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狩る者たち

『尖雷槍』

『尖雷槍』

紐解く火花( テプストリオン)

『尖雷槍』

『尖雷槍』

『尖雷槍』


 無造作と言っていいほど規則正しく少女たちが光を放つ。その度に魔獣が吹き飛び倒れるが、三人を取り囲んだ群れの数はなかなか減らなかった。


「クレナイ。手が早すぎます。過度の消耗は望ましくありません」


「周りを見れば分かるでしょ? 出し惜しみはしてられないよ、ルージュ」


 背中を合わせた二人は相談──や言い合い──をしながらも隙は見せずに応戦を続ける。稲妻を連発するクレナイはもう楽しげな気配を隠そうともしていない。

 エリクスは二人に守られながらここから階下へ降りるルートと、ここに至るまでのことを思い返していた。





 三人は一階でカプリカオンと遭遇してから既に二度、この魔獣の群れと交戦していた。もっともそれはエリクスの想像よりはるかに少ない回数だったが。

 なぜなら彼らは既に目的地である最深部までもうすぐ到着するところであり、その間カプリカオン以外のモンスターや罠は出現しなかったからだ。


「なんでだろうね? あたしはてっきり迷宮の仕掛けがぜんぶ元に戻ったのかと思ってたんだけど」


 きょろきょろと辺りをうかがいながら明るい声が響く。2、3階も降りた頃にはクレナイはもう丁寧な話し方をやめて砕けた口調で喋るようになっていた。これも毎度のことであり、ついでに言うなら地が出るまでの時間は年々短くなっている。ストルルソンにいる間も「仕事」以外の時間は普通に生徒として過ごしているはずなので、その素性を知られないようにするため顔を隠し事務的な態度を取っている……のだろうとエリクスは思っているのだが、それがこの少女にはどうにも窮屈らしい。


「ここまで新たに収集できた情報はほぼ皆無に等しい状況です。現時点で判断を下すことは不可能です、クレナイ」


 この二人は似ているようで全く似ていない、というのがエリクスの感想だ。

 会う時は必ず同じ服装をしているが、背はルージュのほうが明確に低く頭一つ分は差がある。その割にスタイルは彼女のほうが良い。身長と体格のアンバランスをスタイルの良さと呼んでもいいのかどうか、自信はないが。

 髪は二人とも背中まで伸ばしていて大差ないが、迷宮に入る際には二人とも邪魔にならないよう縛っている。ルージュは左右二つに分けてくくるが、クレナイは大雑把に一つにまとめるだけだ。もし髪にうるさいあの妹が見たら、櫛とリボンを持って飛びかかっていくことだろう。

 性格はもっと分かりやすい。明るくあけすけなクレナイと、生真面目なルージュ。

 なぜ対照的な二人をコンビにしているのかは分からないが、少なくともバランスはいいようで二人がいてどうしようもなくなったことはあまりなかった。

 ──その「二人がいてもどうしようもないこと」こそがエリクスが呼ばれる理由なのだが。


「推測ですが──」


 エリクスが口を開くと、二人とも周辺への警戒はそのままに耳の意識だけを彼のほうへ向ける。彼女たちは迷宮の中にいる間、エリクスに関する事は委細漏らさぬように心がけているのだ。無論、そう言いつけられているからなのだが。


「この魔獣たちは不具合を起こしていただけなのかもしれませんね」


「不具合?」


「それはどういうことでしょうか、エリクオール様」


「まず調査隊の討ち漏らしという可能性は非常に低いので除外します。それはストルルソンのやり方ではありませんからね。ならばあのカプリカオンたちは侵入者が通っても反応しなかった……姿を現さなかった、と考えられます」


「退路を断つために侵入者が通過してから背後に出現した、という可能性もありうるのではないでしょうか?」


 推測と言いながらも自信を持って話すエリクスに対し、ルージュは言葉が切れるのを待ってから疑問を口にする。エリクスは特に驚いた風もなく説明を続けた。


「それにしては数が少なすぎますし、何より1階で遭遇した個体の説明がつきません。野生の生物ならば群れが全滅する前に逃げ出したものがいてもおかしくありませんが、彼らはこの迷宮を守護するために造られた魔獣ですから」


「でも……ですが、それならなんで不具合を起こしていた魔獣が急に襲ってきたのかな、ですか?」


 かろうじて敬語を維持しながらクレナイが口を挟む。一応エリクスに対する態度は完全に崩しきらないようにしているが、無理をしているのが布越しでも簡単に伝わってきた。


「……トラップの影響でしょうね。隠して配置されていた魔獣なりゴーレムなりを起動させる罠が下層で起動して、その影響で眠ったままになっていた魔獣が改めて目覚めた……といったところでしょう」


「下層で……ということは」


 ルージュの声がわずかに沈む。言うまでもなく、トラップを起動させたのは調査隊だろう。それも護衛隊が全滅するほどの何かを動かしてしまったのだ。なぜ彼らがまだ無事なのかは分からないが、カプリカオンの群れをはるかに上回る危険が待っていることは間違いない。

 それを見てエリクスが何か言おうとしたが、それを制するようにクレナイが声を上げた。


「まずは目の前のことからだよ、ルージュ」


 その声に応えるかのように、かちゃかちゃと乾いた音が迫ってくる。この迷宮はまるで大型の神殿のように天井が高く視界も開けているが、一方で柱や曲がり角など死角になる個所も多い。恐らく意図的な設計なのだろうが、そういった物陰を伝うように四足の獣たちが近づいてきていた。





