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アルク=オール・サーガ

オータムじいじのよろず店~帝都で人気のお店です~【甘味量り売り編】

作者: 北乃ゆうひ

調子に乗っての第三弾です。


前作までのものを読まなくても問題のない話になっておりますが、よろしければ前二作もよろしくお願いします。

https://ncode.syosetu.com/s7204e/


読んで下さった方々が、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。



 スールピナ帝国の帝都の商業区の外れ。

 もう少し進めば、いわゆるスラムとよばれる地区に片足を突っ込んでしまうような、そんな場所にその店はあった。


 いつからそこにあったのか――気づけばその店はそこにあり、

 いつから人気があったのか――気づけばその店は話題になっていた。


 名前を『オータムじいじのよろず店』。


 人が良さそうな、温厚そうな――そんなお髭豊かなおじいさんの描かれた看板を掲げたそのお店は、よろず店の名の通り、生活必需品から、包丁などの調理器具、探索者(シーカー)向けの探索必需品に、武器や防具、薬に、果物や野菜、食肉など、ほんとうに何でも取り扱っている店。

 しかも、何気にここの甘味などは、帝都の中でも上位に位置する味として、女性たちから絶大な支持を受けている。


 だがそれらの品揃え以上に、定期的に変わったことをすることで有名だった。




 オレの名はジン。ジン=ニック。

 元は傭兵も兼ねた探索者(シーカー)だったが、今は小さな喫茶店のマスターなんてものをやっている。


 自分でも言うのも何だが、オレの見た目は恐ろしいと思う。


 身長は平均に比べて頭一つと半分くらいは高い。

 筋骨も隆々と言っても過言ではなく、四肢も首も太い。着ている服の上からでもそれが分かるほどだ。

 そこらで売っている服は身体に合わなすぎて、わざわざオーダーメイドで作ってもらっているのでやや高くついている。


 体つきからして他人から威圧感があると言われるオレだが、顔はもっと怖いと言われる。

 もともと強面で四角い顔なのに、額の中央やや上辺りから、左目を経由して左頬の中央辺りにかけて、魔獣の爪に引き裂かれた後が残っているからな。

 そのせいで、左目は開かないし、その瞼の僅かな隙間から覗くのは白い部分だけときた。しかも傷のせいでそれ以上は瞼も下がらず固まっているのもよろしくない。

 初見のガキには、大抵泣かれる。仕方ないんだが……。


 ついでにお世辞にも愛想がいいとは言えない。

 他人から怖がられて当然といえば当然なんだが……自分で言ってて泣きたくなってきたな。


 最初の頃は当然客など来なかった。

 決定的な問題として、オレは接客がとてつもなく苦手だったのだ。その上、お客はオレの姿を見て逃げ出しちまう……。


 それでもどうにかこうにか軌道に乗って、今では常連もいるし、新規客も増えやすくなってきている。ありがたいこった。


 これも全部、オータムじいじの店に出会えたから――かもしれないな。


 そんな、オータムじいじの店なんだが……。

 オレは店のコーヒー豆を仕入れる為に良く使っている。

 だが、今日の用事は仕入れじゃない。


「邪魔をする」


 ――カラン、カラン


 ドアに付けられている小さな鐘が鳴ると、店の奥から人魚(マーメイア)のミツさんがやってきて、迎えてくれる。


「あら? ジンさん。いらっしゃいませー」

「ミツさん。今日からアレをやっていると聞いたのだが」

「はい! ジンさんが毎回楽しみにされているアレは今日から二週間の間、開催中ですよ」

「そうか」


 ミツさんの言葉に、自然と笑みがこぼれた。

 同時に、なぜか周囲の客が一歩、オレから離れた。

 まぁ、こんなナリだからな。仕方ないか。


「このたびの会場は三番倉庫になります。場所はわかりますか?」

「ああ。探索者(シーカー)時代から贔屓させてもらっている。スリーパルフェスタのように、奇妙な倉庫が突然顔を見せなければ、問題はない」

「スリーパルフェスタの時だけは、興味ない方には申し訳ない気がしますけれど」

「たまにはいいだろう。この店は、そういう時こそより良い接客を心がけているのは知っている。人の話を聞かない奴でもなければ、買い物に支障はない」

「そう言って頂けると助かります。では、第三倉庫へどうぞ」

「ああ」


 ミツさんに促され、オレは第三倉庫に通じる転移陣へと乗った。



 アレとはチョコレートフェスタと呼ばれるイベントだ。

 ここの店主の故郷では、新年二ヶ月目の中旬に、日頃のお礼を籠めたり、意中の相手への思いを伝えるためにチョコレートをプレゼントするという催しがあるようで、この時季になると、必ず開催される。

