<20>
「…………」
「…………」
保留、とユウが言ってから数時間が経っていた。
元いた町も見えなくなり、360度どこを見ても砂の地面と所々にある木しかない。
整備されている道も無く道標も無いので、自分たちが今どこを歩いているのかもわからない。
そんな状況でユウと勇者は黙って歩き続けていた。
「…………」
「…………」
変化といえば、勇者の立ち位置がユウの後ろから隣に移ったことくらいだろう。
その勇者といえば、不満そうな顔と不満そうな目線のダブルパンチでユウを攻撃していた。
「…………んだよ」
ついに耐え切れなくなって勇者に問いかける。この勇者の攻撃はユウが保留と言ってからずっと続いていたのだ。
あからさまに嫌な声で言ったユウに対して、勇者も苛立ったような声で反撃する。
「べっつにー。なんでもありませんよー」
「うっわ……。なんだ、その子供みたいな言い方」
「残念でした! 私はまだ17歳の子供ですよ!!」
「17!? 子供じゃねぇか!」
「だからそう言ってるんでしょ!!」
2人が騒ぎ始めると、魔物が声に気が付きどんどん集まって来る。
しかし、彼らは知らない。
ただの八つ当たりで無残にその命が散らされることを。
「大体なんですか保留って! 男の子なら迷わないで決めて下さいよ!」
「年下に男の子なんて呼ばれたくないわ! お前の誘いに乗るかどうかで俺の今後が決まるんだぞ!? 少しくらい悩んだっていいだろ!」
「ユウくんが年上なのは認めます。ですが、そこまで私と歳が離れているわけではないでしょう!」
「なんでそう言い切れるのか謎だが……。俺は21だぞ」
「そんな馬鹿な! こんなに子供っぽいのに!」
「殴るぞ!?」
「ほら、そうやってすぐ暴力に出ようとするところとか……!」
襲いかかってくる魔物を斬り伏せ、殴り飛ばし、蹴り飛ばしながらそれでも2人は会話をやめない。
こうして言葉では争っているが、意外にも連携は取れていた。
ユウが身を反らして魔物の体当たりを避ければ、勇者はその魔物を魔法で消し飛ばす。
逆に勇者が魔物を取りこぼした時は、ユウが斬撃を飛ばして魔物を斬り伏せる。
お互い気を配っているせいで、自分の敵の対応が疎かになっているとも言えるだろう。
「……だけど、子供って言われるのも仕方ないかも」
「どうしたんですか? いきなり……」
「いや、俺ってまともに人間関係結んだことないからさ……。大人の雰囲気っていうの? あんまり味わったことないんだよ」
「…………ごめんなさい。気が利かなくて」
「い、いや! 俺の問題だし気にすることないって。それに、言い始めたの俺だし……」
「わ、わかりました。これ以上はやめましょう!」
魔物の群れも狩り終わったところで、ユウと勇者の言い争いも終結したのだった。
空を見上げると日も暮れて来たところで、あと数時間もしないうちに夜になるのがわかる。
「そういえば夜ってどうするんだ? 歩き続けるのか?」
「……そんなことしません。月明かりがあるかもわからない状況で歩くなんて危険です」
「いや……晴れてるじゃん……」
「今は晴れていても! 少ししたら曇っちゃったらどうするんですか! 暗闇の中歩くなんて面倒ですよ!」
「……あれ? 危険ではないのか?」
「……? 夜なんですからみんな寝るでしょう?」
「…………え?」
てっきり夜の方が魔物の行動が活発だからとか、夜になると魔物の量が増えるとか、そういう問題ではなかったようだ。
まじまじと勇者の方を見ていると、
「……もしかして、ユウくんの元の世界じゃ魔物は夜の方が行動するの?」
「行動するっていうか、夜の方が活発になりますね……」
「ならどうして夜も移動しようとするのかな! こっちの世界じゃ魔物も眠るけど、襲って来なくなるわけじゃないんだからね!」
「わかったわかった! 俺が悪かったよ!」
「全くです! ユウくんは私が一緒に来なかったらどうするつもりだったんですか……」
「そりゃあ……。適当に歩いてたんじゃないか?」
「はぁ……。1人の時はそれでもよかったかもしれませんが、今は2人なんですよ? しかも私は勇者。もっと勇者を頼って下さい。ね?」
「…………頼りにしてる」
「うん。任せて!」
「……………………」
「どうしました?」
「どうしました、じゃなくて……。その、お前の言葉使い変わりすぎだろ……。勇者になったと思ったらいきなり素? の言葉になるし」
「あっ」
「……無理矢理素の自分を見せようとしてくれてるなら無理しなくて良いんだぞ? 聞いてて違和感が凄いし」
「どっちかと言うと、そっちが本音だよね?」
うーん、と勇者が頭を悩ませながら髪の毛をいじっている。
考え事をする時の癖だろうか。
「それにしても丁寧な言葉より普通のが苦手って、勇者としては良いのかもしれないけど不器用だな」
