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04. 眠り姫との秘めたる蜜月

「ご苦労様」


 椅子に悠然と座る統治者は、変わらず柔らかな物腰で語りかける。


「無事に家まで届けたよ。道中で変わったことも無い」

「なら良かったよ。君を粛清することになったらどうしようかと思ってた」


 冗談だと分かっていても、妙な圧迫感に冷や汗が落ちそうになる。

 女神の身に何かあったなら身内でも首を切られかねないのは事実。何も無かったとはいえ、彼女が目を覚ました事を思い出し背筋に寒気が走った。


「明日には目覚めるだろうから、さっそく会いに行くよ。僕たちが留守の間よろしく頼むね」

「あぁ、分かった」


 月の女神との婚約がひと段落するまで、仕事は全面的に補佐官が取り仕切ることとなっている。三人の統治者はあくまでも彼女の婚約者“候補”なのだ。彼女と婚約できるのはたったひとり。その心をつかむため、『婚約者選定期間』と定められた期間は統治者たちは女神との時間を優先的に過ごす決まりとなっていた。現代において月の女神がそれほど大きな存在かと言えば疑問は残るが、しきたりとなっている以上は仕方ない。


「他二人は興味がないようだから、僕がもらうことになるだろうけどね」


 薄い笑顔に、軽くため息が混じったようにも見えた。


「……お前も乗り気なように見えないんだが」

「そうかい? これでも楽しみにしてるつもりなんだけど」


 そこにいるのはいつものノイン。作り物のように美しい、誰もが見惚れるような笑顔を浮かべた若き統治者。


「まぁ、遥か昔から街を治めている家に生まれた以上、逃れられないしね」


 この街が三つに分かたれる以前から、彼の先祖はこの場所を治めていた。三人の中で最も正当な統治者と言える存在。だからこそ、女神との婚約を望む声も一番大きいのだ。


「彼女がダメなら良家のお嬢様が連れて来られるだけなんだ。それなら僕は月の女神との婚約を望むよ」


 彼はとても精神力の強い人物だ。責任感も人一倍強い。街のためならその身を犠牲にする事もいとわないほどに……。


「どうしたの? 小難しい顔しちゃって」

「え? いや、別に……」


 必死で取り繕うとするも上手い言葉が出てこない。


「ホント、嘘吐くの下手だよね」


 笑いながら言ったはずなのに、どこか力はなくて。

 それは、小さな本音を呼び覚ます。


「……そういうとこ、羨ましいよ」


 彼は笑顔のまま席を立つ。だが自分は何かを言える立場ではない。この問題に関しては、特に……。


「さて、僕は明日の準備でもしようかな」

「まだ何かあるのか?」


 女神の住む家は準備万端。家具も使用人もすでに配置し、日常生活における不自由は何一つ無いだろう。


「第一印象は大事でしょ? 疲れきった姿で彼女に会うわけにはいかないよ」


 扉へ向かう足取りは軽やか。心はいまにも明日へ飛び立ちそう。


「あ、そうだ……」


 何かを思い出したように突然、彼はくるりと振り返る。


「彼女、僕の言った通りだったでしょ?」


 自信に満ち溢れた笑顔。それは、いつもの彼の表情。


「……あぁ、そうだな」


 花のように可憐で素朴な、愛らしい少女。

 だけどひとつ、お前が外したことがある。


 彼女の瞳は、月のように美しかった──。

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