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短編コメディ

女に噛まれた!

作者: NOMAR


 西暦20XX年

 日本からセクハラが消えようとしていた。


「ぎゃああああああ!!」


 東京都内、とあるビルの中からおっさんの野太い悲鳴が響き渡る。


「田代課長!?」


 オフィスの中は騒然とし、仕事中の社員達はパソコンから田代課長のデスクへと一斉に顔を向ける。


「田代課長が!」

「田代課長が派遣の山崎さんに噛まれた!」

「あの口を開けばイヤミとくだらないことしか言わない田代課長が!?」

「いつもイヤらしい目で女性社員を舐めまわすように見てる田代課長が!?」

「隙あらば女性社員の尻を触るあの田代課長が!?」

「セクハラは日本の文化とか世迷い言をほざくあの田代課長が!?」


「「派遣の山崎さんに、噛まれた!!」」


((ざまあ!))


 社員達の音無き心の声が木霊しないオフィスの中で、派遣の山崎さん(26歳)は噛みついた田代課長から離れる。口からぺっと赤い血を床に吐く。


「また、つまらないオッサンを噛んでしまった……」


 床に倒れた田代課長は、噛みつかれて血の垂れる耳をおさえながら喚く。


「ややや山崎いい! お前、派遣の分際で、課長のワシにいいい!」

「うっさい! このセクハラ役立たず課長! クビにでもなんでもすれば? でも、その前に救急車でも呼んだら?」

「きゅ、救急車、そうだ救急車! おい、お前ら! ボーっと見てないで救急車! 119!」


 オフィスの社員が救急車を呼び、田代課長は救急隊員により運び出されていった。

 それを眺める社員達は囁きあう。


「ついに噛まれたな田代課長」

「いつかこうなるかも、とは思っていたけど」

「これで田代課長はしばらく出勤できないか?」

「その方が仕事がはかどるからいいけれど」

「噛みつき事件が増えたとはニュースで聞いてたけれど、まさかうちの社内で起きるなんて」


 社員達は救急車に乗せられ運ばれる田代課長を嬉しそうに見送っていた。使えない上司に同情する部下はいない。田代課長は日頃から、事故に会え、病気になれ、と部下の社員から呪われる、日本の企業ではわりとよく見かけるタイプのサラリーマンであった。


「だけど、これで田代課長が、女になってしまうのか?」


 日本全土を奇妙なウィルスが覆っていた。

 

 感染しても発熱や頭痛などの体調不良は無く、健康を害しない。その為に対策は遅れ、ウィルスの被害が現れる頃には、日本人の八割が既に感染していた。

 

