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Diamond  作者: 神希
Mission01
3/41

最高の場所-2

 三階まで吹き抜けになっている広い本館ロビーは、玄関側の壁が全面ガラス張りになっているため明るく、開放感に溢れた雰囲気だ。そんな中を大勢の大人たちが足早に歩いている。皆、ビジネススーツを着こなしている人ばかりだ。


(僕、ほんとに普段着で良かったのかなぁ)


 若干の後ろめたさを感じながらローディは、受付とおぼしき場所に近寄った。


「あのぉ、すみませーん」


 すぐさまカウンターの向こうに座る綺麗な女性たちが笑顔になる。


「ご見学でいらっしゃいますか?」

「あ、いえ。二時半に、えーと、エイムズさんって方と会う約束をしてるんです。来たら受付で場所を聞いてくれって言われたんですが」


 受付嬢は一度だけぱちくりと瞬きをすると、営業スマイルを取り戻した。


「エイムズというのは、公安局局長のフレッド・エイムズのことでよろしいでしょうか」

「はいっ、そうですっ」

「かしこまりました。では、お客様のお名前をフルネームでお願いいたします」

「ローディ・ワイズです」


 告げると、受付嬢は手元に視線を落として端末を操作し、


「確認いたしました。確かに承っております」


 引き出しから一枚のカードを出して立ち上がる。


「エイムズは局長室におります。右側の通路をまっすぐお進みいただきますと、突き当たりに社員用エレベーターがございますので、四十一階へ上がってください」

「わかりました」

「こちらは来客用IDカードです。お帰りの際、こちらにご返却ください」

「はい。ありがとうございます」


 ローディはカードを受け取って会釈すると、すぐさま小走りで教えられた通路に入った。駅の改札に似たゲートは借りたカードをかざして抜け、直進。前方にエレベーターホールを見つけると、一階に止まっているエレベーターに乗り込む。


(四十一階、四十一階っと。……へぇ、ここって五十階まであるんだ。大きいはずだよ)


 ボタンを押して扉を閉めるとすぐ、上昇が始まった。あっという間に階数表示が上がっていく。


(……ん? ちょぉっとだけど、変な音がするなぁ)


 気になり、四方に向けて耳を澄ましてみる。異音の出所はすぐにわかった。おそらく箱の上方だ。


(振動はないから、ガイドレールとの摩擦じゃなさそうかぁ。……ワイヤーロープが古くなってるか、駆動部のどっかががたついてるか錆びたかってとこかな)


 どちらにしろ、すぐに事故が起こりかねない致命的な傷や欠陥を示す音ではない。安心して息をつき、表示を見れば、三十九階まで来ていた。デイパックを肩にかけ直すと同時に到着を知らせるベルが控えめに鳴り、扉が開く。

 エレベーターから降りたローディは、ロビーと同様に明るく雰囲気のいいエレベーターホールを見渡し、歩き出した。すれ違う大人たちが向けてくる奇異の目を無視して進む。そうして目的の表札を見つけると、ドアのない室内を覗き込んだ。


「え~と、こんにちはぁ」


 最初に目が合った、秘書と思われる女性に会釈をする。


「エイムズさんの部屋って、ここで合ってますか?」

「はい。ローディ・ワイズ様ですね? お待ちしておりました。奥の部屋へお入りください」


 受付といい、ここといい、身近なところではまったく聞いたことのない丁寧な言葉遣いにむずがゆさを感じずにはいられない。


「お邪魔しまーす」


 ローディはへらりと愛想笑いをして中に入った。そして指し示された扉の前でいったん足を止め、軽く服と髪を整えてからノックする。


「どうぞ」


 ドア越しに返ってきた許可を受け、扉を開く。奥の立派な事務机に見覚えのある壮年男性を見つけたローディは、ほっと肩から力を落とした。後ろ手にドアを閉じつつ挨拶をする。


「こんにちはー。おひさしぶりです、エイムズさん」

「おう、よく来てくれたな。新しい部屋には慣れたか?」

「あはは……実はこっちに来たの、昨日なんですよ~」

「おいおい、学校は何週間も前に終わってるはずだろ。今まで何やってたんだ?」

「実家で、昔作った工作のなれの果てを見つけちゃいまして。いじってたら、ついうっかり」

「そりゃまた、予想を裏切らん答えだなぁ。ま、歓迎するよ」


 立ち上がって机越しに左手を差し出してくれるエイムズに近づき、握手する。昔は軍人だったという彼のごつごつとした手は、太くて大きい。ローディは幅も厚みもある体の持ち主に向かって破顔した。


「ありがとうございます。あっ、そうだ。工作繋がりって言うのも何ですけど。エレベーターホールに入って左側、いちばん手前のエレベーター。がたつきはないけど異音がしてたんで、ワイヤーと駆動部あたりを点検してもらったほうがいいかもです」


