表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空に浮かぶ詩  作者: 摩耶
3/6

PAGE2.初日前日

「照明のチェック、OKです」


「一発勝負だから、いつでも色出せるようにしとけ」


「この場面の音響、多少の修正入りますけどいいっすか~」


「いいけど、ちゃんと余韻が残るように!」


 一人の学生・高野紳一(こうのしんいち)に向けて様々な言葉が襲いかかり、


 荒い口調だが、一つ一つの言葉に受け答えていく。


 小さなミスも見逃さない張り詰めた表情。


 余裕も見当たらないのは、今の紳一の置かれている状況ならば仕方ないことだろう。


 遠くまで透けて見えるような空から、


 電灯いらずの明るい日差しを取り込んでいだ体育館が、


 紳一にはとても昔のように感じていた。


 明るい日差しは時間を経て赤銅の雰囲気を帯びはじめている。


 今日は、文化祭の舞台の最終リハーサル。


 明日は舞台発表の当日。


 焦っているのは、無理もないことだろう。


「よし、最終調整 報告!」


 張った紳一の声が舞台に響き亘る。


「大道具、小道具、異常ありません!」


「音響・効果、準備完了しました!」


「照明、今からでもいけます!」


「衣装、チェック終了しました!」


 打てばちゃんと響いてくる返事の声々。


 準備期間の半分を使って、全員が納得するまで煮詰めて話し合った仲間達。


 信頼しても問題はないと紳一は思う。


 迷うことなく集合命令をかけ、三々五々に部員が集まってくる。


 「え~っと………皆さん本当にお疲れ様でした」


 荒っぽい口調から一変して、丁寧な言葉で話す紳一。


 「皆さんのお陰で、何とか本番を迎えることが出来そうです」


 知らずと拍手が沸き上がるのを、全身で受け止める紳一。


 「これだけ準備に苦労したんですから、本番は重く考えずに、楽しくいきましょう!」


 一息。そして


 「今日はゆっくり休んでください。一人も欠くことなく明日を迎えましょう!


