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いつもの一日

「「いってらっしゃーい」」「…」


三人の美少?女に見送られ、今日もストルルソンに向かう。


朝の食事中、何度か彼女のことを問いただそうとしたが、

その度にか母さんとフェルトのどたばた劇が始まり、

結局何一つ聞けずに仕事の時間になってしまった。


「せめて自己紹介ぐらい聞いておくべきでしたね…。」


すっかり家族の一員のように馴染んでいたせいか

何か大事なことを忘れているという違和感に気付かずにいた。


そんなことを考えながら森の中を歩いていたら

いつの間にか目の前には湖畔の風景が広がっていた。


(何故この場所にいたのでしょうか…まさか…ね…)


あのおじいさんの言葉を思い出し、フルフルと首を振る。


まるで水面に浮かぶように立ち、どこか祈りにも似たその佇まいには

とても夜中に水浴びに来たものとは思えず、そこに"現れた"と考えるのが自然なのかもしれない。

だが、彼女に触れた感触は──間違いなく人間そのものの体温だった。


無意識に自分の掌を見つめると──


「バ、バカ!ッ──僕は一体何を思い出しているんだ!?」


自らの愚考を厳しくしかりつけると、

静かな湖畔の森の影から男が一人、顔を真っ赤二しながら足早に駆け抜けていった。


***


「エリクス君、すみません。ブリタルニア人に関連する資料を集めておいてもらえますか?」


「はい、分かりました。」


溜め込まれた本の山から先生の指示どおりに関連資料を漁り始める。


当然、研究所にある本のほとんどは借り物であるため、付箋を貼るわけにはいかず、

ページをめくり、一つ一つ書き写す。


研究補助の仕事は誰でも出来る地味な仕事ではあるが、こうした根気のいる作業が多く、

あまりやりたがる人がいないのも実情だ。


そもそも僕ぐらいの年齢であれば、当然学校に通うのかしかるべきなのだが、

父さんの物凄く強い意向(というか強制的)により、この研究所に押し込められた。

幸い、ドルトー先生の研究内容には興味があったため、こうして仕事がてら

古代神学について見識を深めている。


(なになに…古代文明に登場する神とはそもそも──)


「エリクス君、司書の方からまた呼び出しが──」


「すみません。それはドルトー先生がお願いします。」


そんないつもと変わらないやり取りをしながら──


「「では、今日も一日お疲れ様でした。」」


いつもと変わらない挨拶で研究室を後にした。


***


入り口の門を抜け、街道に出ると辺り一面はすっかりとオレンジ色に包まれていた。

びっしりと敷き詰められた石畳に沿ってゆるやかに弧を描きながら街道を進む。


街の中心部につながっているせいもあり、この辺は多くの商店が立ち並ぶ。

朝は店支度のせいで人影もまばらだったが、

やはり夕食時なのだろうか、多くの人々でごった返していた。


アスクニアは永世中立国となって以来、

一度たりとも他国との争いに巻き込まれることはなく、

グランハイムの中で最も平和な地域である。

そのおかげで年を進むにつれ、ここに移り住む人が増えていった。


(それにしてもこの時間は相変わらず賑やかですね…)


人の隙間を縫いながら、商店街を抜ける。

大抵時間があるときはなじみの書店に足を運ぶのだが、

今日は事情があり、まっすぐ家に帰らなければならない──のだが。

目の前から来る大型の大八車に思わず足を止めると


ドン!ッ


背中に何かが軽くぶつかった音が聞こえた。


顔を振り向かせるとやたらと食料品がつまった大きな買い物袋が目に入った。


「あ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」


買い物袋の向こうから聞こえた声は僕の良く知るものだった。


「フェルト……?」


「その声は……エリクオール?」


ひょこっと、買い物袋の横からフェルトが顔を出した。

フェルトは僕の姿を確認するなり、しめたとばかりに笑みを零す。


「あー丁度良かったー。もう買い物が多くて多くて大変だったんだよね~」


荷物を全て僕に渡し、はれて自由の身となったフェルトは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「それにしてもフェルト、これはちょっと買い過ぎじゃないんですか? いつもこんなに買い物してるんですか?」


「んー? だってエリクオールがあーんな可愛い女の子を連れこんじゃうんだもんー。」


嘘っぽいふくれっつらをしながら平然と痛いところを攻撃してくる。


「は、はい…すみません。。」


「うそうそ。でも、女の子が困っているのを助けないエリクオールじゃないよね~?」


と今度は嬉しそうに指を指し、こちらの顔を覗き込んでくる始末。

つい僕はフェルトから視線を逸らすも、視線は追いかけるのをやめてくれず。


しかし、両手でなければ抱え切れないほどの大きな買い物袋。

男の僕にとっても結構な重さである。


思えば家事の一切をフェルトに任せてしまっている。

母さんも少しはやろうとするのだが、なにぶんあの身体だ。無理に動いて倒れられては困る。


「すみません、フェルト……。」


「ん? 何か言った?」


いいえと、僕は苦笑して首を小さく横に振った。

フェルトは小首を傾げた後、沈む夕日に顔を向け、続けて僕に振り返った。


「さ、早く帰ろ。お母さんとエレナが待ってるよー。」


「そうですね。」


…………ん?


「すみません、フェルト。エレナって…?」


「ん~? まあ、それはいいから。今日も腕によりをかけるよ~。」


「それは楽しみにしてますが…そ、その名前ってもしかして…。」


「~♪~♪」


すっかりお惚けを決め込んだフェルトに思わず肩をすくめる。


オレンジの世界から闇の世界へと移り変わろうとしていく中を、僕達はそろって家路に着いた。

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