<4>宿を決めるようです
「これは……。よくここまで綺麗な状態で倒せましたね」
あれからウルファーを回収し、その後町に戻るまでに魔物に襲われることもなくユウたちはなんでも屋まで戻ることができた。
ムバムが使っていた収納魔法というのは、意識のない物全てを体内に回収することができるものだった。
普段はもしもの時のための応急手当て用薬品や、遠出する時に使う食料などをしまっておく、というムバムの談だ。
「ユウクラリアさんはとても強いのですね」
「大したことないです。ムバムさんのおかげです」
なんでも屋の受付、アリアの言葉にユウはそう返す。
今なんでも屋の室内にムバムはいない。
受付にウルファーの死体を置いてすぐに、
「それじゃ俺は宿に戻るぜ。また何か困ったことあったら飲みながらでも話そうや」
そう言って立ち去ってしまったのだ。
ユウが依頼の報酬を分けると言っても、いらんいらんと断ってさっさと帰ってしまった。
ユウは狩りを手伝ってもらった御礼をしたかったのだが、それは今度になりそうだ。
「数も多いですし、報酬は弾みますよ」
「それはよかった。やっとシャツ1枚から解放されそうだ」
「報酬が決まるまで少し待っていてください。これから依頼人を呼んで検討しますので」
「……今から呼ぶの?」
「はい。なんでも屋の依頼は達成されることもあれば、されずに放置されることも多くあります。なので報酬をここに先払いする人はいません」
それに報酬額を決めても、その通りになることは少ないですしね、とアリアは続けた。
「なので、あと30分くらいこれを飲みながら待っていてください」
「……どーも」
アリアからオレンジ色の飲み物を手渡されたので、ユウはなんでも屋の椅子の腰掛ける。
現在のなんでも屋は時間が遅いからか、誰もいなかった。
「……暇だ」
ちびちびと飲み物を飲みながら報酬が決まるのを待つ。
飲み物はオレンジジュースだった。地味に甘くておいしいのが悔しかった。
「……これからどうするか」
やることがなくなってしまったので、これからのことについてのんびり考えることにした。
資金はしばらくの間なんとかなりそうな気がするので、考える時間は十分にある。
「……どうしようもなくね」
周りに誰もいないので、ユウは遠慮なく独り言を呟く。
「とりあえず……もう少し生きてみるか」
二度目の死を覚悟はしたが、こうして生きている。ならば無理に死のうとする必要もないだろう、と。
幸いこの世界の人間は、ユウクラリアという人間がどういった人物なのか知らないので、実力さえ知られなければ化け物として迫害されることもないだろう。
もしかしたら自分の実力はこの世界では大したことがないのではないか、と一瞬考えて。
――それはありえないか(ウルファーを倒せれば実力があるということから)、とすぐに自分の考えを否定した。
「ほんと、難しいな」
オレンジジュースの残りを、コップの中でぐるぐる回しながら独り呟いた。
――――
「お待たせしました」
それからしばらくしてアリアが受付に戻ってきた。
やることがなくなり、うとうとしていたユウは一瞬ビクッとするがすぐに立ち上がることでそれを誤魔化した。
「……早かったな」
言われてたのは30分だったが、まだ20分程度しか経っていなかった。
「多めに時間指定しましたから」
「なるほど」
「それで報酬なんですがこうなりました」
アリアは受付の机に大きいコインを2枚置いた。
……。
「え、これだけ?」
「はい? ……ああ、お金の感覚がわかりませんか?」
「うん」
「少し待ってください」
アリアは受付の奥に行って、すぐにこちらに戻ってきた。
そして机の上に一枚一枚大きさの違うコインを並べていく。
「これがこの世界のお金です。……お金の使い方はわかりますか?」
「それくらい知ってる」
「はい。では簡単に説明しましょう」
コインを並べ終わったアリアはユウに視線を向けながら、
「この世界の単位はエルスです。このコインは1枚で10万エルス」
アリアは一番大きなコインを指差して言った。
「そして順番に1万、1000、100。となります。そして今回の貴方の報酬は20万エルスです。一気に小金持ちですね」
数の単位に比例して、コインの大きさも小さくなっていくようだ。
ほうほうと頷いていたユウだが、
「……10、1エルスはないのか?」
