9.金色の輪っか
たんたんが、もう一度家の壁沿いに歩きだそうとした時でした。何か気配を感じて、たんたんが左を見ると、そこには茶色のシマの猫が姿勢を低くして座り、警戒するようにたんたんを見ています。
そこへ、黒い猫が家の裏門の下をくぐって、入ってこようとして、たんたんに気がつき動きを止めました。黒猫は茶色のシマ猫より一回りも体が大きく、凄みがあります。黒猫の方は、たんたんが攻撃をしてくる様子がないのを見てとって、素早く入ってきました。さっきのうなり声は、この黒猫達なのでしょう。たんたんは、思わぬ来訪者にその場から動けずにいます。
すると、黒猫は突然何かに向かって、駆け寄りました。遅れて茶色のシマ猫もそれを見て立ち上がります。黒猫が右の前足でちょんっと何かをつつきました。はずみでその何かは、お日さまの光を反射して、ピカッと輝きます。もう一度黒猫が前足でちょん、ピカッ、ちょん、ピカピカッ。
たんたんは、ハッとしました。もしかしてあれは、金色の輪っかなのでは?
たんたんは、その場に屈んで丸くなると、左の後足をヒョイッと上げてみました。足には何もありません。いえ、よく見ると、少しだけ擦り向いています。さっき、窓から落ちた時にどこかに引っ掛けて、輪っかだけするんっと、たんたんの足から抜けてしまったのでしょうか。
昨日、エイブルがたんたんに、「首輪を考えたけど、なかなか子豚用にいいのが見つからないんだ。たんたんが迷子になったら、困るから、足にこれをしておこうね。そしたら誰が見てもこの白耳子豚は、エイブル家のたんたんだってわかるからね。」とそう言いながら、優しく左足に金色の輪っかをつけてくれたのです。
ということは、あの金色の輪っかがないと、たんたんは迷子の白耳子豚になってしまいます。それでなくても今のたんたんは、家の中に戻れずにいるのです。
(輪っかがないと、もうあの優しい手になでなでしてもらえない。あの金色の輪っかを取り戻さないと。)
たんたんの中に、強い意思が生まれました。
相手は見るからに強そうな黒猫です。たんたんから見たら、その黒猫は百戦錬磨の貫禄がありました。
けれど、今のたんたんは、養育舎で兄弟子豚達に負けて、ご飯にありつけなかったあの弱々しいたんたんではありません。どんなに相手が怖そうでも、迷子の白耳子豚になる方がもっと怖いことなのです。
たんたんは、すくっと立ち上がり、黒猫めがけて思い切り突進します。驚いたのは黒猫です。背中を丸めて逃げようとしました。けれど伸ばしていた前足の爪に金色の輪っかが引っ掛かり、黒猫が逃げようとしたはずみで、金色の輪っかがぽーんと茶色のシマ猫の方に飛んでいきました。
突然、飛んできた金色の輪っかに今度は茶色のシマ猫が驚き、毛を逆立てて後足で金色の輪っかを蹴りました。たんたんはくるっと向きを変えて、茶色のシマ猫に向かって突進します。茶色のシマ猫は、とっさにジャンプして塀の上に上がります。
たんたんは、金色の輪っかを探しました。茶色のシマ猫が蹴ったので、どこにいったか見当たりません。