 まぁこの時季以外にも数度開催されるのだが、メインは今ぐらいの時季だ。


 もっともこの店においては、お礼や告白などはあまり気にされず特殊な空間で特別なチョコレートを買える日と認識されているのだが。


 それでも、そういう由来でイベント会場以外でも綺麗な包装をされたチョコレートが売っているので、試しに購入――という人も少なからずいるらしい。


「いらっしゃ~イ」


 転移が終わり、倉庫への入り口へと近づくと、陽気で軽薄な男の声が聞こえる。


「スターチさんか。久しいな」

「おお! ジンさん! ボクの本来の担当業務の都合もあって、貴方とはこのイベントの時にしかお会いしませんしネ」

「それもそうだ。今日も世話になる」

「是非とも。楽しんでいってくださいネ~!」


 オレを歓迎してくれたこの男の名はスターチ。

 樹草人(ドリュアドス)という植物の特徴を持つ亜人だ。獣人と同じく、元となる植物が多数あるため、樹草人という言葉も総称にすぎない。

 スターチさんは、トウモロコシの樹草人――コーンフォークという種族なのだそうだ。


探索者(シーカー)をやめて以来、ここにはコーヒー豆の仕入れとこのイベントを楽しみに来ているようなものだ」

「いつもご贔屓にどうモ。ジンさんにはルールの説明はいらないかナ?」

「今までと違うところはあるのか?」

「ノンノン。商品のラインナップが違うだけで、いつも通りサ」

「ならば問題はない」


 逸る気持ちを抑え、小さくうなずく。

 年に数度しかないこのイベントだ。

 存分に楽しまなければ。


「では倉庫の中へどうゾ。今回もコーンなに、用意しましたヨ」


 導かれるままに中にはいると、細長い廊下のような場所の左右に透明な筒が連なる空間があった。


 天井も床も壁も白いこの場所に連なる筒。

 真ん中には長机が等間隔においてあり、ある種の研究室めいた印象を受ける。


 筒ごとに違う色やサイズの異なる玉のようなものが大量に収められており、その全てが美味なる菓子(チョコレート)――


 これだ。オレはこの光景を見たくて、このイベントに来ているようなものだ。

 圧倒される物量でありながら、整然とされていて、美しさを覚える。

 そして、その物量の全てが甘味で構成されているという夢の姿。

 コーヒーとそれに合う甘味が何よりも好きなオレにはたまらない光景だ。


 できるのであれば、コーヒーと甘味と、それを語り合う仲間が欲しいところだが――こんな見た目で甘味好きというとどうにも馬鹿にされたり、からかわれたりが多くてな。そこは諦めている。