「ありませんよ? 100エルスのコインが最小です」
「ふーん……」
10、1の位で物のやり取りはやらないんだな、とユウは納得した。
となれば今回貰った2枚のコインは、この中で一番大きい物だったので20万エルスということになる。
「今回の依頼ってそんなおいしいものだったのか」
「いえ、普段なら多くても1万程度です。ですが、今回ユウクラリアさんが持って来た遺体は"ほぼ"無傷でしたので、依頼20回以上の価値があると判断しました」
「……それはどうも」
普段の状態はどれほど酷いのだろうか、とユウは頭を抱えた。
異世界に来てまだ1日と経っていないが、この世界の常識は今までとはかなり違うようだ。
ユウが召喚される前にいた世界でも色々と勝手が違うことはあったが、ここまでではなかった。
「あのさ……いや、なんでもない」
依頼達成の条件を厳しくした方が良いのではないか、と提案仕掛けてやめた。
自分の中の常識を押し付けるのは良くないと踏みとどまったのだ。
「それじゃ、ありがたく貰うよ」
「はい。何かありましたらまたどうぞ。異界人のユウクラリアさんなら情報提供はタダですので」
「……はい」
微妙な気持ちになりながらユウはなんでも屋を出て……すぐに戻った。
「服屋ってどこ!?」
――――
地図を描いてもらったユウは服屋に向かい始めた。
日が沈み始めているが、町には人が増えてきたように思える。
ユウが町人とすれ違うと大抵2度見されてしまうので、急ぐ必要はなかったのだが小走りで移動を始めた。
小走りしながら地図を見て、多少具合が悪くなってしまったがなんとか目的地に到着した。
「ここか」
服屋に入ると薄いシャツ1枚の高齢の男が待ち構えていた。
座っているので全身は見えないが、今のユウの状態とあまり変わらないのではないだろうか。
高齢の男とユウは机をはさんで向かいあう状態になっているので、なんだかなんでも屋と同じ雰囲気を感じた。
店内を見回しても服を展示している様子は見られない。
前世でよくあったマネキンに服を着せて展示するといった方法はこの世界にはないらしい。
「いらっしゃい」
「……どうも。服を買いに来たんだが、見させてもらっていいか?」
「任せなさい……。よく来たね異界の人」
「は、はぁ……、よくご存知で」
「ほほ。もう町では異界人が来たという話題でもちきりじゃ。シャツ1枚で行動しているという情報が出回っておるから一目でわかったぞ」
「……嬉しくない」
ほほほ、と笑いながら高齢の男は店の奥に向かった。
この世界の店主は店の奥に行かなければ気がすまないのだろうか? とユウが首を捻っているとすぐに高齢の男は戻ってきた。
「シャツ1枚と聞いておったからのう。すぐにここに来るとおもっとったからジイお勧めの服は用意しておいたのじゃ。この中から気に入った物があれば買ってゆけばいいし、気にいらんかったら勝手に選んでゆけ」
「わざわざ選んでくれてたのか? 悪いな、見せてくれ」
「気が済むまで見てくれて構わんぞ。値段はどれも500エルスじゃ」
何着も服を持ち歩くわけにはいかないので、気に入った服が複数あっても全て買うことはできない。
慎重に選ぶべきだな、とゆっくりと服を見始めた。
――――
「……これにする」
結局服を選び終えたのはそこから20分後だった。
肌触りの良いものを優先して、見た目はあまり気にしなかった。
防御力はほとんどない服装だが、前の世界でも気にしないでいたので問題はない。
上下2セット分の服を買い、ありがとうございましたーという声を掛けられながらユウは店を出た。
あとは宿を確保するだけである。
「うーん、やっぱりシャツ1枚と比べると安心するな」
人に2度見されることもなり快適だった。
宿の場所を尋ねになんでも屋に戻ることも考えたが、自分で探すことにした。
町の中心部に向かえば、何とかなるだろうという甘い考えからだ。
結論から言うと、宿はすぐに見つかった。
ここは国と国を行き来する通り道。なので旅人がどれだけ来ても良いように宿はたくさんあるのだった。
国と国を渡るのは文字通り命懸けのことなので、渡り道の所々にある町で旅を諦めてしまう者は少なくない。
だからそのような者たちの大部分はこうして宿に留まり、心の傷を癒して旅に戻るか、町に永住するかを決める。
というような事情があり町の宿はかなりの賑わいを見せている。
これはユウにとって不都合であった。
