転生先は日本
目覚めて一番最初に目に入ったのは見知らぬ天井だった。
(⋯⋯ここはどこだ?)
目覚めて言葉にした第一声は、何の面白味の無い言葉だった。
確か⋯⋯女の子が轢かれそうになっているのに気付いて⋯⋯そこからは覚えて無いな。我に返ったとでも言うべきなのか?意識が戻った時には、左側にとてつもない衝撃を感じた。そこからは記憶が無い。
左側に感じたとてつもない衝撃⋯⋯俺は女の子を助けようとして車に轢かれたのか?
女の子が轢かれそうになっているのに気付く、左側に感じたとてつもない衝撃。
俺はこの二つの記憶から、自分が轢かれたという結論に至った。
そうなるとここは、病院という線が濃厚だな。
しかし、病院特有の匂いがしないな。
体を動かして周りを見渡そうにも、思う様に体が動かない。
足と手は動かせる。しかし、体と同様に思う様に動かせない。
(もしかして事故の後遺症か?)
そんな事を考えていた時、扉が開く音がした。
誰か入って来たようだ。
誰が入って来たのか確認するために、目線だけを扉に移した。
入って来た人を見て俺は驚いた。
髪は白。白と言っても老人の白髪の様な白ではない。純白の汚れが一切無い、ウエディングドレスの様な白さだ。
次に驚かされたのは、容姿だ。アニメの世界から飛び出て来たかの様な美しい顔だ。どんなアイドル、モデルの人でも太刀打ちできない美しさだ。
(おそらく俺の担当医か?しかし、俺の知っている医者の服装ではないな⋯⋯)
とりあえずこの女性は自分の担当医という事にした。
こんな美しい人が俺の担当医だと思うと、とてもワクワクする。
そんなことは置いておいて、まずは俺の容態について聞こう。
容態はどんな感じだ?と聞こうとしたが
「あーうあーうあー」
出てきた言葉は、言葉とは到底言えないものだった。
俺はコミュ障ではないし、滑舌も悪くない。
それならばなぜ上手く話せない?
⋯⋯
(やはり後遺症を持ってしまったか)
どうやら俺は話すこともままならないぐらいには重症なようだ。
実は植物状態に近いのではないのか?そんな嫌な考えが脳裏に浮かんだ。
そんな事を考えていた時だった。
「ふふふ、可愛いわね」
目の前に居る担当医と思われる美人さんは、俺の事を見てそう呟いた。
(俺の事を見ながら可愛いって言ったよな?つまり、この美人さんにとって俺の顔はイケてるということなのか?⋯⋯まさか俺に時代が来たのか?)
冷静を装うとしたが、美しい女性に褒められて冷静さを保っていられる男など存在しないはずだ。
もし、冷静さを保っていられるとしたらそれは同性愛者ぐらいだろうを
美人さんに可愛いと言われ、悶々としていると、唐突に猛烈な睡魔が襲って来た。
(なんだこの睡魔は⋯⋯耐えられる気がしない)
俺は睡魔に耐えきれず眠りについた。
――――
目覚めてから一週間が経った。
俺はこの一週間で重大な事に気付いた。
どうやら俺は転生したらしい。
確証を得たのは今日だが、前からこの体と境遇の違和感には気付いていた。
最初の違和感に気付いたのは、目覚めてから2日目の日だった。
――――
目が覚めると、目の前に居たのは昨日の美人さんだった。
昨日の事を思い出し胸が高鳴りそうだったが、
とある事に気付き、目の前の美人さんなんてどうでもよくなってしまった。
(親が御見舞に来ない⋯⋯)
一日経っても親が姿を見せなかったのだ。
普通は、事故が起きて数時間の間に病院に来るはずだ。
それが一日経っても来なかったのだ。
俺はこの事実にとても落ち込んだ。
さすがに、親が御見舞に来ないとは思っていなかった。
きっと、電話で俺の今の状態の事を聞いてどうでもよくなってしまったのだろう。
動けない俺を見捨てたと思うと涙が込み上げてくる。
実際に俺は泣いていたであろう。頬を温かい水が流れている感覚がある。
不意に謎の浮遊感が俺を襲った。
俺は焦り、必死に近くにある物を掴んだ。
それは、とても柔らかく細い腕だった。
(腕!?)
