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 銀薔薇の騎士

 失敗した。 

腹にぽっかりと空いた穴からドボドボと血が流れて来る。


 魔族を甘く見すぎた、いや、私自身が甘かった。


「---------・・・」


 治癒の聖句を唱えようとしても、口からはヒューヒューと空気が漏れるばかり。


 ああ、死ぬんだな、これは。

死は怖くはない。

だが、寂しかった。


一人で死ぬのが。


「・・・か・・あ・・さん、とう・・さん」


そして義兄さん。


こうして、銀髪の少女は倒れ、意識を失った。









 




「神は言った、調和こそが至上だと、さすれば我々は調和を乱すものを討ち滅ぼすことを

 至高とせねばならない、そのために犠牲になった魂は神に愛されるのだ」

             ダルク正国 正騎士団 初代 騎士団長





 ※※※





大陸 アトラディオン 帝国領 属領 元長城3国 ペール・ゼンベル伯

居城 



 私は魔術の本を読んでいた「魔術の歴史的発見」、帝国魔術院出版、はっきり言って私に魔術の素養はないが、その歴史を嗜んでみるのはそれだけでも面白い。


今読んでいるのは、転移魔法に関する章だ、600年ほど前の大王国時代に当時の大帝が移動に使ったという転移魔法だ。しかし、大人一人を100ベリー(1ベリー、10mほど)

