<2>異世界は親切な人が多いようで……?
この世界の基本的な話をしよう。
青年が召喚されたこの世界は5つの国でできている。
北東にある国を第一の国とし、そこから時計回りに第二国、第四国、第五国と連なっている。
4つの国それぞれを線で結ぶと、四角形のような形になるだろう。
この四角形の中央に第三国が存在している。
またこの国々の遥か西に進むとまた違う大陸があるのだが……そこには人がいないので一旦話から除外しておくことにする。
国と国を渡るのにはかなりの労力が必要となる。
というのもこの世界で国を移動するとなると、基本的に徒歩という選択肢しかないからだ。
なぜかというと、この世界に召喚されて青年が早々化け物に襲われていることからわかるように、この世界では化け物――魔物で溢れ返っているといってもいいからだ。
こんな中、国と国を渡ろうとすれば魔物に襲われるのは必然である。
乗り物を使おうとしても、すぐに魔物に襲われて使い物にならなくなってしまう。例え乗り物が生物だとしても結果は変わらない。
なので移動には徒歩以外の選択肢がなくなってしまうのだ。
このような事情で国と国を渡ろうとする人間はそう多くない。
どれだけ熟練の旅人であろうとも、普通の人間であるならば国を渡るのに数週間はかかってしまうし、熟練だからと言って死の危険がないわけではないからだ。
とはいえ、国と国を渡る通り道にはいくつか町が存在している。
人口はそこまで多くないが、魔物に襲われても対処できる程度の戦力が備わっている場所だ。
そして、その国と国を渡る途中にある町に青年は辿り着いたのであった。
「……人がいるな」
町の近くまで来ると、町の全体が塀で囲まれていることがわかった。
このままでは町に入ることができないので、どこか入口がないか塀に沿って歩くことにした。
しばらく歩いていると、唯一人が通れそうな入口を見つけ、そこに立っている人間を発見し呟いたのだった。
その人間は感じから判断すると門番に見えるが……。
「俺明らかに不審者だよな……。追い返されるか、退治されるか……」
こちらはシャツ1枚のもこもこズボン装備。そして片手に剣というわけのわからない状態である。
入口に立っている人間は長い槍を持ち、分厚い鎧と兜を被っていて見た目だけでは男か女か判断がつかないが、町の入口を守っている門番には違いないだろう。
青年は不審者扱いされる覚悟で、門番らしき人物に声をかけてみることにした。
ゆっくり近付いていくと、こちらに気が付いた門番がちらりと一瞥して……、そして驚愕で目を見開いた。
「どうしたんだキミ!? そんな格好でどこから来たんだ!」
声からして門番は男のようだった。
重そうな鎧を纏っているが、軽やかな足取りで青年に近付いて来る。
「えーと……俺もよく把握してないんだけど森の方から」
「森? なんだってそんな所から……。いや、とにかく早く町へ入りなさい。そんな格好で魔物に襲われでもしたらひとたまりもないだろう」
「え? ……あ、ああ。入れてもらえるのは嬉しいんだが、いいのか? こんなに簡単に入れちゃって」
素性やらなんやら根掘り葉掘り聞かれると思っていた青年は逆に不安になった。
「ん? 普通人が来たら町に入れると思うが……。まさか、キミは異界人か?」
「え? ……あー、さっきあった人|(?)にも異界の民とか言わてからそうかもしれない……です」
人、というのは白い怪物のことをいう。
「なるほど……。ならその格好にも納得が行く。不運だったな。異界から来た人にも対応してくれるであろう施設に案内しよう。少し待ってくれ」
そういって門番は町に入ってすぐ近くにあった小屋に入ると、細身の男を連れてすぐに戻ってきた。
青年の近くまで来て門番は困ったようにして、
「すまない。門番サボ……抜けだしてキミを施設まで案内してあげたかったんだが、無理のようだ」
「隠す気全然ないじゃないか」
青年がツッコミを入れると、ははは、と門番は笑った。
それを隣にいた細身の男が窘め、話が再開された。
「というわけで残念ながら私は案内できん。ので、彼にキミの案内を頼んだというわけだ」
「イズミです。よろしくお願いします」
「ユウクラリアです。長いからユウとかリアとか適当に呼んでくれると嬉しい」
青年――ユウはそう言ってイズミが差し出した手を掴んだ。
「ほう。変わった名前だな。私はジョンソンだ。ここの門番長みたいなもんだ」
「長が率先してサボろうとするなよ……」
ユウが白い目で見てもジョンソンは気にしないようだ。
「ははは! それだけ私が皆を信頼しているということだよ」
