<1>召喚は突然のようです
世界最強の青年が召喚された時、物語が始まる!
「糞!! なんでだよ!! なんで人間が召喚されてんだよぉおおおお!!」
白い鎧を纏い、自身の身長よりも大きな杖のようなものを振り回しながら、細い体型の男が焦ったように喚いていた。
一方、いきなり座った状態で召喚された青年はいきなりの罵倒に困惑した。
黒目に黒髪。着ている服は部屋着だったので、薄めのシャツ1枚にもこもことしたズボン。
手に持っているのは状態が固定化された剣だけ。
召喚された青年は、何が起こっているのか把握できずに、ぼんやりと辺りを見回すことしかできなかった。
「異界人!? 魔力ゼロ!? なんの役に立つってんだ……!! おいお前! おとりでもなんでもいいからあいつを引き止めろ!!」
そう叫び終わると、細い体型の男は一目散に何かから逃げ出した……のだが。
「う、うおあああ!? 来るなぁあああ!! 俺の方じゃなくてあっち……。ご、ごおおおおおおおお!?」
突如、上空から降りてきた影に男は捕らわれてしまった。
一体何が起こっているのか、本格的にわからなくなった青年はとりあえず男の後先を目で追った。
そこにいたのは怪物だった。
異常に細く長い足と手。それに比べて異常に厚くでかい上半身の怪物がそこにいた。
白い肌をしたその怪物は、ゆっくりとした動作で手に持った男を持ち上げて行く。
青年の位置からではその怪物の顔は見えないが、どうやら白い鎧を着ていた男を喰おうとしているようだ。
「やめろぉ!! やめろおおおお!!! 俺は勇者だぞ! こんなところで……、こんなところでええええええええええええええええええええええええ……」
メコォ、と。あっさりと男は怪物に喰われてしまった。
そんな様子を見ても青年に動揺はなかった。
青年は数秒前まで森の中にある家にいたはずだ。そこで魔法使いたちの魔法によって、殺されようとしていた……のだが。
「どうなってんだ……? 死んだにしても記憶におかしい所はないし、身体が変わっている様子も……」
自身の身体をじっくりと観察しながら青年は呟く。
もう目の前で男が喰われたことなんて気にせず、身体におかしい所がないか手で触って確認していた。
男を喰い終わったのか、白い肌の怪物の視線が青年を捉える。
『異界の民よ』
白い怪物が口を開いた。その口からは先ほど喰らったであろう男の血が垂れていた。
話しかけられているだけなのだが、外から見たらその姿は不気味さしかない。
『不運な異界の民。我は異界の民を喰らわぬ。即刻姿を消すが良い』
「あー、なんだ? 異界の民? 意味がわからないんだが説明してくれる気ない?」
『不運な異界の民。我は異界の民を喰らわぬ。即刻姿を消すが良い』
「なるほど。もう話す気はないからさっさと居なくなれってか。はいはい消えますよ消えればいいんでしょー」
長居して自分まで襲われては堪ったものではない、と青年は全力で地を蹴り逃げ出した。
辺りの景色を見ながら、青年はここがどこなのか把握しようとする。
だが足場の悪い砂利道と、所々不規則に生えている木を見ただけではここがどこなのか判断することはできない。
「何がどうなってんだ……?」
あの白い鎧の男と怪物は、青年を異界人、異界の民と呼んでいた。
単純に考えると、青年は異世界から召喚されたということになるが……。
「……また、なのか」
青年が異世界に渡るのは2度目だ。ここが異世界ならば、青年が歩む世界は3つとなる。
白い怪物の姿が見えなくなるまで進んだところで、青年は一旦移動をやめた。
周りに生えている木の中で、一番大きそうな木の上まで移動して、辺りを見回す。
しかし、そこから青年が見える範囲には、人が住んでいるような形跡は見当たらなかった。
「てかさむっ」
薄いシャツ1枚の青年は外の寒さで震えた。
異世界に召喚されるとしても、あまりにも突然だったのだ。
……死を覚悟した瞬間、異世界に召喚されるなど一体誰が予想できるのか。
