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29.陽だまり

「キャーー!雪!すごい!ふわふわ!冷たい!」

『ルノエ!!なにしてる!!!』


あっ、と思った時にはもう陛下の腕に攫われてしまって、雪から離されてしまった。


長く続いた熱がようやく下がったのは二日前。その間雪は降るけれど積もることがなかったのが、今朝初めて積もった。見渡す限りの銀世界に嬉しくて庭へ飛び出たのに、ほんの一瞬しか雪を触ることができなかっ……陛下が怒ってらっしゃる。


『まったくお前は!熱が下がったばかりなんだぞ!しかもこんな格好で!』

『………はい。すみません。』



あれから陛下はそれはそれは口うるさ…、いえ。大変親身に私の世話をしてくださる。


もちろん夜はご自分の部屋へ帰られるけれど、それ以外は朝から夜までずっと私の部屋。今も寝起きで部屋着のままの私を、暖炉の前でブランケットで包んでくださっている。


そして私の前に跪かれた手には、タオル。


『えっ、やだ!足は自分で拭きますから。だだだめです!ロゥ!!』

『叫ぶほど元気になったのはいいが、動くな。冷たすぎるぞ。』

『ロゥ!もうやめてください。大丈夫ですから、もうやめて…。』


丁寧に足を拭いてくださった後、今度はご自分の両手で私の足を温めはじめられる。何度言ってもやめてくださらないから、恥ずかしくてブランケットの中に頭から潜って隠れてしまうことしかできない。強い力でやさしく拘束された足が、陛下の温もりで次第に温まっていく。



『…ルノエ、いいのか?俺に足だけをさらすのか?』

『っ!!!!』

『フフフ…真っ赤だぞ。』


ブランケットから勢いよく飛び出ると、楽しそうなグレーの瞳がすぐ間近にあって額に口づけをされる。からかわれたことを悔しく思っていると、急にまじめな口調で抱きしめられた。


『ルノエ、もっと元気になってくれ。早くこの後宮を出て、俺の部屋へ来い。…今すぐにでも連れて行きたいくらいだ。』


一瞬前の悔しさなんてすぐに消えてしまい、胸の中がふわっとした温かさでいっぱいになっていく。陛下はいつも強引なやさしさで私を包んでしまうから、なにも言えない。


でも今、なにか引っ掛かる言葉があったような……?


『…後宮?』

『ん、なんだ?』

『ここは後宮なのですか?』

『…ああ、そうだが。』

『ということは、ほかにもどなたかいらしゃるのですか?』

『………。』

『やはり後宮といえば、星の数ほどの美しい方々がいらっしゃって!めくるめく美の競演…』

『ルノエ!ここはお前しかいない。近衛や厨房以外で、ほかの者がいたか?』

『…いいえ。』

『それに俺は前に言ったはずだぞ。側室は今も、これから先も迎える気はないと。』

『あ。』


そうでした。つい後宮というイメージから華やかな場所を想像してしまったけれど、後宮の華といえばロゥアン陛下の側室になられるわけだから……。


ふいに陛下がいたずらを思いついたような顔になられる。


『ああ、いや。そういえばひとりだけ寵姫がいる。街では麗しの姫と呼ばれているらしいな。』

『………。』


陛下に教えていただいた街に流れる噂。『ロゥアン陛下の麗しの姫君』は、私とは縁遠いほどの噂で聞くのも恥ずかしい。


『攫おうとする悪漢が、実は俺なのだがな。』


そう言って陛下は、グレーの瞳を少年のように緩めて笑っていらっしゃる。


早く元気にならなくては…と思いつつも、一日中陛下が傍にいてくださるのは、やはり嬉しい。







午後、少しの間王宮へ行かれていた陛下が戻られた。



『ルノエ、これからゾルエン侯爵令嬢がここへ見舞いに来る。』

『…え?』

『断りたいのだが、すまない。少しの時間で追い返す。ヒュイ、簡単でいいから支度できるか?』

『はいすぐに。さ、ルノエ様。』


すぐに部屋着から、深いブルーのベルベットのワンピースと温かいゴールドベージュのカーディガンに着替えて、髪をゆるく編んでもらってリビングへ戻る。するとすぐにゾルエン侯爵令嬢様がいらっしゃった。