移動させるのに上級魔術師、一人分の魔力を空にしてしまうそうで、当時の大帝は国中から魔術師を集め、移動を行ったという。


しかし、その燃費の悪さから結局は廃れ、今は失われた魔術だという。 


当たり前だ、本来魔術師は多種多様なことができる、それを移動のためだけに使うなどというのは愚の骨頂だ。



「ゼンベル伯」


フルプレートアーマーが、ガチャガチャとこすりあう金属音と衛兵団長の声で現実に引き戻される。


  書斎に入って来た彼の声は緊迫感にあふれたものだった。



「何だ?兵団長、もしや不作で村に被害が・・・?」

今年は不作で、多くの村で年貢を免除した、食料の配給も行ったが、それでも餓死者が出てしまった村があったのだろうか・・・・。



「いえ、それ以上のことです、森の兵の詰め所がモンスターにやられました、兵は全員殺された模様です」


怪物?そんな、ここに怪物が出たのは、祖父の代以来のことだ。


「なぜ、モンスターだと?盗賊ではないのか?」


「賊ならば、武装した詰め所の兵をわざわざ狙おうとはしますまい、それに賊が詰め所を潰したとなればその後は周辺の村が狙われるはずですが、無事です。

死体を発見したのは交代の兵ですが、死体はバラバラに裂かれておりとても人の力には見えなかったと申しております」


「交代の兵は、その詰め所にまだ?」


「いえ、既に居城に引き返しており、皆怯えています」


無理もないだろう、ここは魔王に対する壁だった元長城3国とはいえ、戦争が終わってから時が流れて久しい。長年平和であり、兵たちが相手にするのは盗賊くらいだ。

その盗賊も根性がなく、衛兵団を見ただけで逃げ、すぐに降伏する小胆な手合いばかりだ。


「それにしても一体何の怪物だろう?いきなり現れたとしたら、風に流れて来た竜ヤンマか?」


「いえ、竜ヤンマなら、地の人族ではなく、空の鳥人族を狙うでしょう、今の所鳥人族らの被害報告は受けておりません」



てきぱきと返答する様を見て、さすが元帝国軍人だと感心する、衛兵団の中で実戦経験があるのはこの団長のみだ。


「それでは、なんの怪物だと?」


「私は現場を確認していないので、何とも言えませんが命令さえ頂ければ、ありったけの兵を集めて討伐に赴きますが?」


衛兵団長は自信たっぷりに言う、この男は帝国軍の中でも魔族国境を守る第5軍団の出身だ、それなりに自信があるのも分かる。


しかし、兵は別だ、実践経験のない彼らの業務はほとんど警察業だ、モンスター相手ではまともに立ち回れるとは思えない。


「しかし、それでは兵に大いに被害が出るのではないか?」


「何を、民のために血を流すのは兵の義務、名誉でございます、私が一日兵に対モンスターの立ち回りをしごきます、それで少しはマシになりましょう」


さすが、元世界最強の覇権国の兵だ。だが兵をいたずらに死なせるのは領主として、気が進まない。


「ハンターを雇おう」


途端に、衛兵団長は苦い顔をする。


この世界で、私兵を使わずモンスターを退治するには、中央の軍団兵を呼び寄せるか、ハンターを雇うしかない。


もう一つ方法があるが、これは余程運が良くないと使えない。


この中で、中央の軍団を呼び寄せるのは論外だ、費用はすべてこちら持ち、こんな田舎の領主には一軍を動かす金などない。


なので、少数の熟練者スペシャリストを雇うしかない、これも金がかかるが軍を動かすよりはるかにましだ。


「では、鳥脚を飛ばし、隣の領内まで依頼書を届けさせましょう」


苦い顔のままそういって、衛兵長を退室した。


当たり前だが、こんな平和な領地にハンターなど一人もいない、それでも、バードマンの『足』なら明日には返事を持ってくるだろう。


しかし、返事は来たが、色よい返事は来なかった。



翌日、ペール・ゼンベル伯 居城   謁見室



隣の領から舞い戻って来たバードマンは、息切れをしながら必死に事情を説明していた。



「手練れの一党が、戻って来なかったと隣領の依頼斡旋所は申しておりました、よって他の猟団に仕事が回り全て出払っている、こちらに回す余裕はないだろうと」


隼族の鳥脚は、酷く済まなそうに弁明する。


「そうか、ごくろう、よく頑張ってくれた」


私は鳥人をねぎらう、彼のせいではないのだ、責める気など毛頭ない。


しかし、どうしたものか・・・、このままでは民に被害がでる。



「では、仕方ありませんな、私が兵を引き連れて・・」


「しかし、一つ吉報が」


その声で、衛兵団長はまた苦い顔をする。


対照的に私の顔を 嬉々たる表情をする。


「なんだ?教えてくれ」


鳥脚は、一度息を飲み話始める。


「ダルクの正騎士殿が、この城下町に滞在しているとのことです」








ダルクの正騎士。


宗教国家である、ダルク正国が各地に善行と布教のために派遣している騎士。


善行とは医療活動、読み書きの教育、そして怪物退治まで。


そう、聞きかじった知識を反芻しながら私は我が城下町を馬で駈ける。

後ろからは護衛の衛兵の騎馬が追いかけて来る。



「領主様だ、お急ぎのようだ」


「一体なにがあったのだろう?」


「はずれの森に怪物が出たとの噂が・・」



そんな、町民の話声がひそひそと聞こえた。


「この先の宿屋か?」


「はい、門番の話ではそこです!」

 