 まぁ好きに楽しむだけさ。


「スターチさん。今回のオススメは?」

「サクラだネ。知ってる? サクラ?」

「ベーシュ諸島原産の木だろう? 一度春に見たコトがある。薄紅色の花弁の花が無数に花開き、見事なモノだった」


 その時の美しきサクラの大樹を思い出しながらも、オレはふと首を傾げた。


「あれは食用できたのか?」

「夏になると実を結ぶヨ。サクラと一言言っても色々な品種があってね、その実を食用できる品種もあるんダ。チェリーって果物を見たこ聞いたコトなイ?」

「なるほど、アレがそうなのか。

 シロップ付けにしたものを店で使うコトはあるな」


 最初は子供受けを狙ってソフトドリンクに浮かべていたのだが、なかなかどうして大人からも受けが良いのだ。


 そんな小さな果実を使っているのだと聞いて、納得した。

 シロップ付けではないチェリーを使ったものというのも楽しみだ。


 ……だというのに。


「ちなみに今回のオススメに使われてるのはチェリーじゃないけド」

「……は?」


 スターチさんの言葉に、思わず変な声をあげてしまった。


「ふふふ。気になるでショ?」

「勿体付ける人だ……。

 だが、確かに興味はそそられる」


 実でなければ何を食べるのか、想像も付かないが。


「この薄紅色の奴がそれサ。是非食べて見てヨ。試食用に一つあるからネ」

「いただこう」


 それは、大人が親指と人差し指で作る輪よりも一回りほど小さいくらいのサイズの塊だ。

 スターチさんの言うとおりに、色は薄紅色。

 形としては決して整った形とはいえないもの。それを菓子だと知らなければ艶やかで奇妙な質感の石と言われ、納得してしまうものもいるだろう。

 だがこれは甘味であると、オレは知っている。


 この菓子の名はチョコレート。

 南方のダンジョンで、コーヒー豆などと一緒に良くドロップする木の実――カカオを原材料とした菓子だ。


 本来は黒や茶色という暗い色合いのものなのだが、この店では色とりどりのものが存在する。作り方は企業秘密だそうだ。


「ふむ。見た目は普段からある大型のモノと色味以外に大差ないが……」


 そうしてオレはそれを半分ほど口にした。

 中央に添えられたナッツが、カリっとした音を立てる。


 表面は薄く塗られたスイートチョコ。

 この部分からふわりと、華の香りが広がる。ほのかな酸味と独特の甘み。その甘みを引き立てるような微かな塩味(えんみ)。チェリーの成る木の何かを使われていると言われれば確かにと思える風味だ。

 表面のコーティングの下から出てくるのは、このチョコレートの主役であるサクラを邪魔しないダークチョコレート。

 甘みを抑えた苦みあるチョコレートながら、表面のサクラ風味のスイートチョコレートのおかげでその苦みがビターすぎず楽しめる。


「美味いな」

「でしょウ、でしょウ」

「風味は理解したが、材料が分からないな」

「簡単だヨ。サクラ花びらサ。今回は塩漬けのものと、砂糖漬けのものと、両方をブレンドして使ってるのサ」

「花びら……ッ! よもやあの美しい花をそのようにして食せるとは……ッ!」


 驚愕しながら、オレは残りを口に放り込む。うむ。美味い。

 しかし、この店の店主の発想はどうなっているのだろうか。


「ちなみに、サクラ味の付与効果は三十分間の攻撃型魔導術(ブレス)の威力アップだヨ」

探索者(シーカー)を辞めたオレには関係ないし、魔導術師(ブレシアス)ですらなかったから、なおさら関係ないな」


 ここにある各種チョコレートはそういう付与効果がある――ちなみに同じモノを複数個食べての重ね掛けは無効だ――のだが、スターチに告げたように、すでに探索者(シーカー)ではないオレには無関係だ。


 オレは美味い甘味が欲しいだけだしな。


「それもそうだネ。さてさテ。試食も終わったところで、本番いくでショ?

 お値段もいつもと同じ、1(ガルム)で15ドゥース。一度、容器に入れたものは元に戻せないのでご注意だヨ」

「分かっている。では戦場(うりば)へと赴くとしよう」

「ご武運ヲ~」


 オレの背に、スターチが手をヒラヒラさせながら見送ってくれる。

 それを受けながら、オレは手近な机の元へと歩み寄った。


 そこにおいてあるのは、数種類の透明な袋だ。

 S、M、Lと書かれたそれぞれの袋は、サイズが異なる。


 Sは程良く入れると100(ガルム)ほど。

 Mは程良く入れると250(ガルム)ほど。

 Lは程良くいれると400(ガルム)ほど。

 それぞれ、そのくらいの量が入る。


 程良くを越える量を詰め込めばもっといけるがな。


 1(ガルム)15ドゥースというのは決して安い金額ではない。先ほど食べたサクラのチョコレートだって、あれ1粒で40~50ドゥースはするのだ。

 同じ味のものでも1粒辺りのサイズもだいぶ違うがまぁそれが平均だろう。まぁ付与効果を思えば妥当な金額なのかもしれないがな。

 ともあれ、あれもこれもと詰め込んで行くと値が張ってしまうというのは過去の経験から理解している。


 だが――ッ!


 どの袋にするかを悩むオレは顔を上げて、周囲を見渡す。

 壁に沿ってならぶ透明な筒の中。その中にあるのは全て、チョコレート。


 それぞれが異なる味であり、中央部分がナッツだけでなく、乾燥させたフルーツや、ポップコーンなども存在しているのだ。

 当然、中央に入っているモノによってフレーバーを調整してある。コーティングしているスイートチョコレートの味も、それぞれだ。


 厳選する――そのことがどれだけ難しいことかッ!


 だからとて……Lサイズの袋の場合、軽く詰めるだけでも5000ドゥースなんて余裕で越えてしまう。


 1000ドゥースあれば、探索者(シーカー)向けの安い食事処で、ランチセットにもう一~二品おかずを付けられる額なのだから、5000というのは決して安くはない。


 自分の中で設定している一ヶ月の間に使える自由な小遣いの額を思うと、これだけで四分の一を消費してしまう金額なのだ。

 そう思えば、入れすぎてもまだ余力が出るSサイズの袋を手に入れるのがいいだろうとは思う。


 だが……だがしかし……ッ!

