<5>お礼を言いに行ったようですが……?
「……さん、……さん」
どこからか声が聞こえて、ユウは目を覚ました。
目を開くと困ったような顔をした女将が目に入った。何をしているのだろう。
「あ、やっと起きてくれましたね。夕食できましたよ♪」
「……寝てたのか」
「はい。起こしにきちゃいました」
「ご飯作ってもらってたのに悪い……。すぐいく」
「これが仕事ですので問題ありません。あ、でもお部屋の鍵はちゃんと閉めないと駄目ですよ?」
「……あー、気を付けます」
先に行って用意するからゆっくり降りて来るように、と言うと女将は早足で出て行った。
食事は出来ているが、まだ皿に盛り付けるのは終わっていないのだろう。
寝るつもりがなかったのに寝てしまうなんて、異世界に召喚されて思っていたより疲れが溜まっていたのだろうか、とぼんりとした頭で考える。
寝起きで身体がだるいが、下で女将を待たせてしまうのも悪いと思ったのでゆっくりとした足取りでユウは部屋を出た。
下の階に降りると、もう女将が食事をテーブルに並べ終えていた。
「お待たせしました♪」
「どうも……です」
この世界にも白米があるのかとユウが観察してると、女将がおずおずとした様子で
「あの……もし、よければなんですけど、ご一緒しても良いですか?」
「ん……? 食事を?」
「はい……。私と息子がいるんですけど……、どうしても今すぐ食べたいって聞かなくて……」
「へ……? あ、ああどうぞ……。女将さん子供いるんですね……」
見た目からは子供がいるとは想像できないくらい若く見える女将だった。
10代で出産して、まだ20代前半といわれても納得ができるくらいだった。
ここは異世界なので、もしかしたら本当にそうかもしれないが。
「ありがとうございます! じゃあ息子を連れてきますね!」
小走りで女将は2階に上がっていった。子供は2階か3階にいるのだろう。
1分もしないうちに女将は戻ってきた。
その女将の隣には10歳くらいの少年がいた。
「お待たせしました! 改めて私はこのミーロ・アルザム唯一の従業員フーリです! ……ほらちゃんと自己紹介して」
「……トオヤ」
「あ、こら! ……ごめんなさいお客様……。」
自分の名前だけ名乗って、少年――トオヤはフーリの後ろに隠れてしまった。
「気にしてないよ。そういえば名乗ってなかったな。ユウクラリアです。長いからユウでもクラでもリアでも適当に呼んでくれ」
「はい、ではユウさんと呼んでもいいですか?」
「どうぞ」
これから一緒に食事をしようとする人に様付け等で呼ばれたくはなかったので、その提案はありがたいものだった。
こそこそとトオヤが椅子に座って、フーリとユウが椅子に座るのを待っているようだ。
お腹をすかせてる子供にお預けするのは気分が悪いので、ユウもさっさと椅子に座る。
今更だが、同じテーブルで食べるのだろうか?
「え? 別々の方がよかったですか?」
きょとん、とした顔でフーリが言った。
「いや……、俺は構わないんだけど、あんたの――」
「フーリです」
「……フーリさんの夫に他の男と仲良くご飯食べてるとこなんて見られたらまずいんじゃないのか?」
「ああ……。それなら問題ありません。夫はもういませんから」
「…………そうか」
「はい。なので気にせずご飯食べましょ?」
「……はい」
少し気まずくなってしまったが、ご飯はおいしかったのですぐに気まずい空気はどこかに行った。
食事中トオヤが嫌いな食べ物をフーリの皿にこっそり移して、すぐにばれて怒られたり、トオヤが味噌汁をひっくり返したりとトラブルがあったが、食事を終えることができた。
食事の後片付けを手伝おうかと提案したが、それを客にやらせるわけにはいかないと断られてしまったので暇だった。
部屋に戻ってもやることはない。先ほど部屋で寝てしまったので、目も覚めている。
散歩にでも行こうか悩んでいると、
「ユウさん。お風呂はどうしますか?」
「お風呂?」
この世界にも風呂というものがあるようだ。
何時入りたいですか、ということだったのですぐに使わさせてもらうことにした。
食後すぐは身体に悪いんですよ? というフーリのありがたい忠告を聞き流して、ユウはお風呂に入ることにした。
結論からいうと、お風呂はかなり快適なものだった。
上から降ってくるお湯で体を流し、暖かい湯船に長く浸かることで、今日の疲労は流された気分だった。
ユウはそのままの勢いで部屋に戻り、ベッドに倒れ込みたい衝動を抑えて椅子に座り一息つく。
流石に風呂上りすぐに眠ることはできないからだ。
