<9>迷子を捜すようです 下
長くなってしまいました。
胸糞注意です。
「……それで、どうするんですか?」
「んー。まだちょっと空が明るいからな。もう少し待ってから行こうと思う」
しんみりとした空気から一変、ユウとフーリの間には少しだけなごやかな空気が流れていた。
まだ外に出るのは早いということで、フーリが淹れたお茶を2人で飲んでいた。
人質の命がかかってはいるが、指定された時間までどうすることもできないという判断からだった。
「……私にもっと力があればユウさんに迷惑をかけることも……」
「もうその話はやめよう。そもそも俺が勝手に行くってだけで……うーん、今更だけど責任重大だ……」
「え、ええ!? いきなり不安になること言わないでください!」
「いやだって……。人質とか取られるの初めてだし……。今まで自分しか狙われたことなかったし……」
「…………」
「そんな目で見ないといてー!!」
ぷくーと頬を膨らませ、無言で抗議してくるフーリから逃げるようにユウは後ずさった。
「……頼りにしてるんです。不安にさせないで下さい」
「……ごめん。トオヤは必ず無事に取り返すよ。だから不安になる必要はない」
「駄目です」
「え……?」
少し怒りながら、フーリは言葉を続けた。
「ユウさんも! ちゃんと帰って来て下さい。私、❘3人分《、、、》のご飯作って待ってますから……!」
「……わかった、約束する。んじゃ、ちょっと早いけど行くよ。門番の皆にも事情話しておきたいし」
「……わかりました。トオヤのこと……よろしくお願いします……!」
「ん。いってきます」
「どうか、気をつけて……」
宿にフーリを残してユウは外に出た。
空を見上げると、まだ夕焼けが少し残っている。
「……ても、丁度良い時間だな」
門番に事情を話してから南の森に行くには、丁度良い時間だ。
フーリを抱えていた時よりも速い走りで南の門まで向かった。
人通りの多い夕方ではあるが、町のはずれとなるともうそこまで人は多くなかった。
大体の町の人間は、この時間帯になると町の中心の露店やなんでも屋で過ごしているのだ。
まだそこまで急ぐ必要はないのだが、ユウの歩幅は自然と早まるのだった。
――――
「……というわけで、俺は今から南の森まで行ってくる」
ユウは門番である2人に事情を話していた。
夜になると、門番はジョンソンとイズミの顔馴染み2人だけになっていたのだ。
「ふーむ、町の子供を誘拐か……」
顎に手をあて、訝しむような声音でジョンソンが言った。
「なんだかおかしいですね……。そもそも今日は子供どころか誰も門を通っていませんし……」
とイズミも話を続ける。
この誘拐には不審なことがたくさんあるのだ。
「……この町には北と南に門がある。が、正確に言うとここは東南の門だ。つまり北の門は北西の門。南の森に子供を連れてくには非効率すぎる」
「ええ。北の門から出たとなると、南の森まで行くのに2時間はかかりますよ。ましてや子供を連れてるとなったら何時間かかるか……」
「フーリの所から子供がいなくなったのは俺が昼飯食ってからだから……。大体2時くらいか? そっから速攻浚われたとしても、今宿に新しい手紙が置いてあったから5時くらいから移動したと考えるべきだ」
そうなるとまだ2時間も経っていない。
しかし、南門からは誰も出て行った記録はないので、北から出たことは明らかだ。
そうすると、どうやって誘拐犯は南の森に行くつもりなのだろうか。
「うーん、考えれば考える程おかしいな……。そもそも北の門の方にも聞き込みいけばよかったか」
「運が良ければ誰が通ったか記録してるかもしれないが、あっちはここより門の管理が杜撰だからな……」
「ここもあまり変わらないですけどね」
「こら」
それに関してはユウも同意である。
そもそも、ユウは北の門番とはあまり反りが合わないのか、あまり仲良くすることはできていなかった。
なので、もし北の門まで話を聞きに行っていたとしても、無駄足だった可能性さえある。
