<11>勇者が来るようです
「勇……者……?」
ユウはこの世界に来てその言葉を聞いたことがある。
ユウをこの世界に召喚した人間は勇者だと言っていた。
「おい、勇者ってどういうことだよ」
「勇者知らないのか!? ……ああ、そうか異界から来たんだもんな。勇者ってのは簡単にいうなら化け物さ!」
「ばけっ!? ……なんでそんな……」
化け物という言葉に一瞬言葉が淀むユウ。
「くそ! 今は説明してる暇もねぇ! フゾー! ラミ! お前らは今すぐ帰れ!」
「ちょ!? ムバムさんも帰りましょうよ! 勇者なんかと同じ空間にいたら何が起こるかわからねぇよ!!」
「同意……!」
ラミとフゾーは必死の形相でムバムに懇願するが、ムバムは首を横に振った。
「俺たちが逃げたらアリアさんが1人になっちまう。もしもの時のために俺は残る! お前らはさっさと戻ってろ」
「…………うう、わかりましたよ!! 行くぞフゾー」
「……健闘を祈る」
「何、戦おうってわけじゃないんだ。なんとかなるさ」
ラミ、フゾーがなんでも屋から出て行くのをユウとムバムは見送る。
…………。
「あ、俺は?」
「……すまん。タイミング逃した」
「おいぃぃ!」
「俺だって1人だと不安なんだよ!!」
「故意じゃねぇか!!」
「貴方たちはいいじゃないですか……」
ユウとムバムの会話に、受付のアリアも加わる。
「私なんか勇者様の相手しなければいけないんですよ?」
「アリアさん……。俺……アリアさんのこと好きだったぜ……」
「死んでください……」
「なぬ!? 結構まじだったのに!」
「…………」
この2人は緊張しているのかしてないのかどちらなのだろうか。
緊張しすぎておかしくなってしまったのかもしれない。
「ムバム。告白するなら、もうちょっと場所を選んだが方がいいんじゃないか?」
「ガチなアドバイスはやめろぉ!!」
ぎゃーぎゃー3人で騒いでいると、外から足音が聞こえてきた。
何時の間にか門番は姿を消している。
この場にいるのはユウ、ムバム、アクアの3人だけだった。
なんでも屋の扉を見ている3人に緊張が走る。
「失礼する」
『っ!?』
瞬間、なんでも屋の空気が変わった。
入ってきたのは銀の鎧を纏っている小柄な少女だった。
背中まで届くくらい長い銀色の髪。この世界に来て見たことがない蒼い瞳を持つ、美しい少女だった。
雨具を持っていなかったらしく、濡れているがそれすらも神々しく感じられた。
美しい少女だった。
だというのに、纏っている空気は歴戦の戦士そのものだった。
なんでも屋の中が凍ったような錯覚。
言葉を発する人間はいなかった。
「今日からここに滞在する勇者ロザです。期間は3日。何か困ったことがありましたら、解決させて頂きますが」
「あ、え……。よ、ようこそいらっしゃいました……」
アリアの声が震えている。
無理もない、とユウは思う。
こんな恐ろしい空気を纏ってる相手に、平常心でいられるはずがないのだ。
「……何かお困りのことはありませんか?」
「は、はい。今のところ勇者様の手を煩わせるような問題はありません!」
「そうでしたか。お騒がせしました」
そう言葉を残し、勇者は嵐のように去って行った。
緊張が解ける。
「っ~~~!! ああー……。慣れねぇ……。慣れねえよこの空気……」
ムバムが息を吐きながら、椅子にもたれ掛かるように座り直しながら言葉を零した。
アリアもこれには同意するようで、
「……ええ。なんでも屋の受付をやっていてもこれだけは慣れないわ……」
「慣れないってことは、何回かあるのか? ……こういうこと」
「ああ……。年に3回くらいかな……。その間はいっつも町中ピリピリとした空気だよ」
「多いときは年に3回以上来ることもあります。今年は何人目でしたっけムバムさん」
「あー……? 2人くらいじゃねぇか」
「あと1回は覚悟しておかなければならないのですね……」
