<10>おいしい話はないようです
「…………あぁ、朝か……」
トオヤを救い出した日から、2週間が経っていた。
救い出してからの1週間は、ほとんどの毎日がお祭り騒ぎでユウは引っ張りだこだった。
褒められ慣れてないユウには、刺激が強かったが悪い気分ではなかった。
しかし、この2週間は町に出るだけで誰かしらに話しかけられたり、露店でも店を覗いただけで物を貰う等ちやほやされすぎた結果、
「頭痛い……」
ユウはダウンした。
何か病気にかかったとか、そういうわけではなくただ単純に疲労が溜まっただけである。
あの事件のあとフーリの宿に泊まる客が少しだけ増えていた。
宿の料金は高いが、何でもフーリの料理の腕はそこらの宿とは比べ物にならないくらい良いらしく、宿を気に入った者が少なからず居たのだ。
そんなこともあって、少しだけフーリの宿は賑やかになる日が増えた。
「あ、おはようございます!」
「おー……。おはよう」
「……? どうしたんですか? まだ眠いですか?」
「……そんな感じ」
3階から降りてきたユウに気が付いたフーリがそう声をかける。
目をこすりながらユウが席につくと、それに続くようにフーリとトオヤも席に着いた。
「……人が入るようになってもこれは変えないんだな」
「えへへ」
「だってユウさんと一緒に食べたいんだもん!」
「ま、そっちがいいならいいんだけど」
宿に人が増えてもこうして3人で食事を摂る習慣はしばらく続きそうだ。
ユウがトオヤを助け出して以来、トオヤはユウと話すことは苦手ではなくなったらしく、会話をする頻度も増えていた。
主にどうやって力を付ければいいのか等、色々と頼りにされユウは少し困っていた。
なぜなら、誰かに物を教えたことのないユウは、本当にこの教え方で合っているのかと自信がないからだ。
「今日はどうするんですか?」
「ん……。そろそろお金も少なくなって来たからなんでも屋でも行こうかなって」
「もう。ユウさんは宿のお金払わなくていいって言ってるのに。……うちの宿のお金がなくなるまでは」
「おい後半。……この宿に潰れられても困るからちょっと依頼受けに行ってくる」
「お母さん! 僕もユウさんに付いて行っていい!?」
「駄目です。うちで大人しくしてなさい」
「えー……」
このやり取りはユウがなんでも屋に行こうとするたびに発生するようになっていた。
トオヤはどうしてもユウに付いていきたいようだが、誘拐されて間もないのでフーリは外に連れ出したがらない。
「当たり前だな。どうしても付いてきたかったら、この中で強くなってからだな」
「えー……。家の中で何すればいいのさー」
「階段の上り下り10セット。それやって息切れしなくなるくらい体力つけたら外に出てもいいよ」
「ほんと!? がんばる!!」
「宿に人がいない時にやるんだぞー」
わかったー! と言いながらトオヤは階段に向かって走って行った。フーリが困った顔をしながら、
「あんなこと言って良かったんですか?」
とユウに聞く。
「毎回連れてけ連れてけ言われても困るからな」
「……もう」
ぷんすこ怒るフーリだったが、声音は楽しそうだった。
朝ごはんを食べてすぐに、ユウは宿の外へ出た。
空は曇り空で少しどんよりとしていた。
「……今日は降るのかな?」
この町の周りは砂漠だが、この世界では別に暑くも寒くもない地形なので、雨が振ってもおかしくはない。
頭上にある雲が雨雲なのかまでは判断できないが、見た目だけ見ると降りそうな感じもする。
「ま、いいや」
雨が降ったら濡れるのも悪くはない、と。
――――
「なんでも屋へようこそ……。と、最近人気のユウクラリアさんじゃないですか。今日はどうしました?」
なんでも屋の受付――アリアが出会いがしらにそう言った。
「……依頼を見に来た。何か良いのないか?」
「まぁまぁ。そんな渋い顔をしないで。そうですね、ユウクラリアさんに合う依頼ですと……」
「おお、大将! 久しぶりじゃねぇか!!」
「いたっ!?」
ぱぁん! と背中を叩かれ、後ろを振り向くとそこにはムバム、ラミ、フゾーの3人組がいた。
ユウの背中を叩いたのがムバム。他の2人は少し離れた所からこちらを観察していた。
「何すんだよ!」
