<18>黒く巨大な魔物のようです
「…………」
「…………」
「…………あ、あの……」
ユウと勇者は白く巨大な魔物改め、黒く巨大な魔物から目線を反らさない。
巨大な魔物が黒くなったことにより、何が変化したのか見極めようとしているのだ。
ユウの斬撃や勇者の魔法を軽く往なすことができるようになった所を見ると、身体の皮膚が硬くなったことは間違いはない。
他にも変化はないだろうかと思考を巡らせる。
黒い魔物は今まで俊敏な動作はしていなかったが、もし可能になっているとしたら……、
「まずいな」
「まずいですね……」
今は手を出して良いかどうかの判断もできない。
戦闘を始めた瞬間、町全体が被害に合う程の攻撃をしてくる可能性もある。
口から何か吐き出して来たり魔法を放つとは思えないが、あの巨体では町に突っ込んで来るだけで甚大な被害になるだろう。
そうこうしているうちに黒い魔物に動きがあった。
黒い魔物は細い足を曲げ、しゃがんだ状態になる。
左手を地面に当て、右手は腰。そのままの状態で静止しているようにも見える。
「……攻撃するべきか!? 逃げるべきか!?」
「あんな格好みただけじゃ判断できません! とりあえず攻撃に備えましょう!」
「トオヤ! フーリ! こっち来い!」
「は、はい!」
「う、うん!」
右手にフーリ、左手にトオヤを抱え、逃げる準備は万端だ。
勇者に頼まないのは魔法を使うことができない自分より、使える勇者に戦闘を任せた方がいいという判断だ。
黒い魔物が動く。
細い足をしならせて、黒い魔物は上空に飛んでいった。
「……は?」
「…………ええ?」
黒い魔物の跳躍力は凄まじいもので、空を見上げるともう豆粒程の大きさになっていた。
それでもまだ上昇を続けているようで、段々と小さくなっていくのがわかる。
「な、なぁ……あれ戻って来たらどうなる……?」
震えた声のユウに、勇者は言葉を返すことができない。
「どっか行ってくれたってわけじゃねぇよな……!」
黒い魔物が戻ってくる様子はまだ見えていない。しかし、だからと言ってどこかに行ってくれたとは考えられない。
「……あれ、戻って来たらどうすりゃいいんだ?」
「……受け止めるというのは」
「馬鹿か。死ぬぞ」
「…………場所にもよりますが、耐えるしかないでしょう。ユウさん、トオヤくんは私が」
「……頼んだ」
「よ、よろしく!」
トオヤを勇者に渡して、黒い魔物が落ちてくるのを待つ。
数秒後、豆粒ほどの大きさだった魔物が、段々と大きくなって――落ちて来るのがわかった。
魔物着地の衝撃に備え、身構える。
魔物が飛び上がった場所から移動している可能性もあるので、どこに落ちてきても逃げれるよう魔物の行方に集中する。
「っまさか!」
いち早く魔物の着地地点を察知した勇者は叫ぶ。
勇者は魔物がいた正面ではなく、背後を見て――
「アレは後ろに落ちます! 町人の皆さんが……!」
「……叫んだところで届かない。……衝撃に備えるしかない」
「……くっ!」
後ろにいる町人は気付いているだろうか。
助けに行く余裕はないので、無事を祈るしかない。
黒い魔物が地面に落ちる。
最初の一撃とは比べ物にならない音が響き渡る。
魔物が着地した衝撃は波となって町に襲い掛かる。
建物は全て壊れ、人は宙に舞う。
ある意味幻想的な光景にも見える。
「馬鹿だぁ!!」
衝撃を空中に飛ぶことで回避し、ばらばらになって飛んでくる建物を躱しながら叫ぶ。
魔物の攻撃は攻撃というより、災害といった方が正しいのではないかという程の威力だった。
衝撃は数秒と経たずに止んだ。
だというのに、
「町が……消えた……」
残っている建物は1つもなかった。
それに、吹き飛ばされてしまった町の人たちも……。
「うぐ……」
「糞……何が起こったんだ……」
「いてぇ……足が折れた……」
「何……?」
周りを見回すと、町の人たちが散らばっている。
皆が皆怪我をしているが、不思議なことに、
「死んでる人が少ない……? いや、まさか死人がいない?」
あちこちからうめき声が聞こえる。
だが、逆に言えばそれだけ人が生きているということ――!
