短編「モブ令嬢に転生して魔法学園に入ったけど、なんか色々混ざってる」
壇上で挨拶をする金髪碧眼縦ロールぼんっきゅっぼんっの三年生を見て、私はふと、思い出した。
「わたくしは本学園の生徒会長、エルネスティーネ・アンナ・フォン・ヘルトリング。新入生の皆さんのご入学を、心より歓迎いたしますわ」
うへえ。
この人、『マジカルラブラブシンフォニー~恋も魔法も想いどーり!!~』の悪役令嬢やん。
大人気作ってことで、PVをじっくり見てから、カバー絵に惹かれてミニポスター&アクリルキーホルダー付きの特装版を買った。仕事が忙しくて、全部のルートはやってないけど。
あー、よりにもよって、乙女ゲー転生だったとは……。
転生直後は訳が分からなかったけど、それなりに苦心も苦労もしてきたのにと、私は小さくため息をついた。
生まれ変わった喜びはほぼなく、現代日本との落差には混乱と絶望を重ねたものの、辺境暮らしの貧乏男爵家長女ならまだ幾らか恵まれてるよねーと、開き直って心機一転。
お父様を焚きつけ、ゼロよりはましと、魔法で薬草畑や山菜畑を開墾し。
それを領民に安い地代で貸し出して現金収入を増やし、税率据え置きで税収を上げ。
馬車一輌の行商ながら領内各村と地方都市を結ぶ商業ルートを作り、別枠の収入さえ得ることが出来るようになった。
ふっふっふ、内政チートなんて出来るわけないし!
私程度に出来たのは、地道に畑を増やすぐらいだったよ。とほほ。
失敗しなかっただけましだけどね。
お陰でうちの領地は多少なりとも暮らしぶりが良くなり、我が家にも若干の貯えが出来て、長男のお兄様だけでなく私まで王都の魔法学園に行かせて貰えることになったんだけど……。
地震で崩れてきた本棚の下敷きになり、生まれ変わって十五年。
こんな事実は、知りとうなかった……。
「よき学びは、よりよい未来を拓くでしょう。あなた方の人生に、聖なる神のご加護があらんことを」
エルネスティーネ嬢、まだ嫉妬で性格が歪む前っぽい。
表情も穏やかなら、その立ち姿も優雅そのもの。
でも、エルネスティーネ嬢がいるってことは、他のキャラもいるわけで……あ、いたいた。
エルネスティーネ嬢の婚約者でもある第一王子、緑髪の宰相のクール息子、騎士団長の次男の熱血筋肉体育会系、誰の息子か忘れたけど腹黒ショタ風味、みんな生徒会席に固まってる。
王子様は生徒会長やらないんだなー、と思ったら、公務が忙しいからって理由がついてたっけ。
もちろん、聖女にしてヒロインのマリアもいた。ってか、ピンク頭目立ちすぎ。
斜め前の席だ。もっと早く気づけよ私!
でも、マジカルラブラブシンフォニーの世界観なら、ヒロインが誰かとくっついて、聖女結界で王国の危機とやらを救ってくれるはずだ。
多少、学園内は騒がしくなるかもしれないけど、命の危機は……あ、あ、あーあー。
あったわ。
学園の生徒が狙われる、悪魔の生贄事件。
脳内には、『気に入ったキャラとコンビを組んで事件を解決!』『隠された魔法陣を探し出せ!』『好感度アップの決め手はあなたの推理力!』っていうPVの煽り文句しか浮かんでこないけどさ。
何の役にも立たないぜヒャッハー!
この状況、どうしたもんかと大きなため息をつけば、右隣に座っていた少年が、小声でささやいてきた。
「大丈夫? もしかして、緊張で気分が悪くなったの?」
「ありがとうございます。深呼吸したら、随分と楽に――!?」
なりませんでした。
……むしろ驚きすぎて呼吸止まったわ!
その特徴的すぎるとがった前髪、左手に輝く精霊の指輪。
もしかせんでも『僕と世界の精霊戦記』の主人公、言霊を通して精霊と交流しちゃうストラットくんじゃござーませんこと!?
