深夜の団欒
カチャリ、と自分の部屋のドアを静かに開け、少女の体をゆっくりとベッドに横たえる。
「さて……。」
クローゼットからタオルを取り出し、再びベッドへと向かう。
流石に異性の体にあまり触れていてはいけないと思うが、濡れた体をそのままにしておくわけにもいかない。
(ちょっと……失礼しますね……。)
改めて少女の姿を眺めつつ、少女の体を軽く拭く。
それでも少女の、その……、柔らかい身体の感触が伝わってきて、僕は頬が熱くなるの感じた。
自分は今、これでもかと言うくらい顔を赤くしている事だろう。
一通り拭き終わった後、わざとらしく小さく咳をして少女から視線を逸らす。
(朝まで待って……後は母さんに任せた方が良さそうですね)
少女に毛布を掛けて、すっと、膝を立たせようとした時。
「え……?」
はしっと、僕の服の裾を少女の手が掴んだ。そしてそのまま勢いよく引っ張られる。
「だっ! わっ!」
慌てて近くにあった椅子を掴むが、そんなもので支えきれるわけも無く。
ガタンと、少し大きな音を立てて、椅子は力の加えられた方向に向かって簡単に倒れた。
僅かな支えも失い、僕の体は引き寄せられるように少女の上へと覆い被さる。
「!!」
すぐ目の前に少女の顔があった。いつの間にか開かれていた少女の目と合う。
「…………。」
「…………。」
少女の前髪が、息が、顔に僅かに触れ、思わず息を飲み込む。
「あ、あの――……」
ようやっとの事で声を絞り出したその時。
「エリクオール、起きてるの~?」
少し間延びした声と共に部屋のドアが開かれ、フェルトが姿を現した。
「うぇ!?」
「さっきの音なに~?」
フェルトは大欠伸をしながら部屋にずかずかと入ってきて――
「え……?」
ピタリと動きを止めて、目を見開いた。その視線は完全こちらを捕らえている。
「えっと……フェルト?」
「…………。」
「これはですね――」
「…………。」
目の前の少女とフェルトを何度か交互に振り返った。
フェルトは依然として固まったままだ。
「色々と訳がありまして――」
「…………。」
「えっと、まずは事の発端から話ましょうか…。」
「…………。」
「深夜──僕が外を眺めていたらなんとなく、いや、これは本当になんとなくなんですが、湖が気になりましたのでちょっと様子を見に行ったら、彼女がいて、突然倒れてしまったのでなんとかしなくちゃと思い、夜も遅いですし家に連れて来て僕のベッドに寝かせたんです。それで、体が濡れていたので簡単に拭いて、朝になったら母さんに診て貰おうかと思ったんですが、突然意識を取り戻したようでして――」
「…………。」
「あの……わかりましたか、フェルト?」
「…………え。」
「はい……?」
「エリクオールが女の子を連れ込んで来たぁぁぁああああああああっっっ!!!」
「だぁああああ! だから誤解ですってば!!」
「ってか、押し倒してるぅうううううっっ!!!」
「わぁあああっっっ! 変な事大声で言わないで下さいっ!」
「ちょっと……二人ともこんな遅くに何を騒いでいるの? ご近所様のご迷惑よ。」
と、そこへ騒ぎに気付いた母さんまでもがやって来てしまった。母さんはまず部屋に入って直ぐのところに居たフェルトを見て、その後フェルトの視線の先を辿るように正面に向き直った。
「…………。」
「あ、あの……母さん? これはですね……。」
「…………。」
母さんは一旦こちらから視線を外すと、部屋をきょろきょろと見回して再びこちらに向き直った。僕と少女を見つめ、何か納得したかのように手をぽん、と打って大きく頷き――
「ふぅぅぅ~……。」
「わっ! お母さんっ!?」
「母さんっ!?」
母さんは顔を真っ赤にしてその場に倒れた。
「…………。」
少女は一人何事かと、倒れた母さんと僕の顔を交互に見比べて小首を傾げた。
***
「大体の事情はわかったわ……。」
そう言って母さんは小さく頷いた。
あの後、僕達は母さんが起きるのを待って、ひとまずダイニングへと移動し、
そこでこれまでの経緯を簡単に説明した。
とはいえ――
「…………?」
少女はまだ困惑しているようで、何を訊いても小さく何かを呟いて小首を傾げるばかりだった。
僕は少女をちらりと見て、母さんに振り返った。
母さんは少しだけ困ったような顔で、少女と僕を見つめる。
「とりあえず……今日はもう遅いし、事情は明日もう一度訊くわ。後は私に任せて……エリクスはもう休みなさい。」
「はい。あ、でも母さん…………。」
「なーに、エリクス?」
「一人で大丈夫ですか?」
「あら、もちろんよ♪」
――不安だ。
母さんはにっこりと笑ってはいても、次の瞬間には倒れるかもしれない。
身体が弱い癖にやたら世話好きで、無理をしてしまう、そう言う人なのだ。
「でもですね……――」
言いかけたところで、パタパタと、軽快な足取りでフェルトがダイニングに飛び込んできた。
「お母さ~ん。お風呂沸いたよ~♪」
「ありがとうフェルト。それじゃあエリクス。」
母さんが満面の笑みで僕の顔を覗き込んでくる。
「そんなに心配なら、貴方も一緒に入る?」
「先に休ませてもらいます。」
「そ、そんな間髪入れずに答えなくても……。」
いじいじ、と母さんは寂しそうに呟いた。
「なら、私が一緒に入ろうか?」
とても楽しそうにフェルトが言う。
「駄目よ。フェルトも明日早いんだから……もう寝なくっちゃ。」
「はーい……。」
諭すように言われ、フェルトはつまらなそうに少しだけ頬を膨らませた。
「はい! それじゃあ、貴方達はもう寝る! いいわね?」
「はい。」
「はーい!」
フェルトとそろって返事をして、そのままそろって少女に振り向いた。
「母さんの事、お願いします。」
「お願いします♪」
やはりそろって少女に向かってそう言い、軽く頭を下げる。
「なんでそうなるの~~!?」
母さんの、少しだけ涙交じりの声がダイニングに響いた。