俺は困惑したが、それも一瞬だった。すぐに冷静になり、腕と謎の浮遊感の正体を見極めるべく目線を動かした。
目線を上に動かした時だった。そこで目にしたのは、一日前に見た俺の担当医と思われる美人さんだった。
( 俺を持ち上げるなんて見かけによらずに力持ちなんだな⋯⋯)
人生初の美人さんに抱っこされるというイベントが訪れたにもかかわらず、俺の思った事はこんなつまらない感想一つだった。
しかし、なぜ俺の事を持ち上げたのだろう?⋯⋯もしかして漏らしたのか?
植物状態だとしたら充分にありえる事だった。
(もし、漏らしていたならいっその事殺してください⋯⋯)
俺は美人さんの事を見ながら、目線だけで何度もお願いし続けた。
いわゆる無言の視線というやつだ。
しかし、俺の無言の視線は意味を成さなかった。
無駄だったかと思いながら美人さんから目線を落とす。
目線を落とした先に、またしても驚く物を見つけてしまう。
それは、自分の腕と足だ。
普通自分の腕と足を見たところで、驚く事などありえない。仮に包帯でミイラの様に巻かれていても、事故の後なら驚く事ではない。
では、なぜ驚いたのか?
俺の腕と足は、自分の体の一部とは思えない短さだったからだ。
(これは⋯⋯一体どうなってんだ?)
俺は、自分がどんな状況に置かれているかを必死に考えた。
そして、考えに考え抜いた結果一週間後の今、転生という結論に至った。
なぜ、転生という迷信としか言えない結論に至ったかというと、
自分の体のサイズが縮む、自分の喋ることが出来る言葉は、赤ちゃんが喋るような言葉ばかり。極めつけは、あの美人さんに授乳されたからだ。
こんな異常体験も、自分が赤ん坊になったと考えれば普通の出来事であったからだ。
さて、転生と分かったが何をすればいい?
悩んだ末、俺の出した結論は⋯⋯
ここは異世界なのかを調べる。という結論に至った。
なぜそんな事を一番最初にやるかというと、
俺の中の異世界名物と言えば魔法だからだ。
そう、手から火を出したり水を出したりするあの魔法だ。
男なら誰もが一度は憧れたりするだろう。俺もその中の一人だ。
つまり、自分の欲望を満たす為に、異世界かどうかを調べようとしていただけだった。
特に深い理由は、無かった。
やる事が決まれば後は行動に移すまでだ。
――――
一ヶ月が経った。
まだ異世界かどうかは分かっていない。
しかし、俺の母親については分かった。
あの担当医と思われる女性が俺の母親だった。
さすがに、毎日の様に母乳を与えてもらっていると気が付かずにはいられない。
さらに、俺の名前も分かった。名前は、『 しんや』と言うらしい。
あの美人さんが俺の事をしんやと呼んでいたので、俺の名前はしんやだと分かった。
前世とあまり変わらない名前だなというのが俺の素直な感想だ。
まだ分からない事だらけなのでまだまだ調べなくてはならないな⋯⋯。
――――
目覚めてから数ヶ月がたった頃には、母親に抱かれて家の中を移動していた。
その際に興味深い物を見かけた。
それは、テレビだ。
(ここの世界は技術が進んでいるな)
と心の中で賞賛してやった。
俺はこの世界の情報を得るべくテレビを見た。
俺はそこに映っている文字を目にして、テレビを見たことを後悔した。
テレビに映っていたのは、日本という文字だった。
異世界魔法ライフを夢見ている俺にとっては、とても悲しい事実を押し付ける文字だ。
見間違いを信じて、何度もテレビを見ては目を逸らし、そしてもう一度見るを繰り返した。
しかし、何度見ようとも日本という文字から変わる事はなかった。
ここは、異世界ではなかったのだ。
(ここは異世界ではなかったのか⋯⋯俺の夢の魔法ライフが⋯⋯)
俺はこの世界が異世界ではないと知って落ち込んだ。
その矢先だった、テレビにチラリと年号が映った。
俺はその年号を見るなり、先程までの落ち込み具合が嘘のようにハイテンションになった。
テレビに映っていた年号は、魔法暦400年となっていたからだ。
そう、魔法である。
俺は確信した。
今の日本は俺の知っている日本ではなく、何年も進んだ日本だと。
そう、ここは俺の知っている日本ではなく、俺が死んでから科学ではなく、魔法が発展した日本だった。