アニメ化したからめっちゃ覚えてるよ! 原作のラノベも買ったし!
声も間違いなく人気声優の小野々原一之丞さんだわ間近で聞くプリンスボイスすげえお願いしますサインください!
……でもまあ、すぐ逃げ出したくなるほどの危機感はない。
学園編はほぼ描写されておらず、ストラットくんが魔王との戦いに身を投じるのは卒業後だった。
「大丈夫です。ええ、本当に」
「ならいいけど……」
ストラットくんに小さく一礼して、姿勢を正す。
壇上には、エルネスティーネ嬢に代わって眼鏡の先生が立って――うええええええ!?
ちょっと待て。
その銀縁眼鏡、見覚えあるわ。ありすぎるわ。
まさかまさか、異世界BLで有名な作家さんがスターシステムでいつも描いてるクラウス・ラインフェルトじゃあるまいな?
ストラットくんに驚きすぎて、自己紹介聞き逃してたわ。
大抵の設定では伯爵家の継嗣であり、同時に著名な魔法のエキスパートと描かれていて、惚れた相手の前でしか眼鏡を外さない一本気な男だぜ! あっはっは、よく知ってる人物だよべらぼうめ!
たまに魔法で悪魔退治とかしてるけど、ストーリーと無関係な女生徒が巻き込まれたり、大きな陰謀の発端になったりするんだよな!
誰か……誰か、違うと言ってくれ!
それにしても、まさかのクロスオーバー転生だったとは……。
これだから、異世界は油断ならない。
他にはいないだろうね、いないよね、頼むからいてくれるなと、会場を見渡せば。
どんな特異点よこの学園!?
あかん、領地に帰りたいわ……。
ストラットくんの反対側、左隣の男の子は『黄昏世界の獣王』の主人公ムジン君と断定せざるを得なかった。
右手人差し指の爪だけ銀色なのは、白銀の魔狼との契約の証だ。
少し古いアニメだけど、DVD揃えてるぐらいには好きだった。
問題は、戦闘メインでパワーと敵がハイパーインフレしていく作品だってこと。
最終決戦は一大スペクタクル感動巨編だったけど、王国まるごと焼け野原とかマジで勘弁してね……。
上級生の列で目立ってる控えめ系ほんわか美少女は、人気コミック『もふもふ魔女のあったかレストラン~恋もグルメもワンニャンひひん~』のヒロイン、アイナちゃんっぽい。
でも、アイナちゃんは警戒しなくていいかなー。
ライバルは大商人のアラサー独身お嬢様で縁がないし、のんびりのほほんで人畜無害なアイナちゃんは、作中に出てくるもふもふ以上の癒しキャラだった。
起きる事件も、料理対決とか、もふもふブラッシングチャンピオン決定戦とかそのレベル。ああ、私も癒して貰いたい。
でも残念なことに、やばい人も見つけてしまった。
来賓が紹介されるたび、顔が引きつっていく。
顔色が悪い、というか、顔色が青いイケオジは、アニメ化もした長編ラノベ『この世のすべてを統べる者、その名は……』に出てくる不死皇の側近にして千年帝国の宰相、マルファース。
国外からのご来賓ですと、高らかに名前が読み上げられて、思わずガン見した。
こんな場面に正装で現れて大人しく来賓席に座ってるってことは、物語の中盤、不死皇の命令で残す国と潰す国を選別してるあたりだろな……。
その隣、落ち着かない様子のセイナール・オージー・サンデス大司教猊下は、『手から聖なる波動が出ちゃうおじさんに生まれ変わったんだが』の主人公で間違いない。
そんな名前、他におらんわ!
おじさん本人は至ってふつーの小市民な人柄だけど、バタフライ効果で周囲が振り回される系の物語は、ギャグテイスト強めながら、ゾンビを数万単位で消し去ったりする。
つまり、ゾンビが山盛り出てくるお話なわけで、あんまりお近づきになりたくない。
いやもう、ほんとどうしたら……。
私の内心以外、入学式は平穏無事に終わり、とぼとぼと女子寮へ帰る。
「女子寮まではもうすぐですよ」
「え、ええ、ありがとう……」
元気のない私を気遣ってくれる、ピンク髪のヒロインちゃん。ほんま、ええ娘や……。
でも今はその気遣いで、余計に胃のあたりがおかしくなってきたけどね。
食欲がないどころか、頭痛すらしてきたわ。
しっかしまあ、この混沌とした状況で学園生活送れってか!?
