それから
大学生になっても俺の勢いは止まらなかった。大学生は快適だ!なんてったって時間がある。その間バイトすればやった分だけ金は貯まって転売資金に回せるし、授業も必須科目はあるがそれ以外は自分で好きに決めていい。個人的に気になってた授業だけ選んで、二年でさっさと卒業までに必要な単位のほとんどを取った。大学の勉強は中・高と全然違って、興味のあることが学べるからいい。勉強するのってこんなにも楽しいのか。受験勉強のように強制されてやるような詰め込み式の勉強は、もうどこにもない。
部活は『サブカル部』という直球なネーミングのサークルへ入った。高校の時と同じようにアニメや漫画のことを語り合ったり、合宿の時にはゲームを持ち込んで徹夜でプレイしていたら自然と友人が増えて、話が盛り上がってなんと彼女もできたのだ!腐っていることを除けば容姿も性格も俺好みな彼女で、かいがいしくお弁当やお菓子を作ってくれたりした。彼女にはなにかしてあげようと俺も金を惜しまなかった。うまい店があると聞いては二人で行って、水族館や遊園地デートもして、夜は俺の部屋でお泊りなんかもした。彼女がいてくれたおかげで、部屋を片付ける習慣ができたといってもいい。
ああ、高校を変えただけなのにこんなにうまくいっていいのか!二週目の人生万歳!二十歳になって転売業も始めて、売上は上々だった。銀色の贖罪はもちろん、苦労して持ってきた衣装ケースの中身も今となっては高額商品、期待通り飛ぶように売れた。思っていたよりも高く落札されたものもあって、預金残高は生活費を差し引いても100万を超えていた。働くよりよっぽど稼ぎがいいじゃないか。これからもっともっと増やしていけるぞ!その金を家に送ろうなんて考えもしなかったし、時々親が元気にしてるか的なメールを送ってきたが、返事は絶対にしなかった。便りがないのは元気な証拠、ってね。
ところが二週目の人生の雲行きが怪しくなってきた。大学生活も三年目に突入してこれから先の人生を考え始めたころから、何かがおかしくなった。みんな就職活動が忙しいとかでサークル活動に参加しなくなってきた。アニメとゲームと漫画の話題しかない俺は時事ネタは知っているからついていけるものの、ビジネスの話題になるとさっぱりついていくことができず、そのうち昼飯を一緒にとることもなくなってきた。未来も知らないくせに何知ったかぶりしてんだよ。
うまくいかなくなった俺は表現しがたい焦りを感じていた。転売業こそ続けていたが、俺は現時点でもう22歳。あと三年分しか知っている未来がなかった。そこから先の未来が来るのが恐ろしくなって寝付けない夜が続き、睡眠がとれずなにをするにもイライラしていた。ある日とうとうどーでもいいようなことをきっかけに彼女に手をあげてしまい、別れた。「もう、いい」それが彼女の最後の言葉だった。なにがいいだよ、まるで俺が悪いみたいじゃないか。ちょっと機嫌が悪かっただけなのに。俺は悪くない、大丈夫、間違ってはないんだ。あいつらだって就活に失敗してきっと戻ってくる。彼女だって自分が悪かったって戻ってきてくれるに決まってる。
彼女に別れを告げられたショックはでかく、そこで時間が止まってしまったかのようだった。立ち直れないまま俺の期待を裏切るように時間だけが徒に過ぎ去り、すがるように論文を書いていたら結局卒業を迎えてしまった。親が勝手に送ってきた似合いもしないスーツに着られて、大事なものが抜け出た後のようなふわふわした足取りのまま式を終えて校門を越えると、真っ白な空間にいた。ここには来たことがある、俺の時間を戻したしにがみの赤屍と出会った場所だ。
「お久しぶりっすね。楽しくやってたっすか?」
チャンスだ、また時間を戻してもらおう。そしたらやり直せる!
「あ、赤屍…!ちようどよかった。また時間を戻してほしいんだ。一回できたんだ、二回目だってできるんだろ?な?」
「はぁ…醜いっすね。あがく人間見てるのはいいけど、しがみつこうとする人間はどうしてこう気持ちが悪いんすかねぇ」
赤屍はあきれた様子だった。なんだよそれ、なんでそんな汚いものを見るような顔で俺のこと見るんだよ…
「あんたは自分の親を顧みなかった。金も愛情もかけてくれていたっていうのに、偏見を持っていたのはあんたの方っすよ。そして友人を常に見下し、彼女には暴力をふるった。そのくせ全部他人のせいにした。もう終わりっすね、これ以上生かしておいてもあんた前よりひどくなりそうっすから。ほんと、異世界に送らなくて正解だったっす」
「ちょ、ちょっとまっ」
「あんたの人生見てて楽しかったっすよ?途中までは。縁があったらまた来世で会うかもしれないっすね」
それじゃあと振り上げられた赤屍の腕が下ろされて、そこで俺の記憶は途切れている。
――回収課にて
「ちょっと赤屍!この魂、記憶が二重に書かれてるじゃない!また時間戻して遊んでたわね!」
T-243と書かれたタグの付いた魂のデータを打ち込む手を止め、白滅はワナワナと拳を震わせていた。
「げげっ!シロちゃん帰って来てたんすか」
赤屍は慌てて魂を取り上げてようとしたがサッと躱された。
「このことはよーく黒葬にも言っておくから覚悟しないさいよー!」
「クロちゃんには!クロちゃんにだけは言わないでくださいっすよーー!!」
「うるさいっ!さっさといってきなさい!」
数分後、頭の上にたんこぶひとつこしらえた赤屍は、T-243を他の魂と一緒に猫車に乗せて、鼻歌まじりに焼却炉へ向かった。