「おいおい挨拶じゃねぇか! それで今依頼を受けたのか? まだ受けてないのか?」
「……これから受ける所だけど、どうかしたのか?」
「それはよかった! 実は今俺たちで討伐依頼やってんだけどよ。少し手伝ってくれないか? 今日のはちょっと面倒な奴でよ」
「……いいけどそれ分け前とかどうなるんだ?」
そう聞くとムバムは肩を震わせながら……、
「ふふふ。聞いて驚け! なんと今日の目的の魔物はスナズミだ!! しかも捕った分だけ買い取ってくれるっつう好待遇だ!!」
「はぁ…………」
「何だそのリアクション……。て、お前異界人だったな!! ふはははは忘れてたわ!」
「……もうこいつ面倒くせぇ……」
高すぎるテンションに、ユウは付いていけなかった。
かなり引き気味のユウを気にせず、ムバムは続ける。
「スナズミってのは、砂地にいる小さめの魔物でよ。そいつは素早くて捕まえ辛いわけだ。だが、そいつは捕まえればかなり良い値で売れるわけよ! アリアさん通常の値段をそいつに教えてやってくれ!」
「普段のスナズミは1匹で2000エルスとなっています」
「そう! だが今回の依頼じゃなんと、1匹5000エルス!! こいつを見逃さない手はないぜ!」
「5000!? 1匹で!? そいつはすげぇ……。でもそれなら3人で行った方がいいんじゃないのか?」
「だから素早いんだよこいつらは。3人で行くより4人で行った方が効率良いのよ。まぁお前が嫌ならいいけどよ」
「……悪いけど連れてって貰えるか? こんなチャンス貰えるなら喜んで貰うぞ」
「へへっ! 決まりだな! よっしゃ行くぞ!!」
よろしくーと声をかけながらユウは本日の依頼を決定したのだった。
ユウは初日にムバムの世話になってから、多くはないが何回か依頼を共にしたことがあった。
その時にはラミ、フゾーとも組んで依頼をこなしていたので、わりと仲良かったりする。
声をかけてくれるのがムバムというだけで、他2人と仲が悪いというわけではないのだ。
町の外に出るまでも、
「異界の兄ちゃん今日は露店見てかねぇのか!」
「おーい今日は宴会やらんのか!?」
だとかユウに声がかかる。
なぜかあの件で広まったのは、異界人という響きで、ユウクラリアという名前は特に覚えられていなかった。
異界人という呼び方自体は嫌いじゃないが、連呼されるのはごめんこうむりたいユウだった。
――――
「さて、スナズミはどこだあああああ!!」
「意味もなく叫ばないでくださいよ」
「同意」
「同じく」
「お前ら酷いな!」
北の門から出た4人は、さらに砂漠を歩きながら雑談していた。
辺りを見回しても魔物の影1つないのだ。
「さて、ユウはスナズミを見たことが――」
「スナズミってのは主に地中を走ってる小さい魔物なんすよ。素早いのに軽いし小さしで見つけるだけで大変っす。しかも殺したら価値が半減以上になるんでそこも注意っす」
「おー。なるほどー」
「こらラミィィィィ!! なんでてめぇが解説してんだ!」
「いや、ムバムさんだったら説明もったいぶって時間かかりまくりでしょ」
「うごおおおおお……」
ラミに言い負かされて、ムバムが地面に頭をつけて落ち込んでいる。
リアクションが一々大げさな男である。
「爆笑」
「フゾー! 真顔で何言ってんだ!」
「フゾーが爆笑してたら怖いでしょう」
「まぁ……それもそうだな!」
「……仲良いな」
3人のやりとりを遠くで見ていたユウはぼそりと呟いた。
この3人がどういう集まりなのかユウは知らないが、見ているだけでその絆が本物だということくらいわかる。
「あー、それで話は戻るが」
ゴホン、とムバムが咳払いをして、
「スナズミってのはさっきフゾーが言った通り地中にいる魔物だ。本体は小さいし軽いから見つけにくい。ま、だから高値で取引されるんだけどよ。それで、どうやって見つけるかというとだな、こうだ」
ムバムはその場に寝転がった。両手両足を広げ、大の字である。
「……何してんの?」
「こうして地中で動く気配を感じ取るんだ。それまで空でも眺めてるしかねぇな」
「…………地味」
そうこうしている間に、ラミ、フゾーの2人はムバムから離れた所で横になっていた。
なんだか納得がいかないが、ユウもムバムの言葉に従い横になった。
