<13>女将が最強ですか?
「視線を……? いや別にそんなのに許可いるのか?」
勇者の言葉にユウは戸惑いを隠せなかった。
そんなユウの反応を見て、勇者が口を開こうとした瞬間、
「だ、駄目ですううう!!」
2階にいたはずのフーリがすごい勢いでユウと勇者の間に身体を挟みこんだ。
威圧感で震えていたとは思えない程の思い切りのよさだ。
「……? どうしたのフーリさん」
「ユウさん! 勇者様と目線を合わせるってことが、どういうことかわかっているんですか!?」
「……? 何か問題でも……?」
「知らないんですね! ちょっとこっち来て下さい……!」
「お、おい……」
勇者のことを無視するかのように、フーリはユウを厨房の奥へと連れ込んだ。
その様子を勇者は黙って見送り、ユウたちの姿が見えなくなると一息吐いた。
勇者は待っても無駄かもしれないと思ったが、一応ユウが戻ってくるのを待つことにした。
「いいですか、ユウさん。勇者様と目線を合わせるってことは、丸裸にされるってことなんですよ!」
「え、服破れるの?」
「もおおおおおお!」
フーリがユウの頭に手刀を落とす、がダメージはない。
ユウに微笑ましいものを見る表情で見られ、顔を赤くしながらもフーリは言葉を続ける。
「ごほん! 冗談はやめて下さい! というかユウさんなんで勇者様の知識ないんですか!」
「えー……? いや、俺異界人だし?」
「あっ……」
どうやら忘れていたようだ。
フーリにしっかりと異界人なんです。と言った覚えはないが、トオヤを助けた時にあれだけ異界の人最高! と騒がれていたのだから知っているはずである。
「……すみません忘れてました」
「いや、そんな落ち込まなくても……。気にしてないですから」
「ありがとうございます……。それで、ですね。勇者様と目を合わせた人間は、どんな人でも名前とか年齢とか経歴とか全部勇者様に見られてしまうんですよ」
「……それは、なんというか……。なんて反応すればいいのか」
「簡単に言うと、勇者様に隠し事はできない! てことです! 心を読まれるわけではないですが、その人が何をしている人なのかとか、過去に犯した罪だとか……。目線を合わせるだけで看破されてしまうのです……! ……もし私が勇者様と目線を合わせたら職業は宿長ってなるんでしょうか?」
「女将のが合ってるんじゃないか? ……だが、それくらいなら別に目線合わせてもいいんじゃないか」
「ひょっ!? 正気ですかユウさん! あの勇者様が何を考えているかはわかりませんが、どんなことを見られるかわからないんですよ! 何歳までおねしょしていたとか何歳まで漏らしたことあるとか……!」
「なんでさっきから小便ネタばっかなんだよ!! ……とりあえず俺は戻るぞ」
「もう……。後で後悔しても慰めてあげませんからね!」
「はいはい」
ユウが厨房を出て行った後、フーリは気にしないように皿洗いを始めたが、心配そうな表情は隠せていなかった。
――――
「待たせたな」
「いえ……。それほどではありません」
ユウは勇者と向かい合うようにして椅子に座った。
視線はまだ合わせていない。
「最初に謝らさせてください。貴方が私たちと視線を合わせることの意味を知らない、という可能性を考えていませんでした」
「気にしないくていい。こっちじゃ常識なんだろ。俺は異界から来たんだ。こっちの世界に来て1ヶ月くらいかな」
「そうでしたか。……やっぱり、やめますか」
「うーん、俺としては別に見られて困ることなんてないが、あんたがどうして俺と目を合わせたくなったかだけ、教えてもらってもいいか?」
「……いやです。て言ったらどうするんですか?」
「なら仕方ない。視線くらい合わせてやろう」
「……どっちにしろ見せてくれるんですね……。私が貴方と目線を合わせたい理由は、気になったからです。貴方が」
「……というと?」
「今はもう理由がわかってしまったんですけどね。どうして、勇者である私と対等であるかのように話しかけてくれるんだろうって」
真面目な顔をしている勇者だが、若干頬が緩んでいるのにユウは気が付いた。
「こんな扱いされるの初めてでした。いえ、嫌だったわけじゃないですよ?」
慌てたように勇者は付け加える。
「だから、こんなことしてくれる貴方はどんな人なのかって、気になったのが理由です」
「ふーん……。それってさ、俺とこうやって会話するって選択肢はなかったのか?」
「……? 会話してどうにかなるものなのでしょうか?」
「え、えー……」
思わず引いてしまうユウだった。
勇者の中で人を知るというのは、その人の全てを見通すということなのだろうか。
というより、
「……なるほど。会話してその人のことを知る、なんて機会がなかったのか」