  本当にお疲れ様でした」


 「おつかれさまでした~」と返ってくる声が華やいでいた。



 秋の夕暮れは暗くなるのが早い。


 赤銅の空が藍色に変わってゆく。


 まだ舞台には照明が燈されているが、部員がいなくなった舞台は静寂と共にあった。


 数十分前までは喧騒に包まれていたとは思えないほどの静けさ………


 それを破るものが舞台の中央にあった。


 「んん~~~~~~あ~~~~~~~~~~」


 音の高低の揺れがなく、長く続く声。


 相当に鍛えられた声なんだろうと素人が聞いてもわかるほどだろう。


 運営委員の何名かが紳一に目を向けるが、委員達も多忙なのか、


 気にも止めずに紳一の近くを駆け抜けていく。


 「あ!あ!あ!あ!あ!あ!あ!」


 今度は短く言葉を切り、これを何度も続ける。


 基本に忠実で、だからこそ疎かにしてはいけない反復。


 舞台上の紳一の活躍は、これに集約しているといってもいい。


 「………先輩、何やってるんすか?」


 「おわっ!」


 背後からの声に紳一の背筋が伸びる。


 「あぁ・・・河佳(かわよし)君……驚かせないでくださいよ」


 渋い表情を作り紳一が後輩に声をかける。


 「ストーカーまがいの事はしませんから安心してください」


 紳一よりも一回り大柄な後輩、河佳 (りょう)が人懐っこい笑みを浮かべていた。


 「それでも結構陰湿ですよ」


 「すいません。差し入れ持ってきたんで許してください」


 「………『武阪(タケサカ)』ですか?」


 「えぇ、中華まんと烏龍茶です」


 「なら、いいでしょう」


 顔色が面白いように変わる。これが部員を捉えて放さない紳一の魅力なのだろう。


 良もその部員の一人で、嬉々として紳一にビニール袋を手渡す。


 かさかさと探る音が小さく舞台上に響き、二人の静かな空間が訪れる。


 誰かが歩みを進めた時に鳴る靴底のゴムの擦れる音が主旋律となっていた。


 「………不安ですか?」


 不意を突かれた顔をする良。遠回しに切り出そうとは思っていたらしい。


 「…ですね。 明日が一番怖いんです」


 腹を括ったのだろう良が、背中を丸めて話す。


 「どうしてですか? 貴方が最も熱心だと思ったから指名したんですよ」


 中華まんの袋が熱かったらしく、お手玉をする紳一。


 「でも、主役ですよ。 まだ脇役すらもやったことがないのに……」


 背中がますます小さくなり、紳一と肩を並べるような格好になる。


 「舞台は何度か踏んでいるのでしょう? 台詞も全く問題はなかったと思いましたが」


 「それでも本番では何が起こるかわからないじゃないですか。


  舞台は魔物が棲んでいると聞いてますし」


 舞台の主役らしからぬ消え去りそうな声。


 練習から上がり症の傾向がある良。


 直前になると更に拍車がかかるのか、


 緊張で張り詰めているのは紳一の手に取るように分かる。


 「あぁ……色々と吹き込まれたんですね?」


 更に小さくなる良。図星なのだろう。それを見てふふと笑う紳一。


 「先輩も他人事だと思ってるんですか?」


  先程の小ささと比較にならない非難の声。


 良の心が悪く巡っている紛れもない証拠だろう。


 「ん~、違う違う。何と言ったらいいのかなぁ……懐かしくって」


 「懐かしい……んですか?」


 答えが意外だったのだろう、怪訝な顔をする良。


 良と視線を合わせることなく天井を見つめる紳一。


 体育館の屋根を包み込んでいる空は、徐々に暗さを増していくことだろう。


 「えぇ、これは演劇部の恒例の行事なんですよ。上級生が引退の舞台を踏む時は


  主役は次の世代の部員に引き継ぐんです」


 「それは知っていますけど」


 良の非難の視線は変わらずに鋭い。


 自分よりも演技力のある部員なら良自身の目で見ても分かる。


 先輩の紳一なら、それも見抜いているだろうと。


 「う~ん……そうですねぇ………休憩がてらにちょっと昔話をしましょうか」


 「先輩のですか?」


 高野 紳一という人間は、あまり自分の話をしない。


 自分の事は全て自分で決着をつけてしまうので、


 彼の愚痴を聞いたという人は演劇部の中にもいないという始末だ。


 自分のペットボトルを開けて口をつける良。


 紳一もようやく熱くなくなったのか、中華まんを半分に割る。


 「僕は…最初から演劇部の部員ではなかったんですよ」


 「え?どこか違う部活をされてたんですか?」


 当たり前のような質問をする良。


 「いいえ。単なる帰宅部でしたし、


  中学の頃は演劇の『え』の字も知らなかったんですから」


 割った半分を口の中に放り込む紳一。熱かったのだろうか嚥下(えんげ)するのに苦労している。


 「じゃぁ、どうして先輩は演劇部に?」


 当然の質問が返ってくる。


 「私が1年の時の演劇部って、部員の大半が女性だったんです。


  その時に、大道具製作班がとても手薄で、集まった有志の一人が私だったんですよ」


 特に女性が多かった事は、OBや顧問からも良は聞いたことがある。


 「先生が演劇部の顧問でしたから、声をかけやすかったのかもしれませんね。


  部員として籍を置いたのは2年になった時ですし、河佳君と同期なんです。


  本当ならば、先輩と呼ばれるのも筋違いだったんでしょうね」


 ペットボトルのお茶で喉を潤す紳一の微笑に変わりはない。


 しかし、その微笑に映るのは自嘲か・・・


 「それからは河佳君も一緒でしたから知ってるでしょ?」


 「えぇ。先輩は俺達と一緒に練習をしながら大道具の製作をこなしていたんですね」


 「実は言うと、


  下級生の皆さんと練習をしていたのも言い方はひどいかもしれませんが


  単なる暇潰しだったんです。


  公演が決まらない限り、裏方は何もすることがありませんしね」


 「言ってしまえば、そうですもんね」


 思わず同意してしまい、慌てる良。


 「中途半端に製作と練習の間を行ったり来たりしていたのですが、


  そんな私に罰が当たったんです。丁度、去年の今頃でしたね」


 その時の光景は良も鮮明に覚えている。


 裏方に専念するんだと誰もが確信していた紳一が、


 一気にスポットライトの当たる主役に抜擢された時の他の部員達の唖然とした表情。


 いきなりの指名に呆然としてしまっていた紳一の姿。


 そして湧き上がった反論の渦。


 「あの時は流石に『しまった』と毒づいてしまいましたよ。


  以前に『たまには舞台に立ってみたいな』と呟いていたのを


  先輩に聞かれていたんですから」


 因果応報とはこういうことを言うんですね、と乾いた笑いを残す紳一。


 良もその指名に驚いたのだから当の本人が驚かない訳もない。


 「確か……あの会議の後で先輩達は残ってたんでしたっけ?


