05
一瞬で女の頭の中が冷えていく。
それもそうだろう。
幼児のお遊戯会の妖精の羽を造ろうとして、失敗してハエの羽になった、みたいな羽をはやしたしょんべん小僧に若者呼ばわりされ、相撲について語られる自分の姿を、幻視してしまったのだから。
気持ちの中だけで手を顔の前あたりまであげ、頭を左右に振った。
「あ、いいです。すみません。あ、ところで、シークレットって書いてあるのに、なんで情報があるんです?」
「……ああ、それは彼が一般人なので写真を撮れなかったからです」
「なんて?」
強引に話を変えた女を睨み付けながら、少年が答える。
「今のご時世一般人を勝手に写真に撮ってこのように他者に見せたら、なんだかんだとうるさかったりしますからね」
いつからそこにあったのか、大して高くもない鼻にかかる丸眼鏡。それを短い指で押し上げながら、少年がゆるゆると首を振った。
「いやいやいや、ゲームの世界なんでしょう!?」
「ゲームと言えども現実世界ですから、その辺りは厳しいんです」
「貴方神様なんじゃないんですか!?」
「神様も人気商売ですからねぇ。私が勝手に品を下げるわけにはいきませんよ」
もし足の感覚があれば駆け寄り、手の感覚があればその肩を掴んで揺さぶったであろう勢いで声を荒げる女。対して少年は、相変わらず丸眼鏡を押し上げたポーズのまま、再びゆるゆると首を左右に振った。
「いや、じゃぁなんで彼等のはあるんですか!?」
「彼等は仕事で撮られるからです。どうみても全員カメラ目線でポーズ決めてるでしょうが」
女は今一度、少年の後ろに浮かぶ巨大なパネルへと視線を向けた。
一枚目のパネル。筋骨隆々。乙女ゲームではなく、どこぞの世紀末な世界に居そうな男が一人。
軍服にも見えなくない黒の衣装を身に纏い、王子様必須アイテム白馬、ではなく、縦にも横にも筋肉祭りで厚みのある主人を乗せるためだろうか、やたら筋肉の発達した厳つい栗毛の馬に跨っている。
馬ってもっとシュッとした生き物だと思った、と女は内心呟いた。
手綱を握る男は真っ直ぐにこちらを見ている。
説明文によれば、王太子マッスル・フォーチュン。フォーチュン国の王太子。婚約者は公爵家令嬢ヒラガ・エレキテル。
おい、名前。と一瞬突っ込みそうになるのを、女は堪えた。
なんで筋肉と電気の組み合わせなんだ、という言葉も堪えた。
パネルの男は王太子。つまり、人に見られるのが仕事のようなもの。ならば、確かにブロマイドやカメラ目線の写真が在るのは問題ないのだろう、と次へと視線を向ける。
二枚目のパネルには、長髪美形な細マッチョが一人。肩から、カーテンなの、それ、と言いたくなるほど分厚く長い布を斜め掛けしている。
柔和な笑みを浮かべた細マッチョは、左手を胸元に当て、右手をこちらへ向かって差し出している。
説明文によれば、ニュウワ・タンメイ。タンメイ伯爵家子息。婚約者はビージン・ハクメイ。
いや、だから名前。そう突っ込みそうになるのを、女は再び堪える。
パネルの人物は貴族。王太子ほどではないけれども、彼もまぁ、多分人に見られるのが仕事みたいなものだろう、と女は頷いた。
三枚目は件の力士。腰を落とし、張り手を繰り出した格好でこちらを見ている。
どこからどうみても立派な力士。他二名が中世ヨーロッパ的な設定の中、力士。名前はジャッポン。
女はそっと遠くを見た。そして考える。フランス語とトルコ語、どちらをもじったんだろうな、と。
説明文によれば、国一番の力士で、当然人気も王太子と並ぶほど。スーパースター。
じゃぁ写真撮られても仕方がないな、と女は無理矢理納得した。
そして最後。真っ黒のパネルに書かれた説明文を読む。
「はぁ……」
「決まりましたか?」
「ええ……」
少年からの淡々とした問いかけに、げっそりとした気分で答える。しかし、少年は女の状態などどうでもいいのだろう。特に問いかける事もなく、では、と続けた。
「転生させます。どうぞ楽に、と言っても貴方は魂だけですからね。なんのポーズも取れないでしょう。そのままでいてください」
少年は短い手を伸ばす。
そして女――宙に浮かぶ光の玉に触れた。
▽トドはシリアスに蘇生魔法をかけた。
▽シリアスは蘇らなかった!