諜獣・骸虫駆除、うけたまわる!!
諜獣とは――人間の弱みを密かに探り、強請り、たかる下種な害獣である!
骸虫とは――死してなお、不死身になった害虫が外殻だけで動くゴミ虫である!
これは、クズをもってゴミクズを制する、駆除人たちの近所迷惑な駆除事件簿。
*
日曜休日の昼下がり――。
「こんちはァ!」
何の罪もない一般民家のドアを蹴破るなり、ぴったりと張り付いたコンプレッションウェアとたぼだぼのカーゴパンツを着こなしたオッサンがのたまった。
ボサボサの茶髪頭からは、一際伸びた二本のアホ毛がミョンミョン跳ねていた。浅黒い色の顔にはクロスした傷痕。そして、中年のニュアンスに似合わぬ引き締まったボディ。
午後惨事の不法侵入事案である。
「きゃー!」
「な、なんだお前は!?」
団欒の時をぶち壊された一家は、両手に銃をぶら下げる狂人に怯えまくった。
「俺かァ? 俺は駆除人、葛入茶翅だァ! 突然ですが、この家に骸虫が蔓延っている気配がしたので、お邪魔せていただいたァ!」
「骸虫!? まさかウチの下に!?」
奥さんはフローリングの床から飛び退いて、リビングテーブルの上に退避するが――。
「ハイ、不正解デェス!」
「ひぃ!?」
茶翅は弾丸のごとく跳躍して天上を突き破った。もちろん、修理代は一家に擦り付けるつもりだ。
天上裏にいるのか、と骸虫を探して上方を仰いだ一家は、零れ落ちてきた破片にぎょっとした。
「なんかベトベトする!」
「しかもアリがメッチャついてるキモい!」
悲鳴を上げた一家を差し置き、茶翅は機嫌よさげに口笛を吹いた。
「Foooooo! 骸虫・飴塗りアリ、発見!」
「キキ……?」
瓦屋根を一面べっこう飴でコーティングする五匹のアリ。そのサイズ、驚異の一メートル越え。そんな化け物を前に茶翅はテンションアゲアゲだった。
透き通ったガラスのような外殻を持つ骸虫・飴塗りアリ。
家屋の屋根に潜み、太陽光を反射する飴の外殻で擬態する特性を持つ。しかも、口部からべっこう飴を出し、屋根に塗りたくるので、夏は虫が寄ってきて大変なことになる。
外側からも発見される可能性が低く、非常に質の悪い骸虫だ。
そして、そんな害虫を駆除するのが――。
「これより駆除に移る! ゴミクズどもは残らず殲滅だ!」
「キキキ!」
「ア~ハァン?」
後ろ足で立ち上がって威嚇する飴塗りアリ。
だが、茶翅は臆すことなく、気前よく二丁のハンドガンをぶっぱなした。
茶翅の持つ自動拳銃は駆除人用のオーダーメイドで、チタンを存分に使った重量級の一品だ。バレットの弾頭には、特殊な薬品がプラスチック詰めにされている。
これで不死身の骸虫の外殻を溶かすのだ。
初撃と次弾のダブルショットは、一匹の飴塗りアリをコロラド撃ち――頭と胸に二発ずつ撃ち込む射撃――で穿った。
穴の空いた頭部と胸部が溶け、ターゲットはガクッと崩れ落ちた。
「ハァ~♡ これだよ、コレェ。ゴミクズを掃除するのは快感だァ……たまらねェ!」
狂い笑いながら更なる銃弾をばらまくが、飴塗りアリは散開して攻撃を避けた。
「おいおい、的が散らばるんじゃねえよォ!」
スプリングでも入ってそうな強靭な脚力で、茶翅は跳んだ。
翻って天地逆転した茶翅は、さらに上空から薬弾を発射。薬品入りの弾頭は飴塗りアリの頭部を喰らい千切る。
残すは三匹――。
「キキ!」
「おっと!?」
だが、次弾を放たせまいと飴塗りアリが集団で襲い掛かる。着地のタイミングを計られ、茶翅は腕と太腿の肉を千切られた。
着物の下からぶしゅぶしゅと血がこぼれ、茶翅はふらついた。
なんとなく表情は幸せそうだ。
「オオ……いてえじゃねえか。一張羅が台無しだぜ……」
「ひいいいい!?」
天上の穴から垂れてきた血を見て、一家の誰かが卒倒したらしい。
その悲鳴を聞いて飴塗りアリの一匹が下に向かおうとするが……。
「 逃 が さ ん ぞ … … ?」
みょんっ!とアホ毛が跳ね上がった。
瞬間、茶翅の体はビクンと仰け反り、ビキビキと筋肉の表面に血管が浮き出る。
まるで変態していくように。
「教えてやるゴミクズ共」
浅黒い皮膚は硬質さを帯びていき、筋肉は盛り上がり、背中には翅が生える。足は虫のように折れ曲がり、強靭なバネと化した。
「この世には、ゴミクズを処理するためのクズがいるのさァ」
茶翅は、駆除人の組織からある昆虫の遺伝子を受け入れていた。
人類の天敵と言ってもいい存在。
台所や生ゴミ、どこにでも現れる奴である。
Gの頭文字を冠するアイツだ。
「ギィッ。どーも、チャバネゴキブリの葛入でーす♡」
完全に変態を終えた茶翅は、今まさに家に侵入しようとしていた飴塗りアリの背後に移動した。
音を立てず、瞬間移動がごとく、気配すら気付かせずに。
二丁のオートマティックハンドガンは腰のホルスターに納め、二振りのコンバットナイフに換装済みである。
このナイフの刃にも特攻薬が染みており、なぞれば骸虫の外殻を絹豆腐のように裂く。
「喰い散らかしてやる、殻まで残さずなァッ!」
そこから先は、茶翅の食べ放題祭りと化した。飛んで跳ねては飴塗りアリを喰らい尽した。
ギシギシと笑いながら食った、喰らった。
悪食のゴキブリに恥じない食べっぷりで、骸虫を捕食してしまった。
「げぷっ、ふい~食った食った」
ご満悦の茶翅は、一仕事終えたと言いたげに一家の前に現れた。
そして謝礼はいらないといってから去ろうと近づいた。
「どーもご協力ありがとう……」
「いやああああああ、来ないで骸虫ーーーー!」
チャバネゴキブリの変態姿のまま。
「……あああん、骸虫ゥ!?」
奥さんが指さす方向を振り向く茶翅。
しかし骸虫の姿は無い。
「あ、俺のことか?」
このままでは警察を呼ばれるので、現行犯でタイーホされない内にトンズラすべきだ。
やっちまったぜ、と肩を竦める。
「ではまたのご利用、お待ちしておりまァーす! ま、そっちに用が無くても押し入るけどォ!?」
「出てけーーーーー!」
駆除人は家を去った。
続編は考えておりません。