009
009
7年目の夏のことだ。
とうとう勇者が来た。
去年末からの奴隷解放騒動で精神をやられているかと思ったが、心配したほどでもないみたいだ。もっと働いてもらわんと。
南西、南南西や西側では奴隷解放がされたが、こちら側では奴隷制度の法改正と、段階的に解放していく仕組みを作っている最中で、それに関して口出ししてこないのを見ると、それなりに思うところがあったのだろうけど。
もっと早く来るかと思ったが、なぜ今更なのか。
見てるとなんとなーく分かった。
「本当に男だったかー」
第一声がこれである。
魔王が女でハーレムメンバーに入る展開を夢想したけど男という情報を知って興味無くしてたな。
それに、魔族は人間に近い姿のもいるが、それでもよく見ると微妙に違っていて不安になる造形をしている。
これじゃよっぽどの趣味の人じゃなきゃ興味わかんだろう。
ケモミミ獣人とかいないしな。
「はあ……耳だけがですか? 私は見た事も聞いた事もありませんね。獣人は混血が多くいますが、耳が獣と同じになるほど血が濃いならば、顔や体がヒトと同じになるなどありえないと思うのですが」
とは7年前のロウの言葉。
「おー、日本人? どこ? オレ世田谷」
「俺、呉。つっても引っ越したばかりだったけど」
「広島? 結構離れてるとこから召喚されたんだなー。いや、地球でみたら日本の中から2人ってスゲー近いのか」
「魔王ってチートとかもってなかったの?」
それ聞いちゃう?
「さあ? 魔力量はあるけどバッテリー代わりにしか使ってないし」
「あー、じゃあやっぱチートとかギフトとかそういう細かい転生ものじゃないんだなー。いや、召喚か。魔法も俺才能無かったし。魔王は?」
「少し使える」
「てことは、勇者は戦士系で魔王は魔導師系って事かなー」
勇者召喚と魔王召喚は同じものだ。
何事でもあるが、こういう、バランスが取れる答えを求めるのは危険である。
性格の悪い美人
性格の良い醜女
など、語呂や心理的安定感が良いが、それはただの妄想であって、現実はいくらでもパターンがある。
そして、同時であることも。
ああ、魔法の練習がキツくてすぐやめたなこいつ。
雑談で半日使うとか久しぶりだった。
「ハーレムとかないの?」
「ない」
「まーしょうがないよなー。可愛い系の魔族とか本当にいないし。サキュバスは良いんだけどさぁ。ケモミミいない異世界ってどうよ?どう思う?」
「そういう小説は読んでたけど、俺あんまり萌えとかわからない方だったし」
「そっかー、あ、そうだ、お菓子持ってきた。隣の国で作ってきたから結構時間経ってるんだけど、うちのが氷で冷やしてたから大丈夫だと思う」
「おー…… たすかる。 でもさ、魔族って本当に細々してて、食べるものがみんなバラバラなんだよ。お菓子って色々入ってるだろ? それぞれダメな魔族とかいてさー」
などと、言葉を濁す。
「まじかー、じゃあ料理チートできねーか。俺、異世界転生もの好きでさー、料理の練習とかしてたんだよ。本当に転生するとは思わなかったけどさ。あ、召喚ね」
なるほど、そういう理由でも料理を始めるというのは良いことだと思う。
「魔族の国って、何か名産品とかねーの? こう、酒とか、肉料理的な」
「酒か。ないな。自然にできたやつを飲んでるのはいるけど、わざわざ作るやつはいないよ。外じゃ魔族って酒飲みと思われてんのか?」
情報ではそんなの無かった。人肉を食うという言いがかりは書いてあったけど。
「ほら、魔族ってなんかロハスな感じじゃん? ロハスって言ったらハワイとか沖縄じゃん? 沖縄の人めっちゃ酒飲むし。酒飲んで豚肉食べて仲間と騒いでストレス解消! 健康長寿! みたいな」
俺は少し安堵した。
先々はわからんが、勇者はしばらく安心だろう。
沖縄はもう長寿県ではなくなっている。
野菜と運動を重視した長野県に抜かれた。
それでもまだトップクラスなのは、昔ながらの生活や胃腸が強かったり、そもそも生物として強くて生き残っているお年寄りのおかげだ。