「……北から出た、もしくは塀から出て行ったとして、もう南の森に潜むことができているなら、その人物は相当な手練れになる。ユウ、本当に1人で行くのか?」
心配そうな声音でジョンソンが言う。
ユウは誰にも本当の実力を見せていないので、心配されるのも無理はない。
普段されることのない心配に、少々戸惑いながらも問題ないと返す。
「大人数で行ってトオヤを殺されたら困るからな。それに、犯人は俺じゃなくてフーリが来ると思ってるからな。それだけで危ない賭けだ」
「……万が一があった時はどうするつもりなんですか」
「万が一も億が一もない。……と、そろそろ夜だな。行ってくるわ」
「……気をつけろ」
「慢心しては駄目ですよ!」
「ありがとう」
2人に見送られながら、ユウは町の外へ出ようとして、
「そうだ。もしかしたら俺より先に子供を逃がすかもしれないから、門の外を注意して見ててくれないか?」
「わかった」
「では、私たちもいつでも応援に行けるよう準備しておきます」
「いや……そこまでしなくていいんだけど」
まぁいいや、と諦めてユウは歩き始めた。
――――
ユウが夜の砂地に繰り出すのは、これが初めてのことだった。
普段町の外に出る時はいつも明るい時間なので、なんだか別の世界にいるような気分だった。
幸いにも月明かりが出ているので、足元がくっきりと見えている。
風もそこまで吹いていないので、音を見逃すことも少ないだろう。
「……こんなことで外に出てなかったら、良い散歩になったんだけどな……」
トオヤを取り返したら、1人でまた夜に来て見るのも悪くないような気がした。
歩くこと10分。
ユウは何事もなく南の森に辿り着いていた。
夜の森は砂漠と違って不気味であった。
「……」
さらにもう1つ不気味なことがあった。
暗い森には不似合い灯火が、点々と森の奥まで続いているのだ。
最初、ユウがこの森から出て時にはこのようなものはなかった。
つまり、
「なるほど。案内ありとはご丁寧なことで」
皮肉を言いながらも、目的地がはっきりしているのはありがたかった。
暗い森に入った所を不意打ちされるよりは10倍良い。
辺りを警戒しながら、灯火を追い森の奥へ進んでいく。
灯りに近付いても、熱さを感じないので、何かしらの魔法だという予測をする。
灯火をしばらく進んだ所で開けた場所に辿り着いた。
そこには全身にフードを被った人型の物と、横に転がされているトオヤがいた。
フードを被っている人型の物は、顔を上げることもなく俯いており、隣にいるトオヤはぐったりとしていて、意識がないようだった。
「……あんた何者だ?」
お前が犯人だな、という事実確認はしない。
今の状況を見るだけでそれは明らかだからだ。
「……何者、か。クク、それを最初に聞くかね」
太く、野太い声だった。
その声音からフードの人物は男だと判断する。
「ああ、お前何者だよ。人か? それとも人型の魔物か? まるで生気を感じない。死んでるみたいだ……。それともなんだ、幽霊って奴か?」
「ははっ!! 言い得て妙だ!! そう、俺は言うならば幽霊といったような存在だ!! 人でもなければ魔物でもない!! ははっ……あーはっはっはっは!!!」
喚き散らす男から、巨大な影が滲み出て来た。
それは男に巻きつくようにしながら現れ、その存在感をアピールする。
「っ! その影の魔物……。お前だったのか……!」
「んん?? おっと、町に行った出来損ないを倒したのはお前だったのか!! あんなものと一緒にしてくれるなよ。こいつは俺の特別な存在だからな……!」
巨大な影の頭を撫でながら、幽霊のような男が言った。
ユウはぞわぞわと嫌な感じがした。
「それにしても、貴様がが来るとは思っていなかった。まず間違いなくフーリが来ると確信していたんだがなぁ……。予想外だったよ。クク」
「予想外れたにしては嬉しそうじゃねぇか。俺が来ることも織り込み済みだったんじゃねぇのか?」
「ふん、予想外と言っただろうが。にしても残念だなぁ……。フーリの悲しむ顔が見れないなんてよぉ!!」