前の世界の出来事にあってから、ユウは大人数で過ごすことが苦手になっていたので、あまり賑わっていない宿に泊まりたかったのだ。
町の中心部にある宿のほとんどが賑わっているので、少し離れた場所で宿探しをすることにする。
世界最強といえど、怖いものはあるのだ。
――――
「……ここにしようかな」
町の中心部から10分程度歩いたところにある宿を見つけ、ユウは宿の中に入ることにした。
宿に入ってから予想以上の宿泊客がいたらやめようと思いながら扉を開けて入る。
「すみませーん」
「…………」
声が返ってこない。
宿なのに留守なのだろうか。
引き返そうか悩んだが、宿の中で少し待ってみることにする。
この宿は3階建てだったので、違う階にいて声が聞こえなかっただけの可能性もある。
「……ふう」
1階の応接間(?)にあった椅子に座って一息つく。
周りに人はいないので快適であった。
上の階には人の気配があるので、宿の主人はそこにいるのだろうか。
特に急ぐ必要もないのでのんびり待つことにする。
もし宿泊を拒否されても、最悪野宿するのも悪くはない。
こう考えられる余裕ができたのも、服装がまともな物になったおかげである。
「~~♪」
しばらく待っていると鼻歌を歌いながら降りてくる宿の主人――女将が現れた。
女将はユウに気が付いていなようで、気にせず鼻歌を続けている。
ユウが声をかけるか否かを迷っていると、
「あっ!」
こちらに気が付いた女将は、猛ダッシュで受付の向こう側に向かい営業スマイルを浮かべた。
「いらっしゃいませ! お食事ですか? お泊りですか?」
ニコォっと微笑みのオーラを出しながら尋ねてきた。
怪しすぎる笑顔に、ユウは顔が引きつりそうになるのをなんとか我慢する。
「え、えーと、泊まりがいいんだけど……」
「お泊りですね! 部屋はどこも開いてるので問題ないですよ! 何時までお泊りになりますか? 永住しますか!?」
「……永住はしない。一晩泊まっていくらですか?」
「料金は一晩食事抜きで3000エルス。食事入りだと5000エルスです」
「10日くらい続けて泊まっても大丈夫ですか?」
「はい! 年中いつでもお部屋があまってるので永住してくれても構わないですよ!」
「永住しないって言ってるだろ!」
うふふふ、とウェーブがかった茶髪をひょこひょこ揺らしながら女将が笑った。
それと同じく大きめの胸部も少し揺れた。
ユウは気にしないように、女将の顔を見るように注意した。
「……それじゃ食事ありで10日お願いします」
「はーい♪ では今夜分の5000エルス頂けますか?」
「先払い10日で」
「……! 気前がいいのですね」
「いや……いちいち出すのが面倒なだけなんだけど」
「そういうことにしておきます♪ ふふ」
「何思ってるのか知らないけど、意味はないからな? それで部屋なんだけど……」
「どこでも構いませんよ。2階と3階どちらがいいですか?」
「3階で。それと今日の晩飯頼んでいいか? もう腹が減ってしまって」
「わかりました。今から作りますね。少し時間がかかると思うので、部屋で待っていてください。はい、これが鍵です」
「……どーも」
よくわからない茶色の生き物のキーホルダーが付いた鍵を渡され、複雑な顔をしながら3階に向かうことにした。
ユウが3階を選んだのは、外から見える景色が2階よりは良いのではないかという考えからだ。
「……2階にすればよかっただろうか」
意外と3階までの道は遠い。
外から窓に足を引っ掛けてジャンプすれば早いが、そこまで常識はずれなことはしない。
というより、目立たないようにすると決めているのだから、やっていいわけがないのだ。
宿の部屋は靴のまま過ごすタイプのものだった。
前の世界でも基本的にそうだったので慣れてはいた。しかし、前世では靴を脱いで過ごすという習慣がついていたので少しだけ違和感を感じた。
靴を脱ぎベッドで仰向けになる。
天井をぼんやりと眺めながら、長かった今日を振り返る。
自室で死を覚悟したら異世界に飛ばされて、目が覚めれば近くには白い化け物がいて。
町にたどり着くまで数時間走って、服を用意するのにいきなり依頼というものをこなして。
稼いだ金で服を買って、わざわざ人気のない宿を探して泊まる。
「……ははっ」
ユウは独り笑った。
実に充実した一日じゃないか、と。




