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月桃館503号室の男 ~黒衣の刺客~  作者: 山極 由磨
第三章・過去からの追撃
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過去からの追撃 その5

皇紀835年干月4日 

拓洋市宮守区虱棲街


 華隆街の北側には、色町である紅楼街の他に『虱棲街』と呼ばれる一角がある。


 ここはいわゆる貧民窟で、大陸中から集まった食い詰めもの共が吹き溜まっている。

 そこに一歩足を踏み入れて驚くのは建物の密集度だ。通りの幅は広くて両手を広げた程度、狭い所は体を斜めにしなきゃ通れねぇほど、元から有った建物にどこかから拾って来た廃材を使って好き勝手に建て増しし、何が何だかわからねぇ具合に成ってる。おかげで陽の光が一日中刺さない場所なんてザラだ。


 あと臭い。こいつも強烈。下水汚水ウンコにションベン、ゴミに生ごみ死んだ人間に死にかけの人間等々、ありとあらゆる汚いもんが通りや路地や建物の間に垂れ流され放置されそのままに成ってるもんだから、そいつらが拓洋特有の暑さでいい具合に腐ってもう何とも言えないものすごい悪臭となって街中を覆っている。

 こいつが隣の紅楼街や南の華隆街に流れ込まないのは、この街の通りが狭く風通りが悪いので淀むせいだというのはもっぱらの噂だ。


 当然、こんな場所だからありとあらゆる悪徳の温床に成る。麻薬、武器、盗品、密造品、密輸品に人間にその一部の売買に、殺し屋、運び屋、逃がし屋、恐喝屋。ありとあらゆる御法度の商売が此処では基幹産業だ。


 で、今日俺が用事の有るのは殺し屋の斡旋業やっている奴だ。そいつは手広く商売していて殺しの他にも運び屋や逃がし屋の斡旋もやってる。


 汲み取り便所の中身を覗く気分で通りを歩き、病気で半分体が溶けた物乞いや、一物を咥えられただけで病気を貰いそうな立ちんぼ、綿埃に手足が生えたような浮浪児を何十人もかわしつつ、綿の背広の下袴ズボンの裾を気にしながら、ゴミやらウンコやら死人やらを踏んづけない様に足元に注意しつつ奥へ奥へと進んでゆくと、目的の建物にブチ当たった。

 おそらく元は3階建て位の5階建て、1階は元何かの店だったようで間口が広く、中には角やら尻尾やらを生やした人相がおよそよろしくない輩が、酒を飲んだり賭け札で遊んだりしている。


「新領総軍特務機関のオタケベってもんだけどよ、俺を殺しに来た奴をどこのどなた様が雇ったか知りてぇ、おめぇらの親分を出せ」


 こっちは正々堂々、名前まで名乗って要件を伝えたつもりだが、どうも気に入らなかった様だ。奴等は手に手に得物を持って立ち上がり、俺に向かって来た。


「何だ何だ?ここじゃ客に茶も出さねぇで、ヤッパ振り回してお出迎えが作法なのか?よっしゃ了解した!俺がちゃんとした接客方法って奴を教えてやるぜ」


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