ゾルエン侯爵令嬢は陛下と同じ黒髪を複雑に結い上げられ、針葉樹を思わせるダークグリーンの瞳は美しく、その白い肌は陽に照らされたことがない白磁器のよう。


ワンピースは瞳の色に合わせて深いグリーン。まさに『神秘的』という言葉がぴったりと当てはまる侯爵令嬢に、思わず見惚れてしまう。


そしてそのお隣には、もうおひとり……。


『なんの用だ、ハリィ?』

『ひどいな。ルノエ嬢の体調が安定したとリドから聞いてお見舞いに来たのに。ルノエ嬢、お加減はいかがかな?ロゥにそろそろ愛想を尽かした頃じゃないのかい?』

『なぜそうなる。』

『違うのか?どう考えても長期にわたる体調不良なんて、思い悩んだ末の身体のサインでしかないだろう。』

『………なぜ、わかる?』

『普通、わかるでしょ。』


陛下とハリク殿下の険悪になりつつある雰囲気に、私は気が気でなくなって、無礼とは知りつつ慌てて間に入る。


『…ハリク殿下、この度は過分なお力添えをいただきまして、本当にお礼を申し上げます。』

『健気だね。ルノエ嬢、ロゥにはっきり言っておやりよ、鈍いんだってね。』

『………。』


神秘の侯爵令嬢様から、くすりと笑みが漏れた。そのお姿さえ神秘的でお美しい。


『紹介するよ、ゾルエン侯爵令嬢リィオル嬢。僕の婚約者だ。先日婚約したばかりなんだよ。』

『リィオル・アリア・ゾルエンと申します。』

『ルノエ・メリルです。この度はご婚約おめでとうございます。』

『ありがとうございます。ルノエ様もご婚約お祝い申し上げます。』


受け答えが流暢で、物腰も気品に溢れていらっしゃる。それにハリク殿下と並んだお姿は物語の挿絵のように美しく、目が覚めるよう。



私が寝室で支度をしている間に、窓際の私のソファーは元の位置に戻されていたので、お二人にソファーを勧めてヒュアさんにお茶をお願いする。



『本日、わたくしはルノエ様にお見舞いとお礼を申し上げたくて、参りました。急な訪問にもかかわらず、快く招いていただきまして重ねてお礼を申し上げます。』

『許可したのは俺だ。』


陛下あまりの不機嫌さに驚いていると、美しい唇が弧を描く。


『ロゥアン陛下に許可をいただかなくても、ルノエ様は快くお会いしてくださったはずです。』

『…お前は相変わらずだな。』


今度は陛下とリィオル様が険悪な雰囲気になられることに驚いていると、ハリク殿下が笑いだされた。


『くくく…ルノエ嬢、面白いだろう?僕たち三人は幼馴染なんだけれど、この二人は性格があまりにも似ているからね。会えばいつもこんな感じなんだよね。』

『…そう、でしたか。ちょっと驚きました。』

『なのにお父様もみんな、わたくしを陛下の后に据えたがっていらして、ずっといい迷惑だったのです。』

『俺もだ!』

『あら、めずらしく意見が合いますこと。ですからルノエ様がいらしてくださったときには、わたくしがどれほど救われた思いでいたことでしたか……。』

『ずっとロゥとの婚約話がまとわりついていたから、僕の想いをリィオルはなかなか受け入れてくれなくてね。困っていたんだ。ルノエ嬢が現れてくれなかったら、僕たち三人は、誰ひとり幸せにはなれなかったよ。』

『……そのとおりだな。ハリィもたまにはいいことを言う。』

『陛下もたまにはいいことをおっしゃられてはいかがですか?』

『…おい、ハリィ。この毒舌をどうにかしろ。』

『ん?かわいいだろう?早くどうにかしたいんだけれどね。明日、帰国なんだよ。だからその前にルノエ嬢に会えてよかった。これからいろいろ大変だろうけど、まぁリドがいるから大丈夫だろう。』

『おい、そこは俺の名を出すべきではないのか?』

『自業自得でしょう。』

『ハリィ、リィオル。もう帰れ。』


陛下のご機嫌はさらに悪くなられていく。ヒュイアさんがお茶を出してくださっている間にも、隣から険悪な雰囲気がただよってきて、どうすればいいのか焦っているとリィオル様が笑っていらっしゃった。


『ふふふ、わたくしルノエ様のことが大好きになりましたわ。』


隣に座られる陛下のご機嫌がもっと悪化される…。


『ルノエ様はおやさしい方ですのね。今の状況に、大変困っていらっしゃるのがわかります。』

『わかってるなら、もう帰れ。』

『ね、ルノエ様、わたくしまた遊びに伺ってもよろしいでしょうか?』

『もちろんです!』

『ルノエ!』

『ルノエ様から許可をいただきましたので、陛下は黙ってください。』

『ハリィ、リィオルを連れて帰れ!』

『いいじゃないか。ルノエ嬢だって、ゾルエン侯爵令嬢と仲が良いいとあれば、一目置かれる。僕とリィオルの婚儀は来年の夏に予定しているから、それまでの間仲良くでるし、これからの両国の縁もさらに深くなるしね。あ、ロゥもルノエ嬢も婚儀に招待するからね、ぜひ来ておくれよ。』

『わ!おめでとうございます!リィオル様、本当におめでとうございます!』




あの後、さらに二度の陛下の『帰れ!』で、ハリク殿下とリィオル様はお帰りになられた。


陛下のご機嫌がどんどん悪くなられるので、生きた心地がしなかったのだけれど、リィオル様がまた遊びに来てくださるというのは楽しみ。


陛下がいらっしゃらない時に来て下さるのが一番いいのだけれど……



『ルノエ、なにを考えている?』


見上げると、真上からグレーの瞳が私を覗き込む。やはりご機嫌が悪い。


『えっと…』

『リィオルのことだろう?』

『……はい。』

『会うなとは言わないが、リィオルが言う俺のこては、話半分に聞いておいてくれ。リィオルとは昔から相性が悪い。』

『はい。…リィオル様って素敵な方です。おきれいだし、ご自分の考えをきちんと持っていらして。憧れます。』

『やめろ、ルノエ!あんな風にはなるな!』


あまりにも陛下が焦ったようにおっしゃるのが、可笑しい。



『お疲れでしょう。』とヒュイアさんが新たにお茶を淹れてくださる。


やさしいグレーの瞳と温かい雰囲気と温かい暖炉の前で、ぬくもりに包まれて、ふわふわと心地よい。冬なのに、まるで陽だまりにいるよう。


窓の外は、さきほどまで止んでいた雪が、また降り始めた。雪に閉ざされた間はこうやって暖炉の前で過ごすのが、この国の冬の過ごし方とか。




早く元気になろう。


そして春には………






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