 久々の贅沢なのだ。ここで小遣いを惜しんでどうする……ッ! とも思うわけだ。


 オレが悩んでいると、別の客がこの場所へとやってきた。


 二人組の女だ。格好から見るに探索者(シーカー)だろうし、雰囲気からして、二人とも魔導術師(ブレシアス)。ならば付与効果狙っての来店だろう。


「パナシェちゃんッ! この日のために残してきたお小遣いが火を噴く時だよッ!」

「警告。意見には賛成。但し。此度は前回のような金貸しを拒否」

「あ……あれはちょっと、調子乗りすぎちゃって……」

「重ねて警告。ニコラの暴走。このイベント限定。私を越える」

「だって、チョコレート美味しいじゃない?」

「是。チョコレートは美味。但し。理由としては不当」


 パナシェという少女の言葉に、ニコラと呼ばれている女性が視線を泳がせる。


 ……どうやら、付与効果よりも甘味が目当てらしい。女性らしいといえば女性らしいが。


 見た目は全く違うが、姉妹のように仲が良いのはいいことだ。

 ただ、この場に限って言えば小さい方が年上のように見えるが。


 そして――二人のやりとりを見ていて冷静になれた。

 Lを手にするのはやはり危険だ。素直にMを使うことにしよう。

 この場には、買いすぎてしまった時、金を貸してくれる友の同伴はない。


 オレは気持ちを切り替えるように息を吐いてから、Mの袋を手にとった。


 さて、どうするか。


 先ほど試食したサクラ味は美味かった。

 今回限定と言うことで、多少は確保しておきたい。


「まずはそれか」


 筒の下に口が付いており、口の上にあるレバーを捻ると、捻っている間だけ口からチョコレートが落ちてくるという仕組みだ。


 オレはサクラのチョコレートが詰まった筒の元へ行き、袋を口に付けてレバーをゆっくり捻る。

 勢いが良すぎると出し過ぎてしまうのだ。


 どの程度で止めるべきか。

 限定品であるし、味も良かった。

 うーむ……。


 などと考えているうちに、袋の三分の一ほどが埋まりかけていて、慌ててレバーから手を離す。

 だが、閉じゆく寸前にドバっと落ちてきて、袋の半分ほどがサクラで埋まってしまった……。


 いや、悪くはないのだが……。


 気を取り直して次を選ぶ。


 目についたのはバナナだ。

 中央に乾燥させたバナナの欠片。それをビターなチョコレートでくるみ、その上からミルクの風味の強いチョコレートでコーティングしているもの。付与効果は三十分間のスタミナアップ。

 味はもとより、探索以外でも使い道がありそうな付与効果も悪くない。


 次にキャラメルポップ。

 中央にポップコーン。それをキャラメル風味の甘めのチョコレートで包み、ビター系のチョコレートでコーティングしたものだ。

 付与効果は三十分間の防御力アップ。ケガをしづらくなるらしい。これも探索以外で使えそうだ。


 ほかにも色々とあって目移りしてしまう。

 そんなオレの近くで、先ほどの女たちが騒ぎ出した。


「制止ッ! ニコラ。それ以上はいけないッ!」

「でもッ! ピーチ味をまだ袋に入れてないから……ッ!」

「警告ッ! 袋の中身が膨大。すでに予算オーバーと目算ッ!」

「大丈夫! まだパナシェちゃんの推測でしかないからッ!」

「………………諦観。先に会計を済ませる。イートインスペースで待つ」

「えー!? 一緒にもっと見ようよーッ!」

「拒否。これ以上は私のお財布が危険」


 パナシェと呼ばれた少女の袋もMサイズながら多めに入っているようだが、彼女の言う財布の危機とは、相棒の買いすぎによるものだろう。

 あの判断は間違っていない。危機と引き際を心得ているなかなか腕の良い探索者(シーカー)のようだ。


 しかし、近くでああいうやりとりを見せられると冷静になるものだな。


 胸中で二人の女性探索者(シーカー)に感謝をしつつ、オレは少しずつ、欲しいモノを袋に詰めていった。



     ☆



「スターチさん。会計を頼む」

「は~イ。袋を預かるネ」


 オレは自分でチョコレートを詰めた袋を手渡す。

 それを受け取ったスターチさんは、会計台の上にある(はかり)に乗せた。


「ふむふむふム~」


 スターチさんは、その袋の重みを確認して顔を上げる。


「今回は、283(ガルム)だネ。代金は4245ドゥースだヨ」

「……なッ!?」


 想定以上の金額に、思わず動揺してしまう。

 このイベントのたびに詰めすぎてしまうので、今回はだいぶ慎重になっていたハズなのに……ッ!?