衛兵が答える。


鳥脚の言によれば燐領の、旅人小屋で正騎士殿がこちらの街へ向かうと聞いたらしい。


さっそく入門記録を城壁の門番から聴取すると、たしかに正騎士が来たらしく、そのままこの宿屋を紹介したらしい。


その後も門番は何かを言いかけていたが、聞きそびれてしまった。


急いでいた、焦っていた、民がこの間にも犠牲になるかもしれない、そんなことになれば領主として 失格だろう。


衛兵を、置いていくことを構わずに馬足を速める。


宿屋に着くと、宿屋の主人の堅苦しい挨拶を制し、正騎士の部屋を聞く。


そのまま、部屋へ向かい階段を駆け上がる。

「正騎士殿!頼みたいことが・・」



ノックもせずに、ドアを開く。



そこにいたのは、銀薔薇のように美しい銀髪の彼女だった。



僅かな下着のみの姿で、引き締まった肢体を見ると、体躯のしなやかさも良く分かった。


そして、薔薇の棘のような鋭さも、同時に兼ね備えていた。



※※※



「申し訳ありません、このような不躾な姿では恥ずかしく、今すぐ着替えますので、お待ちいただけないでしょうか?」


凛とした声に、囁かれる。



「し・・失礼しました!」


私はあわててドアを閉じる。


まさか、女性だったとは、それも若い、まだ二十も行っていないだろう。


ハンターの一党にも女性は一定数いる、しかしそれは後衛の魔術師やアーチャーばかりだ。


正騎士は、正国の精鋭の兵でもあるという、それと前衛の騎士という想像から勝手に男だと思っていた。


大剣を振り回す大男だと。



「領主様、正騎士殿は居りましたか!!」


後ろの衛兵が追い付いて来る。


「ああ、いたよ、それも・・・可愛い女の子だよ」


なぜか、焦りが吹っ飛び一呼吸置いた・・


まだ、同じく20にもなっていない、若い領主はそう答え・・・・



「終わりました、お待たせしてすみません、どうぞ、お入りください」


ドアが開き、その可愛い女の子の声が響いた。




部屋に招きいれられ、小さなテーブルを前に、これまた貧相な椅子に向き合って座った。


後ろには衛兵が立ち、控えている。



「ここの領主をやっている、ペール・ゼンベル伯爵です」




「ザクレット・リアーと申します、神に仕え、神の膝元で正しくあろうと務めております」


「それで・・正騎士なのですよね、ザクレットさんは?」


「ええ、正騎士です、認定されたのは3年前になります」


ということは10代前半か中ごろくらいで、正騎士になったということか、正国の採用基準はどうなっているのだろうか。

というか、このような女の子が戦えるのか?鍛えてはいるようだが、モンスターは普通は複数のハンターで相手取る物だ。


「それで、ご用件はなんでしょうか?」


こちらの逡巡を、見抜いたのかは知らないが彼女は、そのように問うて来た。


「実はモンスターを討伐してほしいのです」


私は概要を説明した、と言っても分かっている情報はあまりないが。


「つまり、『大地の子たち(パトーモスガイア)』か魔族かもわからないのでしょうか?」


「『大地の子』とは?」


怪物学の本はあまり読んだことがない、こんな時が来るなら読んでおくべきだったか。


「神がこの地に降り立った頃からいる、土着の生き物です、神は神の子である我々に、先住民である彼らと調和して生きるようにおっしゃられました」


そんなふうな分類があるのか、怪物はみんな魔族だと思っていたのだが。


「そして、冥王を筆頭とした魔王サタナスたち、あるいは悪魔デモニモたちに作られた種族が魔族オグルです、彼らは『大地の子』とも我々『神の子』とも敵対しております」


「分かりましたが、『大地の子』だった場合は退治できないということですか?」


「退治はできませんが、神の授けてくだった恩寵に『対話』があります、『大地の子』に

この地から離れて頂くように交渉することはできるでしょう」


魔術の中に言葉を持たぬ異種族と対話する術、さらに高度な物となると支配し命令する術があるという、そのたぐいだろう。


「分かりました、では・・」


 ここでさきほどからの疑念がまた鎌首をもたげる。

この町に来ている正騎士は彼女一人しかいない、つまり怪物退治の依頼をするということは彼女一人を

死地に向かわせることに等しいのではないか。


部屋の中には彼女の武器も見える、訓練を受けているのは雰囲気から分かる、しかしそれでも怪物の前に向かわせるというのは気が進まない。


その悩みを見かねてか、彼女は言う。


「受けさせて頂きます、そのご依頼、魔族には『浄化』を、大地の子には『調和』を、神の子には『平和』を届けましょう」


「受けてくれますか・・・」


自分から、積極的に受けてくれるのなら相当腕に自信があるのだろう、私はそう解釈した。いや、無理やりそう思うことにした。


「依頼を受けるに先だって、恐縮ですが一つだけお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 報酬の話だろうか?そういえば、まったくその話が出なかった。


「もちろん、どうぞ」


 危険な任務に報酬を出すのは当たり前のことだ。



「手紙をしたためますので、帝国本国の教会へ届くように手配していただけないでしょうか?」


報酬の話じゃない、なんだか、嫌な物を感じる。その予感を払拭するために聞いてみる。


「その程度ならいくらでも、失礼ですが、どのような内容を?」


「遺書と私が神の元に召された場合の騎士団派遣要請です、私が失敗した場合でも迅速に対応しますので、ご安心ください」


 たいしたことは言っていないとでもいうような感じで、そんなことを言われると逆に私には効いた。


 私の胃の痛みも迅速に拡大し、罪悪感も鉛のように重くなった。




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