 こうして三人が再び獣の群れと戦い始めることになってから、かなりの時間が過ぎていた。

 壁を背にすることで包囲されるのは避けていたが、逆に言えば最初から背水の陣を選択しての戦いになっていた。もとより退くことは考えていないとは言え、予想以上に長引いているのも事実だった。


「キリがありませんね……」


 エリクスがつぶやく。彼は鞭を手に前へ出ようとするたびに二人に止められ、さすがに少々焦れているようだった。


紐解く火花( テプストリオン)


 ルージュの手から鋭い稲妻が伸びて造り物の狼を撃つ。悲鳴のような息を漏らして吹き飛ぶが、倒れはしてもまだ動けるようだった。


「ほーんと、キリがないね。ねえルージュ?」


「…………」


 長引く理由は分かっていた。カプリカオンが普通の生物に比べて頑丈であるというのはもちろんだが、単純にこちらの火力が足りていないのだ。

 二人はどちらも攻め手と守り手を兼任しており、息を合わせて戦うことで何とか数の不利を補っているが、一度突き崩されてしまえば立て直すのは難しい。そのため一匹だけを相手にした一階の時とは違い、消耗を抑え隙をなくすことを最優先にしていた。だがそのせいでなかなか魔獣を仕留めきることができず、逆に消耗戦の形になってしまっていた。

 思い切って攻勢に出るべきなのは明らかだったが、彼女たちはそういうわけにもいかないのだった。


 だから、エリクスは自分が動くことにした。

 ルージュが張った障壁にカプリカオンが飛びかかる。薄く輝く壁にしがみついた魔獣の顔を、鞭の先端が鋭く打ち据えた。さしたるダメージはないようだが、ずっと動かなかった標的の行動に驚いたのか群れの中へ跳んで戻る。


「エリクオール様!?」


「すみませんルージュ。ですがこれ以上時間は取れません。僕を組み込んだ上で戦術を組み直して下さい」


「あははっ! だってさ、ルージュ!」


 自分の前に立つエリクスと嬉しそうに笑うクレナイを見て、ルージュの動きが一瞬だけ止まる。

 怒っているのか呆れているのか、それとも嘆いているのか──エリクスがそれを推し量る間もなく、彼女は一歩下がると抑えた声で指示を飛ばした。


「クレナイ、全方位障壁を。エリクオール様は内部から牽制をお願いいたします」


「ん、いいよ」


 エリクスが返事をするより早くクレナイが両手を天にかざす。その背中にカラフルな光が灯るが、すぐに消えると同時に彼女の高い声が迷宮に響いた。


『葉の城壁』


 薄い板を幾重にも重ねたような光の壁が立ち上がり、三人を取り囲む。カプリカオンたちは警戒を強めて距離を置いたままだったが、ゆっくりと障壁の周りに群れを展開していった。こちらが動いたのを見て、決着をつけるつもりになったのだろう。

 だが、それはこちらも同じことだった。ルージュは両手を胸の前で組むと小さく──しかしよく通る澄んだ声で詠唱を始める。


『月、星、海の彼方に浮かぶ白。手招く白波、その示す先に道はなし』


 彼女の周囲を色とりどりの星が──大魔法を使うために展開した「鼓動回路( ロジカル・サーキット)」が回り出す。


『流れず降らず。ただ見よ歩め西の果て』


 高速でパズルのように組み変わるこのキューブは、魔法使いが体内で「魔力」を「魔法」へ変換する時に発生する副産物だ。魔法使いでない者の目にも見えるが、これ自体は影のようなもので実体を持たない。意味のある形を成すこともなく、ただひたすらに形を変え続ける。

 あえて意味を見いだすなら、魔法使いの力の象徴といったところだろうか。魔導具を使ってもこの輝きは発生しないのだから。


『告げる翼の尽きる果て』


 ようやく自分たちに迫る危機に気付いたのか、魔獣たちがうなり声を上げながら一斉に飛びかかってきた。しかし三人を囲む障壁がそれを阻む。

 太く鋭い牙や爪が数十本、まとめて突き立てられるたびに光の壁が砕けて宙に散る。しかし消える端から新たな壁が生まれる上に、内側から叩き付けられる鞭の前に弾き返されて、人造の狼たちは一匹たりとも獲物の元へ辿り着くことはできなかった。


『誇れ、白樺の根の下で』


 そして最後の一言が告げられた。


展覧氷床( セルトフリムス)


 少女の宣言と同時、床から氷の柱が伸びる。数十匹のカプリカオンは逃れる間もなく冷たい腕に捕われ、いくつもの氷壁の中に閉じ込められた。氷壁は音もなく伸び続けると、およそストルルソンの校舎の3階程度か、見上げる高さまで急成長したところで停まる。氷の外にはもう一匹たりとも残っていない。

 美しく白青に輝く氷の中の魔獣たちは剥製のように、ぴくりとも動かなかった。


「獣には少々…贅沢ですが」


 肩で息をしながら、顔の見えない少女がささやく。


「安堵なさい。朽ちるより恐ろしいことはないのですから」

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