「っ!」
突如襲い掛かって来た影をギリギリのところで躱す。
影はそれ以上追撃してこないようで、ぬるぬると幽霊のような男の元へ戻って行く。
「ははは! まだ話ができそうだな!」
「おい、話してる最中に攻撃しちゃいけないって教わらなかったのかよ」
「生憎だがそんな教師知らないね」
「真面目に言い返しやがって……!」
これだけの騒ぎを起こしてもトオヤに起きる気配はなかった。
トオヤが人質になっている現状、あまりこちらから大きく仕掛けるわけにはいかない。
ここは慎重にいくしかない、とユウは冷静に行動する。
「それで、お前はフーリのなんなんだ?」
「ふっ。面白いこと聞くじゃないか。貴様は別にフーリと恋人というわけでもあるまい」
「さっきからお前がフーリフーリ言ってるから気になってんだよ。……話したくないなら聞かないけど」
「おいおいおい! そこは何が何でも聞く場面だろ! 相手が思わせぶりな態度を取ったら問い詰めろって習わなかったのか?」
「習ってねーよ! てか真似してんじゃねーよ!!」
「やれやれ……怒りっぽい奴だ。そんなんだとモテないぞ」
「……殺す」
一歩でフードの男まで踏み込んだユウは、影の魔物と男を同時に斬り裂く気で剣を振り下ろす。
「っ!」
しかし男に剣が当たることはなかった。
隣に転がされていたトオヤを、影が素早い勢いで回収し、そのままユウから距離を取ったのだ。
剣が振り下ろされるまで1秒とかかっていない。
不意打ちともいえる一撃を、フードの男は軽く躱して見せたのだ。
「……話している最中の攻撃は、駄目だったのではないか?」
「ちゃんと殺すって宣言しただろ。ノーカンノーカン」
だが今の一撃で男のフードが取れ、表情が見えるようになった。
無造作に髭を生やし、目には狂気を宿しているように見える……。
男は殺気をぶつけながらも、会話をやめる様子はなさそうだ。
ユウは剣を握る力ををある程度弱めて、男と向き合った。
「さて、話の続きと行こうじゃないか」
「……」
「無視、か。さて俺がフーリの何かと言えば、夫だ」
「は……?」
男の言っている意味がわからず、ユウはそう声を漏らすしかなかった。
思考が乱れ、何も言えないユウを気にせず男は続ける。
「クク。俺はあいつの泣き顔がだーい好きだよォ……。幸せそうに笑う顔見てたらぶち壊したくなったわけよ」
「ちょっと待て! フーリの夫はいなくなったって……」
「死んだとは言っていたか? ……俺はあいつの前からいなくなりはした。ああ! 事実だ。だが死んでいない。今貴様の前にいるのがそうだ」
「……何が目的だ」
「言ってるだろ。フーリの泣き顔が見たい!! 絶望に染まる顔を見ていたい!! 子供をバラバラにして返したらあいつはどんな顔をするんだろう!?」
「……下種が」
苦虫を噛み潰したような表情をしながらユウは吐き捨てる。
「下種で結構!! ああ……、俺があの女から離れた時もいい顔してたなぁ……。良い男を演出して近付いて、信じきったあの女を裏切った時の顔ッ! かぁー堪らないぜ! 今日も本当ならフーリの前で子供の解体ショーでもやろうと思ってたんだがなぁ!! お前ら2人の死体をプレゼントすることにするぜぇ!!」
男の狂気の叫びに呼応するように、男に巻きついていた影が動き始める。
影が1つ、2つと分かれていいく中、それぞれの影が巨大な蛇のような形となっていく。
「ああ、貴様らの死体を見た時の反応が楽しみだ!! 彼女はどんな表情をしてくれるのだろう!? 楽しみで仕方ない!! あははっ。はははははは!!!」
その影の合計は5つ。
5つ全てが巨大な蛇の影となってユウの前に降臨した。
「……言いたいことは終わったか? その影はお前の魔法か?」
「満足したよ。……しかしこれは魔法ではない。俺の心の具現化だよ」
「……意味のわからないことばっか言いやがって……。だが、お前を斬ることは決まりだ」