三年生に進級したお兄様に挨拶だけして、本気で領地に帰りたい。
でもとりあえず、女子寮の部屋に戻ったら、寝よう。
今日は色々、ありすぎた。
体調が戻ったら、状況を整理してじっくり考えたい。
私だけが無事でも国や領地が滅んだら意味がないし、後味も悪すぎる。
積極的に各作品のストーリーやキャラに絡むのは、できれば遠慮したいけど……。
うーん。
ほんと、どうしよう?
▽▽▽
結果から言えば、学園生活は何とかなったし、王国の危機も乗り越えた。
激動の一年を生き抜いたぜ私!
卒業までは後二年残ってるけど、ほんとに何とかなりそうだよ!
「エルネスティーネ・アンナ・フォン・ヘルトリング公爵令嬢、貴女との婚約は、本日この時をもって破棄する」
三年生を送り出す卒業パーティーは宴もたけなわ、王子が婚約破棄を宣言してるけど、私は壇上がよく見える場所で気楽に見物していた。
いやあ、流石は魔法学園の卒業パーティー、お出しされるワインも上等だわ!
「婚約破棄、謹んでお受けいたします」
「うむ。これまでご苦労だった」
個人的に一番手が出しようのない案件だった不死皇の侵略は、私と関りがないところで頓挫していた。
現在、千年帝国は魔王軍と丁々発止の全面戦争中であり、他の方面まで手が回らないらしい。
不死皇と魔王は同じく世界の覇権を求める者同士、そりゃあ相争うでしょうよ……。
どっちが勝ってもそのうち矛先は王国や周辺国へと向かうだろうから、油断はできないけどね。
魔王軍との戦いを千年帝国に持っていかれたストラットくんの出番がちょっと心配になって、鍛錬とお小遣い稼ぎを兼ねた魔物狩りをお勧めすると、彼はとても喜んでいた。
『本当にありがとう! みんなも褒めてくれるし、実家にも仕送りできるようになったよ。この間なんか、森の中で騎士団と出くわしてさ、今度、稽古をつけて貰えることになったんだ』
にこにこ笑顔がまぶしいストラットくんはともかく。
混ぜるな危険、安易なクロスオーバーはやめましょう、ってところかなー。
「さて、私の新たな婚約者を発表させて貰おう。マリア・フォン・ヘルトリング公爵令嬢、こちらへ」
「はい!」
もう、ピンク頭のヒロインなんて脳内で呼ばなくなって久しい私の親友マリアが、堂々と胸を張って壇上へと歩んでいく。
それを拍手で見送る、私達クラスメート。
その中には、もふもふ魔女アイナちゃん先輩と恋仲になってしまった獣王ムジン君もいる。もふもふ×獣王、夢の動物コラボレーションだよ!
ムジン君は、卒業したらウエイター兼もふもふのお世話係になるんだと、張り切っていた。もふもふレストラン、居心地が抜群らしい。
おい、修行の旅はどうした!? 名シーンがばっさりなくなったぞ!
二人とも楽しそうだからいいけどね。もふもふレストランの割引券もくれるし。
ちなみに召喚獣である白銀の魔狼もお店のもふもふの仲間入りをして、番犬ならぬ番狼をしてる。食い逃げもレシピ泥棒も一撃だ!