「番長。良いこといってサボろうとしてるだけでしょ」
「信用ないなぁ!?」
ジョンソンはそう嘆きながら門の方へ戻っていく。どうやら業務に戻るらしい。
「ではいきましょうか」
「お願いします」
イズミが先導して、ユウはあとをゆっくり付いていく。
イズミの踵を踏まないように、少し距離を置いてユウは歩いていた。
周りを見ても石造りの家がちらほらとあるだけで、人通りが少なく静かなものだった。
日は沈んでいないので、まだまだ外を出歩く人間がいてもおかしくないように思えるが、この町は人口が少ないのだろうか。
「どうしたですか? 不思議そうな顔して」
「え……? あー、顔に出てた?」
「ええ。目的地までまだ時間がかかりますから、気になったことは何でも聞いてくれて構いませんよ」
「それはありがたい。全然人気がないのが気になってたんだが、この町は人が少ないのか?」
「そんなことはありません。この周辺は魔物が入ってくることが多いのであまり人は住んでいないのです。この辺りに住んでいるのは腕に自信がある人たちくらいですね」
「なるほど。こっちの魔物は大分アグレッシブなんだな」
「ということは、ユウさんの世界では違うのですか?」
「んー……。襲っては来るんだけど、町まではあまり来なかったから。そういう点では違うと思って」
「なるほど。それは良い世界ですね」
「…………いいや、そうでもないよ」
ユウの表情を見て何かを察したのか、イズミがそれ以上追及することはなかった。
少し気まずい雰囲気の中歩いていると、いつのまにか賑やかになってきていた。
「……もうすぐ中心か?」
「そうです。それと目的の場所もすぐですよ」
「…………そういえば、目的の場所ってどこなんだ?」
今更だがユウはどこに向かっているのか気になった。
異世界から来た人間を連れて行く場所、というのを想像するのはちょっと難しい。前世であったら交番とかになるのだろうか等と考えていると、
「ユウさんにわかりやすく伝えるとするなら、なんでも屋といったところでしょうか」
「なんでも屋」
前の世界にはそんな便利そうな組織はなかったなぁ、とユウは暢気に考えながら言葉の続きを待った。
「この町の住人の依頼から所属している第二国の依頼までなんでもやるんですよ。あ、第二国って言ってもわからないですよね?」
「まあ、2つ目の国ってことくらいならわかるが」
「ふふ。別にそういうわけではないんですけどね。……と、残念ながらそのなんでも屋に着いてしまったようです。この話はまた今度にしましょう」
そう言ってイズミは緑色の屋根の建物に入っていった。
ユウは入っていいのか迷ったが、とりあえず中に入ってみることにした。
建物の中は丸テーブルを囲うようにイスが数個置いてあるセットが複数、それと奥の方に受付らしき場所がある
イスに座っている人がちらほらいるが、その人たちは飲み物(お酒?)を飲んでいたりするのでここの職員ではないだろう。
そんな中イズミは受付らしき所へと向かっていたので、ユウもそれに慌てて続いた。
「すみませーん! 異界人連れてきたんですけどー。あ、はい。よろしくお願いしますー。じゃあユウさん、また会いましょう」
「ああ……ってちょっと待ってぇ!?」
「どうかしたんですか?」
なんでも屋の職員らしき人を呼んでくれたのはユウとしてもありがたかったし、事情を話してくれるのも……簡単にとはいえ話してもらえるのはありがたい。
だがそこまで早く帰らなくても良いのではないかと。
「ああ……。すみません。僕ら門番は異界人を見つけたらなんでも屋に連れてくるように言われてるだけなんですよ。申し訳ないんですけど、後は投げっぱなしみたいな」
「そ、そうなのか……」
「すみません。困ったことがあったら僕たちの所に来てくれれば話くらいは聞きますから。ジョンソンさんも歓迎してくれるでしょうし」
「……わかった。ここまでありがとう。何かあったら相談させてもらうよ」
「ええ、気軽に来てください。意外と門番って暇なんですよね」
「暇つぶしかよ」
ユウの突っ込みはスルーしてイズミはさっさとなんでも屋から出て行ってしまった。
まあ見ず知らずの人間にそこまで気を使う必要もないか、とユウは納得して受付の方へと視線を戻した。
「第二・五国なんでも屋です。ご用件を」
緑の帽子を被り、丸めがねをかけた女性が声をかけてきた。
イズミがわかりやすくいうとなんでも屋、という話だったが本当になんでも屋という名前のようだ。
「えっと……」
こういう時はどうすればいいのだろうか、とユウは一人心の中で迷った。
そもそもここに来てどうすればいいのだろう?