「まぁ、私は小さい時からそうやって仕込まれてたからね……。勇者のこととか、言葉使いとか」
「それが普通なら砕けた口調の方が難しそうだな」
ユウには丁寧な言葉使いで四六時中過ごすというのは想像もできなかった。
ユウが顔を上向きにさせ、自分が丁寧な言葉使いしかできない状態ならどうなるのだろう、と想像している間に勇者は自分の考えが纏まったようで、顔をパっと上げてユウの方を見る。
「そうだ。私が丁寧な言葉使っちゃうのはユウくんのせいだよ!」
「なんでだよ!?」
「だってユウくん私のこと勇者とかお前って呼ぶでしょ? ちゃんと私の名前で呼んでよ!」
理不尽すぎる理由かとも思われたが、どうやらちゃんとした理由はあったようだ。
名前を呼べと言われたユウはどういうことかわからずに、首を傾げていた。
「名前で呼べってどういうことだ……? 魔剣の勇者??」
「それ本気で言ってるんですか!? 私ちゃんと初めて会った時名乗りましたよ!」
「………………」
「もう! 私は勇者ロザ! 貴方にはロザって呼ぶ権利を差し上げます!」
「……すまん、全然気にしてなかったから欠片も覚えてなかった」
「なんて酷い……!」
怒った勇者はずんずんと歩く速さを上げるが、もうすぐ日が落ちるのであまり距離に影響はないように思える。
ユウは先を行く勇者を眺め、のんびり歩くのだった。
――――
「っと。もうすぐ暗くなるからテントを建てる……って! なんでそんなに離れてるの!?」
「……? ああ、お前……ロザがどんどん先に行くからだろ?」
「……むぅ。名前を呼んでくれたから許してあげる」
「そりゃどうも」
勇者は胸に手を当て、そこからお目当てのテントを取り出した。
……建てられている状態で。
どさっと砂地に置かれたテントは、すぐに倒れるかと思いきや状態を維持している。
張り綱をしているように思えないが、静止した状態なので魔法で押さえつけているのだと予想する。
「……それ倒れないの? 風とか考えなくて良いのか?」
「? なんで?」
「ああ、もういいや」
予想も何も魔法でどうにかしているのだと確信した。
取り出すだけでテントを建てられて、風向きも場所も気にしなくて良いのは魔法使いの特権だろう。
……なんて羨ましい。
「……これは1人用か」
テントの高さを見ると、寝るだけのものではないということがわかるが、人が2人横になるスペースはないように見える。
考えて見れば今までは勇者の1人旅だったのだから当たり前だろう。
テントのスペアを持っているのならば、このお人よしの勇者が出し渋るようには考えられないので、テントは1つしかないと考えるのが自然だ。
「ん。なら俺は外にいよう」
「何がならなのかわからないんですけど」
「いや、このテントロザ用だろ? 俺が外にいるのは当たり前じゃないか」
「? ああ、詰めれば2人並んで寝れるから大丈夫だよ」
「それ全然大丈夫じゃないよね?」
「まぁまぁ」
「いや引っ張るな……って力強い……!」
「これでも勇者ですから」
ぐいぐい引っ張る勇者に抵抗するも、あっさりテントの中に引きずり込まれるユウだった。
辺りは暗くなって来ているが、まだ若干日差しがある。
それはテントの中を確認するには十分なものだ。
「……狭い」
「うん。そりゃ2人だし」
「……ここで並んで寝るの?」
「外よりは良いよ?」
「俺を追い出せば済む話なんだけどなぁ……」
「自己犠牲は駄目だよ?」
「ロザにだけは言われたくない」
「えぇ……」
テントの奥側にロザが座ったので、ユウはテントの入り口側に座る。
テントが小さいと言っても、これだけ離れるとロザに触れる心配はなかった。
「ところで、これからどうするんだ?」
「多分魔物も出て来ないから、ご飯食べてさっさと寝て、次の町に行こう?」
「……ご飯」
「…………あ」
「…………」
「…………」
あの巨大な魔物に襲われてから、何も用意しないまま町を出てしまったのでユウの手持ちに食料はない。
それは同じような状況だった勇者にも言えることに思えたが、
「おいしくない保存食だけど、あるよ?」
「俺が食べても大丈夫なのか?」
「溜め込んでますから。どうぞ」
「……すまない」
ロザから受け取ったのは四角いクッキーのようなもの。
大きさは手のひらより一回り程度大きいもので、そこまで厚くないので手軽に食べれそうだ。
「……頂きます」
クッキーのようなものが想像以上に硬かったり、まずかった場合を考えながらユウは噛り付いた。
心構えさえできれていれば、不満が思わず口から出ることもないだろう。
カリっとした、想像よりも柔らかい歯ごたえ。
味は少し塩味を感じる程度で、若干物足りないがまずくはなかった。
「…………」
「少しは気に入ってくれた?」
「…………」
「……みたいだね」
カリカリカリっと食べることに夢中なユウにはロザの声は聞こえていなかった。