それに、まだ乾いていない髪のままベッドに入ったら濡らしてしまうことになる。
「……明日から何しよう」
独り言が空しく空気に溶けた。
――――
朝食を食べ終わったユウは、目的地も決めず町を歩いていた。
この町には来たばかりなので、慣れるためにという理由だ。
「……朝は人が多いな」
露店を出している店が多々あり、武器を売っている店や食べ物が売っている店など様々な種類がある。
朝でこうなのだから、昼でも露店はあるだろうと予想し、昼食は露店で済ますことに決めた。
「……ジョンソンの所にでも行ってみるか」
録にお礼も言えてなかったしな、とユウは門番長のところへ向かうのだった。
――――
「お、ユウじゃないか!」
門まで行くとジョンソンはすぐにこちらに気が付いた。
相変わらず鎧をつけているので顔が見えない。
「ふむ……。シャツ1枚の頃と比べると男前になったな」
「ありがとう。宿にも泊まれたし、町に入れてくれて感謝してるよ」
「ははっ! 礼を言われる覚えはないよ。それが仕事だからね。それにしても、昨日の今日で何しに来たんだ? まさか、もう出て行くつもりなのか?」
「しばらくはここに留まるつもりだよ。今日は礼を言いに来ただけだったんだけど、迷惑だったか?」
「んんっ、そんなことはない。なんと言っても門番はほとんどが暇…………」
「……?」
突然黙ったジョンソンは外の方を注視している。
「どうしたんだ?」
「……今日は稀にある暇じゃない日のようだ。ったく面倒な。悪いユウ、あの小屋からみんなを呼んできてくれ」
「わかった!」
ジョンソンは槍を構えながら門の外に出て行ってしまった。
ユウが小屋の中に入ると、昨日なんでも屋まで案内してくれたイズミと、他5人の門番がいた。
「ユウさん? どうしたんですか?」
ユウに気が付いたイズミがいち早く話しかけてきた。
「ジョンソンさんにみんなを連れて来て欲しいって言われたんだ。ジョンソンさんは門の外に出て行ってしまったんだけど……」
「……! わかった! みんな今日はのんびりしてられないよ! 急いで門を守りに行くんだ! ユウさんは悪いんだけど逃げていてくれ!」
イズミの号令で小屋にいた全員がてきぱきと動き始める。
鎧を纏い、武器を持って外へ向かうようなので、ユウは一足先に小屋から出て邪魔にならないようにした。
門番たちの慌てようからみると、町の外に魔物が集まっているのかと予想する。
タイミング悪いなぁと、ユウが思っているとイズミたち門番が出てきた。
イズミはユウに軽く頭を下げ、そのまま門番たちと一緒に門の外へ走って行った。
相当な緊急事態に見えるが、こんなことが本当に頻繁に起こっているのだろうか。
「どうしよう」
1人ぽつんと残されてしまったユウは呟いた。
ジョンソンたちの実力がどれほどのものかはわからないが、門を守る実力はあるのだろう。
だからここでユウが、町に戻っても何の問題もないとは思う。
しかし、
「もしこれで死人とか出たらやだな……」
目立たないようにするとは決めたが、この世界に来て初めて会話した人間が死ぬというのは凄く嫌だった。
――と丁度その時、門の外から爆発音と獣の怒号らしきものが聞こえた。
どうやら戦闘が始まったらしい。
「遠くから様子見るだけなら問題ないか……ん?」
いつからそこにいたのだろう。
門の前に巨大な影がいた。
ぐにゃぐにゃと曲がる輪郭、目も鼻も口もないがその影は人の形をしていた。
両手の5本の指は異常に長く、人影のの膝辺りまでそれは伸びていた。
大体ユウの身長の2倍程度はある巨大な影は、まだこちらに気が付いていないのか、それとも気にしていないのかわからないが、攻撃してくる様子はなかった。
「こいつ、まずい奴だ」
ユウが前の世界で鍛えてきた経験や勘が、目の前にいる物を見過ごしてはいけないといっている。
このままこの影を町に侵入させてしまったら、甚大な被害が出ることは間違いないという確信を持てる。
ユウはキョロキョロと周りを見回す。周りには誰もいない。
昨日イズミから聞いたように、この周辺には腕に自信のある人間しか住んでいないということなので、人通りは少ないようだ。
倒してしまおうと覚悟を決めた所で、
「……あれ? どこへ――」
消えた、とユウは言葉を続けようとしたが、背後からの殺意を感じて瞬時にその場から飛び退いた。
空を切る音がしたのを確認して、ユウはそのまま元のいた場所を正面に捉えるようにして着地する。
「……さっさと片付けて逃げる、か!」
剣を抜き、巨大な影に斬りかかる。
門の外からはまだ戦闘音が響いていた。