なんか流れで案内されたユウだが、ここで何をすればいいか全くわからない。
「……都合よく短期間でお金を手に入れる方法ってあります?」
「ありますよ」
「あるんですか」
なんて都合の良い、とユウが関心していると、
「情報提供料として100万エルス頂きますが」
「金取るのかよ!?」
「冗談です。異世界から来た人に情報提供料は請求しません」
受付の女性は真顔で言うので全く冗談には聞こえなかった。
冷静に考えるとエルスという単位に聞き覚えがなくとも、100万という大きさに疑問を持つべきである。
「お金を稼ぐ方法でしたね。それならこの建物内に貼られている依頼書を持ってきてください。その依頼を完遂して頂ければ報酬金が支払われます」
「……今は依頼書がない、と」
ユウがぐるっと建物内を見回しても、今のところ目に付く依頼書はなかった。
「…………失礼しました。依頼書は先月からこちらに纏めていました」
おずおずと差し出されたのは依頼書が一枚一枚ファイリングされている本だった。
「今のも冗談で?」
「…………その通りです」
最初に冗談を言った時には真顔だったが、今の受付の女性は顔が少し赤くなっているのでただ単に間違えたように見える。
ユウが小声で嘘だぁ、と呟くと睨んで来るのが証拠だろう。
「それで? 依頼を受けますか? 受けるんですよね?」
「そんな怒らないで下さいよ……。もう少し聞きたいことがあるんだけど……」
「怒ってないです」
「……。聞きたいことってのは、俺の他にも異世界人? っていうのはよく来るのか?」
受付の女性のドジっぷりを見て、ユウの言葉が通常の話し方になっているが本人は気が付いていない。
「そうですね。異世界から来て生きている人間に会うのは年に1回、2回あるかないかくらいですね」
「…………生きた」
「はい。わたし達の世界は外に出れば魔物がたくさんいますので、生きて異界人に会うことはあまりないんですよ。といっても私はこの町から出ることがないので、他の町や国では事情が異なるかもしれませんが」
「……なるほど。俺は運が良いらしい」
「ええ、シャツ1枚で生き残れたのは運が良いでしょう」
「そう、シャツ1枚なんだよ。だから早急に服が買いたい。あとできれば宿に泊まれるくらいの金が欲しい。この条件を1回でクリアできる依頼はあるか?」
「少し待ってください……。ありましたが……、これは魔物の討伐依頼です。異世界から来たばかりの貴方では辛いかも知れませんが、どうしますか?」
「受けるよ。だって、そうしなきゃ寒さで死にそうだし」
「そうですか……」
はぁ、と受付の女性は息を吐いてからファイルから依頼書を取り出した。
「これが依頼です。ウルファーという魔物を5匹以上狩ってくるという依頼ですが、この魔物は集団で活動していることが多いので、貴方1人では難しそうですね……」
「まあ、そいつがどんな魔物かもわからないしな」
「ちょっと待ってください」
そういうと受付の女性は立ち上がり、室内にいる人に声をかけた。
「異世界から来た人に無料で手を貸してくれるお人よしの方いませんかー? 居なければその人今夜凍死しちゃうかもしれませんよー!」
………………なんて人の集め方だ。とユウが頭を抱えていると数人の男たちがやってきた。
「今の呼びかけで来てくれる人いるのかよ!?」
「貴方たちはワールドハンターの名前で活動しているムバムさんラミさんフゾーさんですね」
「……流石アリアさんだ。俺たちの名前を覚えてくれているとは思わなかったぜ」
「受付ですので」
受付の女性の名前はアリアというらしい。
そういえば名前を名乗っても尋ねてもいなかったと、今更ながらにユウが気がついた。
3人の男たちの中から上半身裸の大柄の男が近付いてきて、
「それでそいつが異界人なのか?」
「ユウクラリアです。よろしくお願いします。長いからユウと呼んでください」
「ワールドハンターの名前で活動しているムバムだ。ああ、話しやすい話し方でいいぞ。というか、そんな気持ち悪い話し方してる奴なんてほぼいないぜ?」
「き、気持ち悪いって……」
「ムバムさん。それは私も気持ち悪い話し方をしているということですか?」
「え!? いやアリアさんはその中の例外というかなんといいますか……!」
「ふんっ。貴方だってその気持ち悪い話し方してるじゃないですか」
「わー! 悪い悪い! 気持ち悪いっていうのは取り消す!」
「はぁ……。それで? 貴方たちは異界人のユウクラリアさんのお手伝いしてくれるんですか?」
「お、おお。異世界人なんて滅多に会えないからな。異世界話を聞くついでに依頼の手伝いしてやるよ。安心しな、俺のこの肉体で安全は保障してやる!」
上半身をアピールしながら言うムバムに、後ろの方で待機していたラミ、フゾーと呼ばれていた人物が近付いて来る。
「じゃあムバムさん。俺は用事あるからあとはよろしくっす」
「同上」
「ええー……。ノリ悪い奴らだなあ。わかったよ、俺だけでなんとかする」
「うーすお疲れしたー」
「また明日」
そう言い残しラミ、フゾーといった男たちはなんでも屋の建物から出て行った。
ちなみに、ラミとフゾーはちゃんと服を着ており、上半身裸なのはムバムだけだった。
「俺よりあんたのが上着必要な気がしてきた」
「はっ! 俺は好きでこの格好だから気にするな!」
「難しい問題だ……」
贅沢を言えば普通の格好の人が良かったな……と思うユウだが、それは誰だってそう思うだろう。
若干落ち込んでいるユウに気が付いていながら、アリアは話を続けた。
「それでは、ウルファーの死体を5匹以上お願いします。数によっては報酬も上昇しますよ」
「では行くぞユウ! なぁに! 俺がいれば怪我する心配もねぇ!」
「狩ってくるって遺体持ってこなきゃ駄目なの……?」
不安な思いを抱えながら、ユウの初めて依頼が始まるのだった。




