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第1話 石鹸

人生なんてロクなものじゃない。

 苦しいことばかりで報われることは少ない。

 それは死ぬ時も同じだった


―――


 誰かが言った、人生はバランス崩壊した究極のクソゲーだと。まさしくそのとおりだ。

 外へ出ればいちいち他人のことを気にせにゃいかんし、家にいれば親や周りの視線が突き刺り続ける毎日だ。

 俺なんていてもいなくても同じ―――。

 寧ろいなくなってくれた方がみんなせいせいするだろう。大学受験に失敗した挙句、予備校に通うわけでも就活するわけでもなく、浪人生活と題して丸3年も部屋でネットと惰眠(だみん)を繰り返しているわけだし。

 

 しかし、そんな俺もここ最近あることを始めた。就活ならぬ終活(しゅうかつ)というやつだ。

 ネットで自殺方法を片っ端から調べて、自分にあった死に方を模索している。

 調べていてわかったことだが、自殺にも色々なやり方がある。

 たとえばポピュラーな首吊り。……これは苦しそうなので却下。

 お手軽な投身。高い場所は苦手なので無理そう。

 焼身。ドMじゃない俺には鬼畜難易度すぎる。


 こんな風にネットで情報を漁っては、あれやこれやと考えて時間を潰すのが最近の日課になってきている。

 どれもこれも、俺には厳しそうだな。

 正直、自殺を考えるのにもあきてきて、はんば諦めつつも、いつもどおりにマウスを操作している時だった。ある記事が目に止まった。

 トラックによる自殺。

 最近、巷で流行っているらしく、トラックにひき殺されると、もれなく異世界に転生らしい。

 しかも異世界転生すると、チート主人公になったり無条件でハーレムを建設できるという耳寄り情報。


 これだ! お得すぎる自殺方法に思わずガッツポーズが出てしまう。 

 大型トラックに巻き込まれれば即死はほぼ確実。トラックなんてその辺の車道に行けば、すぐ見つかるだろうし、こんな楽な死に方で俺得な特典までつくなんて見逃せるはずがない。

 さらばフツメンだった現行人生。ウェルカム、チート&ハーレムな異世界人生。

 俺はパソコンをそっと閉じ、さっそく美少女ハーレムライフに向けて準備にとりかかることにした。



 決行日の朝。いつもと違い俺は久しぶりに携帯から鳴る嫁のモーニングコールで目を覚ました。

 昨日は丸一日かけて、余った大学ノートで涙なしには読めない遺書を書き綴り、リアルタイムで最後のアニメ実況も終わらせた。

 秘蔵のお菓子も食べきったしパソコンのハードディスクも全て消去済みだ。


 もうやり残したことはない。最終確認の為、俺は指差しで自分の部屋を隅々まで見回し、最後に今までお世話になった嫁達にお別れのキッスをした。その時、ふと香ばしい臭いが鼻につく。

 そういえば風呂入ったのにいつだっけ? 記憶が正しければ三日前くらいだったか。

 シャツを顔に寄せて臭いをかいでみると、汗の臭いがじんわりと鼻を通り抜ける。

 さすがに汗臭いまんまで死ぬのもちょっぴり恥ずかしい。

 俺はいそいそと脱衣所の方へ向かうことにした。


 脱衣場へ着くや否やそそくさと服を脱ぎ、俺は目の前の姿見に向かってモデルのように様々なポーズを決めていく。

 我ながらの肉体美だ。3年も引きこもっているというのに、無駄な肉ひとつない。それなりに引き締まった腹筋、軽く力を入れれば顔をのぞかせるちからこぶ。俺基準では理想体型と言っても差し支えないだろう。

 こんな小学生みたいなノリもこれで最後になるんだ。気恥ずかしさを覚えながらも、全力でポージングをとり続けた。

 

 しばらくして肩の方がダルくなった俺は、ポージングをいったん中断し浴室のスライドドアを開けることにした。

 それでは身体を清めるとしますか。謎の決意を固め、浴室へ何歩か踏み込んだ時だった。


「ほえ?」


 足の裏ににゅるんとした感触が伝わり、反応する暇もなく身体が後ろの方へもっていかれる。

 勢いよく飛んだ石鹸が目の先を掠り、あっと言った瞬間、今まで感じたことのない衝撃が後頭部を走った。頭を中心に全身に響くような痛みが襲い、それを訴えるより先にあたりの景色がかすみ始める。


 マジかよ……俺、死ぬのか?

 人は亡くなる瞬間、第六感が働き死を予測すると聞いたことがある。俺が感じているのはまさにそれだ。 

 やっぱり現実なんてロクなもんじゃなかった。風呂場で転んで死ぬとか転生うんぬんの前にアホすぎる。

 こんな死に方をするなら、もっと早いうちにトラックに突っ込んでおけばよかったな……。

 後悔と共にかすんでいた景色も次第に見えなくなっていった。



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