クラスメート達とお店に行った時、わざわざムジン君が召喚してくれたので、わたしも抱きつかせてもらった。もふもふもふもふ。
「エルネスティーネ嬢には申し訳ないが、私は……いや、私達は、『真実の愛』に目覚めたのだ!」
「わたしは生涯、殿下とともにこの国を支える覚悟を致しました。至らぬ点も多いかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
第一王子の言葉は、本来なら恋に溺れて政治も派閥も無視した発言に聞こえるけれど。
私もクラスメートも卒業生も、なんならエルネスティーネ嬢さえもが、本気で賛辞と拍手を送っている。
結果的に、二人の愛は王国を守る最強の一手となっていた。
それは、私達みんなが知っている。
「やあ、我が妹よ!」
「お兄様、ご卒業おめでとうございます!」
「うむ、ありがとう!」
今日で学園を卒業するお兄様が、私のところまでわざわざ来てくれた。
また背が伸びてるかな? 最近、ますますお父様に似てきたけど、ダンディ街道まっしぐらなので全く文句はない。
「我が妹の奮闘に、乾杯!」
「お兄様のご卒業とご婚約に、乾杯!」
小さくグラスを合わせ、うふふわははと笑いあう。
いやあ、妹の暴走に理解あるお兄様でよかったよ!
「それでお兄様、お義姉様は?」
「あっちで同級生につかまってる。今日で最後だからな、学園生活も。……ああ、抜け出せたようだ」
わずかに遠い目をしたお兄様は、こちらに近づいてくる婚約者エルネスティーネ・アンナ・フォン・ヘルトリング公爵令嬢に小さく手を振った。
正式な婚約は明日発表だけど、学園内どころか王家公認の仲である。
恋愛的には大願成就、今後は別の苦労もあるだろうけど、頑張ってくださいませ、お兄様、お義姉様。
▽▽▽
さて、男爵令嬢である私のお兄様は当然ながら男爵家継嗣なんだけど、何故に身分差がありすぎる公爵令嬢と婚約できてしまったのか?
もう一つ大事なことに、王子と聖女の『真実の愛』が、どうしてこれほどまでに絶賛されているのか?
ぶっちゃけてしまうと、原因は私である。
マジカルラブラブシンフォニーの悪魔の生贄事件を最大限警戒していた私は、三年生のお兄様にちょくちょく相談を持ち掛けていた。
『お兄様、魔法陣に詳しい人ってご存じないですか?』
『そうだなあ……。学園内での一番は、間違いなくクラウス・ラインフェルト先生だろうな』
『あ、やっぱり。有名ですもんね』
PVに『隠された魔法陣を探し出せ!』って大ヒントがあったと気づいてからは、努力と根性で魔法陣を探し続けた。
僅かに流れたイベントスチルを細部まで記憶しているはずもなく、薄暗い背景の屋外ってだけしか覚えていなかったので、散歩と称して学園中を探検する羽目になっている。
その甲斐あって、第一の犠牲者が出る前に最初の一つ、起動中かつ発現前の魔法陣を発見できた。
えらいぞ私! 自画自賛!
『ラインフェルト先生、西庭園の木の根元に魔法陣を見つけたんですが、あれは何なんでしょうか? 悪いものなら怖いし、学園の維持や警備に必要で配置されているものなら、騒ぎ立てるのは本末転倒だと思いまして……』
『ほう? 私は知らんな。案内してくれるか?』
流石は魔法のエキスパート、現場を見たラインフェルト先生はすぐに仕掛けを解析して悪意のある罠と判断、理事会と生徒会を通して秘密裏に魔法の上手い生徒や教職員を集め、魔法陣の発見と犯人の特定を急いだ。
魔法学院に騎士や兵士を呼び込むと、何かが起きてるって、世間に――犯人に知られちゃうからね。
この時、マリアは既に初期イベントクリア済みで、第一王子とのフラグが立っていた。
お陰でエルネスティーネ嬢が、嫉妬に狂いかけてたんだけど……。
第一発見者ってことで捜索隊に入れられた私は、お兄様とコンビを組んで魔法陣を探している最中、エルネスティーネ嬢の決定的悪落ちイベントスチルと同じ状況に出くわしてしまった。
物置小屋の陰、未処理の魔法陣、夕暮れ。
これ、ほっといたら超やばい!
