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「これ何の機械になるんだ?」
「脱穀機の部品らしいぞ」
「だっこくき?」
「あれだ、ヒト族が食べてる粥の、あれ、小麦をなんかするやつ」
「なんだってそんなもん作ってんだ?」
「まぁ、戦争終わったし、ヒト族仲良くするためとか?」
「いやー、無理だろ。俺この間、城でヒト族の外交官?連中見たけど、こっちめっちゃ睨んでたぜ?」
「殺し殺されの仲だからなぁ」
「ヒト族には『戦の習い』って無いのか?」
「なんでも『死体に鞭打つ』って諺があるらしい」
「「「ヒト族こえー」」」
□
テクニカル魔族軍人は現在工場で労働してもらっている。
脱穀機の大量生産だ。
資本主義を刷り込まれて育った俺としては、命令一つで「ま、暇だし」とか言いながら無給で労働に勤しむ彼らにびっくり。
食料の支給も断られた。別に足りてるとか、この辺いっぱいあるから自分で採るよとか、取り過ぎたら森が禿げますよやめてください。とか。
はえぎわが冷やっとしたのでそれ以上は追求しなかった。
水の支給は受け取ってくれた。
お前らなんでヒト族に嫌われてんだよ。
□
「魔王様、サインを」
「うん。あれ? これ新しい国?」
「はい。こちらは北の大絶壁近くの国のものです」
「思ったより早く増えてるな」
「なんと言いますか、魔王様が来て下さらなければ我々はヒト族を知る事ができなかったかもしれません」
堅牢な魔王城の、さらに地下。魔法による強化が何重にも掛かった倉庫の一つ。
壁を棚が覆い尽くし、いくつかあるテーブルには書類の山。
この書類の山は、帳簿である。
いわゆる秘密口座であった。
囚人のジレンマみたいな話だが、フェードアウト系勇者というのは、召喚した連中が腐っていたりする場合が多い。ウェブ小説知識だけれど。
なので、ヒト族の組織が腐っているかもしれないと思った。
種族的中立の立場にあるいくつかの魔族に密使をお願いして、後方のヒト族の国々のお偉いさんと接触してもらった。
休戦という建前ではあるけどまぁそれなりにうまくいった。
種族的中立、というのは、単純に、ヒト族がそれらの種族を美味しいと思っているからだ。上から目線で、お前たちは人間様の陣営に加えてやるよ、という態度。
多くは吸精族。サキュバスとかね。
サキュバスはどうも妖精族に近い、というか、遠縁らしく、実体が無い。
何を言ってるのか自分でもよくわからないが、俺達の様な肉体とは違う体でできていて、宿した精を元にその種族の姿になったりする。一種のシェイプシフターみたいなものでもあるらしい。
つまり、一口に吸精族と言っても、様々な姿の者がいる。
ヒト族は年中発情期で精を食い放題。
なので、ヒト族型吸精族はやたらと多く、ヒト族の国の多くにいる。
股間を掴まれたらヒトは弱いものなのだ。男も女も。
だいたい、体の形を変えられるって、サキュバスだろうがインキュバスだろうが名器を作れるわけで、そんなもん最高じゃねぇかと。
ともかく、吸精族を始め、ヒト族社会に紛れ込んでいる魔族にお願いして、後方の国の偉くてブラックなヒトに話を通してもらった。
とりあえず攻められても困るのでどうしようかと考えた時に思いついたのがスイスだったのだ。
国の地形にしても山がちで険しいし。
俺の乏しい知識では、そういう地形と、
軍役に屈強な軍人、
一家に一つのシグSG550ライフル(尾根から尾根を狙い撃つ山岳戦の為に他所とは一線を画す性能のライフル。今は一家に一つではなく、郵便局とかで一括管理していて有事の際に使用する。これ多分郵便局を砦として使う意図もあるんじゃなかろうか)、
アルプスの少女ハイジ、
ハイジのお爺さんは元傭兵、
スイスアーミーナイフ、
黒いスイス(書籍)、
スイス銀行(最近は国際社会からの突き上げでオープンな感じになってるらしい)、
民間防衛(書籍)、
ネットでスイス産アダルト動画を検索するとなんかエグいのが出てきて衝撃的というぐらいしか知らない。
けれども、攻められず、というのは見習うべきだと思った。
この魔族の国は山がちな地形だけれど、これはどうも迫害の歴史で人が住めない場所に逃げてきたからしい。
そのおかげで20年前までは嫌われつつもなんとなーくやってこれた。
ヒト族のお偉いさんからしても魔族がロハスに生きているのは都合良かったんだろう。
しかし民衆を煽り過ぎて、これに便乗して権力を握るチャンスだと思った軍部が暴走した。
なにしろ軍だから、魔族のことは他のヒト族よりわかっている。
一進一退を繰り返しているのもわざとだし、攻め上がっても旨味はない。
金山は魔族の国中央あたりにあって、取るまでにどれだけ犠牲があるかわからんし。
