地下の交差点
『更衣室』を出ると、やはり一本道となっている廊下をまっすぐ進む。二人の少女はついてこない。
相変わらず窓はないし外の音も聞こえてこないが、少しずつ空気が変わってくる。先ほどまでの狭く閉ざされた空間から、開けた空間へ近づいているからだ。
しばらく歩くとまた扉に突き当たった。さっきとは違い、簡単なものだが装飾が施されている。その部屋が特別であることを示すためなのだろうが、利用する者が限られているのに「中身」の立場を誇示する必要があるのだろうか? と不思議でならない。
今度はノックをして、返事を待つ。
たっぷり1分は待たされた後、「入りたまえ」と事務的な声が返ってくる。ノブをひねり扉を開けると、目の前が一気に開けた。
そこは学校の講堂に似た──清掃の仕事を頼まれた時しか入ったことはないが──大型の部屋だったが、講堂でないことは一目で分かる。
生徒が並ぶ机も椅子もなく、廊下と同じで窓すらない。明かりとしてなのか儀式の小道具なのか、床一面にロウソクが置かれている。床には絨毯が敷かれているので危なっかしくて仕方ないと思うのだが、それを指摘しても相手にされたことはなかった。もっとも防火対策がされていないはずもないので、余計なお世話ということなのだろうが。
そして扉の正面、一段高い場所に一人の男が立っている。
「エリクオール=シュア、参上しました。センゲージ様」
「待たせたな、エリクオール君。来たまえ」
鷹揚にうながすと自らも段を降りてエリクスに近づく。低くよく通る声は重ねた年輪を感じさせるが、見た目だけなら3、40代でも通るであろう若々しさを保っている。足取りも確かで、全身から無駄というものを削ぎ落としたようなたたずまいを見せていた。
彼はエリクスの前に立つと一枚の紙を差し出す。
「ドルトー君から聞いているだろうが、今回向かってもらうのは第六地下迷宮だ。最深部を除き探索は終了していたが、その最深部でトラブルがあった。護衛隊の生命反応は途絶えたが調査隊は健在。救援要請を受けたため君を招集した」
よどみなく言い切る彼の声を聞きながら書類に目を通す。書かれている内容はたった今説明されたこととほぼ同じだが、危険度を示す欄に『D』と書かれているのが目に留まった。
「……低いのですね」
疑問を素直に口に出す。この男──センゲージは聞いたことには必ず答えてくれる。答えられない場合ははっきりと断るが、その時も理由を包み隠さないというこの学校には珍しいタイプの人物だった。表はともかく、裏のストルルソンはとかく秘密主義なのだ。
彼はエリクスの手から紙を取ると、わずかに目を細める。
センゲージの背後に一瞬、ちかちかと鋭い光が走って回る。それが消えると同時に手の中の紙が燃え上がり、灰すら残さず消えて失せた。
「被害が最小限に抑えられているからな」
「…………」
調査隊は基本的に戦闘能力を持たない。迷宮内に散在する未知の情報を得るために選抜されているため、それ以外の能力は考慮されていないからだ。ゆえに必ず罠や魔物、ゴーレムと称される大型動体を処理するための護衛隊が同行する事になっている。
護衛隊は戦闘能力のほかに古代遺跡の調査経験や極地での生存記録……いわゆるサバイバル能力などを買われて雇われた者が多い。前線に立ち、危険を排除するのが仕事だ。そのため負傷者や死者が出ることは多いが、ストルルソンはそれを自分たちの被害とは見なさない。
二人が正面の壁の前に立つと、床が音もなく地下へ沈み出した。見る間に遠ざかっていく頭上の明かりを気にも留めず、会話は続く。
「危険度の高い状況であれば調査隊に生存者は残らない。一人の犠牲者もなく救援要請を出す余裕まであり、何より20時間を経過した今をもってなお彼らの生命反応に変化がない。追撃を仕掛けられていないという証拠だ」
「トラップにかかった可能性もあると?」
「候補としては指摘されている。だが私はゴーレムの出現を想定している」
「なぜです?」
「反応消失から救援要請までの時間差を考慮すると、護衛隊はごく短時間に全滅している。それほどの規模の罠であれば一段で終わりということはない。必ず二の矢、三の矢が続く。そのすべてを調査隊だけで切り抜けられたとは考えにくい」
「調査隊はゴーレムの行動範囲を出たから追撃を受けていない。襲ってきたのが魔獣ならばそもそも逃げ切れるはずがない……ということですか。ですがそれなら撤退は可能なのでは?」
「そこが問題だ」
動き出した時と同じく、静かに床の降下が停止する。薄暗いそこは相当に広く、壁も天井も見えなかった。
するとセンゲージの周囲に再び淡い光が輝き、それらが消えると手の中に白く光る球体が浮かび上がる。ランプ程度の光量しかないため足下を照らすのが精一杯だったが、二人は意に介さず歩き出す。
「帰還することは簡単だ。来た道を戻ればいい。我々が地下迷宮において先に進むということは、そのエリアはすべて調べ尽くした後ということだ。退路は常に確保されている」
「それなのに戻ってこれないということは……」
「彼らはあえて迷宮の“奥”へ逃げ込んだ、ということになる」
センゲージが確信を持って言い切ると、それを待っていたかのように突然、辺りが明るくなる。
そこは奇妙な空間だった。
床も壁もトンネルのようにしっかり整備されているが、ところどころが切り分けられたかのごとくむき出しの土になっている。
かと思えば、まるで人が近づくのもためらう切り立った岩山のようにごつごつとした岩盤が露出している部分もあった。
そして一番変わっているのは、そこら中に大小さまざまな『扉』や『門』が存在していることだ。
木製だったり石造りだったりと様式そのものがまるで違うだけでなく、階段もないのに見上げるほど高い位置に据え付けられていたり、落とし穴のように地面に門が開いていたりもする。
そしてそのすべてがうっすらと光を放っているのだった。
そんな奇怪な住宅展示会のような光景を見ても二人は驚くこともなく、そのまま歩を進める。
目的の場所──扉は一目で分かった。さっき別れた顔を隠した二人の少女が、今度は制服ではなく正装して待っていたからだ。
彼女たちが着ているものもまた『仕事』のための装備だ。エリクスとはまったく違ういかにも魔導士然とした格好だが、その背中に大きなバックパックを背負っているのがどうにもミスマッチだった。
無言で頭を下げる二人の前で立ち止まると、エリクスは目を閉じて深く息を吸った。
「では──」
センゲージは懐から小さな宝石のようなものを取り出すと、無造作とも言える手つきで扉に向けて投げつける。
宝石が扉に当たって乾いた音を立て──ることはなかった。
宝石は扉に当たる寸前で弾けて飛び散り、扉はその破片が当たる前にすっと消えてしまう。砕けた宝石は重力を無視してそのまま扉の奥へと消えていった。
「エリクオール=シュア。滞りのない帰還を望みます」
一歩引いたセンゲージがそう告げると、二人の顔のない少女が迷いのない足取りで扉の中へと踏み出す。そして振り返ってエリクスを待った。
エリクスもまた、何度も固めてきた覚悟を改めて胸に秘めると、地下迷宮へ足を踏み入れる。
背後からセンゲージの低い声が響く。
「我らは閉ざす者なり」