 エイムズの表情が崩れた。


「は?」

「音の様子からすると半年は大丈夫だと思うんですけど、いちおう知らせときます」

「……音だけで判断したのか?」

「はい」

「…………前に逢ったときも思ったが、お前さんは本当に、のほほーんとした見た目を見事に裏切る奴だなぁ」

「えー? そんなことないですよー。僕よりエイムズさんの方が意外ですよー。ほんとにお偉いさんだとは思いませんでしたもん」

「なんでだ? 最初に自己紹介しただろ」

「だぁって、大学までいっぱいスキップして人よりちょっと早く卒業しただけの人間ですよ? それをスカウトしに、まさかここまで偉い人が直接会いにくるなんて思いませんよ。普通」


 途端、エイムズの握力が強くなった。笑顔に変な筋が浮く。


「あのな? 前にも言ったが、十八歳でかなりいいとこの大学を片手で入る順位で卒業した上に、難関大学院への編入試験もストレート合格。セントラルのライフル競技全国大会では高校生部門と大学生部門あわせて三年連続優勝してて、しかもこの先誰も塗り替えられそうにない世界記録保持者なんていう常識外れなもんを背負(しょ)ってる奴が、だけとか普通とか言・う・なっ」

「いいい痛い痛いいたたたたエイムズさん痛いですってばーっ!」


 机を叩いてギブアップを訴えたところで、ようやく解放してくれた。じりじりとしびれる手を押さえ、うめく。


「う~、すんごい馬鹿力……」

「何か言ったかー?」

「気のせいですぅ」

「だったら、そこのソファーにでも座っててくれ。ちょうどコーヒーも来たようだしな」


 振り返ると、先ほどここに通してくれた女性が入ってくるところだ。エイムズは、ソファーセットのテーブルと事務机にひとつずつカップを置いて出て行く彼女に礼を言うと、腕時計を見やった。「あいつらは何をやってるんだ?」とぼやく様に、ローディは首を傾げる。


「誰か来るんですか?」

「ああ。お前さんの直属の上司と、同僚になる奴がな。……変なごたごたに巻き込まれてなきゃいいが……」


 やれやれと嘆息した彼の物言いに含むものを感じたが、ローディは内心で首を傾げるにとどめた。ソファーに腰を下ろして鞄を横に置き、当たり障りないだろう方向で話を振る。


「どんな方たちなんですか?」


 返ってきたのは、心底渋い顔。


「説明しにくい。二人ともすぐに来るはずだから、すぐわかる。だがまぁ、覚悟だけはしておけ。いろんな意味ですごいから」


 どっさりと革張りの椅子に座ったエイムズに、苦笑を向ける。


「それだけじゃあ覚悟のしようがないんですけど……。それにしても、二人ってことは僕合わせて三人? 少ないんですね」

「今回新設することになった特殊部隊は、柔軟な機動力が命だ。そうなると少数精鋭が最適だからな。とはいえ、せめて一人は前線に出られる人材が欲しいところだ。さすがにお前さんを敵のど真ん前に放り込むわけにはいかんし」

「あはは」


 ローディが請けた仕事内容は、ひとことで言えばバックアッパーである。専属技術者として部隊に必要な設備を整えるのだ。ほかにも遠距離射撃要員として契約してもいるが、あくまで後方支援。前線に出て近接戦闘をおこなうのは無理である。いざというときの補助を期待できない少人数部隊ならばなおさらだ。ここは素直に、人手が足りないからという理由だけで無茶な人事をする上司ではないことに感謝すべきだろう。

 ローディはこっそり安堵の息をつき、遠慮なくコーヒーに手を伸ばした。ミルクと砂糖をたっぷり入れてかき混ぜる。


「少数精鋭部隊って、響きはかっこいいですけど大変なんですねぇ」

「まぁな。それでもやっと土台ができたんだ。ここで踏ん張らなきゃ意味がない。どうにかするさ」


 気楽そうな物言いだが、その言葉には長年の苦労が窺える。ローディはスプーンをソーサーに戻すと、カップには触れずにエイムズへと顔を向けた。


「ものすごくいまさらな質問をしてもいいですか?」

「何だ?」

「どうしてエイムズさん直属の特殊部隊を作ろうと思ったんですか? 立派な公安軍があるのに」


 不意に、彼の表情から笑みが消えた。そのまましばらく固まっていた彼は、やがてぎこちない動きでローディから視線を逸らす。


「今から十三年前、ネフカス大陸にあるリーストンって国で、でかい事件があってな」


 エイムズは重い口調で、そう切り出した。


「毎月一人、年齢も職業もバラバラな人間が殺され続けた。連続無差別殺人事件ってやつだ。たった一人で十二人もの人間を食い殺した魔族は、事件発生から一年後に逮捕され、死刑が求刑された」


