あなたに微笑む
ひらりひらり
一枚、また一枚。滑るように、薄桃色の花びらが舞い降りる。何気なく手を宙に差し出せば早速一枚、手の甲に落ちてきた。まだ微かに水気を感じる。
耳を澄ませると、幾つかの音が聞こえた。
桜の花を散らせている風。
風を受けてざわめく木々の囁き。
自然の音に紛れて地響きのような機械音。これは、体を預けているの自動販売機の音。
ああ、穏やかな日。このままいつまでも微睡んでいたい。
「なに、ぼけっとしてるんだよ」
ゴンッと背中が揺れた。何事か、と視界の隅を探れば、販売機の角から自転車のハンドルが生えていた。驚いて少しだけ首をひねると、持ち主の青年が販売機を支えにして、自転車を止めているのが見えた。
「見つけたぞ。姿がないと思えば、こんなところいたか」
また大きく背中が揺れた。彼が販売機を挟んだ反対側で、私と同じように体を預けたのだろう。
「卒業、おめでとう。地元の大学に行くんだってな。学部どこだっけ?」
「……何よ、突然」
穏やかな風の音と共に耳に届く、彼の柔らかな声。私はぐっ、とこみ上げるものを堪えてぶっきらぼうに聞き返す。
「今までずっと一緒だったから。今回初めて別々になるから、なんとなく」
「ようちゃん、東京に行くんだもんね」
「寂しい?」
「まさか! 今の今まで一緒だったんだもの、新鮮味があっていいわ」
手の甲に乗せた桜が、私の激情に驚いてハラリと落ちた。感触を感じないほどにあっさりと。
「つれないなぁ。まあ、入学式まで時間はあるし」
彼は何事も無かったように話を続けた。こちらの気持ちを悟っているような、態度が何となく鼻についた。
「夏休みには帰るからお土産を」
「農業生産学部」
「え」
「学部、が・く・ぶ」
話を遮ってみると、彼は一瞬戸惑ったようだった。
「植物が人に与える影響を調べるの。癒し効果とか」
「そういうの好きだもんな。らしいよ」
何故かその言葉にぐっ、と目尻が熱くなる。
慌てて、目を伏せて堪えると顔に桜の花が張り付いた。思わず樹を、見上げる。
バラ科サクラ属、山桜。花言葉は
「あなたに微笑む。どうだ? 俺もなかなか詳しいだろ」
思考が遮られた。得意げに話す彼の言葉に、思考を読まれていたのかとヒヤリとする。
「お前が花が好きだからさ、俺も花言葉覚えてしまったよ。ははは」
笑い声。この時ばかりは、私も一緒に笑っていた。でもそれは決して楽しい笑いではなく。
覚えていないんだね。
あなたが私に教えてくれたんだよ、山桜の花言葉。
さわさわ、と桜がざわめく。優しいはずの彼の声も、そよぐ風も。今の私には寂しく感じた。
いつものイラストによる1000文字制限、描写練習です。
桜って本当散るのが早いですよね、私の周りは先週咲いていたと思えば、この長雨ですっかり散ってしまいました。そんな、去り際のよい、儚さが桜の魅力なのですがね、もったいなぁ、もっと見ておけばよかったなぁ、と毎年思う次第です。
……世間話は置いておいて、苦手な恋愛です。最近この手の描写をよく練習しているのでもう少しうまくなってくれてもいいような気もするのですが(笑)
次回はまた違う題材で短編を書きますので、その時にはもっと良いものを書きたいですね。
と、反省をしたところであとがきとさせていただきます。
読んでくださった方、ありがとうございました。