<7>迷いがあるようです
宿の値段を修正しています
実はあの影の魔物が町に入って行ったのを、ジョンソンたちは見ていたらしい。
だからあの影の魔物がどこに行ったのかとか、地面に穴が開いていたりするのは戦闘していたからじゃないか、など色々とユウは問い詰められることになった。
何もしていないと言ったら嘘だとすぐにばれてしまうので、戦闘はしたけれど、逃げられたということでユウは誤魔化したのだった。
宿のフーリにはお強いのですね、と笑われトオヤにも格好いいと褒められてしまい、少し嬉しいユウだった。
――――
影の魔物に襲われてから10日程経った。
宿のお金を払っていたのはここまでだったので、ユウは10日分追加で払うことにした。
宿の雰囲気は悪くなかったし、何より宿泊客がユウしかいないというのも魅力だったからだ。
ちなみにフーリとトオヤも喜んでいた。
……こんな客しかいないのはそれはそれで不安だったりもする。
10日分のお金を支払ったものの、この10日の間ユウは何もしてないわけではないので、お金の心配はなかった。
何をしていたかというと、なんでも屋の依頼をこなしていたのだ。
ウルファーの討伐は、最初にユウが達成して以来なんでも屋に依頼として貼られてはいない。
品質が良すぎたせいか、しばらく依頼を出さなくても良くなってしまったようだ。
完璧に依頼をこなしてしまうと、しばらく依頼が来なくなってしまうようなので加減が難しい。
そんな事情もあって、ユウはこの10日間魔物の討伐依頼は受けることがなかった。
高額な報酬を貰えるとしても、他のなんでも屋で稼いでいる人間から恨まれたらたまらないからだ。
何の依頼をやっていたかというと、町の中で誰でもできる依頼だった。
荷物運びだとか。家の掃除だとか。たまにペットの散歩なんて依頼もあった。
依頼の報酬はそこそこだったが、町の中でできる依頼なので一日で何個もこなすことができた。
なので全体でみると報酬は良い感じになった。
町の中での依頼を受けてくれる人はあまりいないらしく、町の人たちからとても感謝されたのが印象に残った。
「まいどありー」
露店の店主に声を投げかけられながら、ユウは店を出た。
今ユウは露店で買い物をしたところだ。
買ったものは財布。
最近の依頼で硬貨が貯まり、ポケットに突っ込んでおくには少々重くなってきたからだ。
お昼を露店で済ますことは前やったので、ユウは宿に戻ることにした。露店のご飯と宿のご飯を比べると、宿の方が倍はおいしいからという理由もある。
お祭り気分を味わうなら露店でご飯もいいが、毎日は御免だ。
そんなわけで、大体お昼は宿に戻って済ますことが多い。
食べる量が量なので、ユウはフーリに追加で料金を渡している。
最初は断られたのだが、払った方が遠慮なく食べれると説得して受け取って貰える様になった。
フーリの宿――ミイロ・アルザムは今のところユウ以外の宿泊客を見たことがない。
なのに毎日ご飯をもらっていたら、宿の経営が厳しくなってしまうだろうという配慮は余計だっただろうか。
まぁ経営もできなくなるくらいなら追い出されるだろうと結論付けて、ユウは宿に戻ることにした。
――――
「……ん?」
宿まで戻って来たユウ。
しかし、いつもの宿とは様子が違った。
何やら揉めているらしい。
「あの……! ですからうちはこの価格なんです……!」
「だからふざけてんのか女!? こんなぼったくり価格の宿なんて普通ねぇぞ!?」
「文句あるなら出て行ってくださいって言ってるじゃないですか!」
「今日泊まれるのがここしかねぇんだよ! 俺だってこんな所来たくなかったよ!」
フーリと見知らぬ男が言い争っている。
状況から見ると男は宿泊目的のようだが、流石に客でもこれはないだろう……。
呆れて何も言えないユウだったが、状況は進んで行く。
「それとも何だ? お前が高い金の分身体で払ってくれるとでもいうのか? へへっ。顔も身体つきも悪かねぇ……!」