私は即、介入を決断した。
王子とマリアの逢瀬を見てしまい、木陰で泣いて落ち込むエルネスティーネ嬢が、一転、嫉妬の炎を燃やすまでの、僅かな一瞬を狙う。
『お兄様、今です!!』
『のおおおおおおおおおおおおおおおおお!?』
私はお兄様のお尻を、思いっきり蹴飛ばした。
飛距離も位置も、魔法でコントロールばっちりである。
涙で頬を濡らすエルネスティーネ嬢の眼前に、鬼気迫る表情のお兄様が落っこちた。
『……え!?』
『う、うわ!? ごめんなさい! いや、その、これは妹が……じゃなくて!』
超絶美人を前にして慌てふためくお兄様に毒気を抜かれ、エルネスティーネ嬢がぽつりぽつりと内心をこぼしはじめるまで、そう時間はかからなかった。
最初は、王子との政略結婚に乗り気じゃなかったこと。
でも、婚約者を気遣う態度を見せる王子は、嫌いじゃなかったこと。
未来の王妃という圧力は、想像以上のものだったこと。
帝王学に取り組む王子を見ていて、わたくしもと、心を奮い立たせたこと。
一生を共に歩もうと心に決めたその時、彼女が現れたこと……。
私はもちろん、行け! 押せ! そこで肩を抱かなくてどうするのお兄様! と、にやにやしながら――もとい、初々しい恋の始まりを応援しながら、そっと見守り続けた。
あ、犯人の捜索と捕縛は、ラインフェルト先生が何とかしてくれました、まる。
んで、お兄様とエルネスティーネ嬢が恋仲になるまで、そう時間はかからなかった。
『何かいい手はないか、我が妹よ』
『結婚に至る道のり、ですか……』
その頃私は、エルネスティーネ嬢と事件のことはもう終わったものとして、聖なる波動おじさんにマリアを弟子入りさせようと画策していた。
マリアのスキルアップは、そのまま王国の安泰につながる。
おじさんの余波で、王国にゾンビの大群が現れてはたまらない。千年帝国の不死の軍団も、悪魔てんこ盛りの魔王軍も、いつ攻めてくるか分かんないし。
マリアからも、最近聖なる力の伸び悩みを感じてるって、相談を受けてたからね。……ついでに、王子様と結婚するにはどうしたらいいかって相談も受けてたけど。
よし、もう一つついでだ。
お兄様も公爵令嬢と並んでも見劣りしないよう、立場を強化してしまうか!
『お兄様、エルネスティーネ様もこの場に呼べますか?』
『ああ、大丈夫だ』
すぐに来てくれたエルネスティーネ嬢は、私のかなり無茶な提案にも大きく頷いてくれた。
『ふふ、流石は噂通りの知恵者ね』
『いえいえ、お兄様とお義姉様の為ですから!』
『あら嬉しい!』
いやまあ、モブの男爵令嬢じゃどうやっても無理ってだけで、公爵令嬢なら案外いけそうな提案内容だったからね。
そこのところは、私もちゃあんと考えてますのことよ。
エルネスティーネ嬢改めエルネスティーネお義姉様にお願いすると、聖なる波動おじさんとはすぐに話がついて、マリアの大聖堂での修行が決まった。
いやあ、持つべきは公爵令嬢のお義姉様、人脈もすげーわ。
『じゃあ、行ってくるね!』
『ええ、頑張ってねマリア!』
『そっちもお願いよ?』
『大丈夫、まーかせて!』
冬休みに入って、やる気十分のマリアを大聖堂に送り出すと、私もお兄様と一緒に、エルネスティーネお義姉様の実家ヘルトリング公爵領に向かった。
お兄様の立場強化&お義姉様の男爵家嫁入り&マリアの恋を後押しするトリプル大作戦の始まりだ!
『お兄様、お兄様はまだ、単なる男爵家継嗣です。それだけは、絶対に忘れない下さいね』
『ああ、そうだな。謙虚な努力を心がけるよ』
『あと、愛の逢瀬もしばらく慎んでください。公爵閣下はそれはもう公爵夫人が呆れるほどの親馬鹿で、エルネスティーネお義姉様をものすごく可愛がっているそうですから』
『……分かった』
私がやったのは、実家で行った産業振興の豪華焼き直しバージョンである。
うちの領地じゃ絶対無理だなーと諦めてた、砂糖や卵や牛乳、超高級輸入食材である南方の香辛料を使った料理のレシピを、惜しげもなく繰り出しまくった。
やるぞ、異世界転生の定番、料理革命!
