高校生になった俺
入学式と自己紹介は厨二病を乗り越えたおかげで恥ずかしい思いをすることなくすんだ。しかし長く人と話していなかったからどうもまだコミュ障気味で、初めて出会う人とどう接していいかがわからないでいた。
そんな俺が内気な連中ばかりが集まっている『アニメ研究部』に進むのは自然なことだった。好きなアニメや漫画について語り合える人がいるのは中々いいもので、気が付けば毎日夕日が沈むまで部室でグダグダ語り合うようになっていた。
「今はマジカル☆ナイト★ヘヴンが熱いよなー夏樹はどうよ?」
「俺は青い子が好きかな。翔太みたいなボイン属性はないわー」
「お前って不幸属性の女の子好きだなー前も公式からハブられてたキャラ好きだったし」
(今のうちに言っとけ、お前の好きな赤い子は悪堕ちして主人公を裏切るんだぞ)と心の中で小馬鹿にしておいた。翔太とは友達になって一番よくしゃべっていたが、未来を知っている優越感に浸っている俺から見れば、みんな自分よりも格下の存在に思えてならなかった。
ここは活気的な高校で文化祭や体育祭や演劇鑑賞会などイベントが豊富で翔太も行事となるとノリノリだったが、俺がどうにも乗り気になれなかったのは、自分が本当の意味で高校生ではなかったからなんだろうか。
二年生になって学校生活に慣れてきた頃、俺はかねてより計画していたバイトを始めた。近所だと知り合いに会う可能性もあるから、町二つ越えた先の五手町の駅前のコンビニで、学校終わりから夜の九時くらいまでの間働くことにした。人生で初めての面接にはガチガチに緊張して声は震えるし冷や汗が止まらなかったが、店長が理解ある人で、稼がなければという熱意が伝わったのか採用してくれた。
一週目はアルバイトなんかと馬鹿にしていたが、やってみるとその大変さがわかった。重い棚卸、場所が変わる陳列、金額がたびたび合わないレジ打ち、トイレを含む清掃と、やることは盛りだくさん。混雑中うめぇ棒に諭吉を出してくるおっさん、目の前で堂々と漫画本をかっさらっていく中学生、子供が破いたパンの袋を買いもせずにそのまま置いてく母親、トイレに何時間もこもって風呂代わりに利用するホームレス。クソ客って本当にいるんだなと感心したぐらいだ。
だがその分やり終わったときの達成感はあったし、自分で稼いだ金が口座に入っていた感動はひとしおだった。なんだ、やってみれば案外楽しいじゃないかバイトって。今まで敬遠したり馬鹿にしたりしてごめん。
バイト代は服や金のかかる趣味への興味がなく、親に還元しなかったこともあって着々と貯まっていった。一週目と同じく入学祝にパソコンを買ってもらってネットは既に繋がっているが、未成年ではめんどくさいことが多いから、大学生になるまで買ったグッズやゲームは仕舞っておくことにした。もうクローゼットでは足りなくなっていたので、でかめの衣装ケースを何箱か積んでいた。
三年生になると大学受験をするか、専門学校へ行くか、就職するかの三択を迫られた。流石に高校はノー勉というわけにはいかないから真面目に勉強していた俺は、迷うことなく大学進学を決めた。バイトは資金も貯まったので辞めて、一人暮らしをするためにわざわざ都会の私立大学を受験した。偏差値はそこそこなところだからと楽勝気分でいたら、試験中ふと英単語や数式をど忘れしてヒヤリとした場面もあったが合格した。後のことは中学生の時と同様なので語らない。
両親の反応には相変わらずムカついた。母親は俺が大学に受かったことを親戚中に電話してまわってたし、父親は箱に入った万年筆一本を寄越しただけだった。自分の株が上がって喜んでいる母親と、使う予定もない見てくれだけの万年筆をよこした父親が本当に嫌いだ。せめて俺に対して金を使わせよう。仕送りさせて携帯代も全部払わせようと考えた。
入学が近づいた頃、大学が提携している学生用アパートと契約を交わし、始まると同時に住むことが決まった。そして大学の入学手続きと入所手続きが終わり、アパートの一室で未開封のダンボールに囲まれながら、奇妙な充足感に包まれていた。
親元を離れての一人暮らしが始まった。