「ちょっ……!? やめてください! いい加減にしないと――」
「あ? 人でも呼ぶってか? こんなとこに都合良く人が来るわけねぇ――」
「残念。都合良く人がいたわ」
「あ……?」
どこの世界でもこういう馬鹿は居るんだなぁ、と呆れながらユウは止めに入った。
チンピラ風の男はフーリの手首を握っていたので、その手を離すよう間に入って仲裁を試みる。
「んだてめえ」
「ん。ここの宿泊客。今は昼飯食いたいから面倒事は終わりにしてくれないか?」
「宿泊客!? お前ここに泊まってんのかよ!? このぼったくり価格の宿に!!」
「お、おう? そうだけど、そんなにここ高いのか?」
わざと高い高い叫んでいたチンピラかと思ったら、実は本当にこの宿は高いのだろうかと疑問を抱いてしまうユウだった。
「高いのかって……。お前他の宿見たことないのか? 普通の宿は飯ありで一晩2000だぞ。なのにここは5000っておかしいにも程があるだろ! 宿だってボロボロなのによお!」
「へ、へぇ」
ユウにとっては普通くらいの感覚だったが、この世界では高い方らしい。
といっても、ユウが泊まりたい条件に一致するのはここくらいなので宿を変えることはないだろう。
「まぁそれは置いておいて。さっきから彼女も言ってるように宿を変えればいいだけじゃないか?」
「だから! 俺もここしか泊まれる場所がねぇって言ってんだよ!」
「駄目だこいつ。話わからない奴だ」
なぜこの男が泊まる宿がここしかないのかというと、他の宿にも迷惑をかけて出入り禁止にされてしまったからである。
簡単に言うと自業自得。しかし、状況を知らないユウたちからしたらいい迷惑だ。
「てめぇ……! てめぇも俺に文句あんの――」
「悪い。今日は野宿でもしてくれ」
腕を振りかぶり殴りかかってこようとした男の胸倉を掴み、ユウは投げ飛ばした。
尻から地面に落ちるように投げたので、ダメージはあまりないはずだが、男は何が起こったのかわからず呆然とした表情だった。
「これ以上迷惑かけるくらいなら魔物でも狩って金貯めたらどうだ」
その実力もないからこうして脅しに来ているのだけれど。
もう男のことは気にしないようにし、お昼ご飯下さいとフーリに言ってユウは宿の中に入った。
投げ出された男はもう突っかかってくることはなかった。
――――
「ありがとうございます! 助かりました!」
ニコニコしながらフーリが言った。ご機嫌である。
「別に。たまたま通りかかっただけだから気にしないで」
「いえいえ! あのままユウさんが来てくれなかったら大変でした……。本当にありがとうございます」
「うん……。どういたしまして」
「急いでお昼用意しますね! 待ってて下さい!」
「ゆっくりでいいからね?」
ぱたたと厨房に向かうフーリを見送り一息つく。
すると厨房に向かったフーリと交代するようにしてトオヤが出てきた。
「あの……」
「……? どうしたんだ?」
フーリの子であるトオヤはどうにも人見知りらしく、ユウでもあまり話しかけられることがなかった。
話しかけられるとしても、大体はフーリと一緒だったので、1人でこちらに話しかけて来るのは初めての出来事だった。
「僕、強くなりたい」
「ふむ……」
「どうやったら強くなれるの? お母さん守れるようになりたい」
「うーん……」
強くなりたいというのは、今のようにフーリが襲われている時に何も出来ないのが嫌だという理由からだった。
でもどうすれば良いかわからない。
なので、あの男を軽々と退治することができるユウに尋ねたという事情である。
「トオヤは魔法使えるのか?」
「? 使えるよ? でも簡単なのしか使えない」
「んー……。魔法使いに戦いを教えるって……。んんー……」
頭を悩ませるユウだった。
そもそも魔法を使えないユウは独自のセンスで戦っているだけで、戦闘を教えるとなると困ってしまうのが本音だった。
それに加え魔法を使える人に戦い方を教えるというのは難しいものがあり……、