新作料理が流行れば、それを起点に物が動き、人が動く。
それこそが狙い目だ。……私が美味しいものを食べたいって理由じゃないよ、念の為。
但し、主務者はお兄様で、公爵家の予算と人手を使い、エルネスティーネお義姉様に監査をお願いしていた。
結果から言えば、うちのお兄様はひいひい言いながらも、過不足なく動いてくれた。
それにしても、流石は天下の公爵家、言うなれば学生のお遊びの延長のはずなのに、与えられた予算が半端ない。
味と見た目には気を付けたけど、借り受けた料理人も一流で、私のレシピは公爵家の食卓を飾り始め、公爵閣下を唸らせた。
『娘から話を聞いた時は半信半疑だったが、これは使えるな』
料理というものは、食べるだけじゃない。
物珍しく美味しい料理は、家の繁栄ぶりを誇るだけでなく、歓待を通して外交にさえ使える。
公爵閣下の命で、息のかかった大手の商会が呼ばれ、食材の確保はもちろん、食器の新作に物流の調整と、短い冬休みの間に幾つもの案件が動き出した。
ちなみに数種類のレシピは、ムジン君経由でアイナちゃん先輩のもふもふレストランでも試してもらう約束を取り付けている。
アンテナショップってやつだね!
そこそこいい結果を出せた冬休みの終わり頃、この一件で公爵閣下の信頼を取り付けたお兄様とお義姉様に、本題を切り出してもらう。
『ふむ、お前と殿下の婚約を破棄、聖女を次期王妃に立て千年王国と魔王軍への牽制とする、か……。報告は受けていたが、本気か、エルネスティーネ?』
『はい、お父様。今ならば、聖女マリアを我が家の養女にすることが出来ますから』
『何!?』
『わたくしの義理の妹は、聖女の親友ですもの。内諾は取り付けてあるそうですわ』
マリアを貴族ロンダリングするのには多少抵抗感があったものの、彼女の現在の身分は平民である。
王家に嫁ぐなら、ほぼどこかの貴族の養女になる流れで、その中でもヘルトリング公爵家の後ろ盾というカードはかなりの鬼札だ。
状況次第じゃ、最大のアンチ聖女派になっても不思議じゃない当のヘルトリング公爵家を味方につける大チャンスだからね。
エルネスティーネ嬢が義理の姉でマリアが親友っていう、私にしか出来ない離れ業だぜ!
『それにお父様、わたくしは殿下との婚約破棄という瑕疵を理由として、男爵家に嫁げます』
『しかしだな……』
『わたくしが男爵家に嫁げないなら、このお話はなかったことになります。……そもそもわたくし、王国や公爵家が滅びるところなんて、絶対に見たくありませんの』
もちろん、マリアがエルネスティーネお義姉様と入れ替わって王家に嫁いでも、次期王妃の実家というヘルトリング公爵家の政治的立ち位置は変わらない。
ついでに言えば、エルネスティーネお義姉様は既にうちのお兄様にベタ惚れであり、この提案に頷けば、次期国王夫妻に大きな貸しが出来るという特大のおまけまでついている。
愛娘に嫌われず、王国の安全保障に大きく貢献できる上、王家への貸しまでついてくるという提案は、公爵閣下の心を揺さぶったようで、最終的にはお兄様とエルネスティーネお義姉様との結婚を認めてくれた。
『ふふ、王家もこの提案を受けてくれたわ。ありがとう、私の義妹は愛の精霊様だったのね!』
王家にも損はないからね、この提案。
王子は恋仲になったマリアと夫婦になれて万々歳、王家としても、周辺国に戦雲の気配が立ち込める中、千年帝国や魔王軍の進軍を躊躇わせる大きな一手は、喉から手が出るほど欲しかった。