「どうかしたノ?」

「いや……150g程度に抑えていたつもりだったのだが……」

「Sサイズでなら、めいいっぱい詰めたらそのくらいだけど、Mサイズでここまで詰めちゃうとネ」

「そうか……」


 一度、筒から出したものは元に戻せない。

 こうなってしまえば、会計をせざるえないのだ。


「確認してくれ」

「はイ…………うン。代金確かに」


 スターチは手渡した金をしまい、袋の口を紐でしばったあとで、小さな使い捨ての手提げに入れてくれる。


「どうゾ。またよろしくネ」

「無論。いつも楽しみにしているからな」


 挨拶を交わしあい、オレは第三倉庫から出ようとして――


「あ、あの……!」

「ん?」


 先ほどの女探索者(シーカー)――ニコラだったか?――に、声を掛けられた。


「どうした?」

「え、えーっと……」


 オレが振り向くと、彼女は一瞬ビクりとした。

 雰囲気からして、オレの顔に驚いたのだろう。

 だが、気後れしたのはその一瞬だけだったようだ。


「あたしのお会計が終わるまでちょーっと、居てもらえないでしょうか?」

「…………」


 その理由にすぐ思い至り、オレは目を眇めた。


「いいだろう」


 だが敢えてそこにツッコミは入れずに、彼女の会計を見守ってやることにする。

 ここに来るオレを恐れたりバカにしたりせず、ふつうに接してくれる女というのは結構貴重だしな。

 初見で驚かれたのはノーカンとしておこう。


「スターチさん。これ……」

「いつもいっぱい詰めてくれてありがとうネ」


 恐る恐るという様子で、彼女が差し出すのはLサイズの袋にギリギリまで詰められたチョコレートたちだ。

 ……一緒に来ていた相棒の警告がまったく効いていなかったと見えるな。相棒の方はとっとと会計を済ませたのは正解だ。


「601gだネ。9015ドゥースだヨ」

「…………」


 取り出した財布を見、涙目になったニコラがこちらを見上げてくる。


「いくら足りない?」


 彼女が言い出そうとすることを先回りして訊ねると、彼女は驚いたような顔をして見せた。


「オレを呼び止めたのはそれだろう?