その中で剣を手に持っていたことだけが、幸運といえるだろう。
「…………」
木の上にいても冷風を浴びるだけなので、とりあえず地面に飛び降りる。
青年は大いに困った。
こんなの理不尽すぎる、と。
「だああああああああああああああ!! 理不尽すぎるんだよ誰がこんなことになるって予想できるんだよ!? 意味わからなさすぎるわ! 死んだ後のこと考えて諦めてたら生身で違う世界に召喚と来た! こんなことになるなら先に言っておけよ無能! こんな薄シャツ一枚で外に放り出されるくらいなら最初から逃げる努力しておけばよかった!!」
青年はさらにすぅーと息を吸い込み、
「大体俺を召喚した奴なんで即効死んでるんだよ!? おかしいだろ普通もっとゆっくりできるとこで召喚しろよ! ああああああああもう理不尽すぎて逆に死ぬ気なくなったわ!!」
その普通がどの普通なのか、青年も把握はしていない。
ぜいぜいと息を吐きながらとりあえずは満足した。
この青年、意外と負けず嫌いなのか理不尽な状況になると覆したくなるらしい。
一頻り叫びちょっとだけ冷静になった青年は、とりあえず白い怪物がいた方向と逆の方向へ進むことに決めた。
自分を召喚した人間がいたのだから他に人間がいる可能性の方が高い。何よりこのまま黙っていたら凍え死んでしまいそうだ。
と、歩き始めようとしたのだが。
「…………」
「グルルル……」
先ほどの叫びを聞きつけたのか、青年は茶色の毛色をした四足歩行生物に囲まれてしまっていた。
「……参ったな」
噛み付かれたら服が台無しになる、とぼやく青年に対して四速歩行生物は容赦なく襲い掛かった。
一見すると、この生物は犬に酷似しているように思える。
しかし、この生物の異様な速さを見ると犬ではないということがよくわかる。
走り始めてからの加速が凄まじかった。
2、3歩動いた時点で、もうこの生物は自身のトップスピードとなっていた。
目前まで迫った青年に噛み付こうと、涎を垂らしながら口を開いた。
しかし容赦なく青年の拳が生物の鼻先を捉え、呆気なく殴り飛ばされるのであった。
「ギャウ!?」
悲鳴を上げて地面を転がって行く犬型生物を見送る暇もなく、青年を囲んでいた同種の生物がどんどん襲いかかって来た。
「……やってられない」
青年にとってこの生物を殺すことは容易いが、殺したあとの血の匂いで他の生物を引き寄せてしまう可能性もあるので逃げることにした。
鞘に収まったままの剣で攻撃を防ぎ、時には屈んで攻撃を躱し、どうしようもない時は蹴り飛ばすなどしながら青年は犬型生物から逃げることに成功した。
「ひどい目に合った……」
少し乱れた呼吸を整えながら、思わず青年は呟いた。
走って逃げたというのに、辺りの景色に変化はない。
まだまだ樹木だけの景色を見ながら、この荒れた地面を歩いて進まなければいけないらしい。
―――――
生物から逃げきった地点から歩いて1時間程。
日が暮れない内にどこか人気のある所まで進みたい青年は、移動スピードを上げることにした。
延々と生えている樹木と、整備されていない荒れた地面を見てどうしようとかと考える。
普通に地面を走ろうかと青年は考えたが、大岩があったり木が倒れていたりと少々走るには障害物が多い。
結局考えた結果、青年はに木から木へ飛び移りながら進むことにした。
これなら障害物を気にする必要もない。ナイスアイデア! と心の中で絶賛する。
「魔法が使えたら楽に空飛べるんだけどなぁ……」
無いものねだりしつつ、歩いていた時の倍以上の速さで青年は進み始めた。
――――――――
「おっ」
景色が変わった。
木樹ばかりの景色が終わり、変わりに何もない砂と石だけの平らな世界が広がっていた。
「緑天国の次は砂漠…………ん??」
辟易としていた青年だが、地平線近くにある物を見つけて声を上げる。
建物を発見したのだった。
この小説は大体3000字以上を目標に書いていきます。