現代の魔女さんたち
通販と言えば黒猫サバトの磔刑便 我らが犠牲者の鳥便のどちらかを利用するのが現代の常識であるが、政情の安定もあってついに郵政公社を立ち上げるらしい。
もちろん諸々コストが嵩むだろうが、しかし未曾有の大災害の経験から、公共事業は公営企業が運営しないと悲惨なことになると骨身に染みたので、世間から概ね文句はなさそうだ。
私は困る。
「カンパン?」
「多分違うの想像してるでしょ。肝斑よ。肝斑。女性ホルモンが悪さするんだって。私ももうイイ年だからねー」
肝斑。アクセスしてみる。妙齢の女性に出る症状らしい。目の下に、泣き腫らしたアイシャドウのように現れるようだ。
悲しみを重ねてきた女の紋。
「いいじゃない。羨ましいわ」
普通に女の子に生まれていれば、この協力者と同じように当たり前のことを悩んだり出来たのだろうか。膨らむことの無い自分の胸を掴む。
「いけないわ。お仕事、お仕事」
VRチャットによる通信販売で春を販ぐのが私たちの仕事だ。匿名の繋がりで、私と知られずにお客さんを満足させられるからこれが好きだ。
光より早く亜空間転移より瞬時に。
『化粧品関連』として配達するからご家族にもナイショに出来て安心。
今回のお客さんは、サガワ・イッチョウ。65才。男性。運送業の経営者。快活で健康的な印象。情報に違和感を覚える。後ろ暗い行為なので、ちょこちょこと情報を弄ることはみんなやっているが。
私の直観では、全部がウソだと認識した。
「おっさんじゃない。誰彼構わずよねアンタは」
彼女が茶々をいれる。
「あら、人を外側で判断するの、嫌いだわ」
だって私がこうなのだから。人の事も受け止めないと。そうじゃなければ公平じゃない。この考えは、なるべく守りたい。
私が世の中に受け入れられている限りは。
「それに多分、この人は可愛い人よ」
「なぁに?女の感?」
うふふ。そう。これは直感。
光よりも亜空間転移より早く、と謳っているけれどもちろん種も仕掛けもある。依頼がお客さんから私に届くまでにはもちろん亜空間転移を使わなければいけないので場所によるけれど大体これに数ヶ月。
そして私からお客さんに送られる『化粧品関連』の到着に数ヶ月。この往復だけで一年過ぎることもザラだ。
でも大丈夫。一年なんてあっという間。
それに、待ち焦がれ、煮詰めたほうがより素敵なことになれるもの。
待ち時間は人生のスパイスよ。と、協力者も言っていた。
私は、即断即決の方が良いと思うのだけれど。私が曖昧な存在だからだろうか?
「これは、個性の範疇ね」
私の直観がそう告げるので、即断即決。思考を放り捨てて直ぐに仕事に移る。
お客さんに送った『化粧品関連』の起動を感じる。こちらも連動。
仮想空間には、情報通りの65才男性、ではなく、がちがちに緊張した少女がいた。
「あら、可愛い」
直感が当たっていた!
……少し残念な気持ちもあるけれど。
「あの、騙してすみません。当時、父の名義でご依頼しました。私、自分のお金を持ってなくて」
なるほど。
「こちらこそ。騙されたかもしれないと思っていたでしょう。この一年」
慌てて首を振る少女。
「とんでもない。待っている間、ずっと希望が持てましたから。私には、たとえウソでも良かったんです」
健気で可愛い。キャベツ畑を信じていた少女。唇が渇く。
反射的に唇を湿らせただけだけど、舌なめずりに見えなかったか気になる。私、はしたない。
「あの、本当に、何でもしてくれるんですか」
「ええ、本当よ。何でもしてあげる」
「そう、私を真似してなぞってね。そう。上手よ」
まずは体を整えないといけない。送った『化粧品関連』から各種道具を取り出させ、爪先から髪の一房に至るまで、指示をする。より素敵なことにするために。
「体が、熱いです」
「ダメよ。理性で止めないで。感情を、ほら、私に開いて」
鼻から啜らせ、トランス状態になる。私も同様に、昂っていく。私と少女の視線が交わり、息が鼓動が、思いが、記憶が、溶け合っていく。
少女一際大きく跳ねて、
少女が心を完全に開くのが、観えた!
少女に送った『化粧品関連』。私の仕事においてすら、この中身にVRデバイスが欠かせないのは、これが現代のイメージしやすい依り代だからだ。
大昔は鏡だったり、水瓶だったり、あるいは神聖な偶像だった。
少女に指示を出して全身をなぞって化粧を施し、組紐を飾り、宝石を髪に巻くことで、今、完全に少女と私は同じになった。
共感の呪術。
ずっとずっと古くから、まだ人間が一つの星にしか住んでいなかった頃からの、私のお仕事。
少し昔の人が言っていた。「望は光よりも早い」と。
望みならば、呪いならば、光よりも亜空間転移よりも早く、物理現象なと無視して降りかかる。
郵政公社が誕生したら今度こそ、魔女狩りに会うかもしれない。
私、とっても困る。
「ありがとう。魔女さん。お父さんを陥れた、あの男を。これで」
健気な子だわ。キャベツ畑を信じていた少女。コウノトリごとバリバリ食べられて、もう、いない。
普通に人間の女の子に生まれていれば、この共感者と同じように当たり前の様に成長して、当たり前のことを恨んだり出来たのだろうか。すっかり膨らんで大人になりつつある少女の胸を掴む。大きい。
「これは、個性の範疇ね」
ちょっとお姉さんになった気分でペタペタ歩く。分厚い扉を爆破した。
VRチャットによる通信販売で春を販ぐのが私たちの仕事だ。匿名の繋がりで、不死と知られずにお客さんを満足させられるからこれが好きだ。
少女は、私の手でまさに今、この世の春を謳歌している。
煮詰めたドロドロの。
さあ、素敵なことをしましょうね。