 貸してやるのは構わないが、身体で払ってもらうぞ?」


 敢えてニヤリと笑ってやる。その顔が相手からどう見えるのか、理解した上で、な。


 オレがどういう人間かを知っているスターチは横で必死に笑いをかみ殺しているが、彼女の方は冷や汗をダラダラ流しながら頭を巡らせているようだ。


「言い方はアレだけど、ジンは怪しい男じゃないヨ。身元はボクが保証するからネ」


 可哀想なほどに悩んでいる彼女を見るに見かねたスターチさんが、そう助け船を出す。


「娼館に売るとか、そういうコトは絶対にしないから、安心していいヨ。

 単純に、仕事を手伝ってくれって意味だかラ」

「そ、そうなんですね……」


 ホッと息を吐いた彼女に、オレは5000ドゥースほど渡してやる。


「手持ちと合わせてそれで足りるか?」

「はいッ!」

「この後、時間はあるか?」

「今日明日は自由時間なので……」


 まだお昼を回った辺り。

 そうであればちょうどいい。


「ならばその自由時間の全てをオレの手伝いに使え。それでチャラにしてやる」

「ううっ……わかりました」


 顔に色々予定があったのに……と書いてあるが、知ったことではないな。

 正直なところ、自業自得だ。


 そうして会計を済ませた彼女――ニコラとともに、第三倉庫を出ると、まずはイートインに向かう。

 そこで、ニコラを待っていたパナシェの元へ行く。


 瞬間、パナシェはオレをみて盛大に嘆息した。


「唖然。ついに手を出すとは」

「ついにとか言わないでッ!」

「絶句。チョコレートで身を滅ぼすとは」

「滅ぼしてないしッ!」

「途方。この別れ、リーダーたちへの説明困難」

「まだお別れじゃないからねッ!?」


 完全にニコラの言い分を無視して、パナシェはオレを見上げながら告げる。


「嘆願。奴隷や娼館は勘弁してやってほしい」

「この国で、表に生きる人間がそんなコトをする訳がないだろう」

「安堵。ではニコラになにを?」

「オレの仕事の手伝いだ。安心しろ。オレとて元探索者(シーカー)。休み明けの探索に影響が出るようなコトはせん」

「重ねて安堵。だが不安。共に行っても?」

「構わんぞ? むしろ君は客人としてもてなそう」

「感謝」


 パナシェは食べていた袋の口を閉じ、鞄にしまう。


「では、君たちをオレの仕事場へ連れて行くとしよう」



     ☆



「交換。出、クランベリー。求、バナナ」

「いいぞ。ただクランベリーはかなりの小粒だ。そちらが二つ、こちらが一つでどうだ?」

「交換成立。どうぞ」

「おう」


 パナシェからクランベリーを2粒もらって、こちらはバナナを一つ渡す。


「ううー……その食べ比べ、あたしも混ぜてくれませんかー?」

「注意。口じゃなくて手を動かす」

「そうだな。ちゃんと掃除をしてくれよ。貸した金の分はな」


 オレの店に連れてきてニコラにやってもらっているのは、店内の掃除だ。

 それを横目でみながら、オレとパナシェは互いに買ったものを交換しながら食べ比べをしている。


 買える量を考えると、どうしても厳選してしてしまうからな。そうして好みに偏ると、普段はあまり食べないものが出てきてしまう。

 そういう時に、嗜好の異なる同好の志がいるというのはいいものだ。


「そうだ。パナシェ。君、コーヒーは大丈夫か?」

「消極的肯定。ミルクと砂糖がありなら」

「構わないぞ。せっかくだ、とっておきを淹れてやろう。

 このイベント用チョコレートにあう特別なブレンドをわざわざ自分用に作っていてな。是非とも、味わってくれ」

「感謝。楽しみ」


 オレはイスから立ち上がり、コーヒーを淹れる準備を始める。


「あのー……そのコーヒー……是非ともあたしにも……」

「君は掃除を続けてくれたまえ」

「ううーっ……」


 涙を流しながらもまじめに掃除をしているニコラに、オレは苦笑を漏らしながら、三人分のコーヒー豆を用意するのだった。





 パナシェとニコラ。

 この二人はこのあと、なんのかんのとうちの常連となってくれる上に、

時々店を手伝ってくれることになる。


 オレはパナシェ曰くのスイーツ仲間というやつらしく、ニコラもそれを認めているようだ。


 そんな二人とはまさに甘味について話をする仲となっている。

 あの店の甘味もそうだが、オレの作る甘味や料理に二人は忌憚のない意見をくれるのもありがたい。


 店は店でふつうの食事も提供しているからか、彼女たちのパーティメンバーも食事に来てくれる。


 オレが元探索者(シーカー)ということもあって、色々と相談に来る若手たちというのも、存外悪い気はしない。


 店は少しばかりにぎやかになったが、これもこれで悪くはない。

 この出会いをくれた、オータムじいじの店には感謝だ。



 …

 ……

 ………



 『オータムじいじのよろず店』


 人が良さそうな、温厚そうな――そんなお髭豊かなおじいさんの描かれた看板を掲げたそのお店は、よろず店の名の通り、生活必需品から、包丁などの調理器具、探索者(シーカー)向けの探索必需品に、武器や防具、薬に、果物や野菜、食肉など、ほんとうに何でも取り扱っている店。


 何でも取り扱いがあるとは知っていたが、まさか、得難い友人までも取り扱っているとは思わなかった。

 これからも、贔屓させてもらうとしよう。


 

 お読み頂き、ありがとうございました。


 嫁さんとChoci Tokyoという新宿のチョコボール専門店に遊びに行った時に思いついたネタです。

 作中の購入システム的なところは、ほぼそのまんま。店内の見た目も大変楽しいお店でした。


 今回も読み切りという形でアップしましたけど、今回も三話目なのでそろそろ連載として投稿しなおした方が皆さん読みやすいですかね? うーん……次のネタが思いつくまでには、ちょっとちゃんと考えておきましょう。


 また何かアイデアが出てきたり、面白いお店や催しに赴いた時に、オータムじいじと結びついた時にでも書きたいと思います。その時はまたよろしくお願いします。


 ここまで読んで下さった皆様に、改めて最大級の感謝(ありがとう)を。では。

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