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03.祝勝会

 宿泊中のホテルのホール。レガッタの祝勝会は俺の送別会も兼ねているそうだ。祝勝会よりも部屋でハリィと飲む送別会の方がいいんだが、さすがにそうはいかない。


「陛下、お時間です。」

「ああ、すぐに行く。」


鏡で自分の姿をチラと見た後、ホールへ向かう。



 今夜、彼女は来ないと言っていた。淡いブラウンの長い髪をひとつに結った、赤い眼鏡の通訳の彼女。初めて出会った昨日、庁舎の前で名乗ったようだが、周囲の歓声にその名前は掻き消されてしまった。


 赤い眼鏡の奥のアイスブルーの瞳は、いつも太陽の光を受けて輝いて、夏の日差しを余計にまぶしく見せた。陽に焼けた小さな顔。小さな手。白いワンピースはとても彼女に似合っていて、今朝彼女を見つけた瞬間声を掛けずにはいられなかった。そしてあの細い体のどこから出てくるのか、大音量の叫び声……。


「フフ……。」

「陛下、ご機嫌ですね。」

「なんのことだ?」

「しらばっくれて。あの通訳の方でしょう?」

「リド。」

「わかってる。…今夜は残念ですね。」

「ああ。だが仕方ない。」

「この後、彼女との席を設けますか?」

「いや、いい。どうやっても叶わぬことだ。」

「………。」

「リド、岬に行ったとき、彼女の雰囲気が変わったと思わなかったか?」

「まるで、別れた恋人を探すようでした。」

「おい。」

「別にありえない話ではないと思うけど?」

「………。」

「叶わぬことなんでしょう?陛下?」

「ああ。」


 リドリスは子供の頃からの友だ。国王となった今も変わらず傍にいて意見してくれる、大切な友人だ。いつも口うるさくはあるが、いざという時には頼りになるし、頼りにしている。宰相の息子であり、宰相補佐官だけあって、舌を巻くような策を練る。


 彼女との席を設ける、という話は正直心が揺れる。だが、明日には帰国する身だ。俺の想いだけで彼女の心を乱すわけにもいかない。だが岬で見た、あの揺れるアイスブルーの瞳。悲しみを湛えた色に見えた。気のせいだろうか……。






 「………ではロゥアン国王陛下との友好と、レガッタの勝者を盛大に祝して、乾杯!」


 ハリィの掛け声で祝勝会が始まる。立食式のため、あちらこちらで談笑が交わされている。やはりレガッタの各部門の優勝者に注目が集まっていた。健闘を称える者が後を絶たない。いい光景だ。


 この国は海に面していて、島国や他国との貿易と観光が盛んだ。洗練され華やかなこの国を隣国としては羨ましく思う。


 隣国、と言っても我が国は北方にあるゆえ、森林と鉱山と雪しかない。だが豊富な鉱物資源によって、製鉄が盛んだ。それは暗に武器の生産につながり、我が国は軍事大国となりえた。だが俺は周辺諸国と争そう気など毛頭無い。ゆえにハリィの国とは友好関係を続けていきたいと考えている。先王である父も同じ考えだった。