煽られて狂った若者や、嘘は見抜けなくても愛国心の強い立派な若者の命を20年間使い潰し、しっかりと懐を温め続けてきた。
実際、魔族の国と国境を接しているヒト族の国々の半数以上は20年前の戦争開始時から軍事政権になっていた。
王族が軍属に席を取られるとは、なかなか下克上である。
国によっては、武家の貴族が上手く王族を取り込んで乗っ取っている。
ヒト族こえー。
そんな魑魅魍魎渦巻く周辺諸国から自国を守るために、うろ覚えのスイス知識で対抗しようと思った。
それで、スイス銀行計画だ。
敵国の中に秘密口座を作ってしまえば、これほど安全なことはない。
民衆をどんなに煽っていても、上の連中は魔族の国の国土なんぞ欲しくはないし、時折小競り合いをして政治のネタにできればいいのだ。
魔族の国としても、こうやって各国要人の口座を持っていれば、牽制できる。
どこかが突出して戦争仕掛けようにも、それで魔族の国側が秘密をバラしてしまうとまずいので横槍を入れてくれる。
魔族の国で新たな地下資源が見つかる可能性も微量ながらあるわけで、この秘密口座にしても当座しのぎのつもりでやっている。
まずは戦わない事。
信用についての問題はあまり発生しなかった。
数人、あちらの要人が東の港からこっそり訪れて会談をしたのだが、彼らは魔族というものをよくわかっていた。
大衆に言い聞かせているような獣ではないと。
そして、俺は普通にヒト族で教養もまぁある。
この秘密口座によるお互いのメリットについて話し合い合意した。
あとは芋蔓式に資金洗浄やら表に出せないお金を抱えている連中やらが群がって来た。
少し前まで対魔族で各国の足並みが揃っていたため、トップの人たちは交流を深めていたようだ。
「ようやく戦争が終わって助かりましたよ。最近は軍の連中が幅を効かせていて、特に教養の無い下っ端なんて蛮族と変わりませんよ。庶民から奪うなんて、結局何も生み出していないのと同じですからね。大罪ですよ。自分でお金を作り出して消費してくれないと。まったく、誰が政権につかせてやったと思っているのか」
とは、とある国の自称商人の言葉である。
□
「隊長ーこんなに石臼作ってどうすんですか?」
東の海への道を魔獣車の隊列が進んでいる。
荷台には大小様様な石臼。
その御者も様様な種族だった。
「どうするもなにも、ヒト族の商人に売るんだよ」
「それは分かってるんすけど。小麦粉? って、あれですよね。ヒト族の食べ物」
魔族は種族によって食生が違うため、それぞれ、何族の食べ物、という呼び方をする事がある。
例えば食べもしない雑草に名前は無い。しかしそれを食べる種族もいるため、必要な時はその種族名をそのまま使って呼ぶ。
それが、他種族に発音不能な単語が入るとおなおさらである。
小麦は魔族の国でもたまに見かけるが、虫が葉っぱを、鳥が実を食べる雑草の扱いだった。
草食魔族もたまに食べるし名前もあったが、特にヒト族が大量に食べるので、ヒト族の食べ物、でも通じる。
やーい、ヒト族の食い物食ってらー、とかそんなイジメは魔族にはない。ただの名前である。
「ああ。魔王様は小麦粉のためだって言ってたな」
「魔王様ってヒト族なんでしょ? 」
まさか裏切ってるんじゃ、とは言わない。
「さあな、魔力量は前魔王様超えてるって話だ。そんなヒト族ありえないと思うぞ」
「前魔王様て確かこの道作った方ですよね?」
「ああ。邪魔だとかで山三つ吹き飛ばした」
「それ以上て」
「そんな強い魔王様が、なんでヒト族のためになるようなもの作って売るんです? 確かに石臼は私たちも使いますけど」
「わからん。商売?ってのは相手が望むものを売るらしいし。まぁ、いいじゃないか。久し振りに海も見たかったし」
「「「うえーい」」」
そんな雑談を交えつつ、ゆるゆると魔獣車は東の海、闇取引の港へ向かう。
彼らは一つ間違えていた。
商売というのは確かに相手が必要なものを売るものだ。
実際、魔族達の取引もそれに当たる。
しかし、最上の商売とは、必要ないものを売る事である。
毒にも薬にもならんものを、体に良いとか呪いに使えるとか、宣伝というのはかくも大事なものなのだ。
□
秘密口座の誘いとともに、各国では新たな農業技術が広まっていった。
それは勇者が流したものか、魔王が流したものか、はたまたその両方か。
ヒト族は土地改良に価値を見出し、スタートを切った。
鶏が先か卵が先か。
そう言って煙に巻いたり思考停止するのは簡単だが、鶏の祖先が恐竜で爬虫類なのを考えれば、卵が先なのである。
だが、大衆にはそうやって答えを考えられないままでいてもらわないと。
鶏の入った卵が着々と仕掛けられていった。