あれ程の衝撃で誰も死んでいない、なんてことはありえないだろうが、それにしても死人が少なすぎる。
それ程の衝撃だったのだ。これでは、まるであの魔物が――
『我は無闇に人は殺さぬ』
声が響いた。
確認するまでもない。その声は黒く巨大な魔物が発しているものだった。
『我が望みは勇者のみ。差し出せば他の者には手を出さぬ』
「!?」
町人の動揺する様子がわかる。
つまり、魔物は手加減をしていたのだ。だが裏を返せば、いつでも殺すことができると言っているようなものだ。
町の人たちはあの魔物が言っていることを信用するかしないか、ともう話し合いを始めていた。
「…………」
町を一撃で吹き飛ばし、かつ町人が死なないよう手加減までできるようになった魔物。
普通に考えれば、勇者を差し出した方が良いだろう。
唯一魔物に対抗できると思われていた勇者でもこの様なのだから。
提案を断った所で町人全員殺され、勇者も殺されるという結果は同じ……。
待っていても結論は変わらないと判断した勇者は、
「……わか――」
「断る!!」
勇者が勝手に犠牲になろうとしたところで、ユウが先に叫ぶように声を上げた。
町人が驚愕しているのがわかる。
隣にいる勇者までも驚きで固まっていた。
『……ほう』
「な、ななな何言ってるんですか!? 私が犠牲になれば助かるんですよ!?」
「……何勝手に犠牲になろうとしている。あんたらも、なんでこの子1人犠牲にしようとしてるんだよ!」
ユウの問いかけに答える者は誰もいない。
皆地面を見つめるだけで、口を開こうとすらしない。
「ちっ。……そうだよな。力が無いんだもんな……。仕方ないこと、なんだよな」
「ユ、ユウさん?」
「悪かったよ。色々と、気を使わせちゃったり、助けに行かなかったり……。あとは任せてくれ……」
諦めたように言葉を発するユウに不信感を抱きながら、それでも今の勇者にはユウを止めることはできなかった。
今は先ほどの状況とはまるで違う。
全力を出せば誤魔化しは効かないし、町人がユウを見る目も変わってしまうだろう。
だけど、
「仲の良い女の子1人守れないなら! 強くなった意味なんてないんだよ!」
この世界では力を隠して生きていこうと思っていた。
出来るだけ目立たないように生活して、
みんなと一緒に仲良くして、
化け物を見るような目で、見られないならそれでいいと思っていた。
でももうやめる。
そんなことのためだけに、折角仲良く慣れた人を見殺しなんてできない。
世界最強は動く。
使い物にならないとわかった剣は、隣にいる勇者に預かって貰う。……というより放り投げた。
勇者がちゃんと剣を受け止めたか確認せずに、地面がめり込む程の力でその場から飛び上がる。
宙を蹴り、町の反対側にいる魔物に接近していく。
空を蹴ることができるので、地面に落ちることもなく進む。
『……異界の民よ。ああ、哀れな異界の民よ。なぜ貴様は勇者を庇う?』
「勇者だからじゃねぇよ。友達だからだよ」
『わからぬ……。他人ではないか。なぜそのために死のうとする』
「……その余裕いつまで持つか見物だよ……!」
ユウと魔物の距離は目と鼻の先だった。
それでも魔物に動く素振りはなかった。
まるで、動く必要はないと言っているようだ。
「っ!」
ユウは剣を勇者に預けている。
魔法の使えないユウの武器は拳と足のみ。
どうやっても、魔物を倒せるようには思えない。
だが、
『ッゴボア!!?』
魔物は苦しんでいた。
ユウが繰り出したのはただの蹴り。
足の裏を前に突き出し、魔物の上半身に当てただけだ。
ユウの蹴りは傍から見てもそこまで威力があるとは思えなかった。轟音が響いたわけでも、蹴りの衝撃が伝わったわけでもない。
あえてどんなことが起こったかと言うなら、|音が何も聞こえなかった《、、、、、、、、、、、》。
「はっ。もう余裕がなくなったみたいじゃない、かっ!」
『おお、おおおお!?』
今度は拳が魔物の顔を捉えた。
抵抗する暇もなく、巨大な魔物は回転しながら吹き飛ばされた。
魔物が崩れ落ち、衝撃が辺りに広がる。
その現象にはおかしさしかない。
ユウは魔法が使えないのに、自身の何倍もの重さのある魔物を殴り飛ばしている。
それなのに、ユウの攻撃には音すらない。
勇者も、町人も息をのんでユウの戦闘を見守っている。
「……終わらせるか」
『ギ……あ?』
頭を打たれた衝撃で、魔物は問答をすることもできない。
ユウは飛び上がって黒い魔物の頭に近付き、ただ単純に殴り始める。
