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ドルトー先生

水の都アスクニア。

町中に巡らされた水路が特徴的なこの町はこう呼ばれていた。

元々この地は砂漠だったらしく。なんでも遥かな昔に、高名な魔術師がこの地に水を呼び込んだという……。

町の中では大きい方で、毎日多くの旅人達や行商人が訪れていた。

この町に住む人々も活気に満ち溢れていて

――だからという訳ではないが、今みたいな人通りの少ない光景は貴重といえば貴重な光景だ。


まだ、朝も早い為か、辺りにはうっすらと白いもやがかかっていた。

朝の冷たい空気を吸いながら、整然と敷き詰められた石畳の上を歩いて行く。

顔を少し上げると、正面に(というか、町の何処からでも見えるが)巨大な建築物『ストルルソン』が見えていた。


ストルルソン。

一口に言えば『魔法学校』というものだ。魔法に関する知識や技術を教える教師がいて、それを学ぶ生徒がいる。

またここは研究者たちが憧れる魔法研究の最先端でもあり、遥か古代の喪失魔術ロスト・スキルから

いまだ見ぬ最新鋭の魔法まで様々な研究が行われている場所だった。

このストルルソンの存在の為、水の都アスクニアは時として『魔法都市アスクニア』なんて呼ばれる事もある。


そして僕は……ストルルソンでちょっとしたお手伝いの仕事をしている。


「おや、エリクス君。おはようございます。」

「あ、ドルトー先生。おはようございます。」


この人はドルトー=K=キース。この学校で古代神学を教える教師であり、その道の第一人者でもある。

かつて人と神が共存していたという時代の遺跡。その発掘・調査の現場には必ずこの人の姿がある。


「今日も早いですねぇ。もしかして不眠症ですか?」


「いいえ、おかげさまで健康そのものですよ。」


穏やかな物腰で生徒からの評判もいい先生だ。


「そうですか、それは何よりです。私は最近ご先祖様が夢枕に立たれるので寝不足なんですよ。困ったものです。」


ただ、たまに冗談なのか本気なのか分からないことを言う。


「…そういえば。」


すたすたと歩きながら先生が呟いた。


「はい。」


「またエヴァンスの季節が来ましたね…。」


そう言って窓の外を見た。校舎の中も外も静かなもので、僕たちの足音だけが響く。


「"継承の儀"ですか。いったいどんな儀式を行っているのですか?」


「エリクス君は立ち会ったことがないのでしたね。」


「はい。王族の方々が行う儀式ですから……一般の生徒や僕のような者には近寄ることさえ許されていませんから」


「継承の儀エヴァンス…」


そう言うと先生は足を止めた。窓からはさっき歩いていた中央広場が見えるが、まだ人の姿はまばらにしかない。


「私も実際に見たことは数えるほどもないのですよ。」


「え?」


(意外だなぁ…)


「まぁ私は所詮ちょっと長く魔法の研究に携わっているというだけですからね。王侯貴族の方々とご一緒できる機会などそう巡ってくるものじゃありませんよ」


ドルトー先生は珍しく硬い顔をしていた。


このストルルソンの持つもう一つの顔。役割。

魔法の研究に専念するためにはそれ以外のことにも関わらなくてはいけない。

長い、長い歴史を持つこの学園が今もってなお


――そしておそらくはこれからもずっと

――抱えている、解消されることのない矛盾。


この学校が周辺に町を築き上げるほどに発展することになったもう一つの理由が、今年もまたやってくる。


(でも、本当にどんなことをしているんだろう?)


「でも……何回かは見たことあるんですよね?」


ドルトー先生は『数えるほどもない』とは言っていたが、それはつまり少なくとも一度は見ているということになる。


「はて……? 見たような――見てないような……」


僕の期待を余所にドルトー先生は、まるで覚えていないという風に顔を上げて首を傾げた。


なんともわかりやすいとぼけ方だ。


「先生……。別に言いたくないのでしたら無理に聞きませんよ?」


「おや、そうですか? いやぁーすみませんねー。この歳になるとどうにも記憶が曖昧でして……そうそう、昨日なんかも自分で片付けた本を何処へしまったのやら忘れて部屋中ひっくり返して大変だったんですよ」


僕の言葉に安心したのか、先生は打って変わって楽しそうに話出した。


(エヴァンス……。まぁ僕には関係ない話なんでしょうね。)


そのまま他愛もない話をしながら(というよりドルトー先生が一方的に話をしていたのだが)、僕達は研究室に向かった。


「エヴァンスの季節ということは、もうすぐムランバロンの開催ですね」


「おぉ!そうでしたね。エリクス君はもう今年の衣装を用意しましたか?」


僕は苦笑しながら首を横に振った。


──ムランバロン。


本来はこの地を開いた先人たちの霊と、大地とニーニア湖の精霊を祀り敬うための一種の祭事だ。

祭事の際に町の人々は思い思いに仮想して町に繰り出す。

本来はというのは町の人々の大半がこのムランバロンの元々の意味を知らず、今ではほぼ単なる仮装パーティとなってしまっているからだ。

ちなみに去年僕は――


「去年のエリクス君の衣装には参りました。いやはや、まさかあんな格好をしてくるとは……。」


「……忘れて下さい。」


フェルトに無理やり着させられた衣装。

今思い出しても顔から火が吹き出そうだ。

僕は最後まで抵抗したのだが、フェルトの『着なきゃごはん抜き!』の一言に屈服したのだった。


「今年は私も負けませんよ。研究の合間にコツコツと仕立てた衣装で優勝を狙いますからね」


何故か僕に対して対抗意識の炎を燃やすドルトー先生。


――ってか研究の合間に一体何をしてるんだこの人は……。


「今回の衣装は一味違いますよ。私の研究の粋を集めて作り出した至高の一品。素人が手を出せば怪我じゃすみません」


「…………」


一体どこまで本気なのかわからない。いや、この人ならあるいは――


「おっと、着きましたね」


そうこうしている内に、僕達は仕事場である研究室の前に辿り着いていた。


「さぁ、今日も一日がんばりましょう!」

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