フェルト
「いってらっしゃい・・・。」
すっかり釘を刺された母さんの覇気のない見送りと共に、フェルトと一緒に家を出た。
澄んだ深緑の香りと零れる陽射しの森を抜け、街道沿いへと向かう。
こうしてフェルトと一緒にストルルソンに向かうのは本当に久しぶりなのかもしれない。
もちろん、休日は一緒に出かけることもあるが、仕事のある日に同じ時間に出かけるのは珍しい。
街を行く人々の中には学生もいて、なんだか懐かしさを感じる。
隣に並んでいるフェルトもついこの間まではストルルソンの中等部に在籍していて制服姿を見ることの方が多かった。
とは言ってもストルルソンに通う生徒の多くは寮暮らしのため、
自宅から通っていたのは恐らく、フェルトぐらいだろう。
それもそのはず、ストルルソンはただの学校ではない──魔法学校である。
ここでは学ぶことだけではなく、新たな魔法を生み出すことを生徒に課しているため、
要求されるレベルの高さは計り知れない。
それでも最新鋭の設備や知識を享受できるこの場所で学びたいという魔法師は後をたたず、
各国から数多くの志願者が集まり、競争率は毎年うん千倍に膨れ上がっていた。
当然、ここアスクニア出身のものがストルルソンに通うことは非常に珍しい。
永世中立国とはいっても森や湖などの自然に囲まれた田舎のような場所に
優秀な魔法使いなど存在するわけもないからだ。
──魔法とは才能であり、才能とは即ち遺伝である。
結局のところ優秀な魔法使いかどうかは脈々と流れる血によって決まってしまい、
魔法の使えない両親を持つ僕は当然、使うことすらできないわけで。
そのため、首都に住む王族や貴族もしくは王宮お抱えの魔法使いの血脈を持つものだけが
あの高くそびえる門塔を潜ることを許されている──はずなのだが。
どういうわけか我が妹は僕と同じ風来坊の父と身体の弱い母の血を受け継いでいるにも関わらず、
幼い頃からありとあらゆる魔法を使いこなすことが出来た。
これに驚いた父親が嫌がるフェルトを無理やり学校に押し込めたせいで
"それなら、エリクオールも一緒に通うの!"
と何故か強引に僕までもがストルルソンに通うことになってしまった。
当然、僕のような魔法も使えない一般人が入学することなど逆立ちしても無理なわけで。
どうするつもりなのかと思いきやどこからともなく父さんが働き口を見つけてきて、
結局、フェルトと一緒に通うようになり、今に至るわけで。
一方、フェルトはというと在学中である三期の間に一度も主席の座を譲ることはなく、
類まれなる優秀な成績を収め、中等部を卒業した。
もちろんそのまま、高等部に進学するのかと思っていたのだが、
父親が不在なことをいいことに「もう飽きた~。」と辞めてしまった。
これには学校関係者も大慌てになると思いきや、特に引き止めることもなく、フェルトの退学を認めてしまった。
類まれなる逸材と称賛しておきながら、あっさりと手放したことに僕としては気になってドルトー先生がそれとなく聞いてみたが、
やはりフェルトのような「例外」は高貴の方々が集まるこの場所には相応しくなかった様子で、
もしかしてそれに嫌気が差してやめてしまったのかもしれない──と一瞬だけ考えてみたものの…
──それはない。という結論に至った。
そんな昔の出来事に思いを馳せていたら、
あっと言う間にストルルソンの前にある噴水広場に辿りついた。
「じゃあ、お仕事頑張ってねー。」
途中、フェルトの会話に上の空で答えていた気がするが、
とりあえずばれていないようだったので安心して手を振ると──
「べぇーーー! 今日は早く帰ってこないとご飯抜き!だからね!」
と思いっきり舌を出された。
(…どうやらばれていたようですね。)
***
ドルトー先生は何やら忙しそうに講義用の資料作成に没頭しており、
「あーでもない、こーでもない」と頭を抱えながらも、
僕に関連する資料集めをお願いしてくるので
一般塔の図書館や別の研究室など、行き来しながら慌しく一日を過ごした。
「それでは、お疲れ様でした。失礼します。」
いつもの時刻になり、研究室をあとにする。
結局、先生は最後まで抱えた頭を元に戻す事なく、
今も唸り声を上げながら、手に持ったペンを書き走らせていた。
お辞儀をしても反応ないので申しわけないが先に上がらせてもらったが、
一体何をあんなにもがいているのだろうか。
もしかしたら、何か飛んでもない発見を見つけてそのための論文作成に没頭しているのかもしれない。
少しだけ興味の沸いて思わず、廊下の途中で足を止めると研究室に向かって足先を方向転換させようとするも。
(いけませんね・・・早く帰らないと、フェルトに怒られてしまう。)
慌てて、もう一度足先を方今転換させ、再び研究室を背にすると
足早に我が家に向かって歩き出した。
***
夕闇を通り抜ける風の音と森の中から聞こえる木々のじゃれあいが心地よさを感じさせる。
夕ご飯に遅れないように少し早歩きをして帰ってきたせいもあって、
ほどなくして自宅に到着した。
玄関前のデッキを石の目に沿って踏み歩くと目の前には扉から光が零れおちていた。
が、しかし・・・なにやら様子がおかしい。
泣き声のような呻き声のような何とも言い難い悲痛な声に慌てて扉を開け、素早く家の中に入る。
ドタドタと床を鳴らすとリビングの扉の前でこの家の住人である二人の会話が漏れていたので
そっと聞き耳を立てた。
「──もー!だからダメだって言ったでしょ?」
「・・・ごめんなさい。・・・ごめんなさい。」
「あれほど、お母さんには無理だっていったのに・・・」
「なんで私が帰ってくるまで待てなかったのよ!もぉー!」
声の様子から誰が誰かは当然分かるが、それにしても親と子供立場が逆ではないかと
思うのは気のせいだろうか。
とりあえず、三人が一体何で揉めているのかさっぱりだったので
まずは現場に踏み込むことが先決と恐る恐るではあるがリビングの扉を開いた。
すると─
「・・・・・・ええええええええっ!?」
白い大きなクロスを首に巻いた黒髪の少女がそこにいた。
そして、こちらの驚いた表情に不思議そうな視線を返した。




