03
そこまで聞いた女の中に恐怖が生まれる。
「何ですか、それ!? 私、なんでそんなわけのわからない勝手な話に巻き込まれてるんですか!?」
「ああ、別に断ってもかまいませんよ。その場合、転生の輪で争う人たちに加わるか、諦めて消滅を待つか、です。もし、我々の世界に押し入ろうなどするならば、今すぐ消滅させますけどね」
「ヒッ」
女は悲鳴をあげ、少年から距離をとった。
何もない空間から現れた、少年の周りに渦巻く黒い影。それはまるで蛇のようにずるりと這いずる。
「いっいやぁあああっ蛇ぃいいいいっ」
咄嗟に体が動いた――ような気がした。
女としては少年に背を向け、走り出したつもりだった。しかし、事実は違う。女はその場から一歩も動いていない。その事実に、突然頭が冷える。そして、女は思い出した。もう、随分と自分は動いていなかった、ということを。
手足の感覚がない。
ふわふわと宙を漂うな気配。
自分の身に起こっていることが受け入れられない。
「ご安心を。我々神は、むやみに魂の消滅をさせません。それはルール違反ですので。貴方が、我々の世界を犯しさえしなければ良いのです」
「は、はいぃぃぃ……」
にっこりと笑う姿が女にとっては恐ろしい。たとえ少年の姿がどこからどうみても、ふよふよと浮かぶ、幼児のお遊戯会の妖精の羽を造ろうとして、失敗してハエの羽になった、みたいな羽をつけたしょんべん小僧だったしても。
震えながら、必死に頭を上下に振ろうとして、できないのだった、と思い出す。
するり、と黒い影が消える。
「さて、鈴木佐也加さん」
「はっはいっ」
「貴女の転生する世界ですが、乙女ゲームの世界です。貴方はそこでヒロインの少女に転生してもらいます」
え、と女は瞬いた。
何故だかわからないが、不意に脳裏に浮かぶ映像。
1Kの狭い部屋。ベッドに腰掛け、小さな画面を覗き込む女。その中で微笑むイケメン。
ああそうだ、と女は思い出した。
日々の疲れを癒す、イケメンとの触れ合い。女にとって、それができるのが乙女ゲームだった。
「わ、私、乙女ゲームのヒロインなんですか?」
「はい」
頷く少年に、女の胸に期待が膨らむ。
イケメンパラダイス、と心の中で拳を握った。
うきうきと心が弾む。それは、声となって素直に表れた。
「あ、あのっどんなゲームなんですか?」
「朝ちゅんから始まるゲームです」