沖縄の65歳以下の男性病死率は異様に高い。
現在も50歳を超えた辺りの世代では夫が死んでしまって独り身になった女性が増えている。
沖縄といえばコレ、みたいな酒とタバコと肴で死ぬのだ。
どちらも完全に断つのは難しいかもしれないが、ほどほどに留められなければ最初からやめた方がいい。
沖縄は肥満率も高い。だがそれだけではない。太っていなくても内臓をやられて死ぬ人間が腐るほどいる。
どっちも悪いのだが、どっちかが悪いという、つまり、心理的に収まりの良い形を求めてしまっていて、結局どっちもダメになる。
「そっかー、魔族ってお金も無いんでしょ?」
「ああ。物々交換が主だよ。人間との貿易ではお金使うけど、鉄製品とか、魔法具とか、それぐらいしか買わんしな」
「食生活も質素かー。オレには無理だなー。そっかー、魔王は隠居系だったかー」
□
勇者がハーレムメンバー13人も連れてきたもんだから、部屋に困った。
ヒト族やそれに近い種族用で綺麗な部屋が13室なんて、山をくりぬいて作った様な魔王城には無い。
そんなわけで、広い展望場(つまり壁にでかい穴が空いてる大広間)に通した。
ベッドは作らせたが、寝具は勇者一行の持ち込みがあったのでなんとかなった。
最初は一週間ぐらい滞在するつもりだったらしいが、あまりに見るものが無いとかで、一泊したらさっさと帰っていった。
山ばっかりだし、その山にしても北の大絶壁いけば、もっと高くて険しいわけで。
森林限界高度以下の森にしても、グロめの植物結構多いしな。
米をどっさり置いていった。
「同じ日本人って聞いてたからさ。恋しいかとおもって。西南の国で見つけたんだよ。増やすの苦労したんだぜー」
とかいい笑顔で言った。
悪いやつじゃないみたいだけど……
魔族をロハスと表現している事からみても、勇者も魔族を正しく認識しているらしい。
やっぱ先入観がなければわかる。
プウにしても戦争中は「血を!」とか言っていたけど、終わってからは謝罪と賠償がどうのこうのなんて言わない。魔族の兵士も俺が知る限り、そんな事を言ってる奴はいない。
先入観、繰り返し何度もスローガンを見聞きさせたり、刷り込みというは怖い。扇動者が利用するのも分かる。
なお、出奔の理由は、
「王様の態度にムカついてさー、偉そうでさー」
らしい。
いや、王様は偉いからね。
それで姫をゲットして逃げたらしい。
□
勇者達が魔王城を立った後。
「ほんとうに会わなくてよかったんですか?」
「ええ。話すことも無いですし」
小さな部屋の一つに、俺と、勇者とは別の来客が向かい合って座っていた。
白い、というか何か陶器の様な輝きがある肌。
サラサラの直毛。しかもどういう色素なのか緑色。
鼻は高いが眼窩はそんなに深く無い。造形は日本のハーフタレントぐらい。
体はスマートで、胸も重力に強い形をしていた。
エルフである。
勇者に娘を連れていかれた母親だった。
「まぁ、少女は英雄に恋をするものです。私も昔は引っ張ってくれる男が好きでしたよ」
そう言ってニッコリ笑う彼女は御歳100歳。
いつの娘で、若い頃っていつなのか聞くのが失礼なのは俺でもわかる。
「エルフは死ぬまで老化しませんからね。ただ、子供はなかなか生まれません。私も成人してから2人しかできませんでした。あの子は2人目です。エルフの寿命は2
00年。妹か弟ができれば良いのですが」
心を読まれたんだろうか。
「経験を積み、歳をとれば好みも変わります。私の娘ですから。そのうち帰ってくるでしょう」
ハーレムメンバーはどうなるのか。
ハーレムメンバーが年寄りになった後の話がある作品はなくは無かったが、あまり知らない。
俺が知らないだけでいっぱいあるのかもしれんけど。
ヒロインが歳をとらないとかいうのもあった。
もう何年も経ってるけど、地球じゃ今どういうのが流行ってるんだろう。
目の前の彼女は、エルフの王の1人である。