  何か言われたんですか?」


 「そりゃもう、色々と……辛辣な意見も戴きましたよ。


  反論も私の状況からしてみれば、的を得ていたのも事実でしたし。


  ただ小さくなっている事しか出来なかったですよ」


  先程の貴方のようにねと肩を大袈裟に竦める仕草をする紳一。


  そんなに身を小さくしていたのだろうかと苦笑いする良。


 「その時、先代の部長が言ったんです。


  『俺が責任取るから、今回は任せてほしい』って頭を下げて、


  その場は収まったんです」


 ちょっと冷めた中華まんの半分を頬張り始める紳一。


 視線を彷徨わせていた良は、いつの間にか体育館の床の継ぎ目を見つめている。


 「ですが……先代の一言だけで他の部員達が納得すると思いますか?」


 静かに頭を振る良。


 紳一以外にも演技者として実績を積んでいる部員もいる。


 良が同じ立場でも先輩のように反論をしてしまうだろう。


 「本番まで一ヶ月以上あったとはいえ、基本も知らない私が舞台に立つためには


  付け焼刃でも一夜漬けでも良いから、練習するしか選択肢がなかったんです。


  皆を納得させるために先輩は鬼になったんです」


 「厳しかったんですか?」


 「そりゃもう……凄くきつかったですよ。


  下手だ下手だって言われ続けて本番直前まで来たんですから」


 良の記憶にも、罵声に晒されている紳一の姿が残っている。


 脇役として選ばれていた良も、先代部長の厳しさの異常さに恐れを抱いていた。


 激しい叱責は台本の読み合わせから、舞台合わせ。


 他の部員が練習を終え、帰宅準備を進めている時までも響き渡った。


 「それでも、本番まで時間は押し迫ってきますし、


  先輩の指導は時間のなさに比例して、ますます厳しいものになりました。


  追い詰められてどうしても我慢が出来なくなってその先輩に直談判したんです。


  『私は頑張って練習しているのに』って、軽い愚痴ですね。


  言った後で、凄く後悔しました。先輩の最後の舞台を(けが)してしまったんですからね」


 「で?どう返ってきたんですか?」


 「先輩は怒ろうともしないでこう言ったんです。


  『どれだけ口では頑張っていると言っても、それは本人が勝手に限界だと思い込んで


   自分に嘘をついている事にしかならないんだ』って。


   ビックリしましたよ。


   頑張っているという言葉が逃げる為に使われる言葉なんだって」


 返す言葉が見つからずに、静かな空間が訪れる。


 靴のゴムが擦れて小さな音を鳴り、お茶で喉を潤す音が聞こえる。


 「私が河佳君を選んだのは、昨年の私の状態と今年の河佳君の状態を比べて、


  河佳君がもっと高いレベルにいたから選んだんですよ。


  去年のように、反論も起こらなかったですし」


 「で……ですけど……」


 急に話が自分の話になったからか、しどろもどろになる良。


 「緊張のしない人間なんていません。ですが本番までその状態が続いていると、


  いざ本番となって、さぁミスしてくださいと言われているようなものですよ」


 再び黙り込む良。自分でもそれは理解しているのだろう。


 それでも良は自らの悪循環から逃れられない。


 花道を飾ろうとしている上級生。 舞台の中心を担う大役。


 小石の投げられた水面から発生する波のように良の心に不安は広がる。


 「う~ん……では、聞きますけど、


  舞台のどういう所がが怖いんですか?」


 「え?だって舞台には魔物が棲むって先輩が……」


 「貴方は見えないものを信じるのですか?」


 きょとんした顔をする良。


 「貴方は、誰を見て舞台に立って演技をするんですか?」


 「あ……」


 先程の顔とは違い、合点がいったという顔に変わる。


 「そう、そういうことですよ。舞台は確かに魔物が潜んでいます。


  それで怖いと思われるのならば、演技中でもいいですから


  深く深呼吸して貴方の周りを目を配りましょう。


  舞台には貴方一人ではないのです。私もいますし、他のみんなもいます。


  見えないものを信じるのならば、見えているものはもっと信じられるでしょう?」


 「えぇ。『舞台は楽しく』ですね」


 自分が言うはずの言葉を先に言われてしまい、苦笑する紳一。


 狙ったように台詞を言った良も策士の表情をしている。


 「やっぱり明日が怖いですか?」


 「まだちょっと怖いですね」


 「………なら、それが取れるように練習しましょうか」


 「え?それでは先輩が………先輩も疲れているでしょう?」


 「舞台の最終調整も終わっていますが、役者の最終調整が残っていますから


  今から追い込みをかけるつもりでいました。


  何でしたら、河佳君も最終調整していきますか?」


 「はい。お願いします、部長」


 休憩から立ち上がって台本を手にする紳一と良。


 二つの通る声が闇に熔けて消えるまで、そんなに時間はかからなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