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22.再会

この国へ来て三日目にようやく赤の隊の商売の許可が下りた。大通りの広場で商いを始めてから今日で四日目。


今朝も肌寒くはあるが天気がいいから、陽が昇るにつれて気温が上がるだろう。


この北の国に来てまず驚いたのは、酸素の薄さだ。赤の隊のやつらはみんな気にならないと言っているが、俺には酸素の薄さがありありとわかった。


ちょっと動くとすぐに息が切れて、酷い時には頭痛や目眩まで起こる。しかも常に体がだるい。標高の高い国はこれほど違うのかと、身を持って知った。


だが悪いことばかりじゃない。この国は酒はうまいしつまみもうまい。海辺と違いって濃厚なつまみが多いのが特徴のようだ。特にチーズやハムは種類が多く、味も様々で実にうまい。それにここの女も濃厚で、南の女とは違う。


強いクセのある黒髪から香水の匂いをまき散らして、波のようにうねる白い肌が俺に向かって濃厚に絡み付く。熱い吐息と、俺に戦いを挑むような熱い眼差し。ここにきてから世話になっている女の白い肌と、豊かな胸を思い浮かべると溜息が出る。……昨日もいい思いをさせてもらった。


南の女は明朗活発な情熱家だと思うが、北の女はツンとすましてやがるのにベッドに入るとまるで獣。それにコトが終わると猫のように甘えてくる。そのギャップに俺はすっかりやられてしまった。


コリンに申し訳ないと思う気持ちよりも、早く店を終わらせて今夜もあの女のところへ行きたい気持ちのほうが強い。


昼間は酸素が薄いと文句を言いながら、夜はそんなことまるで気にならないくらい夢中になっている自分に呆れてはいるが、それでも夜が待ち遠しい。







〈今日は国王が来るらしいぞ。〉

〈は?ドレインほんとかよ?なにしに来んだ?〉

〈さあな、買い物か?まぁよくわからんが、さっき役人が来てそう言うんだ。午前の内に来るそうだ。やばい物は今日はしまっとけよ。それからギアン!お前この国の言葉、喋れんだから通訳頼むぞ。〉

〈え、俺?国王相手に?〉

〈しょうがないだろ。お前ほど達者なヤツなんて他にいねぇんだから。じゃ、早く店開けよ。おいジレット!昨日みたいに勝手にいなくなんなよ!〉

〈……。〉




広場で幌馬車を利用した店を広げていると、女達が集まり始めた。出し惜しみしながら売っているオリーブの石鹸と髪に塗るジャスミンのオイル目当ての女達だった。開店までの間、女達はジレットを捕まえて騒いでいる。それを横目で見ながら開店準備をしていると、ドレインが横に来た。


〈ギアン、どうやら国王は婚約者の姫さんを連れてくるらしい。〉

〈婚約者って、あの攫われかけたどっかのお姫様ってやつ?〉

〈みたいだな。国王にかなり溺愛されてるっつう噂だ。しっかり頼むぞ。〉

〈いや、あんまり期待されても……。〉

〈ジレットと組め。いや、国王の前で姫さんがジレットに熱上げちゃまずいか…。ま、適当でいいから頼んだぞ。〉

〈むちゃだよ、ドレイン。〉


そう言うとドレインは二ヤついて、開店の指示をしに行ってしまった。



俺がこの北の地の言葉を話せるのは、レガッタの港の街でいつかは周りを見返してやりたいと思ったからだ。優しいブラウンの髪と優しいブルーの瞳の、赤い眼鏡をかけた笑顔のかわいい人。あの人に教わった。簡単な会話しかできないが、それがこんなところで役に立つなんて皮肉なもんだ。







幌馬車の店を開店させる。


ジレットは相変わらず女に囲まれ、化粧品を中心に売り込んでいる。俺は通訳にあちこち呼ばれ、客の目当ての品を仲間に伝え、金額を客に伝える。金銭のやり取りはドレインが担当。


ほかの仲間は身振り手振りで接客したり商品を袋に詰めたり、売り切れた物を店先に補充しながら、その隣で島でよく食べる小麦粉を揚げてシロップをたっぷりかけた菓子を売っている。午前中は客が集中するからみんな忙しい。



そして午前中の客足がひと段落したころで、通りの奥がにわかに騒がしくなった。


『王だ。』

『ロゥアン陛下だ。』

『わ!国王様。』


急に通りのあちこちで囁かれる声がさざ波のように広がってきた。みんなが見ている方向を見たけれど、俺がいる位置からはまだ見えない。今のうちに朝から通訳で干上がった喉を潤そうと思い、幌馬車の陰に入って果実水を飲んんでいると、今度は違うざわめきが聞えてくる。