「まずは力を付けたらどうだ?」
「ちから?」
「そう。戦いでも殴ったりするだろ? その時に力が弱かったらただ魔法しか頼れなくなるからさ。母さんの手伝いでもしながらゆっくり力を付けて行くのはどうだ?」
「でも、そんなゆっくりで良いのかな?」
「そんなゆっくりで大丈夫だ。なんせ、俺もトオヤくらいの頃は家の手伝いしながら鍛えてたからな。腕立て伏せとかやりながら」
「そうなんだ! わかった! お母さん手伝って来る!」
「おう。頑張れ」
ユウの場合は手伝いも肉体労働だったが、それは秘密にしておくことにした。
トオヤの場合は魔法が使えるので、そこまで肉体を鍛えなくても良いと思うが、本人がやりたがっているのだから構わないだろう。
そこから10分くらいして、お昼ご飯が出来たのだった。
「お待たせしました!」
「ありがとうございます。そんなに待ってないから慌てないで下さいよ?」
「あはは……。少し焦ってましたか……」
3人分の昼食を一緒に食べる。
ユウがこの宿に泊まるようになってから、大体3人で食べるのがお決まりになっていた。
「あの……今更ですけど、よかったんですか?」
「何が?」
「料金です。私の宿の料金は、あの男の人の言う通り他の所より高いですよ? 他の宿に変えた方が……」
「ああ、それね。気にしてないよ。それともフーリさんは俺に出て行って欲しいのか?」
「い、いいえ! そんなことはありません!」
「ならいいじゃないか」
ご飯を食べながらの会話なので、途切れ途切れの会話になる。
ユウが前の世界で食べて来たものより、ここの宿のご飯はおいしい。
それだけでこの宿にいる価値はある。
「……ありがとうございます」
「何が?」
「なんでもないです♪」
「……?」
お昼を食べ終わったユウは何をしようかと町をまたぶらぶらと歩いていた。
ここしばらく依頼ばかりこなしていたので、お金には余裕がある。
といっても昼から酒を飲むという程飲むのは好きではないし、かといってそういった事以外の娯楽はこの町にはない。
この世界の人たちは何を目標として生きているのだろう。
町で依頼をこなしながら、町で暮らしている人間を観察しながらユウはそんなことを疑問に思っていた。
なんでも屋で依頼をこなしている中で仲良くなったムバム、ラミ、フゾーを見ても町から出ようとする様子はない。
商人を見ても、この世界に自身の品を繰り出そうとする気もないようである。
それがこの世界の人たちの生き方なら否定はしない。否定はしないが、
「つまらないな……」
ユウがこの世界でやり直したいことというのは、誰かと一緒に生きたいというものだ。
だが、それも今の状況では誰もそれに当てはまらなかった。
ムバムたちと馬鹿みたいにはしゃぐのも楽しいし、フーリの宿に泊まっておいしいご飯を食べて暮らすのもそれはそれで充実はしているが何かが足りない。
「……どうしたいんだろうな」
露店で何かの串焼きを買い、ベンチに座りながらユウは考えていた。
最近の趣味は空を見ながら何かつまみ食いすることである。
逆にいうと、それくらいしかやることがない。
この世界に来て空を見続けて気付いたことが少しだけある。
星が綺麗に見えるということだ。
…………それだけだ。
――――
「はぁー……」
ため息を1つ。
結局夕暮れまで空を見続けてしまった。
我ながら暇人だなぁと暢気に考えていると、
「ユウさん!!」
「ん? フーリさん?」
彼女がこんな町の中心部にいるなんて珍しいことだった。
基本的にフーリは宿の中にいるので、外に出るのは買出しの用事がある時くらいのはずだ。
しかし、今日はまだ買出しが必要な日ではなかったとユウは記憶している。
「どうしたんです?」
「た、大変なんです!! トオヤが……!」
「へ? トオヤが? どうしたんですか」
「トオヤが外に出てしまったんです!!」
「は……?」
突然すぎる事でユウはそう反応するのが精一杯だった。