 ローディは巨大なオーガが人を頭からばりばりと食べる図を想像してしまい、思わず顔をしかめたが、気を取り直してもうひとつ疑問を向けてみる。


「犯人の動機は、何だったんですか?」

「そんなものはない」

「えっ?」

「強いて言うなら、『駄目だとわかってるのに酒を飲み過ぎた』ってところかな」


 ローディは、おそるおそる眉間にしわを寄せた。


「意味がわからないんですけど」


 しかしエイムズは軽く肩をすくめてみせただけだった。


「俺も最初は意味がわからなかったよ。だが、本当にその程度だったんだ。情けない話だがな。あの事件は、人間と魔族の価値観が違うせいで起こった悲劇だったって説明がいちばん適切かもしれん」


 今エイムズの脳裏に浮かんでいるのは、凄惨な事件現場だろうか。彼は沈痛と呼ぶのにふさわしい表情で、やんわりと首を振った。


「生まれ育った国が違うだけで考え方の違う人間は大勢いるだろ? 種族が変わればなおのことだ。もちろん悪いことは悪い。犯罪は犯罪だ。それでも、罪を犯した者を罰する、それだけじゃあ解決できん問題もある」

「その問題解決のための組織が、世界平和連盟(ここ)なんじゃないんですか?」

「ああそうだ。そしてあの事件のおかげで、世界で最も人口が多いって理由だけで人間のことしか考えてない、人間だけに都合のいい仕組みになってるんだってことに気づけたんだよ。俺はな」


 そう言って、エイムズがようやく苦いながらも笑みを取り戻した。


「ここはでかいからな。何もかもを変えるのはさすがに無理だ。それでもあがくくらいはできる……。世界平和連盟の基本理念は人助け。で、人間を助けようとする奴は大勢いる。だったら少しくらい、人間以外の種族を最優先にして動く部隊があってもいいだろ?」

「それで『特殊部隊』ですか」


 納得したところで、エイムズが顔をこちらに向けてきた。口の形は微笑みだが、目元には真剣さが見て取れる。


「お前さんは技術者だ。だが部隊のバックアッパーになる以上は、軍人として働いてもらうことになる。……訊くのは、これが本当の本当に最後だ。ローディ、軍隊なんかに入っていいんだな?」


 彼が危惧していることが何かはわかっている。そして親子ほども年齢が離れているローディを、一種の保護欲によって心配してくれているであろうこともだ。だから、ローディは姿勢を正した。


「僕が技術者になることを選んだのは、人助けをしたいと思ったからです」


 エイムズをまっすぐに見やる。


「種族差。病気や怪我や先天的な理由による身体的障害。偏見、差別……。少数派(マイノリティ)だからって理由だけでいろんな苦労を背負って生きていかなきゃならない人たちが、世界中にいっぱいいます。そんな中で頑張ってる人たちを、少しでも楽にしてあげたい。ハンデを消す手伝いをしたい。僕が持ってる知識も技術も時間も、そのために使いたいんです」


 一気に言い切ると、ローディはコーヒーカップを手に取った。まだ熱い液体に息を吹きかけ、肩から力を抜いて笑う。


「組織の手からこぼれ落ちがちな人たちを護るための部隊なら、こっちから手伝わせてくださいってお願いしたいくらいですよ。技術開発はもちろんですけど、ほかにも僕にできることがあるなんて、嬉しいですしね」

「うーん……」

「あはは。エイムズさん、心配しすぎですってば。僕なりに何日も真剣に考えて決めたんですから、大丈夫ですよー。……あ、このコーヒーおいしい。あのお姉さん、淹れるの上手ですねぇ」

「…………。本人に直接言ってやれ。むさくるしいおっさんより、可愛い男子に言われたほうが喜ぶだろうしな」

「そういうもんですか?」

「そういうもんだ。にしても、『可愛い男子』のほうは否定しないんだな」

「子供扱いされるのは慣れてますから。はー、おいしい」


 それはそれで難儀な奴だなぁ、と独り言を呟くエイムズを無視してローディは、さらにひとくち、おいしいコーヒーをすすった。


 ――コンコンッ。


 突然のノックの音にわずか驚き、遅れて自分以外の来客があることを思い出す。カップをソーサーに戻してエイムズを見やると、彼もまたカップを降ろすところだ。


「来たかな……。どうぞ」


 許可とともにドアが開く。


「すまん、遅くなった」


 高く澄んだ声とともに現れたのは、ダークスーツ姿の二人組。

 そしてローディは、かこん、と顎を落とした。

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