『あれはもしかして…。』

『婚約された?』

『後宮にお住いの…?』

『……麗しの姫?』

『あたし婚約式、見に行ったのよ。清楚で品のある、小さな方だったわ。』

『あの方?眼鏡をかけていらしてるみたいだけれど…。』

『ええ。ブラウンの髪だったわ。』

『じゃ、本当に…!?』


通りのすべての者がざわめいているが、国王は一向にここへ来ない。通り沿いの店をあちこち巡っているようだった。隊の仲間もそわそわし始める。


〈すげぇな!婚約者の姫さんなんて見れないと思ってたのに、わざわざ向こうから出向いてくれるなんてな!〉

〈どんな女だ?見えるか?〉

〈あれか?赤毛の女なら見える!いい女だ!〉

〈そりゃそうだろう!国王の婚約者だぞ!〉

〈…いや。今、婚約者はブラウンの髪だって言ってたのを聞いた。〉

〈ギアン、ほんとか?じゃ赤毛は違うのか?〉

〈みたいだ。〉

〈なんだよ、違うのか…。〉



今か今かと待っていたその時、ドレインに呼ばれた。


〈ギアン、こっちの姐さんが何言ってるか聞いてくれ。それからお前ら仕事しろ!国王でも普通に接客するように役人に言われてんだからな!〉


ドレインの怒鳴り声で蜘蛛の子を散らすようにあっという間に持ち場へ下がる。



俺が通訳に呼ばれたのは、大量購入しようとして来た女だった。


『みんなに頼まれたのよ~。急いでこんだけ揃えてくんない?…あんた字、読める?』

『あ…字はあまり得意じゃないんだ。読んでもらえるとありがたい。』

『いいわ。じゃ、化粧水を七本。とオリーブの石鹸が九個。それからジャスミンオイルが四本とアプリコットの………』

『ちょっと待ってくれ!ひとつずつ揃えよう!』


慌てて木箱を用意してその中へ商品をそろえていくと、女が数を確認しながら次の商品を読み上げる。全部の商品をそろい終えたところで、金額の計算をしていると急に辺りが騒がしくなった。


女も不思議に思ったのだろう。振り返るとうちの店の人垣の中に、赤毛の美しい女がいた。さっき言ってたのはこの女か!確かにいい女だ。そしてその後ろにはむさくるしい髭の、筋肉隆々の男。そして黒髪の長身の男。そして………


『ヒュイアさん、ジャスミンの石鹸があります!』

『いい香りですね。侍女たちのも一緒に買い求めましょう。これはなんでしょうか?』

『オリーブオイルです。髪にも肌にもいいものです。あ、ほかにも欲しい物があるのですが…。』

『どうぞご遠慮なくおっしゃってください。』

〈あの、バスソルトはありますか?〉

〈お!島の公用語が話せるんすか!?さすが!えっと…、ここにありますよ。〉

〈十個欲しいのですが…。〉

〈十個っすか。ちっと裏見てきますから待ってくださいよ。〉



若い女の声がこの国の言葉と島の公用語を器用に使い分けている。その声に俺の胸が震えた。


懐かしい…と感じる一方、そんなはずあるわけがない!と強く否定したくなる。急に頭が殴られたようにガンガン痛む。酸素が薄くなって息が苦しいし、手足が冷たい。目の前が霞んできた。


この声は…誰だ………?


『ヒュイアさん、土産はバスソルトとジャスミンの石鹸でいいでしょうか?』

『そうですね。お菓子も買ってありますし。あとはお好きな物をお買いになられてはいかがです?』


ああ、あの声が聞える。子守唄が似合う、澄んだやさしい声。いつもひたむきで穏やかで、俺を陽だまりの中へと導いてくれた人。この四年の間会いたくて会いたくて、絶対に会いたくなかった人。何度も夢に見て何度も夢の中で泣いていた人。



『ね、あれって陛下の麗しの姫!?うそ!え、ほんとに!?………ねぇ、あんた大丈夫?顔色悪いよ。』


朦朧とした意識の中で、女がなにか言ってくるが聞こえない。他の仲間もなにか言ってくるが聞えない。今の俺には、あのやさしい声しか聞こえない。


ドクドクと心臓が頭にあるみたいに脈打つ。汗が止まらない。寒い。凍えそうだ。ああ、息苦しい。酸素が薄い。頭が痛い。立ってられない。


やさしいブラウンの髪とやさしいブルーの瞳の、赤い眼鏡をかけた笑顔のかわいい人。


俺が好きだった人。



「………………シ、リロ……?」



ルノエ、きみだったのか。











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