぁっ…………!! あたしの仕事返してぇ。お願いだから返してぇ……。うっく、じゃないと、役立たずって、役立たずってぇ……」

「ああ、泣くなって、なんか悪いことをしている気分になるだろう」

「ひっく、な、仲間達にもばかにされてぇ、簡単な仕事も出来ない奴ってぇ、ひっぐ、説明役も出来ない、うぅ、奴にぃ、価値なんてあるのかってぇ……うっく、この仕事も出来なかったら、うっぐ、あたしの居場所なんてどこにもないのぉぉぉ」

「ああ、もう、悪かった。これを返すから、泣き止んでくれ」

「ほ、本当………………うっ」

「ど、どうした?」

「これからずっとひとりぼっちだとか考えていたら……なんか、ぎぼぢわるぐなっでぎで(気持ち悪くなってきて)…………!」

「ちょっと待て、こんなところで吐くな! もう少し物陰で――」

「うげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」


 カルラは盛大に口から吐瀉物キラキラしたものをまき散らしたのであった。

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