<15>何かおかしいようです
「……今日はいい天気だな」
勇者が来てから2日目の朝。
ユウは窓から入ってくる心地よい日差しを感じながら呟いた。
起きてすぐで、ぼさぼさな髪の毛を直しながらユウは宿の階段を下る。
フーリはもう既に起きていた。
ユウは自分が起きる時間は、わりと早い方だと自負しているのだが、それでもフーリより先に起きたことは今までない。
何時に起きているのだろう、と疑問に思いながら1階に降りると、こちらに気が付いたフーリが、
「おはようございます! 今日は良い天気ですね!」
と挨拶してくれるのだった。
ユウもそれに軽く手を上げながら返事をする。
食堂を見渡すと、トオヤも既に起きていたようで、寝ぼけ眼のまま椅子に座っている。
勇者の姿は見えない。
彼女は朝に弱いようだ。
「……勇者はいないみたいだな」
独り言のように呟きながら、トオヤがいるテーブルの椅子に座る。
トオヤは返事する気力もないようで、こくりこくりと舟をこいでいる。
「……フーリさん。今日も勇者を起こして来た方がいいのか?」
「いえ、彼女から朝は弱いから放っておいていいと言われたので大丈夫です!」
「了解」
そういうことならのんびりと朝を過ごしていられるな、とユウは安心した。
勇者が来てから2日目。
昨日は勇者と一緒にいて町の人たちとほとんど会話することができなかったので、今日は1人で門番のジョンソンの所やなんでも屋にでかけることにする。
それに、勇者も1人の方が行動しやすいだろう。
「というわけなので、朝食にしましょうか?」
「……お願いします」
舟をこいでいるトオヤに朝食の手伝いをさせるわけにもいかないので、ユウが朝食準備の手伝いをすることにした。
といっても、できることは皿運びくらいなのだが。
ユウが最初この宿で手伝いを申し出たときは、フーリが頑なにそれを拒んでいたが、今はもう諦めて手伝って貰う事にしている。
手伝った方が早く食事ができると言って、断らさせてもらえないからだ。
「いただきます」
3人で食事を開始する。
朝のせいか、食事中の会話は少ない。
朝食はそこまで大量に料理があるわけではないので、程なくして朝食は食べ終わった。
朝食を食べ目が覚めたトオヤが、片付け等の手伝いを始めたので、ユウも手伝いをすることなく3階の部屋に戻ることにした。
出かけるにしても、まだ顔も洗っていないからだ。
――――
「おーす」
「ん! ユウか。どうやら無事のようだな」
ユウは南の門まで来ていた。
今日の門番はジョンソンのようで、何時ものように鎧をつけ、兜を被っているので表情は見えない。
「無事ってどういうことだ?」
「何、君が泊まっている宿に勇者も泊まっているのだろう? 一緒に過ごして異常はないかと思ってだな」
「ああ。慣れたよ」
「そいつはすごい」
ジョンソンは会話をしていても、門の外から目を離すことはない。
何か気になることでもあるのだろうか、とユウも外を眺めてみる。
「…………」
「…………」
特に変わっているようなことはないように思える。
ジョンソンがずっと眺めているのは正面だが、ユウは右も左も確認してみる。
……特に変わったことはない。
「どうか、したのか?」
以前は会話する時にこちらを見てくれていたので、何か異変があるのか気になり尋ねて見る。
「いや、何もないが」
「ならどうしてそんなに外を見てるんだ?」
「……ざわつくんだ」
「……何もないんじゃなかったのかよ」
ジト目で見られても、ジョンソンに動じる様子はない。
ゆっくりとして口調で話しを続ける。
「何もないのは本当だ。ずっと外を見ているが、異変何もない。……ただ、長年門番をやっているが、ここまで何か感じるのは初めてだ。異変はないのに、何かおかしい気がするんだ」
「……長年の勘か? そんなに気になるなら見てきてもいいけど」
「いや、そこまでする必要はない。ただ、なんとなくそう感じているだけだから」
「ふーん? ……それって勇者が来るたびに何か感じたりとか?」
「……そういうわけでもない。だが、この感じは今の勇者が来てから感じるようになったな……。何か関係があるのか……」
「偶然ってこともあるよな。……もし勇者がいなくなっても続くようならなんでも屋に依頼出してくれよ。俺が受けるから」
「ははっ! お金を取るのか!」
「最近金不足でさ……」
暗い話題から一変、どうでもいいような話題に移り変わる。
話している最中でも、2人でずっと門の外を眺めていたが異変は何も起こらない。
ジョンソンの勘違いであることを願って、ユウは門を後にするのだった。
――――
「ユウ! 一昨日ぶりだな! 噂は聞いてるぜ!」
なんでも屋に足を運ぶと、そこにはムバムがいた。
そこにラミ、フゾーの姿は見えないが、別行動をしているのだろうか。
ムバムがこっちに来いと手招きするので、ユウは仕方なくムバムの所へ向かった。
「なんだよ」
「おいおい、冷たいじゃねーか。勇者と一緒に暮らしてるんだろ? 感想聞かせてくれよ!」
へへへっと下種な顔をしながらムバムが言った。