エルフはおよそ500人から1000人で集落を作っていて、この大陸各地の森深い場所に住んでいる。
数はあまり多くない。
美しさから奴隷狩りに……なんて事はあまりなかった。
エルフ達は魔族である。
例の種族的中立魔族だ。
その魔力量は平均して魔族の中でもかなり高い。つまり、強いのだ。
隷属の首輪とか、魔力を抑える道具とかこっちには存在しない。金はバッテリーだが、限界があるし枷にしても魔力を吸うわけではない。
エルフを止めるものはない。
無手生身でヒトを引きちぎり、視線や意識の集中でヒトを燃やす。
枷でガッチガチに固めても麻薬を使っても、自由に扱う事ができない。
力があるというのは、最後まで弄ばれないという事でもある。
ただし、奴隷として狩られずとも、ヒト族と争った後、死体が戦利品として持ち帰られることはよくあった。
最後以降まではどうもできない。
「招待を、受けます」
「ありがとうございます」
彼女が来ていたのは、話し合いのためだ。
うちの秘密クラブに入らないかという。
魔族の国にも少しエルフがいるけれど、外のエルフは警戒心が強くて、なかなか話が進まなかった。
勇者が帰った後、他のエルフ集落の代表もちらほら現れ、1ヶ月掛けて話を詰めていった。
エルフの総数はおよそ1万人いるかいないかぐらいらしい。
長寿ではあるものの、出産率の低さから微妙に数はたもたている。
だが、人間と何度も小競り合いを繰り返してきて減った人口は戻ってない。
200年前は今の10倍ぐらいいたというのは長老エルフの談。
種族的中立魔族であっても、利益が絡めば殺され
住む場所を奪われる。
しかし……東京1000万人ってやっぱすごかったんだな……
□
「やはりエルフは魔力量が高いですね」
とは、エルフ御一行を見送った後のロウ。
魔力探知というか、においでわかるらしい。
「魔族の中でも龍族に続く強い一族。荒事が苦手で昼寝が好きな奴らですが、本来なら私の立場は彼らのものだったでしょう」
とは、魔族国軍パワー系トップのプウ。
「ふおふおふぉ。ま、剣の腕なら負けませんがね」
ま、お前ヨーダだしな。マスターだしな。
だからゴブリンディステニーって何なんだよ。
俺より年下でその貫禄と皺はどこからきてんだよ。
「だが、そんなエルフでさえ追い詰められていた。ヒト族は弱い。だが、数が多い。面倒なやつらです。魔族は様々な種族を合わせてもヒト族の半分にも届かない。ヒト族とはいったい何なんでしょうか」
と呟いたのは八木さん。
八木さんの言葉にはこたえたい。
「ヒト族なんて言ってるけど、あいつらも多分魔族だよ。というかこの世界では知的生物を魔族と言ってるだけ」
俺の言葉に4人とも黙った。
「多分、だけどな。エルフが子供できにくいって言ってたろ、勇者もあんだけハーレムメンバーがいてやりまくってて(ひとの城で14Pとか頭おかしいんじゃねぇの?)子供ができない。多分、魔力と生殖能力は関係している。人間は年中発情期だし子供をポコポコ産む。そしてたまに魔族ぐらい魔力を持っているやつもいる。多分先祖還りだな。
そういうのを抜きにしても微量ながら魔力は持ってるんだし。ヒト族の祖先は魔力より生殖能力繁殖能力をとった魔族だったんじゃないかな。推測だけど」
俺、まだ童貞なんだけどな。
4人とも唸っている。
「世知辛いですな」
とヨーダが言った。
お前本当に年下なのか?
実用レベルの魔力をもつヒト族はこの数年でがっくり減った。
200人に1人だったものが、今年生まれた子供の内、調査ができている範囲では500人に1人。
だが、子供の段階では、その才能があるかどうかしかわからない。
成人した時には更に割合が減っているだろう。
自然というのは不思議なものでこういった謎の調整力がある。
必要ない部分を切り捨てていくのは生物の業だが、ヒト族は魔力さえ調節できてしまうらしい。
戦争終わらせて良かった。
ヒト族にはぬるま湯の中で溺死してもらわないと。