「はっは! 余裕ぶってられるのも今だけだ蛮勇! お前今が何時か知ってるかぁ!?」
突如辺りを照らしていた灯火が消え、月明かりしかない暗闇になる。
さらにその月明かりさえも、男の影が空を覆い隠してしまう。
「闇に沈んで恐怖しろ!!」
「目くらましか」
辺りは真っ暗で何も見えない。
確かに、どこから襲われるかわからないという恐怖はあるかもしれない。
だがユウは気にしないで、無造作に歩き始める。
『馬鹿が……』
360度全範囲から声をかけられたように男の声は聞こえた。
だがユウの足取りに迷いはない。
右から来た蛇影を前にダッシュすることで躱す。
正面に待ち構えていた蛇影を剣で斬り裂く。
「っ!?」
「……今焦ったな」
ユウは暗闇の中で目が見えているわけではない。むしろ目は瞑っている。
それでも男の行動がなぜかわかっているようだ。
ユウの足は止まらない。
ただ着々と男へと歩みを進める。
「…………」
男は無言で近くにいたトオヤを手に持つと、トオヤを盾にするようにして前に突き出した。
ユウがどうやって影を避けているかはわからないが、子供を盾にしている気配はわからないだろうという考えからだった。
「……無駄だ」
急接近したユウは、男が盾にしたトオヤを無視して下から男の手を斬り飛ばした。
完全に油断していた男は、予想外の痛みに驚愕する。
ユウはそのまま回し蹴りしながらトオヤを片手で受け止める。
男も流石に蹴りは影で防御したが、腕は斬り落とされたことになる。
「き、貴様ぁぁ!! なぜだ! なぜこの暗闇で俺の位置が、行動がわかる!?」
「気配がある。違和感がある。それだけで何をしてるかは大体わかる。これくらいできなきゃ魔法使いに太刀打ちできないし」
「ぐ、がああああああああああああああ!!」
怒り狂っている男を放っておいて、ユウはトオヤを揺すり起こす。
「トオヤ。起きろ。今からそんなに寝たら夜寝れなくなるぞ」
「う……」
うめき声を上げているので、生きていることは間違いないが、トオヤは中々目を覚まさない。
「ゆっくり貴様らを殺してやろうと思っていたが……。もういい。町諸共吹き飛ばしてくれよう……。戻れ俺の心」
暗闇が段々と晴れて行くと同時に、男に影が集まって行く。
このままトオヤを連れて戦うのは不利だと直感で判断し、ユウは無理矢理トオヤを起こすことにした。
両手でパチンッ! とトオヤの頬を叩く。
「痛ぁぁぁい!! お母さああああああん!」
「おう、手荒な起こし方で悪かった」
「わあああ……ユウ、さん?」
「ああ。悪いが説明してる暇はない。あっちに向かって走って逃げてくれ」
ユウは自身の後ろを指差して、トオヤを守るように前に出る。
「ど、どうなってるの……?」
「……悪い奴から助けに来たんだ。俺は大丈夫だから早く逃げてくれ」
「で、でも……!」
「ちっ!」
影を集め、巨大化した影が2人を押し潰そうとして来たので、ユウが前にでて剣で影を受け止めた。
剣が折れないとはいえ、とてつもない重量で身体が軋むのを感じる。
「くっ……! 普段なら躱してるのに……! トオヤ早く行け! このままじゃジリ貧だ……!」
「で、でも……! 僕1人で森なんて抜けれないよ!」
「……良いからさっさと逃げろって言ってんだよ!! そんなのも1人で帰れないようじゃ、何時まで経っても母親なんて守れないぞ!!」
「…………う、うわあああああああ!!」
泣き叫びながらも、トオヤは逃げ出してくれた。
帰ったらあとで謝ろうと心に決めて、ユウは改めて男に向き合った。
巨大化しているのは影だけのようで、本体である男は通常の人間サイズだった。
斬り落としたのは左手のようで、そこから変わりとして影が手の形となって納まっていた。
「どうしてくれるんだよおおおおお!!? 俺の楽しみが1つ減っちまったじゃねぇかぁぁ!?」
「安心しろ。お前はもう楽しむ暇なんてない」
「んだと??」
「俺の時間だ」
人質がいなくなり、ユウの行動は制限されなくなった。
余計な動きをしても、人質を傷つけられる心配はない!
