世界最強の原点 上
全ての始まりは失恋からだった。
当時付き合っていた彼女にプロポーズしたところ、その彼女には浮気相手がいてあっさりと振られてしまった。
彼女のことを信じきっていた俺は、突然の浮気発覚に呆然とするしかなかった。
その後、俺の何が悪かったのか、なぜ彼女の浮気に気が付くことができなかったのだろう等、色々と考えていた俺は周りが見えていなかったらしく、いつの間にか車道に身を乗り出していた。
そこに運悪く車が来て、俺はあっさりとこの世を去った。
その時の俺は死んでしまった悲しみよりも、どちらかというと車の運転手に対して申し訳ない気持ちの方が大きかった。
……と、そこまで思考したところで違和感を感じた。
迂闊に車道に出て、車に轢かれて死んだ。
ならば、どうしてまだ意識が残っているのかと。
声を出そうにも声は出ない。辺りを見まわしても暗闇が続くばかりだった。
これが死後の世界なのか――と恐怖を抱いていると、段々と辺りが明るくなって行くのを感じて……。
俺の意識は途絶えた。
Episode 世界最強の原点
気が付いたら俺は子供になっていた。
意識が覚醒した感覚は、寝起きと似たようなもので、頭がぼんやりとしていてすぐには働かなかった。
少しすると意識がはっきりとし、それと同時に記憶が流れ込んで来た。
車道に出て死んでしまうまでの前世の記憶と、この身体で今まで生きて来た記憶が脳内を駆け巡り……。
俺は再び意識を失った。
完全に意識を取り戻したのはそれから2日経ってからだった。
死ぬ前の世界とこの世界の記憶。その2つを持っているという感覚は、奇妙な感じがしたがそれも慣れることができた。
この世界の記憶によると、ここは日本ではないようだ。
科学も発達していないし、前の世界では考えられなかった魔法というものもあるので異世界と言った方が良いのかもしれない。
たがこの世界では適正がないと魔法が使えないようで、さらに言うと俺にはその適正はないらしい。
異世界に来たというのに現実的である。
意識が覚醒するまでの2日間、俺は熱でうなされていて働けるような状態ではなかった。
そのことに両親はご立腹らしく、体調がよくなると俺はすぐに農作業へと繰り出された。
何をすれば良いのかは記憶に残っていたので、そう苦労することはなかった。
この世界の自分の話し方や、仕草なども頭に入っていたので、両親に不審がられることもない。
この身体の俺の家族構成は、4人家族で父と母、それに俺と弟が1人いるようだ。
なのだが、どうにも俺と家族の間では壁があるというか、あまり仲が良かったように思える記憶がない。
……もしかしたら何か分けありなのだろうか。
何はともあれ、この状況は俺にとってはありがたかった。
記憶にあるとはいえ、知らない両親との会話には違和感を抱くだろうし。
それに、これからどうしていくかも考えたい。
この世界には魔法がある……が俺にはその適正がない。
魔法というのは文字通りのもので、前世の創作物であったような非科学的な力だ。
理論を頭で理解したからといって、使えるようになるものでもないので、この世界で俺が魔法を使えるようになることはまずないだろう。
しかし、この世界で生きていくには厄介なことがいくつかある。
まず、この魔法の適正がある人間とない人間の格差である。
適正のない人間は基本的に地位が低い。
俺たちの家族は全員魔法適正はなく、農民と呼ばれる地位の人間だった。
農民は主に食を補うため農作業をしたり、狩猟をする等してお金を稼ぎ税金を魔法使いに納税しなければならない、らしい。
そして、農民は魔法使いには絶対服従なのだ。逆らえば殺されるし、気に食わないという理由で殺されることも珍しくはないようだ。
例えるなら、自由に行動できる奴隷ともいえる。
せっかくもう1度生きるチャンスができたというのに、そんな理不尽なことで殺されてはたまったものではない。
なので、まずは力を付けていくことにする。
あとはできれば知識も増やしたい。
農民という立場では前世でいう学校に通うことは不可能だが、何とかして入りたいと思っている。
この世界の学校は全てが魔法学校らしく、授業も魔法を学ぶことが主体になる。
使えないことを学んでも無駄かとも考えた。
しかし、魔法使いと戦うことになってしまった場合、相手の使う魔法を知っているのと知らないのとでは状況が変わるので、知識を集めるのは無駄にはならないと結論付けた。
それに魔法学校と言っても、魔法のことだけを学ぶわけではなく、この世界のことについても授業をするはずである。
俺はこの世界でやり直したい。
前世で掴めなかった幸せを味わいたい。
幸いなことに、この身体はまだ子供だ。年齢でいうと9歳と少し。
力をつけ、知識をつけ、俺はこの世界で幸せを掴んでやる……!
――――
妙な行動を始めた俺に、両親は以前よりも干渉してこなくなった。
普段の農作業が終わり次第身体を鍛えて、どうやったら魔法学校に入れるかを考える。
この世界には娯楽というものがほとんどない。
テレビもないし、ラジオもない。あるといえば歌くらいだろうか。
こういった事情もあって、俺は娯楽に目移りすることなく身体を鍛えることができた。
畑を耕している時に、ふと手でやった方が身体も鍛えることができて効率的になるのではないかと考え試すことにした。
手は痛くなったし、周りには引かれた。それでも、力が付いて行く気がしたので続けることにした。
ただひたすらに自分を痛めつけるのには理由がある。
前の世界では身体を鍛えても限界が知れていた。拳銃で撃たれればどんなに鍛えても死ぬし、事故にあえば簡単に人間は死ぬ。
でもこの世界ならどうなんだろう、と。
魔法があるのだから、前世では考えられないような力が手に入るかもしれない。
そう考えただけで、頑張ることができた。
……娯楽が少ないというのが1番の要因かもしれないが。
――――
身体を鍛え始めて5年経った。
身体能力は飛躍的に上昇し、前世では考えられない程になっていた。
身体能力が向上したことにより、昔は半日近くかかっていた農作業が数時間で終わるようになり、さらに修行へと時間をかけることができるようになっていた。
残る問題はどうやって魔法学校に入るか。
……だったのだが、それはやめても良いのではないかと最近思い始めた。
この世界に来た当初は魔法使いが危険な存在だと認識していたが、どうやらそれは間違いだったらしい。
というのも、そもそもその魔法使いたちが俺の村に来る機会がほとんどない。
さらにいうと、稀に来る魔法使いは無闇に農民を虐げることもなく、それどころか労いの言葉をかけてくることもあった。
俺は今住んでいる村から旅立ちたいという思いもないし、今の農民という立場も別に嫌ではなくなっていた。
なので別に魔法学校に通い知識を身に付けなくても、平和に暮らしていけるのではないか。
……と、俺はそう思っていた。
しかし、その想いを抱くようになってから数年経ったある日、事態は急速に変化した。
何を思ったのか、突然農民を魔法学校に入学させてみようという試みが始まったのだ。
魔法学校周辺にある村から代表を選出し、強制的に農民を学校に入学させる。
それに拒否する村は消し飛ばすというものだ。
……魔法使いはそんなに悪い奴らではない、という考えは改めなければならないようだ。
村から選出する人間の条件は10代後半というだけだが、村から5人選ばなければならないらしい。
そしてその中に俺が含まれていた。
両親からは、妙なことをやっている奴は家にいらないと。
弟からは、目障りな兄がいなくなってせいせいすると。
そう吐き捨てられ、俺は魔法学校に強制的に入学することになったのだった。