2.青年の訪問
その日もハノーバーさんは子豚達のお世話をしていました。
「よしよし、みんな元気によく大きくなってくれたな~。」
けれど一匹だけ、みるからに小さい子豚が隅にいました。回りの子豚達よりもひと回りも小さいその子豚は、それでもお日さまの光を受けて輝くように白い耳のせいで、どこにいても見つけられます。
「白耳はなかなか大きくならないな~。おーい、白耳~、こっちへおいで。」
ハノーバーさんは、いつものように白耳を呼びます。白耳もハノーバーさんが呼んでいるのはわかっているかのように、とことこと兄弟子豚の間をすり抜けて、ハノーバーさんが細く開けている扉のすき間から外に出てきました。
暖かい日差しが、白耳子豚の薄いピンク色の毛並みを優しく包みます。白耳子豚は、顔を上げて鼻をくんくんさせて辺りの匂いを嗅いでいます。
「白耳は外にいるのに相変わらず大人しいなぁ。さあ、いっぱい食べて大きくなってくれよ。」
白耳子豚に優しく語りかけながら、荷車に載せていたバケツを降ろします。そこにはいつものように、さつまいもや麦やキャベツが入っています。
「白耳用に作った特別製だからな。美味しいだろ?」
白耳子豚は、ハノーバーさんをちょっと見上げてから、バケツに顔を突っ込み、キャベツを食べ始めました。
「それにしても…。白耳はどうしたものかなぁ。出荷するにも小さいし…。」
そこへ、後ろから近づく足音が聞こえました。後ろを振り向いたハノーバーさんは、養育舎に向かって近づく青年の姿を見つけました。
青年は、お互いの顔がはっきり見えるぐらい近づくと、ハノーバーさんに「こんにちは。」と、挨拶をしました。
「こちらの牧場で、子猫を譲ってくれると広告を見たのですが。」
ハノーバーさんも「こんにちは。」と挨拶を返すと、
「おぉ、子猫をもらってくれるのかい。それなら、向こうの受付棟にいるから、見ていってくれ。」
その時、青年の目に何かが映りました。それはハノーバーさんの横に置かれたバケツの横に、こちらに向かって鼻をくんくんしながら立っている子豚でした。
「あれ、その子豚…。すごい馴れているんですね。」青年が言うと、
「ああ、この白耳だろ?そうなんだよ。こいつは小さくてまわりの豚に負けるから、特別にご飯をやっているんだ。」とハノーバーさんが答えます。
「逃げたりしないんですか?」青年が聞くと、
「そうなんだよ。出してもここから動かないんだ。ちゃんと解ってるみたいなんだよ。」とハノーバーさん。
「へぇ~、賢いんですね。」青年が驚いたような、感心したような口調で誉めると、ハノーバーさんもちょっと得意げに、
「そうなんだよ。こいつは賢いんだ。」と答えましたが、続けて、
「いや、だからかなぁ、情が移ったというか、なんというか…。可愛くなってきてしまってね。このまま売るのもどうかなぁと思ってしまってね。かといって…母豚で置いておくには体も小さいし、ちょっと困っているんだよ。」
「そうなんですね…。」
「子豚にこんなことを思うのは、初めてだよ…。」
「……。」
ハノーバーさんは、青年に向かって話すうちに、自分の中である考えが形をとり始めたことに気がつきましたが、青年が黙り込んだのでそれ以上考えないことにしました。
そしてしばらく養育舎には、元気な子豚達の鳴き声とハノーバーさんの作業の音が響いていました。
その間も白耳子豚は、食べ物の入ったバケツには見向きもせず、青年のことをじっと見上げて鼻をくんくんさせていました。
青年も白耳子豚をじっと見つめていましたが、そのうちに思い出したように、ハノーバーさんに向かって、
「じゃあ、子猫を見に行ってきます。」と言ったので、ハノーバーさんは、作業の手を止めずに
「ああ、ゆっくり見ていってくれ。」と返事をしましたが、その声は少し残念そうな響きが混じっていました。
青年は、「お邪魔しました。」と言うと、くるりと背を向けて、少し離れた丘の上に建っている棟を目指して歩き始めました。
歩きながら、青年は今日のことを思い返していました。