「貴様の? ははっ! 貴様面白いことを言うなぁ!」
もう男の言葉にユウは応じない。
無言で襲い掛かるユウに、男は不快感をしめしながらも影を振るう。
男は影を吸収したことで、反応スピードも上がったようだ。
迫る影に対してユウは、防ぐことも躱すこともしなかった。
横から薙ぎ払われた影の上に乗り、そのまま男の影の上を走り始める。
「な、なぁ!?」
「遅いんだよ!! この糞が!!」
男の本体に踵落しを決めながら叫ぶ。
「お、おお……!?」
「俺が、お前のような下種に殺されるわけねぇんだよ」
下から上にかけて剣を振り上げ、男の身体を斬り付けるが致命傷には至らない。
男が焦ったように影を全体放出し、ユウを吹き飛ばす。
だがそれは影を出しているだけで、勢い自体は弱いものだ。ユウが傷を負うことはない。
十分に距離を取ったところで男は攻撃を開始した。
両端から巨大な影を出し、ユウを挟み殺そうと影を放出する。
ユウがその影を躱し、前に出た所で正面からの影を放出し、仕留めに行く。
だがそれでもユウには届かない。ユウは空中に飛び出し、3つの影を躱した。
「かかったな!!」
空中にいるということは身動きできないということ……!
男は勝利を確信した。
空中にいるユウに向けて、影を放出。
その影は蛇の形をしている。
蛇の形をした影は口を開け、牙をむき出しにしながらユウに迫る。
だが――それらをあざ笑うかのようにユウは空を蹴った。
「な、なっ!? 浮遊魔法だ、と!?」
自身を守る影を全て放出してしまった男は丸裸同然。
邪魔をする物はもう何もない……!
「じゃあな……! 2度とその面見せるなよ!!」
「ぐ、ぐおおおおおおおおおおお!!?」
ユウは男に接近することすらしなかった。
影と影の間を抜け、中距離から斬撃を飛ばして男を斬り裂いたのだった。
男に斬撃が当たったのを確認して、ユウはその場からすぐに離れた。
影の魔物のような物を使う人間が、死に際に何を仕出かすか予想もできないからだ。
「おのれ……! なぜだ!! なぜ貴様は魔法を使わぬ!! なぜ貴様は空を飛べる! なぜ俺が貴様にいいいいいいい!!」
「……お前が人の笑顔を汚して喜んでる間に、俺は力を鍛えていた。それだけだ」
「糞がぁぁぁ……!!」
ユウが男に当てた斬撃は、丁度脇くらいの位置で横に斬り裂かれている。
だが今の所、そこから出血はなく、なぜか斬った部分が光輝いていた。
「……なんでまだ死なないんだろう」
「おお、おおおおおおお……」
斬り裂かれ、光っている部分に影が吸い込まれるように集まっていく。
もしかして傷を治そうとしているのだろうか。
それにしては、男の表情は苦痛に満ちている。
治るとするならば、男はもっと意地汚い笑顔でいるような気がするので、少し違和感を覚える。
「んん??」
男の光ってる部分に影が集っていく毎に、段々と男自体が大きくなって来ているように感じられる。
「ま、まさか!?」
「…………闇の世界の祝福」
先ほどの男のものとは思えない声がユウに届くか届かないかという間に、男の身体に明確な変化が訪れた。
「自爆かよ……!!」
咄嗟に剣を盾にして、後ろに飛んだものの、ユウは爆発から逃れることはできなかった。
ユウは普通ではないが、その身体は生身の人それである。
魔法を使えないユウに爆発を防ぐ術はない――――。
そして――。
――――
………………。
誰かに呼ばれている気がする。
でもわからない。
まぁいいか、と納得してもう少し寝ることにする。
………………! ………………!
