06
少年が伸ばした手が女に触れた瞬間だった。目のくらむような光。
女は咄嗟に目を閉じた。けれども光の洪水は女を飲み込み、女の意識は遠のく。そして、次に目を覚ましたのは、何か柔らかく、温かな物の上だった。
白く、手触りの良いそれを求め、手が動く。
細い手が揉めばそれに合わせてふわりと形を変える。すべらかな手触りは、未だ覚醒していない意識を再び深いところへと誘う。
「あ、あの……」
控えめな声がかかるが、意識が戻ることはなかった。
再び気持ちよく意識を失おうとしたところで、ハッとしたように目を覚ました。
がばりと勢いよく起き上がり、自身の状況を確認する。しかし、起き上がってなお、さわり心地の良い物から手が離れていない。
「あの、す、すみませ……」
「ああああああああっまじかよ、おぃいいいいいっ」
「ひぃいい!?」
空いた片手で頭を押さえ、女――佐也加は力の限り声を上げた。
佐也加は今、佐也加の記憶上、ごく一般的な1Kサイズの部屋に居る。素っ裸で。
そう、素っ裸で。
それまでの記憶が怒涛のように押し寄せる。
昨夜の記憶。
長年片思いしていた幼馴染が、彼女を紹介してきた。それも、彼女の妊娠の報告と共に。そして、順番が逆になったけれども結婚式をあげるので、予定を空けておいてほしいと言われたのだ。
幼馴染に恋人がいたことも知らなければ、当然、そんなに進んでいるのも知らない。
二人の幸せそうな姿にショックを受けたヒロインは、夜にふらふらと家を出て、酒場で飲んだくれた。
年ごろの酔っぱらった娘。当然、酔っぱらった荒くれたちがニヤニヤと寄ってきた。しかし、その全員が逃げ出すほど絡みに絡んだのだ。結果、客がいなくなる、と酒場から追い出された。
その時点で佐也加は突っ込まずにはいられない。ヒロインの行動じゃない、と。
飲んだくれるまではいい。いや、よくないが。だがまぁ、失恋してヤケ酒、というのはまだ理解できる。しかし、酒場に集まる酔っ払い荒くれが店から逃げ出すほどの絡み方をするヒロインなど、佐也加は聞いたことがない。
これを乙女ゲームのヒロインに設定した製作者の、頭の中を覗いてみたい、と割と本気で悩んだ。
ヒロインは追い出される際もしっかり酒瓶を握りしめていた。そして、その酒を飲みながらふらふらと街中をさまよう。
辿り着いたのは街の広場。
街の名物である噴水の淵に腰掛け、ラッパ飲みをしていたところに、攻略対象が現れた。
攻略対象は涙を流しながら楽しげに笑う酔っ払いヒロインに、親切にも声をかけ、家まで送り届けようとする。しかし、ヒロインはそれを拒否。親切な攻略対象にも絡みだした。
▽トドは真面目が旅に出ていることを思い出した!
▽トドは真面目に帰還要請メールを送った!
▽真面目は今時ラインくらい使え、と既読スルーした!