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朝の団欒

寝覚めは最高──とは、実に言いがたい……。


「うぅ……っ。」


昨夜遅かったせいか、だいぶ頭が重かった。

まだ半分以上眠っている意識を無理やりに奮い起こして、ベッドから起き上がる。


「あ、起きた~?」


いつもはきはきした声なのに、今回ばかりは随分間延びした様に聞こえた。どうやらこちらもかなり眠いようだ。


「おふぁよぉ~……。」


「おはようございます。フェルト。」


あくび交じりの挨拶をするフェルトに、少し苦笑して挨拶を返す。

その間にフェルトはいつもより少し重い足取りで窓に近寄り、カーテンをさっ、と開いた。


朝日が差し込んで部屋を一気に明るくする。


「ふぅ……。」


朝日を全身に浴び、大きく息を吐いてぼーっ、とする。

あぁ……このまま眠ってしまいたい……。


「ほ~ら~! 急いで仕度しないと遅刻しちゃうよ!」


「うぅ……はい……。」


フェルトは立ったまま眠ってしまいそうな僕の体を揺すって、何度も起きるように呼掛けた。


「わかりました……。わかりましたから、フェルト……。」


何とかそれだけ返事をすると、それで納得したのかフェルトはそそくさと部屋を出て行った。


「…………。」


フェルトが部屋を出て行くのを見届けて、再びベッドに腰を降ろした。

温かい朝の光はベッドにまで充分届いている。


「…………。」


ぽふっ

何の抵抗も無くベッドに身を預け――


「さっさと起きるのっっっ!!!」


飛び跳ねるようにして、今度こそ、間違いなく、

完璧に目が覚めた。

まるでその光景を笑っているかのように、小鳥のさえずりがタイミングよく聞こえてきた。


***


着替えを済ませてダイニングへと向かう。

ドアを開けると、すぐにテーブルの上の料理が目に入った。

パンにハムエッグ、それと簡単なサラダといった定番の朝食メニューだ。


「~♪ ~♪」


キッチンの方では今直、フェルトが鼻歌交じりにいそいそと動いている。

それを横目にいつもの席につくと、ちょうど向かいに座っている母さんがにこやかに挨拶をしてきた。


「おはよう、エリクス。」


「おはようございます、母さん。」


「うふふふ……。」


 はて? なんだか今朝の母さんはいつもよりもだいぶ元気そう……と言うより機嫌が良いみたいだ。


(何か良い夢でも見たんでしょうか)


そんな事を考えていると、不意に横から手が伸びてきた。

手にはカップ。中にはコーヒーが並々と注がれており、コーヒーの芳しい香りが漂ってきた。


「──どうぞ……。」


「あぁ、ありがとうございます。」


小さな呟きと共に差し出されたカップを礼を言って受け取る。


コーヒーを一口だけ口に含んでふとカップを持つ手が止まった。


(あれ――?)


小首を傾げる。

母さんは目の前だしフェルトの鼻歌は今だキッチンから聞こえてきている。

となると――


(今コーヒーをくれたのは?)


そんな疑問が頭に浮かんで思わず顔を上げた。


「おはようございます……。」


「――!」


ゴクン!


口に含んでいたコーヒーを一気に飲み下す。しかも不幸な事に器官に入ってしまった。


「ぐっ、がっ! ごほっ! ごほっ……!」


「大丈夫ですか……?」


少女は別段慌てる様子も無く、激しく咳き込む僕の背中優しく擦ってくれた。


顔を真っ赤にして咳き込みながらも、少女、そして母さんに交互に顔を向ける。


「あう……あ……え……?」


「あなたが連れてきたのに……どうしてそんなに驚くの?」


母さんは僕を見て呆れたように呟いた。


「あぁ、いや……その……突然だったものですから…………。」


ようやく咳も落ち着き、やっとの事でなんだか合っている様な合ってない様な、曖昧な返事を返す。

と、少女は僕から体を離して僅かに顔を俯かせた。


「すみません……私のせいで……」


「あ! いえ! 別にそう言う意味ではなくて……!」


まぁ、実際には少女の顔があまりにも間近に合ったので、それで驚いてこうなってしまったのだが……。

しかしそこまで気にされてはこっちも困ってしまう。


なんとか誤魔化そうと慌てて言葉を捜す。


「あー、えーっと……体の方は大丈夫ですか? 怪我とかは?」


「はい……、おかげ様で……。ありがとうございました……」


そう言って少女は丁寧にお辞儀をした。


「いえ……。それにしても怪我が無くて本当に良かった……」


「あ、そう。その事なんだけどね、エリクス――」


そうでもないと言わんばかりに、母さんは少しだけ困った顔をしていた。


「どうか……したんですか?」


「えぇ、まぁ、ちょっと……そんな大したことじゃないの。お仕事から帰ってきたらゆっくり話すわ。」


そう言って微笑を浮かべる母さんだが、その笑みが僕を心配させまいとして作っているものであるのは明白であった。

しかし後で話してくれるというので、ここはあえてそれ以上追求はしない事にした。


「……そうですか。」


「…………。」


「…………。」


自然と沈黙が生まれた。

それを打ち破るようにコーヒーを一口飲んで、少女の方に視線を向けて口を開く。


「そういえば、その服は……。」


「彼女のはびしょびしょで、ところどころ切れていたから、とりあえず私の服を着てもらってるの。なかなか似合ってるでしょ?」


まるで自分の娘を自慢するかのように母さんは嬉しそうに言う。

僕はその言葉に素直に同意した。


「そうですね。よく似合ってますね」


「あ…りがとう……ございます……。」


彼女の性分なのだろうか。少女はまた丁寧なお辞儀で返した。


「本当。よく似合ってるよね~」


振り返ると、フェルトがいつの間にかキッチンからやって来ていた。

テーブルの上に切った果物を乗せた皿を置いて、少女の方に振り返る。


「でもさぁ~。ちょーーっと、ここが苦しいんじゃないかなぁ?」


そう言ってフェルトは、少女の胸の辺りを指でつんと軽く押して、にんまりと笑みを浮かべる。


「フ、フフフフェルト! な、な、な、なんて事言うの!」


訊かれた少女よりも先に、母さんがその言葉に反応した。

どうやら本人はかなり気にしていたらしく、かーっと顔を真っ赤にして大声を上げる。


「そ、そそそそんな事を訊くなんて失礼でしょっ!」


なんとかこの話題を終わらせようと必死になっているのが良く分かる。

だが、そんな母さんに更に追い討ちを掛けるような一言が少女の口から放たれ。


「はい……。あの……ちょっと、というか…………かなり…………。」


「はうっ!!」


 母さんは苦悶の表情を浮かべ、まるで弓で射られたかのように、胸を手で抑えてびくっと、体を仰け反らせた。


「うん、うん、そうだよね~。なにせお母さん私より小さいんだからさぁ~。」


「あうっ!!」


「そう……なのですか……。」


「まぁね~…。っていうかほら、私はこれからまだ成長するけど、お母さんはもう現役過ぎちゃったし。」


「はぐっ!!」


「現役……ですか……。」


「なんて言うかなぁ~……その……もうこれで限界って感じでしょ?」


「限界……ですか……。」


「うぅぅうぅぅっっっ……。」


…………。

……ついに泣き出してしまった。


それでも変わらずフェルトは、母さんをダシに少女との会話に華を咲かせていた。


「…………」


いいかげん母さんをからかうのを止めさせようと思ったが、

下手な事を言って巻き込まれたら面倒なので、

黙って一人食事をはじめる事にした。


(……ごめん、母さん)


心の中でそう呟いて、テーブルの上のパンに手を伸ばした。

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