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8.外の世界

 ぽてっと、芝生の上に転がっていた、たんたんはぎゅっと瞑っていた目を恐る恐る開いてみました。目の前には、芝生の青々とした伸び盛りの葉っぱが、たんたんの顔や柔らかいお腹をつんつんとつついています。たんたんは、そっと顔を上げてみました。ここが、少なくともさっきまでいた家の中ではないことがわかります。

 たんたんは、前足と後足を、一本ずつ体の前に寄せ集めてみました。するとたんたんは、体に受けた衝撃ほどには、痛みがないことに気がつき、今度は思い切りにょ~んと伸びをしました。それから体に力を入れて上半身を起こし、鼻を盛大にくんくんさせながら、辺りを見回します。


 お日さまの光が、春を飛び越えて夏を連れてきそうな勢いで降り注いでいます。たんたんは、足にも力を入れてゆっくり立ち上がりました。全身ぶるぶるっと震わせると、上を見上げました。

 空が気持ちいいほど良く晴れて、青空が広がっています。それを見るとたんたんは、牧場の事を思い出しました。

 あの時、エイブルの後姿が遠く小さくなっていくのを、ずっと見つめていたたんたんは、なぜだか悲しいような寂しいような、なんとも言えない初めての感情に襲われていたのです。そして、エイブルがこちらを振り向いた時、自然と体が動き、足が一歩前に踏み出しました。それからエイブルがもう一度自分の前までやってきて、頭を撫でてくれた時に、たんたんの体の中に一つの意思が芽生えたのです。

 最初、それはぼんやりとしたものでしたが、だんだん形が明瞭になっていき、エイブルから「君の名前はたんたんだよ。」と告げられた時には、はっきりとした光になって目に現れました。

 たんたんは、「ずっと、この優しい手にくっついていたい」、そう思ったのです。


 さて、たんたんは、あのソファーの上に今すぐ戻りたいと思いました。たんたんが立ち上がった場所から、右横に白い壁が続いています。注意深くくんくんしながら、家の壁に沿って一周したたんたんは、どこにも入れる隙間がないことに気がつきました。家の壁の中ほどに、細い窓が内から庭に向かって開いています。実はついさっき、たんたんはここから外に落ちてきたのです。


 それはほんの少し前のこと、たんたんが、お気に入りのソファーのクッションの上でまどろんでいると、「うぐるるるー」と、外から聞いたことのない大きなうなり声がしました。たんたんは寝転んだまま、大きな白耳を外に向けました。どうやらうなり声は一匹だけではなく、もう一匹の声も混ざっているようです。たんたんは、ちらっと薄目を開けて部屋の中に何も変わりがないのを見て、もう一度寝ようとした時でした。更に「ふぎゃー」っと、大きな鳴き声がして、何かが家の外をあちらからこちらに走ってきたのです。さすがにたんたんは何が起こっているのか、気になり始めました。

 

声の主は、家のすぐ外にいるようです。たんたんは、ソファーから降りると、とことこと窓辺に近づきカーテンの隙間に鼻を差し込んで、外を覗いて見ました。けれど、何も変わったものは見えません。そうこうするうち、また二匹のうなり声が重なり、ざざざざっと何かが走る音がして、今度は洗面所の方からうなり声が聞こえてきます。

 たんたんは、部屋を出て、洗面所の方に行ってみました。いつもならエイブルは、きちんと整頓しているのですが、今日は洗濯物がかごから溢れています。昨日パンケーキミックスを床いっぱいにこぼしたので、たくさんのタオルやら、雑巾やら、ラグマットやらが洗濯待ちになったのです。しかも、朝早く起きて洗うつもりが、今日に限って寝坊してしまったので、エイブルは洗濯する暇もなく慌てて仕事に向かったのでした。

 それで、たんたんは、鼻をくんくんさせながら、洗濯物を足場にしてひょいひょいとかごを登り、洗面所の窓の桟に前足を掛けることができました。

 エイブルが朝、顔を洗う時に空気を入れ換えようと窓を少し開けて、そのまま閉めるのを忘れて行ってしまったので、窓がほんのわずかばかり開いていました。たんたんは、窓から新しい風が入ってくるので、背伸びして覗いてみました。瞬間、黒い影が右から左に目の前を横切ります。もっと良くみようと後足を蹴ったとたんに、足場にしていた洗濯物の山が崩れて、たんたんの後足が宙に浮きました。慌てて後足で壁を蹴り、前足に力を込めたのですが、左の前足がつるっとすべり、たんたんの体が窓にぶつかり、体重分だけ窓が外に開いて、そうしてたんたんは、窓の隙間からすとんっと下に落ちてしまったのでした。


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