婚約者の入れ替えなんて、普通なら新たな争いの火種になるところだけど、提案してきたのが当の公爵家なら話は変わるもんね。
私はお土産にどうぞと貰ったキャラメルの大箱を抱え、ほくほく顔で王都に戻った。
クラスメートにキャラメルを配るついでに、お兄様とエルネスティーネお義姉様の恋物語をこっそり広めておいたのは、言うまでもない。
ついでに王子とマリアも、やらかしてくれた。
いい意味で。
真実の愛、マジすげー……。
『マリア、愛している!』
『はい、わたしもです!』
王家と公爵家が新たな婚約について話し合ったその日、本来ならエンディグで発動するはずの聖女結界が、いきなり発動した。大手を振って愛し合えるようになったタイミングってことなら、まあ、そうなるか。
押さえつけていた恋心とストレスからの解放は、相当なものだったらしい。更には、聖なる波動おじさんに師事した結果、マリアの聖なる力は超絶にパワーアップしていた。
結果、不死系の魔物や魔族、悪魔などを超絶に弱体化させるその結界は、王都周辺どころか王国全土を覆った。
驚いた千年帝国と魔王軍が一時休戦したぐらいだから、その衝撃は大きかったに違いない。
……半月ほどですぐに元の戦争状態に戻っちゃったけど、戦線は明らかに王国から離れていた。
当然、亡国の危機を遠ざけた王子と聖女の『真実の愛』は、大きく喧伝された。
何せ王国中でゾンビが土に還り、下級悪魔が塵となり、バンパイアやリッチ、アークデーモンなんかの中ボスクラスが慌てて逃げ去ったのだ。
婚約破棄とか些細な事、二人の愛が絶賛されないわけがない。ほんと、最高のタイミングだったよ。
真実の愛に潔く身を引いたエルネスティーネお義姉様と、そのお義姉様の傷心を癒やし、料理と経済に明るいという評判を押し付けられたお兄様も、その余波で社交界から好意的に認められていた。
慌てて王都に出てきたうちの両親は、ぽかーんとしてたけどね。
まあ、うん。
そんなこんなで、危機的な状況は少しだけ落ち着き私も王国もみんなハッピー、遠い未来のことまでは分からないけど、しばらくは平穏無事に暮らせるなって状況になっていた。
▽▽▽
ダンスの輪に入るというお兄様お義姉様を見送り、普段飲めない上等な赤ワインを片手に学園大厨房の特製ローストビーフを味わっていると、ストラットくんがやってきた。
その手には、フルーツ入りの生クリームをたっぷり添えたクレープがある。
口直しが欲しかったんで、丁度いい。
「よう、愛の精霊様! ここ、いい?」
「それやめてって言ってるでしょ、ストラットくん!」
その呼び名を広めたお義姉様に悪意がないだけに、私としては内心で悶えるしかない。
恋物語はキャラメルと一緒に広まったけれど、仕掛け人が私ってことまで広まってしまったのだ。
いやいや、お兄様とお義姉様の評判を守らないと、私や実家まで悪意ある噂の影響を受けるところだったもんね。
これは仕方ない、甘んじて受け入れよう。
……それに、悪いことばかりじゃなかったし。
「ほら、あーん」
「……その赤いベリーも追加して」
「わがままだなあ、愛の精霊様は。……ほい」
「あむっ」
愛の精霊様って響きがストラットくんの琴線に触れたのか、最近よく構われている。
このまま流されてもいいかなあ、なんて、思ってしまう。
「ところでさ」
「んぐ。……どーしたの?」
「マリアは殿下と結婚するためにヘルトリング家の養女になって、貴族の位を得たよね?」
「うん」
「じゃあさ、男が貴族になるなら、どんな方法があるかな?」
……おや?