「……アリアさん数えてねぇの?」
「嫌なことは見ないようにする主義なんです」
すっかり脱力しきった2人だった。
それに比べユウは複雑な気持ちだった。
「確かに凄く強そうだったが……、別に化け物呼ばわりしなくたっていいだろ」
「ばっかお前……。あんなのと相対するだけで粉々になるわ」
「化け物じゃねーか。つーかあと1回来るって、あの子がもう1回来るのか?」
「勇者をあの子呼ばわりかよ。まぁユウは異界から来て初めてだもんな勇者。で、だ。勇者は別に1人ってわけじゃない。この世界に何人もいる」
「何人も!? それならそこまで珍しいわけじゃないのか」
「まぁな。だが実力は皆折り紙つきだ。全員が化け物よ……」
「ふーん……」
不服そうにユウは相槌を打った。
「さて、勇者も無事にやり過ごしたし、どうする? もう1杯やるってなら付き合うぜ」
「うん……。もういいや。俺も帰るわ。今日は依頼ありがとな」
「おーう、気にするな。また行こうぜ」
「……また今度よろしく」
「そうですね。今日はなんでも屋も終わりにしましょう」
「なぬぅ!? 折角アリアさんと2人きりになれると……!」
背後から聞こえる声を聞き終わる前に、少し早足でユウは外に出た。
小雨だった雨が本降りに変わり、それがまだ続いていた。
空を見ても気分が晴れそうにもないので、ユウはさっさと宿に戻ることにした。
――――
「おかえりなさい。今日は少し遅かったですね?」
「ん。少しお酒飲んでたから」
「お昼からですか? 良いですね!」
「いや、そこまで前じゃない。というよりさっきまで?」
「あ、悪い子です! ……それじゃあ、晩御飯は要りませんか?」
フーリの顔には一緒に食べたかったのに。と書いてある。
「そんなに飲んだわけじゃないよ。晩御飯はちゃんと頂きます」
思わず失笑しながらユウは答えた。
フーリも、もうもう! とぷんぷん怒る動作をしながら笑った。
怒ってる動作だけで、全く怒っていないことが丸分かりである。
「実はもう3人分できてるんです」
「準備の良いことで」
なぜかトオヤがダウンしていたので、フーリが盛り付けた皿をユウが運んで行く。
家の手伝いをしながら鍛えるはずのトオヤはどうしたのだろうか、と疑問に思っているとぐったりしたままトオヤが、
「階段の上り下り辛いよおお……」
と情けない声を上げたのだった。
「もしかして、そのせいなのか? ぷ……あははは!」
「なんで笑うのユウさん!!」
「いや、加減できてない感じが子供っぽくて……!」
「子供じゃない!」
「ははっ。いいじゃないか子供で」
「む~!」
「はいはい。ユウさんもトオヤも喧嘩しないの」
「してない!」
喧嘩してないとムキになる辺りが子供っぽいなぁ。とユウは思っていたが口には出さなかった。本当に喧嘩になりそうだったからだ。
――――
「それでトオヤったら2回も足を滑らしちゃったんですよ」
「お母さん! なんで言うの!」
「危ないな……。トオヤ疲れたと思ったら休まなきゃ駄目だぞ?」
「うっ……。気をつけるよ」
「俺こそごめんな? ちゃんと加減しろって言わなくて」
「ユウさんが謝ることじゃないよ!」
和やかな空気で食事が進む。
ユウは今日の疲れが癒されていくのを感じて、ふとなんでも屋であった勇者のことを思い出した。
「そういえば、今日勇者が来たよ」
「えっ!? 勇者様が!?」
「ほんと? 僕勇者様見たことないんだー。いいなぁ」
フーリは険しい表情をしているが、トオヤはそうなんだぁ程度の表情だった。トオヤは勇者を見たことがないようで、
「僕も見てみたいなー。勇者様」
「まだ駄目ですよ。失礼なことしたら粉々にされちゃいますから」
「フーリも粉々って言うのね……」
「あ、あれ? 私おかしいこと言いました?」
なんでもないと頭を振って、ユウは一息ついた。
フーリのご飯はおいしいが、なんでも屋で飲み食いしたばかりだったので、お腹が一杯だ。