うるさい。
この声の主は俺に早く起きて欲しいようだ。
ところで、何で俺は今寝ているのだろうか。
…………!! …………!!
このまどろんでいる時間が一番気持ち良いと思うのだが、どうだろう?
でも、あまりにも起きないでいると、起こそうとしているこの声の主が怒ってしまうだろうから、仕方なく起きることにする。
「……さん! ユウさん!!」
「お、おう!? ……て、なんだフーリさんか」
目を開けて最初に見えたのは、泣き腫らしているフーリだった。
彼女はユウが目を覚ましたのを確認すると、さらに涙を零して、
「っ! よかった! 目が覚めたんですね……!」
「うわっ、ちょっと……!」
正面から抱きついた。
豊満な胸を押し付けられて、息が出来なくなる……。
「っ! っ!」
「あ……」
ぽんぽん、とフーリの背中を叩き息苦しいことをアピールすると、自身の体制に気が付いたのかフーリが素早く離れた。
「ご、ごめんなさい……。怪我してるのに、怪我に触っちゃいました……か?」
「いや、怪我には……。て、怪我? 俺あいつから何かダメージ貰ってたのか!?」
「だって……。ユウさんここに運ばれた時ボロボロだったじゃないですか!」
「え……? あ……。なるほど。爆発に巻き込まれたせいで……。ところでここはどこですか?」
「ここは町の病院です。トオヤも怪我はありませんでしたが、一応ここにいます」
「そっか。無事でよかった」
段々とユウは爆発に巻き込まれたことを思い出してきた。
吹き飛ばされ、木や岩など自分に向かってくる物を剣でいなしていたところ、後ろにあった枝に頭をぶつけ意識を失ってしまったのだ。
爆発自体は距離が離れていたこともあって、大きな傷を負うことはなかった。
「……フーリさんよ、晩御飯は用意してくれたのかい?」
まだ沈んだ表情をしているフーリに、おどけた感じでフーリに話しかける。
「あの……そのことなんですけど……」
どこか申し訳なさそうにフーリが視線を反らす。
ユウは用意してなかったんだなー、と思っているが、実際は違う。
「身体動かせますか?」
「……? まあ頭が痛いくらいだからな」
枝に当たった所以外はかすり傷なのだ。
「こっち来てもらえますか?」
フーリがちょいちょいと窓際で手招きしている。
どうしたんだろうか、と特に疑問も持たずにユウが窓に近付くと……、
「宴じゃあああああああ!! 異界の人が俺たちの町の子を救ってくれた!!!」
「町の外に攫われた子供を生きて取り戻すなんて奇跡じゃ!!!」
「今日は朝まで宴じゃぞ!!! まだ異界の人は目を覚ましていないのか!!!!」
………………。
「え、えーと」
「……あー、なんか全身が痛くなって来たなー。あー、これはちょっと今日はもう外に出られないなー」
「…………そう、ですね」
棒読みのユウに合わせるように、フーリも若干棒読みで言った。
「今日は帰れなさそうだな……」
「はい……。ゆっくり休んでください」
現実逃避するようにユウは病室のベッドに寝転がった。
しかし、結局10分後には外に連れ出されてしまうのだった。
Q.どうやってフードの男はトオヤを攫った?
A.影を使って門以外の所から町に侵入して攫いました。メッセージも影を使って送ったので、実はずっと森の中にいました。
Q.なんで本編で書かないの?
A.男の性格が下種だったのと、攫った方法を聞く暇あれば倒してしまった方が早いという理由から(後に本編に追加修正するかもしれません)