ストラットくんってば、あんまりそういうのに興味ないかと思ってたんだけどね。
「そうねえ……。平民から養子をとるって、マリアみたいなよっぽどの事情があれば別だけど、普通はないよね」
「そうだね」
「じゃあ他に、っていうかこっちが正道だけど、英雄物語と同じぐらい活躍すれば、騎士への叙任は無理じゃないってところかなあ。……あ、ストラットくんなら、騎士団に入って見習い従士経由の正騎士叙任、行けるんじゃない? 今も騎士団に出入りしてるんでしょ?」
「それも考えたんだけどね。……自由度がなさすぎる上に、儲からないんだ」
「あー……」
家族思いのストラットくん、前に実家に仕送りしてるって言ってたっけ。
ほんま、ええ子や……。
「ま、それでいいか」
「ん?」
「英雄物語、やってみるよ」
ストラットくんが握りしめた拳には、精霊の指輪が輝いている。
そうだね、私は知ってるよ。
君は物語の主人公になれるほどの、心優しい英雄だったね。
「でもさ、ストラットくん」
「なあに?」
「どうして急に、貴族になりたいなんて思ったの? 仕送り、十分だって聞いてたけど……」
「そりゃあ……」
ぐっと寄ってきたストラットくんが、私の手を握り締めた。
ま、まさか……。
「愛の精霊様が、男爵家のお嬢様だったからね。身分差なんとかしなきゃ、お嫁さんに来てもらえないじゃん」
「は、はひっ!?」
「ちょっと頑張ってみるから、それまで待っててね!」
ぐふっ。
完全に私だけの為に用意されたプリンスボイスの威力に、私は負けた。
▽▽▽
その後、ストラットくんは長期休みのたびに王国各地の魔物を狩って人々を助け、卒業前には騎士を通り越して男爵に叙爵、うちの実家の近所に領地を貰い、私も嫁ぐには嫁いだんだけど……。
「召喚! 『愛の精霊』!」
ぼふん!
「ひょわ!? 急に喚ばないでって言ってるでしょうが! って、うわ、山火事!!」
「ごめん、王城に『西部辺境で大規模な山火事、消火は可能、救民求む』って伝言お願い! 大至急!」
「……もう、しょうがないなあ」
「頼んだよ! ……送喚、王城! 『愛の精霊』!」
言霊、舐めてたわ。
精霊と親和性が高いストラットくんが認めてしまったせいで、私は世界から『愛の精霊』と認識されてしまったらしい。
契約?
プロポーズの言葉が契約って、精霊の指輪が承認しちゃったよ! めっちゃ光ってたよ!
おまけに精霊世界に住む他の精霊と違って、私は現世こそが住処であり、割と便利に使役されていた。
僕と世界の精霊戦記ってタイトル、看板に偽りなしだったよ。
うがー! 召喚理由が人助けじゃ、ほぼ断れないじゃない!!
新婚生活、どこ行った!?
愛の精霊さんはラブラブに飢えてるぞー!
ぼふん!
「お邪魔します!」
「何奴!? っと、失礼しました、男爵夫人!」
実は王城内、ほぼ顔パスである。……召喚、多すぎ。月に二回は来てるんじゃないかな。
ちなみに出現場所は、近衛騎士団の本部と取り決めてあった。
「我が夫より、『西部辺境で大規模な山火事、消火は可能、救民求む』とのことです!」
「なんですと!? すぐ陛下にお伝えします!」
敬礼して駆け出す近衛騎士を見送り、ため息を一つ。
実は最近、気づいたことがある。
地震で崩れてきた本棚の下敷きになり、生まれ変わって十八年と少し。
思い返せば、あの本棚には私のお気に入りが並べてあった。
特装版『マジカルラブラブシンフォニー~恋も魔法も想いどーり!!~』や、『僕と世界の精霊戦記』はもちろん。
その隣には『黄昏世界の獣王』と『もふもふ魔女のあったかレストラン~恋もグルメもワンニャンひひん~』のコミックスが。
一段下には異世界BLの文庫本が裏挿しで十冊ぐらい、『手から聖なる波動が出ちゃうおじさんに生まれ変わったんだが』のコミカライズと、長編ラノベ『この世のすべてを統べる者、その名は……』も、どどーんと存在感を示していた。
……あー、うん。
たぶん、引っ張られたんだろうなあ。
でもまあ、いいか。
ストラットくんと一緒なら、私は楽しく過ごせるよ。
再召喚の気配を感じた私は、小さく笑ってから、ストラットくんの魔力に身を任せた。