もう2度と起き上がらないように。
もう2度と動かなくなるように。
そのラッシュにも音はなかった。
魔物の頭が歪み、軋み、跡形もなくなるまで続けられたソレは、言葉で言い表せないような不気味さがあった。
抵抗することすらなく、あっさりと魔物は絶命した。
頭が無くなり、巨大な上半身と細い手足だけが残っている。
「……頭が無ければ再生することもできないか。無敵じゃなくてよかったよ」
全身を消し飛ばすのは面倒だからな、と誰に聞かせるわけでもなく呟いてから、ユウはゆっくりと町があった場所に戻った。
――――
『…………』
予想通り、町人がユウを見る目は変わっていた。
少し前まで異界から来た英雄、みたいな目で見られていたのに、今じゃ化け物を見るような目だ。
誰1人として声を発することがなくなった空間を無視して、ユウはフーリの所へ向かった。
「あ、ユウさん。お怪我はありませんか?」
「っ」
ただ1人。いや、2人。
フーリとトオヤだけは今までと変わらない対応をしてくれていた。
にこりと笑うその顔に無理をしている様子はない。
それだけで救われた気がする。
「……怪我はない。悪い、もう町には居られそうにないんだ」
ポケットからフーリの宿の部屋鍵を取り出しながら、ユウはそう言う。
「……え?」
「俺がここに居ても迷惑かけるだけだろうし、出て行くよ。……今まで世話になった」
返事を聞かずにユウはフーリに鍵を手渡して歩き出す。
彼女は建設系の魔法が得意と言っていたので、これから活躍することだろう。
それに、町人はほとんどが無事なのだからここで生活していた方がいいに決まっている。
呆然としている勇者から、剣を引ったくるように返して貰い歩き始めようと――
「ユウさん!」
「……どうした」
歩き出そうとして、トオヤに引き止められた。
多分、もう会うことはないと思うのでユウは振り向いて対応した。
「僕、ユウさんくらい強くなるよ! だから――」
「やめておけ。俺より強くなるな。そんなんなったら、こうなっちまうぞ?」
周りを指差しながら言うと、トオヤは黙ってしまった。
その様子を見て失笑しながら、ユウはトオヤの頭をぽんぽんと撫でる。
「ま、頑張れ」
「…………また、また会いに来てくれるよね!?」
「…………」
トオヤのその問いかけに、ユウは手を振るだけで答えることはなかった。
――――
「勇者様。勇者様!」
「あ、は、はい!」
衝撃的な出来事で呆然となっていた勇者が、己を取り戻したのはユウが立ち去ってフーリに声をかけられてからだった。
「勇者さん……。お願い事をして良いですか?」
「……なんでしょうか」
フーリの真面目な声と目を見て勇者は背筋を正した。
「ユウさんのこと、追いかけて貰えませんか?」
「え?」
俯きながら、フーリは言葉を続けた。
「……私じゃ無理なんです。私が付いて行っても足手纏いになるだけ。1人にさせたくないのに、私には出来ないんです。だから、勇者様にお願いしたいんです」
「…………私、良いのでしょうか」
「ずっとじゃなくていいから、彼が次の町か国に着くまででも、いいんです……。お願い、できませんか?」
「……わかりました。いえ、私がそうしたいからそうします! 私だって、命を助けて貰ったんですから……! 勇者なのに、他の人に救われるなんて、勇者失格です」
「ありがとうございます……!」
「あの人のことは任せて下さい!」
勇者もフーリの宿の部屋鍵を返して、町から出発することにする。
ユウは走って町の外に出て行ったわけではないので、今から走ってユウの所へ向かえば、十分合流することは可能だろう。
一歩踏み出したところで、勇者は振り返り、
「フーリさん。お世話になりました。また一緒《、、》に会いましょう」
「っ! はい! お待ちしてます!」
最後は笑顔で2人は別れた。
1人は町に、1人は町の外へ。
――――
「ま、待ってください!」
「あ?」
のんびり外を歩いていると、後ろから勇者が追いかけて来た。
どうかしたのかと、立ち止まり用件を聞く体勢になる。
「あの、前から私がお願いしようとしていたこと、聞いて貰って、いいですか?」
「……まず、その息を整えたらどうだ?」
「あ、はい! すみません!」
「謝らなくていいんだけどさ……」
すーはーと深呼吸を何度か繰り返している勇者を見てるとなんだか複雑な気持ちになるユウだった。
そして、息が整った勇者は告げた。
世界の運命を変えるお願いを。
「私と一緒に、世界を救ってくれませんか?」