砂漠の砂はさらさらしているが、それも時間の問題に思える。
上空を見れば青空ではなく曇り空。
雨が降ってくるのも時間の問題ではないだろうか。
「……釣りみたいだな」
獲物が来るまでじっと待ち、気配を感じたら……気配を感じたら、
「ムバム! 気配感じたらどうすればいいんだ!?」
「何ぃ!? ユウもう感じたのか!?」
「いや違うけど! 気配感じたらどうしたらいいかわからなくて……!」
「ああ、そういうことか。なら簡単だ。残り3人で遠くから掘って捕獲するんだ。見つけた奴はどっか行かないよう集中して気配見てればおっけー! て寸法よ!」
「適当じゃねーか」
所々で笑い声が聞こえる。
適当に雑談をしながら、スナズミが通るのを待つ。
上空を漂う雲の怪しい気配を感じながらも、ユウたちはひたすら待つ。
寝転がっているユウたちを、ウルファー等他の魔物が襲いかかってくるたびで追い払っては場所を変える(地中にいた場合逃げてしまうから)、というのを3回繰り返した所で、
「うわ……降ってきた」
まだ小雨だが、これから本降りになってきそうな感じで雨が降り始めてしまった。
「どうする? 戻るか?」
とユウが尋ねるも、ムバムはむふふ、と気味の悪い顔をしながら、
「これからがチャンスなのだよ! スナズミは地中! 雨が降ると苦しくなって出てくる!! つまり、今からがチャンスだ!!」
「……濡れること前提依頼かよ!! 先に言っとけよ馬鹿!!」
「馬鹿とはなんだ! 地中を走っているスナズミを見つけれることだってあるんだぞ!」
結局効率は悪いじゃねぇか! と叫びながらユウは起き上がって周りを見回した。
普通の砂漠なら水が溢れて苦しいということはないが、この世界ではここは砂地と呼ばれているので砂漠とは条件が違うのだろう。
4人共身体を濡らしながら、地中から這い出て来るらしいスナズミを待つ。
これで1匹も見つけられなかったらただの濡れ損である。
「……! いたぁ!!」
なんと最初に見つけたのはムバムだった。
その大柄な体格からは考えられないような素早さで、地面から這い出てきたスナズミを捉える!
そのまま両手で確保。
スナズミを見たことがないユウに見せるために、手のひらに乗せていた。
「これがスナズミよ! 意外と可愛いだろ? これでも噛まれたら痛いんだ……痛い!?」
「なるほど」
手のひらに乗っていたスナズミはムバムの指を噛み、逃げ出そうとしたが空中でユウに捕獲されてしまった。
スナズミの姿は、前世のハムスターと似通っていた。
種類にもよるだろうが、スナズミの方が厳つい顔つきをしている。
「とったぁ!!」
「お、急がないと1匹も捕れないで終わるぞユウ!」
「む、それは困る。最低2匹は確保だ!」
――――
「……まさか本当に2匹しか取れないとは」
あのあとスナズミ捕り大会が開催されたのだが、今言った通りユウは2匹。
「はは。小さいのを捕るのは苦手だったか?」
ムバム8匹、ラミ4匹、フゾー15匹という結果に終わったのだった。
「でもよくこんなの1匹5000エルスで買い取ってくれたな。全員の合わせたら結構な値になっただろうに」
「スナズミが出す液は傷薬に使えるんだ。だからここまで高く売れるのよ」
「へぇ……」
今4人はなんでも屋の室内でわいわいと盛り上がっていた。
なんでも屋からタオルを借りて、服を乾かしながら酒を飲んだりしている。
ちなみに本日の代金は、一番儲けたフゾーが奢ってくれるという話だった。太っ腹な男である。
「それじゃあ儲けた祝いに飲むぞー!」
「ふー! 乾杯!」
「乾杯」
「か、乾杯!」
このようなノリに慣れていないユウの声が上擦っているが、誰1人して気にしていない。
スナズミの捕り方のコツやら、最近の調子はどうだのと、どうでもいいことを話しながら良い気分になっていると、
――突然なんでも屋の扉が開いた。
そして、そこから焦ったように門番が入ってくる。
その門番は、ユウとはあまり話さないが南門の門番だということがわかる。
門番は雨に濡れただけとは思えない程青い顔をしながら、乱れた息を整え絶叫した。
「この町に勇者が来ました……!! あと5分もしないうちにこのなんでも屋に来ます!!!!」