少し休憩しよう、とユウは箸をおいた。
「あれ? ご馳走様ですか?」
「ううん。ちょっと休憩」
「夕飯近くに宴会するのが悪いんですよー?」
「宴会って程じゃないよ?」
「ふふ。でも無理はしないで下さいね? 残しても構いませんから」
「いや、これは食べる」
そうですか、とニコニコフーリは微笑む。
なんだか恥ずかしく感じたユウは視線を逸らして食堂を眺める。
今日は誰も宿泊客がいないようで、食堂はがらんとしていた。
「おいトオヤ」
「え!? 何かな!」
「俺が余所見してる間に、嫌いな食べ物を俺の皿に寄越すんじゃない」
「き、気のせいだよ!」
「はぁ……」
そのため息は、ため息なのになんだか嬉しそうで、
「仕方ない。騙されて食ってやろう」
ユウは食事を再開したのだった。
――――
晩飯も食べ終わり、そろそろ寝るかという頃合に突如来客があった。
「失礼する」
数時間前に聞いた同じ台詞と共に現れたのは、
「夜遅くにすみません。泊まれる宿を探しているのですが、3日程泊めてもらえないでしょうか」
勇者ロザ。銀色の鎧を纏った少女が、ミイロ・アルザムに来ていた――。
「へ……? ゆ、勇者様……ですか?」
ピリピリとした空気で察したのか、フーリの声が震えていた。
宿の中に緊張が走る。……この場にトオヤがいなかったことだけは幸いか。
「ああ、すみません。名乗ってませんでした。私は勇者ロザと申します。……それで、泊めて頂きたいのですが……?」
「あ、あの……。あわわ……」
威圧感に押されてしまって、フーリが言葉を紡げなくなっている。
このままではフーリが壊れてしまいそうなので、ユウはフーリを庇うようにして勇者の前に立った。
「……?」
不思議そうな顔をしている勇者を無視して、
「フーリさん。どうするんですか?」
「は、はひっ!」
周りに宿泊客は誰もいないので、部屋が空いていることはばればれである。
追い返すなら追い返すでいいが、ここはフーリの判断に従うしかない。
「……あの、ユウさんには悪いんですけど、彼女には3階に泊まって貰うことにして、いいですか?」
「構いません。が、その前に少し落ち着いて。……タオル持ってきてください」
「! そうですね! すみません勇者様。少し待っていてください!」
逃げるように走り去るフーリを見送り、ユウは目の前にいる勇者を見やる。
雨の中歩いて来たのか、彼女はまだ濡れたままでいた。
「……どうかしましたか」
見つめられてるのが気になったのか、ユウに目線を合わせないで勇者が尋ねて来た。
「雨具持ってなかったのか?」
「へ? ……あ、はい。恥ずかしながら砂地での戦闘で壊れてしまいまして」
「ふーん? あのさ、勇者っていうのは俺には分からないんだけど、その威圧感なんとかできないものなのか?」
「威圧感ですか……? ……すみません。私にはどうにも……」
「そっか」
無闇やたらに威嚇しているわけではないようだ。
会話が終わると、丁度フーリがタオルを持って来た。
「は、はい。どうぞタオルです。雨拭いてください」
「わざわざありがとうございます。それで、その……」
「は、はい! 泊まってくださって大丈夫です! 一晩食事ありで5000エルス、なしで3000エルスになります!」
そんなに怖がってるのにお金は取れるのか!? とユウが内心驚愕している合間にも事は進む。
「……はい。3日分食事ありですね。勇者様の部屋は3階の一番手前になります」
「ありがとうございます」
そう礼を言って勇者はフーリから部屋の鍵を受け取り、階段を登って行った。
緊張が解けたのか、フーリがその場に崩れ落ちそうに――なったのをユウが抱きとめる。
「ユ、ユウさーん! あの人のご飯作って片付け終わるまで一緒に居て下さい!」
「はいはい」
涙目のフーリに頼まれて、断れないユウだった。
忙しい3日間になりそうだ、とユウは確信した。