そんな面白い話題なんて無いんだけどなぁ、とユウは頭をかきながら考える。
「感想って言っても、本当に何もないぞ?」
「あんなおっかねぇ化け物と一緒にいて何もないのか?」
「……あいつを化け物呼ばわりするなら、俺はあんたに話すことなんて何1つないぞ」
「ち、違う違う! お、俺は別にあの勇者のことを言ったわけじゃねぇ! 勇者全体に向けて言ってるんだ!」
ギロリ、と殺気を向けられたムバムは慌てたように訂正し始める。
「ユウはまだ知らないだろうが、勇者ってのは本当におっかねぇ奴が多いんだよ! 遊び半分で町を壊していったり、商品を金を払わないで持って行ったりするんだよ! ……あぁ悪かったよ! あの勇者の子を馬鹿にして!」
「……俺とあんたらじゃ感覚は違うよな。うん、俺も悪かったよ……」
「そ、そうか? ならこの件は終わりだな! ははは!」
乾いた笑いを漏らしながら、ムバムは必死に違う話題を探す。
ユウはもう怒ってはいないのだが、ムバムにはまだ怒って見えているようだ。
「そうだ! 昨日ユウは町の外に出たか?」
「外に? いや、昨日は忙しかったから外には出ていない」
「そうかそうか! いや、昨日町の外に出てまたスナズミを探してたんだけどよ。それが全然見つからなくて!」
「……別に珍しくないんじゃないのか?」
「まぁ聞けよ!」
ムバムはわざとらしく一息置いてから、
「スナズミがいなかったのはまだいい。よくあることだからな。だが、なんと昨日は魔物に会うことがなかったんだ! いやぁ珍しいこともあるもんだとラミたちと騒いだもんよ!」
「…………魔物に会っていない?」
「そうよ! 昨日は天気も悪いって程じゃなかったから、普段なら絶対10回くらい襲われるにそれがゼロ! ……まぁ報酬もゼロだったんだけどな……」
「……他に何か異変は? 気になることは何かなかったか? 何でもいい、教えてくれ」
「お、おう……」
急に身を乗り出して尋ねて来たユウに、若干引きつつムバムは答える。
「だが他に気になったことと言ってもな……。周りが静かだったてことくらい……だな」
「周りが静か?」
「ああ。普段なら何か音とか声とか聞こえるんだが、それがなかった。あったのは風の音くらいか?」
「……変だな」
「ま、たまにこんなことがあってもいいんじゃないか?」
ムバムは気楽に笑っているが、ユウはそんな風に考えることができなかった。
門で聞いた違和感と、それが確かであるムバムの証言を聞いて、何かが起ころうとしている可能性が格段と上がった。
「今日は依頼を受けなくていいか」
「ん?」
「ちょっと外出て来る。もしかしたら、何か起こるかもしれない。もしかしたら気のせいかもしれない。どちらにしろ、用心だけしておいてくれ」
「おいおい何の話だよ!」
「気のせいだったらいいなって話!」
ユウが向かうのは北門。スナズミ取りをしていたのが、そこだったからだ。
――――
町の中から姿が見られない位置まで歩いてから、ユウは全力で移動を始めた。
……ムバムが言っていたように魔物を見つけることができない。
「……気味悪いな」
北から南に向かって走りながら、何か異変がないかを探す。
魔物の姿はないし、争うような音も聞こえない。
あるのは延々に続く砂漠と、遠くに見える森だけた。
「…………」
魔物がいないのは砂漠だけなのか、それとも森の中にも魔物がいないのか……。
気になったユウは森の中に入っていく。
正直森の中にはあまり入りたいと思わないが、森の中で異変が起こっているなら町に伝えた方が良いと思ったのだ。
「…………」
森の中は岩などの障害物が多いので、走ることができない。
この世界に来た時のように木の上を走ることは可能であるが、今は魔物がいるかいないか、何か異変がないかを探しに来ているのでそれはできない。
いつも以上に周りを気にしながら歩く。
……森の中でも魔物がいないようだ。音も気配も何も感じることができない。
だが、それ以外に変わったことはない。
「……帰ろう」
これ以上森の中を彷徨っても収穫はなさそうなので、町に戻ることにする。
南門から戻ったらジョンソンたちに何を言われるかわからないので、北門まで戻るのだった。
――――
「……ということが起きているんだが、何か心当たりはないか?」
「…………ごめんなさい。私にもさっぱりです」
「そうか……」
宿に戻り勇者に今起こっている異変を伝えるも、心当たりはないようだった。
「魔物がいないというのは気になりますね。私も調査して見ようと思います」
「ああ、頼む。……でも、今日はもう遅いぞ」
「…………勇者とはいえ、夜目に優れているわけではありません。なので、明日ここを出発する前に調べて見ようと思います」
「ああ、そういえばもう3日になるのか」
「はい。あ、それで昨日お風呂で言おうとしたお願いなんですけど――」
「2人共! ご飯できましたよ!」
勇者が言いかけたところで、フーリの声がかかった。
色々とタイミングが良いものだ。
「……何だ?」
「……ごめんなさい。またあとで言います……」
と言っていたのだが、その日にそれが叶うことはなかった。




