最上の誇り ~Prologue~
今日の軍事演習には、世界平和連盟公安軍の『最強』が参加するらしい――――
森林地帯を模して作られた、連盟本部敷地内第三演習場の入り口。準備を進めている部下たちを監督するカークランド大尉の耳に入ってきたのは、今年入隊した新人たちの話し声だった。
公安軍への入隊条件のひとつに大学卒業があるため、彼らの年齢はおおよそ二十二歳である。大人として扱われる年齢であり、さらに厳格な軍紀の下で過酷な軍事訓練をこなす日々を耐え抜いて二ヶ月が経つ。そろそろ軍人としての自覚が根付いてもおかしくない頃だが、準備中に私語を慎めないあたり、まだ青さが勝っているらしい。
「そこ! 口ではなく手を動かせ!」
「っ、申し訳ありません!」
一喝すると、新隊員たちは慌てて話をやめて準備作業のみに専念しだした。その動きは雑談中にはなかったきびきびとしたものである。だが上官の目がなくなったらすぐにサボる可能性もある。
カークランドはその場で足を止めた。とどまり、監視の目を意識させる。その一方で、自身はため息をつかずにはいられなかった。
(『最強』か……。気にするなというほうが、無理な話なんだろうな)
この惑星セージュには、広大なカリム海を中心に、異なる文明発展を見せた四つの大陸が存在する。
古くに貴族社会が生まれ、やがてビジネスの中心地として発展していった、西の大陸ログニッツ。
別名・森の大陸と呼ばれる、最も自然豊かで信仰心の篤い人々が暮らしている南東の大陸、ネフカス。
四大陸の中で最も発展が遅れたものの、数多くの優れた学者と芸術家を排出し続けている、北の大陸メイフォリア。
そしてここ、科学技術においてめざましい進歩を遂げるに至った北東の大陸、バーゼルである。
海によって隔絶されていたことで独自の文明を持ったそれぞれの大陸だが、帆船技術が進み、各大陸間が繋がると、そこに発生したのは交易であり、侵略と支配であった。
数百年にわたって続いた、戦争と確執の時代。しかしそれも、カリム海に永久中立地帯として巨大人工島セントラルが造られたことを境に終わりを迎える。今から約千五百年前、興歴二四三五年のことである。
セントラルに置かれた世界最高裁判所が仲裁役となることで国レベルの争いを未然に防ぐとともに、戦争の悲惨さ、人権の尊さを重視する方向へと世界中の人々の思想が向かっていったこの時代が、最も平和だったかもしれない。そんな平和が破られたのは五百年後。魔族による地上侵略戦争の勃発だ。
人間はうろたえた。大いに混乱した。それまでフィクションの中のものでしかないと信じ切っていた魔法が、魔物が、現実のものとして現れたのだから当然だろう。人間には魔族に立ち向かうすべはなく、蹂躙されるがままとなった。天界から天使が現れ、護られなければ、人間は滅びていたか魔族の奴隷と化していただろう。それほどまでに圧倒的な力の差だったのだ。
数十年をかけて情勢が落ち着いたあと、人間はひとつの決断を下す。
世界には人間族、天使族、精霊族、魔族、そして様々な亜人種や魔物といった数多くの種族が暮らしている。地上界と天界と魔界で棲み分けこそ成されているが、その境界に壁はほとんど存在しない。人間同士であっても各大陸ごとに気風が異なるがゆえに戦争が起きていたのだから、異種族と接触したとき考え方の違いから衝突が生まれるのはもはや道理だ。それも世界中で。ならば、遊軍を設立してはどうだろうか、と。
裁判と調停はセントラルの世界最高裁判所に引き続き任せることとし、あらゆる国家間のしがらみを受けずに国および種族間の争いを仲裁、鎮静化することを目的とした組織とその本部が、技術力向上が最も早く効率的であろう土地柄を見込んで、三〇四五年、バーゼル大陸の中ほどに都市国家として創設された。
これが都市国家ニンデルセンの興りであり、世界平和連盟であり、有事の際に出動する公安軍である。
自分たちは世界平和連盟が所持する軍隊の一員だ。一国の軍であればキャリア組に当たる者しか入隊できない、特殊な軍隊に所属している自負がある。だからこそのエリート意識が――新人訓練で徹底的にすりつぶしてはいるが――いつまでも頭の片隅から離れないのだから、『軍隊内に特例扱いをされている者がいる』と聞けば、反応するのも致し方なしというものだろう。
カークランドは視線を、本部に続く道の先へと移した。軍車両でこちらに向かっているはずの『最強』を脳裏に浮かべる。
(興味を持つのは仕方ないとしても、実物を見たらいったいどういう反応をするやら)
腹の底にどっしりと居座ったあきらめと呆れと疲労の重さに、思わず大きな息を吐く。
嘆息に気づいて声をかけてきた近しい部下に「なんでもない」と返しながらもカークランドは、脳裏によみがえった出来事を苦々しく反芻させられ、眉間にしわを寄せたのだった。
世界平和連盟公安軍の『最強』。
その始まりは、一年前の春までさかのぼる――――