010
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9年目に入った。
最近、下流、中流貴族の子供達に肥満が増えてきたらしい。
民衆はまだか。
例によって、俺とロウは日課の資料精査に努めていた。
「『歯の木』をですか?」
「ああ。少しだけ増やしてエルフのとこに株分けする」
歯の木とは、魔族が歯磨きに使っている木だ。
この国の気候で斜面でもすくすく育つ低木。よくしなって繊維が細かい。
枝を適当に切って、先の皮を剥いて(性的な意味ではない)潰すと硬い筆みたいになる。
この一連の作業を『筆下ろし』という(性的な意味ではない)
これで、歯を磨く。種族によってはガジガジ噛んだりするが。
だが、
「虫歯になる魔族もいるにはいますが、私も聞いた事があるだけで実際に見た事はありません」
こいつらあんま糖質とってないしな。
でも歯を磨く。
やっぱり、口の中がベタベタしてたり歯に何か挟まって ると気持ち悪いらしい。
それに、糖質無くてもに挟まったモノで変な雑菌が繁殖したり、炎症の原因物質を出したら命とりだ。
肥満が増えてきたなら虫歯も増えてくるだろう。
虫歯菌は糖質で増える。強固なバリアで歯にへばりつく。
低糖質で野菜をよく食べるとそれがブラシの代わりになったりもするらしいが、小麦粉も米も砂糖も消費量が上がっている現在では無理だろう。
ヒト族も毛ブラシを使っている連中はいる。貴族とか。
これから先末端まで虫歯になるほどの糖質を与える以上、安価な歯ブラシが必要だ。
つまり、
砂糖食わせる。
↓
虫歯菌が増えて困る
↓
歯ブラシが売れる
↓
歯を磨いて安心しちゃってまた砂糖食う
↓
結局虫歯になって医者も潤う
「魔王様、その作戦は本当に最後まで続くのでしょうか。歯を磨くというのはつまり、虫歯にならないように気をつけるという事ですよね? にもかかわらず、虫歯の原因になるようなものをまた食べるというのは矛盾しているのではないでしょうか?」
「欲ってそういうもんだよ。ヒトはまじないを信じるんだ。なぜ歯を磨くか、どう歯を磨くかなんて誰も気にしちゃいない。信じているのは、歯ブラシを口に突っ込んでモシャモシャすれば虫歯にならない、という根拠の無い妄想と習慣だよ」
ソースは、毎食後に歯を磨いているのに虫歯や入れ歯だらけの親類知人。
虫歯も無いのに何で歯医者に行くのかと不思議がられたが、お前らこそ歯医者行け。
歯医者でちゃんと磨き方を習って実行しているし食べ物にも気をつけていたので1日か2日に一回しか磨かなくても虫歯無かった俺。
「本当に考えさせてしまうんじゃなくて、これやっときゃ大丈夫っていうモノを与えて思考停止させるのが大事なんだよ」
成分表示を見るやつは少ない。
「それに、虫歯や歯周病になってもらわないと困る」
「薬ですか……」
現在、薬を作っている。
現実に効果があるものだ。
ただし、症状を抑えるタイプのモノ。
お得意先には自称商人の治療師関係の方々もいるのでそちらとの取引になる。
「治療薬は高いと聞きますが……しかし魔法省はその辺の草を使っていましたよ」
「そうだな。売値は治療師が決める事だ。病人が増えるだろうからまぁまぁ安くはするんじゃないか? ……いや、むしろふっかけるかも……」
「それでは薬が買えない者が出るのではないでしょうか?儲からないのでは?」
「薬が買えない奴には札を売るんだよ」
「ほう。回復魔法のスクロールですか」
「いや、ただの札。紙切れ。病気に効果がありますよと言ってそれを売る」
「……は?」
「それで偶然治れば良し。治らなくても死人に口無し」
「……命の限りお金を吐き出させるという事ですか……」
「流石。ロウは物分かりが早いね」
「我々はそんな恐ろしい連中と戦っていたのか……」
ロウが顔をひきつらせる。