 一通り挨拶をし終えると、ハリィが俺を探しに来た。


「ロゥ、この後はどうするんだ?」

「どうとは?」

「お前を紹介しろと、あちらのお嬢様方がうるさいんだ。」


 ホールの一画には貴族の娘が父親のエスコートで参加しているようだった。離れたこの場にまでチラチラと視線を送ってくる。


「………明日早いからな。」

「じゃ、後で手短に紹介しよう。」

「おいハリィ、人の話を聞いたのか?明日早いから遠慮するという意味なんだが。」

「だから言っただろう、手短にって。」

「…………。」


 ハリィはどうあっても、あのカラフルなお嬢さん方の目の前に俺を置きたいようだ。その時、見覚えのある紳士が俺に声を掛けてきた。


「ロゥアン陛下、カルオ・ランジェと申します。デリの塩をお気に召されたとお聞きしましたが?」


彼は確か……通訳の彼女の上司だ。


「ああ。港でデリの塩を見せて頂いた。甘みとまろやかさのある、いい塩だ。」

「ありがとうございます。」

「ぜひ我が国にも欲しいのだが、どうであろうか?」

「はい、もちろんでございます。次の輸入量はもう決定しておりますので、その次の機会でございましたらお伺いできますが?」

「ああ。それでいい。柑橘類はどうであろうか?」

「早摘みしたものでしたら大丈夫かと。そちらも一度手配致しましょうか?」

「ぜひ頼む。他にもあれば見立てていただきたい。あとで担当の者をそちらへ寄越そう。」

「はい、お待ちしております。」

「……ときに、あの通訳の女性のことなのだが……」

「はい、申し訳ございません。大変な粗相をしたと聞いております。本当になんと申し上げれば……」

「くくく。カルオ、あれはよかったよ。本当に楽しかった。」

「ハリク殿下、真に申し訳ございません。」

「いや、謝ることではないよ。とても素直でかわいい人だ。」


ハリィが彼女のことを「かわいい人」と言ったことに、俺は内心苛立った。そしてそんなことを感じる自分に衝撃を受ける。


「ロゥアン陛下もそう思われただろう?」

「ああ。レガッタのこともそうだが、港での案内もなかなか堂に入っていた。」

「ありがとうございます。あの娘は私の友人の娘でして。亡くなった友人の代わりにと思って、夫婦で大事にしております。」

「………そうか。」

「素直なやさしい娘なのですが、レガッタ観戦が大好きでして。杞憂しておりましたことが起こってしまい、本当に申し訳なく…」

「ランジェ殿、俺はあんなに生き生きとした女性は初めてだ。あなたが頭を下げる必要はない。寧ろ誇るべきであろう。彼女のためにも、あなたのご友人のためにも。」

「陛下………ありがとうございます。」


ランジェ氏の目は赤くなっていた。



 しばらくランジェ氏や町長と談笑をした後、ラウンジに移動して酒を楽しむ。ふと飾られた赤いブーゲンビリアに目を引かれた。この街に来てよく見かける花だ。赤い葉の中に咲く小さな白い花。それは彼女の笑顔を思い起こさせた。赤い葉という夏の中で笑う、小さな白い花の彼女。


 彼女自身は派手ではないが、何物にも呑まれない芯の強さのある雰囲気が彼女に似ているような気がした。そしてあの瞳。我が王家の色である、アイスブルー。その色は王家の正装に使われる色と同じだった。だが彼女の瞳は、光を受けると透明度が増す。とても清らかな色だ。



 彼女を想いながらくつろいでいた所に、ハリィがカラフルなお嬢さん方を連れて来た。


「お初にお目に掛かります、陛下。リリアーネ・ケッセン・………

「お美しい。」

「初めまして、ロゥアン陛下。マネレーゼ・ディーノ………

「華やかだ。」

「ロゥアン国王陛下、お会いできて光栄です。ティリアナ・カウゼン………

「麗しい。」

「お目に掛かれて光栄です、陛下。エレノア・コングラート………

「愛らしい。」


全員に挨拶をし終ると、いつの間にかハリィの姿は消えていた。…裏切りやがった。


 すり寄る肌と、酒の味もわからないほど咽かえる香水。酸素を求めて喘ぐが、香りに殺されそうだ。会話も退屈で、どうでもいいような話しばかり。ランチでの彼女の話のほうが、よっぽど面白かった。

 

 そういえば、彼女からは香りがしなかった。あれほど近くに座っていても、まるで香りが無かった。高い位置でひとつに纏めたブラウンの髪。風に揺れる後れ毛と細い項。いつもまっすぐ首を伸ばして、遠くを見ているような彼女。俺の斜め後ろの席に彼女が座るだけで、夏の暑い気温の中でも、涼し気な風が通るような気がしていた。


 岬で彼女は何を見ていたのか……。考えても俺には理解できるはずもないのに、つい考えてしまう「別れた恋人を探すよう…」リドの言葉が頭から離れない。もしそれが本当だったら、俺はどうするだろうか。彼女に忘れられない恋人の存在があったとしたら?そこまで考えて自嘲した。叶わぬことだったはずなのに……。


 その時。


「大丈夫ですよ、どうぞこちらです。」


リドの声が聞えた。目を遣ると、リドに伴われてラウンジに入って来たのは、彼女だった。昼間の白いワンピースは着替えたようで、彼女の瞳と同じアイスブルーのシャツワンピース着ていた。一瞬視線が合ったが、驚いたような顔をして逸らされてしまった。


…………当たり前だ。我が身の状況を見て思う。俺は今、四人のカラフルな毒花に囲まれている。しかも密着と言っても過言でない。視線を逸らせたくなるのも当然だ。


「少し失礼。酒を見繕ってから戻るよ、お嬢さん方。」


危うく長い爪に捕獲されそうになるのをかわして、カウンターへたどり着く。空のグラスを置いて彼女の行方を見ると、カルオ・ランジェ氏の元にいた。


「なにやってんですか、あなたは!」

「…リド。」

「ロビーにいらっしゃったのを、無理に連れて来て差し上げたのに。当のあなたは……。」

「視線を逸らされた。」

「確かに見るに堪えない状況でした!」

「そうだな。」

「叔父上様をお迎えにいらっしゃったそうです。すぐお帰りになられてしまいますよ。」

「ああ。」

「………行かないのですか?」

「明日、出立する。それだけだ。」





 彼女のことは想い出にしよう。ブーゲンビリアに彩られた、夏の想い出だ……。



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