「そう……ですね。怖がられて今みたいに会話をする機会はありませんでした」
「はぁ……。この世界の勇者はなんか大変そうだな……。いいよ俺の目を見て。がっかりして襲って来るなよ?」
「しませんよそんなこと……。では、失礼します」
ユウと勇者の目線が初めて合った。
勇者の蒼い瞳を見つめていると不安になるどころか。逆に落ち着くような感じがした。
「…………」
勇者は何も言わないので、ユウも黙って見つめ続ける。
……5分程目線を合わせているが、勇者はまだ目線をはずすことはない。情報を読み取るのにそこまで時間がかかるものなのだろうか。
流石に目線をはずしたくなってきたユウだが、自分から目線を合わせて良いと言ったのに、途中でやめるのは如何な物だろうという思考が邪魔をして、目線を外すことができない。
とそこに、
「お茶です! 勇者様もいい加減にしてください!」
「は、はい! ごめんなさい! もう大丈夫です!」
「……ユウさんも! こんなに見詰め合わなくて良いってなんでわからないんですか!」
「へ……? いや、俺どれくらい見てなきゃ駄目とかわからないし……」
怒った様子でフーリが茶を持って来て、ユウと勇者の見つめあい合戦を終結させた。
ちなみに、勇者が人の情報を見るのにかかる時間は3秒である。
「フーリ……。あれだけ怖がっていたのに、今じゃここまで成長して……!」
「お客さん兼お友達が睨まれてるのを止めない程、私は人でなしじゃありません!」
「いや、睨んでいたわけでは……」
「何ですか?」
「……ごめんなさい」
しゅんとする勇者だった。
見た目からしてこの勇者は10代後半といった所。その彼女が勇者とはいえ、子持ちの女将に勝てる道理はないのだ。
見かねたユウがフォローしようとするが、
「フ、フーリ! 俺は睨まれていたわけじゃ……」
「ユウさんもです! 勇者様が可愛いからってあんなに見詰め合って! いくら見てなきゃいけない時間がわからなくても、声くらいかけるべきじゃないですか!?」
「……ご、ごめんなさい」
しゅんとするユウだった。
男が怒っている女性に勝てる道理はないのである……?
異世界最強と最強勇者を黙らせたフーリは、この世界最強なのではないだろうか。
落ち込んでいたらさらにフーリから追撃を喰らいそうなので、ユウは外出することに決めた。
「フーリさん、俺、ちょっと外出て来るね?」
「まぁまぁ。お茶くらい飲んで行って下さい。折角淹れたんですから」
「そ、そうだな」
にっこりとした笑顔にユウは逆らえない。
ユウは今のフーリが怖かった。
どれくらい怖いか例えるなら、世界を滅ぼせし古龍と相対した時の倍は怖かった。
フーリは何時ものように笑顔だ。
なのに今の笑顔は何か怖い!
「そ、それで何か俺の中で気になることあったか?」
フーリの笑顔を気にしないようにしながら、ユウが勇者に尋ねた。
助け舟が来た! とばかりに勇者も会話に乗る。
「は、はい! 見させて頂きました! ユウクラリアさん。過去のこととか、どんな人だとか……」
「おっと、過去のことは気にしないでくれよ。俺はもう気にするのはやめたから」
「そうなんですか。わかりました。あ、いえ! 元々尋問するつもりもありませんから!」
「助かる。で、何か感想とかあるか?」
「……そう、ですね。……私に何かやって欲しいこととか、ありませんか?」
「やって欲しいこと?」
はい、と返事をして勇者は真面目な顔をする。
「勇者というのは、えっと、まぁ訳あってこの世界中を旅してるのです。その旅の途中で人の悩みを解決したり、町のお願いを聞いたりしなければならないんです。と言ってもお願いされることはほとんどないので、こっちが勝手に魔物処理したりしてるんですけどね。それで、ユウさんは何か悩み事はないかと」
「本名呼びの次は愛称呼びか」
「その、フルネームで呼ばれるのはあまり好きじゃないんですよね?」
「……なるほど。勇者の目はお見通しってわけか」
「あ、あはは……。それで何かありませんか?」
「いや、皮肉ってわけじゃないから! つっても、悩みは無いぞ」
勇者が申し訳なさそうな顔をするので、慌てて訂正するユウだった。
悩みについても、これといって思いつくものもなかった。
しいて言えば、お金が少なくなって来たことくらいだろうか。
「そうですか……。わかりました。この町のなんでも屋にも悩みはないって言われましたし、私は町の外の魔物でも狩りに行こうと思います」
お茶を飲み干した勇者がそう言った。
ユウも慌ててお茶を飲みながら、それに続こうとする。
「それじゃ俺もなんでも屋に行くかな、フーリ――」
「勇者様、お願い事聞いてもらっていいですか?」
勇者に続こうとしたが、フーリからは逃げられなかった!