「薬だって症状を抑えるだけだからな。根本原因を取り除かないとまた必要になる。でも、不思議なもので症状が和らぐと原因を解決しようとしなくなる。ぶり返してきたら薬を買う」
「麻薬みたいですね」
「中毒性の無い薬なんてないよ。肉体的、精神的にな」
虫歯に関する研究は2010年代から急速に進んだ。
そもそも雑菌の侵入経路は限られているのだ。
一部の協力な菌を除けば、傷ついた粘膜系ぐらいしかない。
歯茎がそれだ。
近年、歯周病が人体に致命的なダメージを与える事が証明された。
考えれば当たり前の事ではあるのだが、歯茎がやられるとその血管を通して炎症物質や下手すると雑菌も血中に流れ込む。
検査でそれが発見された。
これにより、動脈硬化や心臓病や癌まで歯周病から引き起こされる可能性がある
とわかった。
悪い歯周病原因菌の餌は糖分である。
木の根をかじっていた時代でさえ虫歯になっていた。歯を磨く習慣を一般大衆に告知してそれを実行しても地球では虫歯がなくならなかったし、甘いものを食べると虫歯になると何度宣伝しても虫歯はなくならなかった。
それは歯磨きがただのまじないに成り下がっていたからだろう。
これから大量の糖質が大衆に行き渡る。
ありがたい事に、この大陸では治療師と一般大衆の壁が厚い。
工業化による運動不足で病気になるのはまだ先だろう。
日本でも少量の白米とみそ汁で元気に山を歩くお年寄りはいた。
だが、虫歯にしてやればすぐだ。
「中流と下流か……大衆にも広がるだろうが、中流ぐらいだとすぐに修正するだろうな」
「肥満の話ですか?」
「ああ、虫歯もな」
そもそもお得意先の多くは中流以上だし、俺がやってる事もある程度バレているだろう。自分から忠告もしているから。
だがしかし、
「やっぱ上流は騙されないんだよなぁ……」
地球でもそうだったが、お金だけが格差ではない。
教育はお金に比例する事
わかっているが、それも決定的な格差ではない。
単純に『家』が格差なのだ。
ただの教育ではない、まだ物心つく前の子供が見て学ぶもの、教育以外で子供に教えるもの、ものの考え方、もっと言えば、脳の構造の遺伝。
成金との間には高い壁がそびえ立っている。
俺はこっちで薬を作って売る。
地球の上流階層の人たちも薬剤メーカーの株をもっている。
だが、薬は使わない。
一般大衆というは、一体なんなのだろうか。
所詮俺も元一般庶民だ。
魔王なのもただの成り行き。
一般的なチート主人公程計画が全てうまくいってるわけでもない。根粒菌は失敗した。
情報のリークでロスチャイルド家の真似をしてみたが、自分が格式高くなった様には思えないし、ただの金庫番だ。
元々、俺は権力や財産が欲しくてこんな事をしているわけでは無い。
うちの秘密口座だって、銀行の様にこの預金を使って金儲けしているわけではないし貸付もしてない。
逆に手数料を少しもらうだけだ。本当に少しだけしかもらってないはずなんだが、ちょっとシャレにならん量の黄金が倉庫から溢れている。
密貿易港の闇取引街はちいさく、森に紛れてひっそりとしているが、魑魅魍魎が跋扈している。
闇取引街にいるヒトのほとんどは自称商人が連れてきた使用人や人足達だが、その主人達、存在感が凄い、または、存在感が希薄すぎて怖い連中がポロッと居て、常時で言えば数人しか居ない彼ら彼女らが街を闇に沈めている。
あれが、支配者なのだ。
『貸した者は借りた者の奴隷となる』
地球では王でさえ借金まみれで困っていた。
奴隷ばかりだ。
あるいは俺も、お得意先方の奴隷なんだろう。
参考文献
白米が健康寿命を縮める
花田信弘
※この章には参考文献を付けておきます。
んなアホな作品でそういうのいらんよと思うでしょう。
私もそう思います。
だから付けてないけれど、これは2017年に読んだ本の中で一番良い本だったので。
なお、糖質カットしても虫歯にならないわけではありません。
唾液にもブドウ糖は含まれますし※