「リョウ! あの女はだれ!?」

「あ、あの女って?」

「この前、二人っきりでデートしてたじゃない! ミユと! 喫茶店で二人っきりで楽しそうに!」

「ミユ? あれはミユが俺に相談したいことがあるからって、だからデートでもなんでもなくて!」

「ウソ! 浮気でしょ! ミユの前にだって!」

「おいやめろ! それはお前のカン違いだってわかったんじゃないか!? 浮気なんてしてない! 俺はお前に一途だって!」

「もうリョウのこと信じられない!」

「や、やめ、やめろ! やめて!」


 ガブリ


「アーーーーーー!!」


 この奇妙なウィルスは、感染しても病気にならず死ぬことも無い。ただひとつのその症状とは。

 女に噛まれた男は女になってしまうのだ。


「アナタ! これは何!?」

「そ、それは友人との付き合いで行ったランジェリーパブの……」

「たまに帰りが遅いと思ったら、そんな遊びをしてたのね!」

「い、いやまあ、これはその」

「息子の中学受験だっていうのに、こんなつまらないものにお金を使って!」

「いやそれは、息子の中学受験とはあまり関係無いんじゃ?」

「口答えしないで! あなたは私と息子の為に働いて稼いでいればいいのよ! こんなイヤらしいものに無駄遣いするお金なんて!」

「え? それは流石に酷くない? て、おい、ちょっと、待て、待ってくれ!」


 ガブリ


「アーーーーーー!!」


 このウィルスに感染した女が男を噛むことで発症する。噛まれた男は約十日、発熱と頭痛に悩まされる。その間、肉体は変質する。

 陰茎と精巣が腐敗して落ちる。体内の女性ホルモンが増加し、薄毛に悩んでいた者は回復する。

 噛まれた男が女になることから、このウィルスは女化ウィルスと世間で呼ばれるようになった。


 男女間の感情的な諍いから、女に噛まれる男が増加。また、社内のセクハラで、電車内の痴漢で、スクールカーストのもつれから、


 ガブリ


「アーーーーーー!!」


 次々と身体が女性化する男性が増えていく。

 政府の対応は後手に回り、研究者がこれに気がつき慌てて対策をしようにも、謎のウィルスのワクチンも特効薬も未だに完成しない。

 日本の人口の男女比は3対7となり、有効な手が打てないままに女性の数が増え、男性の数が減っていった。


「いやあああ!」

「そんな! なんで!?」


 被害を受けたのは男ばかりでは無かった。

 男性の俳優やアイドルが女性問題から女性に噛まれ、女性化する事件も相次いだ。


 ガブリ


「アーーーーーー!!」


 男二人のコンビが活躍する人気刑事ドラマでも、その主役が女性に噛まれ女性化し降板するなど。

 男二人のコンビを、少し違う視点から楽しむ熱烈なファンが悲しい悲鳴を上げた。

 大河ドラマなども、男性俳優が途中で降板するなど被害は増加する。

 また、


 ガブリ


「アーーーーーー!!」


『男子フィギュアスケート、日本の期待の星、噛んだった。ふひゃひゃひゃ。次の大会は女子で参加? がーんば』


 インターネットの動画投稿サイトでは、男性有名人に噛みつき、女性化させることでウケをとろうとする者が現れた。

 噛みつき(バイト)テロである。

 男子スポーツ選手が噛まれた場合、身体が女性化すれば、もはやスポーツ選手を引退するしか無い。

 身体が女性化しても、もと男性は女子として競技に参加することはできず、また身体の変質から男子としても競技に出ることはできない。

 

 女化ウィルスの存在が広まると、新たな女尊男卑の社会となった。セクハラや痴漢など性的な事件を起こす者は、噛んで女にして良し、という風潮が急激に広まったのである。


「どうして結婚できないんですか!?」

「いえその、日本は同性婚はできないんですよ」

「私は女です!」

「ですが、戸籍上は男ですので」

「身体は女になったのに?」

「あなた、産まれたときは男でしょ?」


 法律の対応も遅れ、新たなウィルスの蔓延に日本は混乱する。日本から発生した女化ウィルスは世界へと広がり、世界は少しずつ男女比が変化していった。


「……博士、なんつーもん作ってくれたんですか」

「いや、女性人権団体は喜んでくれたぞ? 資金もたんまりもらったし、これで次の研究費用がたんまりとある」

「でもこのままじゃ、人類が滅んじゃいますよ?」

「これくらいで滅びはしないって。クローンでも作ればいいから」

「博士、クローンの研究は倫理上の問題があって世界的に禁止されてますよ?」

「それでも、人類全滅したくなければクローンでも作るしかないだろ? 私は大っぴらにクローンと人工生命の研究をしたかったんだ」

「博士? あんたまさか、そのために?」

「どーしても男を残したかったら、捕獲して監禁して女に会わせないようにすればいいだけで、いくらでもどーにでもなるって。さて、何のクローンをつっくろっかなー?」


 世界中に女化パンデミックが広まりつつあった。世界中の科学者、研究者は女化ウィルスを解明しワクチンを作ろうと研究する。

 しかしこれまでに無いウィルスに、有効なワクチンも特効薬も完成はしなかった。


「ククククク、これは私に対する挑戦かな?」


 日本より遠く、海を越えたとある国。

 そこで一人の白衣を着た男が薄気味の悪い笑みを浮かべる。


「女に噛まれた男が女になる? 女化ウィルス? 許せんな、そんなもの!」


 あまりにも危険な研究を続ける男、ドクターゲシュタルト。数々の人体実験を行ったことから国際指名手配のマッドドクター。

 身を隠し狂気の知識欲のままに研究を続けるドクターゲシュタルトは、女化ウィルスの存在を知った。そして女化ウィルスを解析する為の研究に没頭する。

 人知れず隠れてドクターゲシュタルトは研究を続ける。


「もう少しだ。もう少しで完成するぞ!」


 世界が女化ウィルスの猛威に飲まれ、世界の男女比がついに一対九にまで迫る時。

 ドクターゲシュタルトの研究が完成した。


「ククククク、完成、ついに完成だ! 人類よ私に感謝するがいい! 私の研究でお前達、人類を救ってやろう!」


 完成したばかりの研究成果を前に、ドクターゲシュタルトは狂気の哄笑。女化ウィルスに対抗し、世界を救うかもしれないあるモノがついに完成した。


「これぞ私の研究の最高傑作! 『噛まれると男になるウィルス』だ! クハハハハハ!」


 ドクターゲシュタルトは筋金入りの同性愛者であった。

 西暦20XX年

 世界は更なる混迷の時代を迎える。








 ガブリ


「アーーーーーー!!」


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― 新着の感想 ―
[一言] ゾンビ作品だと思い読んだら違った。 でも、面白かったです。 女体化された男は、赤信号皆で渡れば怖くないみたく、女体化していない男たちを噛みまくるんじゃないですかね?
[良い点] ゾンビ化に引っ掛けていますが、現実にあり得る性別の問題のブラックジョークが面白いです。 [気になる点] しかし描写が足りていない面があります。 変化するのはどんな男も女になるだけ。であれば…
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