というより勇者に続くはずだったのに、勇者が止められてしまったのだ!
「……? どうしましたか? 私に出来る限りのことはさせてもらいますよ」
「そうですか! お願いしたいことは買出しなんです」
『買出し……?』
ユウと勇者が同時に声を出す。
なお、2人は声が合っていたことに気がついていない。
「ええ、今日は私が買い出しに行く予定だったんですけど、誰かさんが息子を倒しちゃいましたから……。今日は息子の面倒を見てたいんです」
「…………えっと」
勇者の目が泳ぐ。
「お願いできますか?」
「は、はい……」
にっこりとしたフーリに勇者は逆らえないのだった……。
次にフーリはユウの方を見る。
「ユウさんは、勇者様のお手伝いしてあげてください」
「……そこまで大量なのか」
「いえいえ。勇者様1人じゃ町のどこに物が売っているかわからなくて困ると思うんです」
「……わかった。付いて行けばいいんだな」
「はい♪」
「…………」
なんだか今日のフーリは怖いなぁと思うユウだった。
笑顔なのに目が笑っていないというか……。
――――
「……申し訳ありません。私のせいで……」
「いや……。見つめすぎた俺も悪いから……」
お使いに行くことになってしまった2人は、沈んだ気分のまま町を歩いていた。
勇者が町に来たということはもう町中に広がっているらしく、町の人が勇者を見ても驚きの声を上げることはなかった。
……ただし、どれも遠目で見られるだけで、近付いて来る人間は誰もいないが。
「それにしても、なんでフーリはあそこまで怒っていたんだろう……」
「そうですね……。私にもわからないですね……」
「まぁ気にしないでおこう。今はもう過ぎたことだし」
「はい……。ありがとうございます……」
道を歩いていると、子供が横道から出て来た。しかし、勇者の姿――というより威圧感を感じてすぐに逃げて行ってしまった。
「……これは辛いな」
「何がですか?」
と首を捻る勇者に、ユウははっきりと告げる。
「こうやって避けられることが、だよ。どこ行ってもこんな感じなのか?」
「あはは……。もう慣れてますから。でも、どこでもってわけじゃないんですよ。第3国とかだと勇者がたくさんいるので、国の人も慣れてる人が多いのです」
「……なるほど。国単位になると違うものか」
「はい。町よりは国の人たちの方が勇者には慣れていますから」
「ふーん?」
町の様子を見ると、勇者1人でこれなのだ。複数人勇者がいる国の人は生きていけないように思える。
といっても、面積的には国の方が大きいので、勇者が多くいても会う確立はそこまで多くないのかもしれないが。
「そうだ。勇者さんが俺の目から読み取ったこと教えてもらっていいか?」
「私が見たことですか?」
「ああ。フーリ曰く、名前とか歳とか経歴とか見られるってことだったけど、実際はどうなのか気になってさ」
「……不快になってしまうかもしれませんよ?」
「んー。多分ならないから言ってくれ」
「……わかりました。私が見たのは、貴方の名前と年齢、それと職業。あとは犯罪歴と過去ですね」
「犯罪歴、か。引いたか?」
「いえいえ! 私も同じようなものですから! 引く、というよりは共感したという感じですね」
「勇者が犯罪歴見て共感しちゃっていいのかよ……」
「まぁ、好きでなったわけじゃないですからね」
「へ……?」
「聞かなかったことにしてください。所で、この食材はどこで買えるんでしょうか?」
「……見せて」
触れて欲しくないようだったので、ユウもそれ以上問いつめることはなかった。
勇者がフーリに渡されたメモ用紙を見せて来たので、それを覗き込むと……。
「あかん、どこにあるんだこれ!?」
「前途多難ですね……!」