軽く笑ってロザも自身の食事を始める。
食事といえるようなものでもないが。
――――
「うん。やることもないし、寝ようか」
日が沈み、辺りを照らしているのが月明かりだけになったところで、ロザがそう言った。
「……2人で?」
「外だったら寝れないでしょ?」
「ここでも寝れないと思うんだけど」
なんせこの狭さである。
どちらか1人が横になったら、もう1人が横になる隙間などない。
隙間が空いていないというわけではないが、2人で横になるには厳しいものがある。
「では、まずユウくんが横になります」
「……わかった」
抵抗したとしても、ロザが外に追い出してくれることはなさそうなので、ユウは仕方がなく指示に従うことにする。
ユウがテントの中で横になるだけで限界だった。もし、ユウの足が少し長かったらテントから飛び出ていただろう。
「それで、こうします」
ユウの腕を引っ張り、それを枕にしてロザも横になる。
身体は密着しているが、確かに2人で横になることはできている……。
「おい」
「あ、枕? ごめんね」
ロザがユウの頭の後ろに手を翳し、枕を出現させる。
これで首は楽になったが……。
「いや、おかしいだろ」
「何が?」
「この状況だよ! どんだけ近くで寝る気なんだ!?」
「仕方ないよ……。2人だもん」
「2人だもん……。……すみません」
「……? ただ、テントだと裸になれないのが辛いよね」
「その、俺もいつも裸で寝てるみたいな言い方やめてくれない?」
ちなみに今のロザは、いつの間にか鎧を魔法で収納しており、薄い服1枚で過ごしている。
ユウに密着しているおかげで、そんな格好でも寒くないようだ。
「てか、毛布とかないのか?」
「ごめんね。ちょっと今無いんだ」
「そうか」
ロザが密着していることを許容したユウは、もうどうにでもなれという精神論で一夜を過ごすことにした。
……過ごすことにしたのだが。
中々に寝付けない。
ちらり、と勝手に腕を枕にしているロザの方を見やると、彼女もこちらを見ていたようで視線が合わさる。
「……眠れないの?」
「……眠れないのか?」
2人で同じ言葉を同時に発した。
一瞬呆気に取られて、すぐに2人でくすくす笑う。
「タイミングまで同じか……! 真似するなよ勇者さまー」
「む、真似したのはユウくんでしょ! もうっ」
密着した状態のまま、ロザは軽くユウの腹を叩いた。
叩いたというより、置いたという表現の方が正しいくらいなので痛みはないはずだ。
「はぁ……。女の子とこんな近くで寝ることなんて初めてだから、緊張してるのかもな」
「そうなの? 私と一緒に旅にでたら毎日こうすることができるよ?」
「……すぐそうやって勧誘に……」
「だって、一緒に行きたいんだもん……」
「困った奴だ……。わかったよ」
「っ!」
「次の国までは、とりあえず着いて行くよ」
「…………」
「……なんだよ」
顔を輝かせたり、じと目でこちらを睨んだり忙しい勇者だ。
「はぁ……。良いですよ、それで。その間に私の魅力で、私なしじゃ生きていけないようにしてあげますから」
「何? 何する気なのキミ?」
「楽しみにしててくださいねー」
にこにこ笑うロザに、ふとユウも笑みを零した。
「……? どうしたんですか?」
「ああいや……。その、2人だとよく笑うなって」
「私がですか?」
「お前以外誰がいるんだ」
「…………そう、なんですか?」
「……意識してなかったのか」
ロザは困ったような顔をしながら、
「勇者は人前で笑顔を見せることも、本当は禁止されてるんだけどね……」
「おかしいだろ、その勇者法律」
「笑うのは禁じられてないよ?」
「笑うなら誰かと笑ってた方が良いだろ。一人で笑ってたら気持ち悪くないか?」
「むぅ、でも決まってるから……」
「決まり決まりって、誰に決められたのか知らないけど、2人なんだから別に守らなくて良いだろ。俺なんか異世界人だからその決まりなんて知らないし、ロザに言われなきゃ決まりを破ってるかなんてわからないからな」
「…………」
「どうしたんだよ、そんなに決まり破ったがショックだったのか?」
「……ううん。違うよ」
「そうか?」
「うん。どうやってユウくんを連れ込もうか考えてただけ」
「…………」
思わずユウは真顔になった。
顔を横に背けようとしたところ、首を動かし始めた瞬間に勇者の両手に掴まれる。
「……怖い」
「ユウくんに勇者のこともっと知って欲しいから、今日は寝るまで教えてあげるね?」
「遠慮します」
ユウの願いが通るわけもなく、ロザが眠るまでひたすら勇者の話を聞かされるのだった。
こんなことになると知っていたのならば、外で魔物と戦っていた方が楽だったかもしれない。
ころころと勇者の口調が変わっているのは仕様です。いらいらさせてしまったなら申し訳ありませんが、もう少し辛抱して頂けると幸いです。




